第67話『可憐の偵察/桜パパの時効』
「舞い上がれ!桜ヶ丘ァァァァァ!」
「ファイッ!オォォォォォォ!!!」
フィールド上では、仲間の円陣が解かれ、それぞれが自分のポジションに向かっていった。
「可憐先輩!このままいけるでありますか?」
隣で香里奈ちゃんが、目をキラキラさせて訪ねてきた。
「そうだね。相手次第かも。もしも、背水の陣で挑んできたら、まだわからないよ。」
「ん~~~!」
じれったそうに、頼もしく映るメンバー達を見ていた。
香里奈ちゃんには、そう言ったけれど、相手からしたらかなり厳しい状況だよね。
前半を終えて0-2。しかも向こうの得意とする、変幻自在と言われるトリックプレーをことごとく防いできた。
これ以上、どんな引き出しがあったとしても、自信を持って挑めないかもね。
それを考えると前半攻めて結果を出したのは正解。
いったい桜はどこまで予想して、作戦を立てているんだろう。
作戦だけじゃない。
フィールド上で演じる桜自体が、色んな演出の脚色をしているのは明らかだよ。
私の個人的な予想。
大勝するよ、きっと。
相手の心が折れかけているのが分かる。ここで気持ちで負けるなら、それは大敗を意味する。
そういった闘いを、プロの試合でも何回も見てきたよ。
しかもこれは高校生の試合。感情や気持ちをコントロールしてまで、試合を組み立てるのは無理っしょ。
ただし、元安高で諦めていない選手がいる。
それは最前線で攻撃を組み立てる、中元、菊地、水野だ。
彼女達は、今度こそチャンスをものにしようと企んでいる。ここで1点返せれば、まだチャンスはあると思っている。逆の立場でも、そう考えるかも。
まぁ、攻め辛い状況ではあるけどね。
でもね、三人のトリックプレーの正体を、私は暴いてしまった。
それを伝えてあるから、守備は更に固くなるよ。
試合は拮抗しているように進んだ。
でも、見る人が見れば、どういう状況なのか把握出来てしまうと思う。
元安高の攻撃が、安定して防がれ始めたから。
逆に桜ヶ丘の攻撃は、ゴールを予感させることが多くなった。
傍から見ると、手に汗握る展開。
それを物語るように、後藤先生は腕組をしながら冷静な表情で試合を観つつも、足は細かく貧乏ゆすりしてる。
ふふふ…。
「先生。大丈夫ですよ。」
先生は無意識に貧乏ゆすりしていた事に気が付いて止めた。
「うむ。」
どっしりと構えて、部員を見つめる先生。
本当に私達の事を心配してくれているんだね。
「私、予言します。」
「ん?何をだ?」
先生は、目線でボールを負いつつ答えた。
「次は天龍が得点するよ。」
「ほぉ?」
「今までは、きっと桜が意図的にシューターを天龍から外しているの。」
桜は私の指摘通り、フクや藍、いおりんといった、ゴールを決めるというシーンでは目立たない仲間から積極的にシュートを撃たせている。
そのせいで元安校のDF陣のマークがばらつきはじめているよ。
つまり、天龍のマークが薄くなっている。
前半、フクといおりんが得点を決めたのも大きい。
天龍だけマークしておけば良いという認識を改めなければならないから。
だけどそれは違うのだと、証明されると予言した。
サイドからフクへ向けられた鋭く転がるパスに、天龍が飛び出しパスカットする。
身内のパスをカットしたのだ。
そのまま強引に蹴り込む!
ピィィィィィィィィィ!!
「ッシャーーーーーーーッ!!!」
それと同時に先生が小さく小さくガッツポーズした。
「ヤッターーーー!ナイッシューーーーーであります!」
反対外に座る香里奈ちゃんも大声で喜んだ。
桜が天龍へ駆け寄り、思いっきり飛びついた。
ほんと、あの二人は固い絆で結ばれているって思う。
最初は、桜がシュートを撃てない代わりのストライカー役かと思っていた時期もあった。
だけどそれは違う。
天龍のゴールハンターとしてのセンスはずば抜けている。
ちょっといないタイプの選手だよ。
だから、もしも…、もしも桜がシュート撃てるのなら、二人でツートップ組んで、右MFにフク、CMFにジェニー、DMFにいおりんというポジションも面白かったかもね。
さらに攻撃的になって、他では類をみない超攻撃サッカーが観られたと思う…。
まぁ、それはそれ。
私達には時間がなかった。
本当に少なかった。それだけが悔しい。
でも、誰かが言っていたように諦めたくなかった。
そして全員が見たいと思っている。叶えたいと思っている。
桜のゴールを。
結局試合が終わってみれば、天龍が後半だけでハットトリックを決めて、5-0と大勝したよ。
泣き崩れる元安高のメンバー…。
キャプテンの中元は、誰にはばかることなく泣いていた菊地と水野を抱きしめてなだめていた。
背中を叩き、ベンチへと歩かせると桜に向かって話しかけていた。
「今日はありがとう。これからは、私達の分も頑張って欲しい。」
そう言って握手を求め、それに桜は答えた。
「勿論です。絶対に百舌鳥校を倒してみせます!」
その言葉に彼女はびっくりした後、微笑んだ。
「岬さんなら出来るよ。ところで、どうして私達のトリックプレーがバレてしまったんだろう?」
中元が不思議がっていた。自信を持っていたはずだろうし、気になるよね。
「えっと…。うちのマネージャーが気が付いたんです。3人はトリックプレーをする前にラストキッカーを目線で決めているって。だから…。」
その言葉に中元は手で顔を覆った。
「あちゃー。無意識にやってたわ。そっかー。優秀なマネージャーに完敗だ。」
そう言って握手を解くと、軽く右手で敬礼し去っていく。
イケメンだねぇ…。
「可憐ちゃんのお陰だね!」
そう言って笑う桜。もう騙されないぞ、その笑顔に。
「そうやって…。」
持ち上げるのは辞めてと言おうと思ったけど、桜がガバッと抱きついてきたので言えなかった。
「全員の力を集めないと、私達は勝てないよ。」
顔を上げてニシシーと笑った桜。
「まぁ…、そうだね。」
私は桜の頭を抱きかかえて答えた。
結果だけ見れば大勝だけれど、何か一つ欠けただけで負ける要因はあった。
元安高のトリックプレーは完成されていたし多彩だった。
DF陣の踏ん張りや、ミーナのナイスセーブが無かったら、何点か取られていたかもしれない。
そうなった時、攻撃陣は今のリズムで戦えたかは、微妙なところかもね。
控室での復習ミーティングでは、