第68話『ジェニーの挑戦』

今日は2回戦ネー。

相手は、鹿児島県代表、九州地区1位の霧島菱田高校と言うネ~。

プレイスタイルはズバリ守備重視。それも極端なほどにね。

だけど可憐が夜なべして調べたところによると、守って守って相手が焦り、後半時間が少なくなったところで一閃。

まるで居合抜きのような攻撃は、成功率100%!?嘘でしょ?

でも、それでここまで勝ってきたんですものね。

これは恐ろしいネ~。

さーて、今日の桜は、どんな作戦を立てるのかな?


相手のキャプテンは、私と同じDMFの福本さん。守備的MFでありながら、全得点の攻撃の起点となっているらしい。

とは言え、DMFは彼女含めて3人もいるネ~。WoW!

DFは5人もいて、攻撃陣はツートップで2人しかいないよ…。つまり攻撃的MFはゼロ!

これでよく点が取れてこられたネー…。


だけど作戦が分かっている分、攻略の仕方もあるのかもね。

可憐も色々と桜に助言していたみたい。

ふふふ。

どう料理するのか腕のみせどころ。

桜はもちろん頼りになる存在だし、彼女がチームを牽引しているのは事実ネー。

だけどそれに甘えちゃぁ、ダメ、ゼッタイ。

私達も考えないと、それは彼女だけのチームになってしまうことを意味している。

なので私も色々と攻略は考えているよ。


桜も気が付いているとは思うけれど、霧島菱田高を攻略する一番のポイントは、守備をどう崩すかーではなくて、どうやって点を取っているのかを探ること。

人数的にカウンターだろうけれど、その速攻を守りきればチャンスは絶対にくると思うネー。

二人だけで攻撃出来るほどサッカーは甘くないよ。

絶対に守備を崩して、攻撃参加してくるはず。

分厚い守備を、無理やり崩そうとしても、かなり難しいと思うし、上手くいかなかった時のリスクも増えることとなるよね。

これが定石だと思うのだけれど…。

さーて、桜はどうするかな?


試合前のミーティング。

「霧島菱田高の特徴は、皆も資料で読んだ通り、徹底的に守ってからの速攻だよ。だから、まずはその攻撃に耐えて、そして反撃に転ずることになるよ。」

桜の分析は、私と同じだったネ~。Oh!YES!

「だから今回は、ポジションチェンジをするよ。」

仲間からは「本当に?」「マジで」みたいな反応が返ってきていた。

今のメンバーになってから、ポジションチェンジなんてしたことなかったしね。


「昨日可憐ちゃんと、唯一あった九州大会決勝の動画を観たけれど、相手フォワードの10番の岸田さんは俊足なの。だから藍ちゃん。ウミちゃんとポジションチェンジして、あなたが霧島菱田高の岸田さんと対決して欲しいの。」

なるほどネ~。

俊足対決なら、藍に賭けるのも悪くないよ。

彼女の加速力は、同世代ではかなり良い線いってると思う。だけど、守備が苦手な藍で大丈夫かな…。

「わ、私?しゅ…、守備出来るかな…。」

当然本人も心配ネー。


「先にボールに触って蹴り出せば、後は仲間が何とかしてくれるよ。兎に角ファーストタッチがどっちかで勝負が決まるの。逆に言うと、それだけで大丈夫!」

ニシシーと笑う桜は、本当に悪い魔女みたい。

裏を返せば、藍がボールにタッチしたら、周りの選手が何とかしなさいって言っているのと同じだよ…。

まぁでも、今の選手層からは我儘は言えないネ~。


「それともう一つ。」

ん?まだ作戦があるの?

「徹底的に攻めて、何が何でも1点取るよ!」

「WHY?」

「今言った通りだよ、ジェニー。あのぐらいの守備突破出来なかったら、百舌鳥校から点なんて取れないんだから。」

「桜の言いたい事は分かるネー。だけど、ファイブバックDF5人にDMF3人だよ?」

「人数増やせば絶対に点を取られないってことはないはずだよ。」

「いや、理屈はそうだけど…。」

「絶対にゴール決めるの!」

私達の会話を黙って聞いていた天龍が口を挟んできたよ。

「おい、桜。理由があるんだろ?」

桜は「うん」と答えた。

「うちは攻撃的なチームなの。でもね、皆どこか信じてないっていうか…。だからここで、皆に自信を持って欲しいの。疑心暗鬼のままじゃ、これから先の、ほんのちょっとのことで勝敗を分ける瞬間を勝ち取れないの。」

桜の勝負に対する姿勢や思想は、百舌鳥校の時に培われたのかもしれないね。

でも、とても大切なことネ~。


「分かった。桜の提案に乗ってみるネー。」

「ジェニー…。ありがとう。」

「その笑顔だけで、ご飯3杯いけるネ~。」

「じゃぁ、桜養分あげる!」

そう言うと桜は、私の胸に飛び込んできた。

「ごめんね、またジェニーに無理なお願いしてる。」

「何を言っているの。その為に日本に来たんだよ。」

「………。」

桜がギューッと私を抱きしめた。

泣きそうになっているのを我慢しているのだと感じた。

私は彼女の頭をゆっくり撫でた。


高く舞い上がる為の羽をもがれた天使。

私は桜の事をそう思っている。

だから、私達が彼女の羽になってあげないといけない。

そうじゃないと桜は飛べないのね。

じゃぁ、どうして飛べるようにするのかと聞かれたら、こう答えるネ~。

桜の最高の笑顔が見たいから。

私はその為に日本に来た。本当にそれだけ。

勿論、魔術師のような桜のプレーに興味があったし、どんな練習しているのかとか見たかった。

だけど彼女は泣きながら電話をしてきて、シュートがトラウマになったと相談してきてくれた。


私はとても怒り、そして悲しかった。

桜は私が目指すプレイヤー達の、一つの完成形だと思っていた。

だから、トラウマを克服して欲しい。

たった一つの願いを叶えるため、私は日本に来た。周囲の反対を押し切ってまで。

彼女にようにサッカーを純粋に楽しめたら…。そう思って一緒にやってきたの。

その笑顔は、少しずつ周囲を虜にしていく。

それはきっと、百舌鳥校やなでしこジャパンを変える力になる。

そうなった時、日本は更に強くなってしまうかも知れない。

桜流に言えば、そんな日本を倒すことが出来たら、ワクワクするでしょ!

だから私は、桜の最高の笑顔が見たい。

それがインターハイ優勝が条件なら、どんな不利な条件でも、私は絶対に諦めない。

絶対に!


いよいよ試合が開始された。

案の定、霧島菱田高に攻める意志はまったくなく、俊足FWの岸田を最前線に置いて、ほぼ全員で守りに入ったネー。

いやはや…。凄い光景だね。圧倒的に人数の多い敵選手。ボールには常に2~3人で囲める余剰人数がいる。

本当にこれを崩せるって言うの?

クリアボールはFWに渡そうとする意志すらないよ。

そのボールを拾い、仲間を見渡す。

敵の守備ゾーン外であれば、パスルートはあるけれど…。これはちょっと参ったネ~…。


この状況でさえ、禁止プレーが沢山あるんだよ?

でも…。

沢山のライバル達との闘いを走馬灯のように思い出していた。

これが噂の死亡フラグ?

No!No!!

桜ヶ丘において、桜と私しか持ち得ない、貴重な手段。

け・い・け・ん!

まるでアニメのタイトルみたいネ~。

そう、『経験』が重要になってくるよ。


そうね…。一つだけ崩す方法を思い出した。

それはミドルシュート。こういう時は大外から思い切って崩してみると、案外いけるんだよね。

そう思った瞬間。

「ジェニー!」

まるで私の心の中を読んでいるかのように、桜から声がかかった。

そう…。

私はミドルシュート禁止だったネ~…。

勿論左足だけでのプレーも続行中…。


えーと…、えーと…。

桜…。

この作戦は失敗ネ~…。

私達の自信が亡くなっていくばかりだよ。

どうしたら…。

「ジェニー!!!」

ハッと我に返る。

桜を見ると、パスを出せとアピールしている。

反射的にボールを蹴り出すと桜は叫んだ。

「ジェニー!行くよ!!」


ゆっくり踏み込んだ足を、もう1歩前に出す…。

桜の声に答えるように、更に1歩…。

そして加速しながら駆け出した。

彼女に引き付けられるように!

真剣な表情で、真っ直ぐな視線を送り続ける桜に向かって。

鼓動が早くなっているのが分かる。


そう、コレよ、コレ!

何かが起きる。この感覚。ワクワクが止まらないネー!!!

全速力で駆け出すと、桜は相手守備陣と当たる度に私にパスを出してくれる。

ドリブルしつつ敵が寄せて来れば桜へとパスを出す。

彼女はワンフェイントで敵を抜くと、更に加速していく。

凄い!凄い!凄い!!!


まさかの中央突破!

敵が慌てて集中してくるネー。

私だって、やる時はやるって見せつけてやる!

いつもは身を粉にして、縁の下から支えてきたけれど、今こそアメリカ代表の意地を見せつけるネー!!


Oh No!

桜に3人がかりで囲んできている…。その中には、霧島菱田高のキャプテン、福田がいるネー!

ここで突破スピードを落としたら、抜いてきた敵も戻ってきて大量の人数で囲まれちゃう。

そう思っていたら、私にも敵が群がってきた。

FWもマークがしっかりついている…。

私は焦土感に襲われ、思わず叫んだ!

「桜ぁぁ!」


その時私は見逃さなかった。

ゾッとするほどの鬼迫な表情の桜を…。

人は、あまりにも集中するとゾーンに入ると言われている。

一つの事に集中し、そのことしか見えなくなる。

確かに桜は、今現在ゾーンに入っているネ…。

だけど、普通とはちょっと違う。

そう、敢えて言い換えれば、サッカーの女神が乗り移っている、そんな感じ!

だって…、だって…。


!!!


神がかったフェイント、ルーレットが炸裂!

抜かれた方は、まるで風がなびいたかのように、そう、何かが通り過ぎたかと思った時には抜かれてしまっている。

だけど、まだDFはいるよ!待ち構えている!!

しかも、霧島菱田高のキャプテン、福田が!


!!!!!


ルーレット2段構えだ!

まるでコマのようにクルックルッと舞ったかと思うと、一瞬で3人を置き去りにしてしまった。

敵が焦り始めた。

だって、もう最終ラインしか残っていないのだから!


桜は迷わずフクへパスを出す。

パスとは言え、まるで弾丸のような強烈なボールだよ。

フクはそれを最初から分かっていたかのように、DFとボールの間に体を滑り込ませ、そのままスルーした。

あっ…。

来る…。

私にボールが来る…。


体が勝手に動き出し、ゴール前へと駆け出した。

敵の裏へ飛び出しながら、左足でのボレーシュートの体勢を取る天龍。

相手DFが体を張ってシュートコースを防ごうとしていた。

が、空振り!

ボールは軸足の右足インサイドに当たると、フワッと浮いている。

空振った左足を地につけると、右足で私に強烈なパスを蹴り出す天龍!

「I can fly!!!」


ダイビングヘッドで飛び出す!

キーパーは視界にチラッと映ると、迷わず左下隅に打ち込んだ!

ピィィィィィィィィィ!

「Fantastic!!!」

ガッツポーズが思わず出た!

最高!

私がチームの一員なのだと、強烈に感じるフィーリング!

「ジェニ------!!」

直ぐに小さな天使が飛び込んできた。

私は思いっきり抱きしめる。

「桜!最高だよ!!」

「んぐ…、んぐ…。」

あぁ…、またやってしまった。これでは窒息しちゃうネ~…。

ハグを緩めると、彼女はプハーッと大きく深呼吸する。


「ジェニー!やれば出来るでしょ!でも、やらないと出来ないんだよ!!」

そう…、そうだよね…。

今だに桜には教えてもらってばかりネー…。

やらないで後悔するより、やって反省した方が良い。

とし子CEOからの貴重な教訓ね。

それを、言葉としては理解しても、実践していく事が大切なのネー。

その事を桜は、嫌というほど体験しているのね。

だからどんな事にもチャレンジしていく。


私も、この最高の笑顔を見るために、もっともっと挑戦していくネー!

悔いを残さない為に!

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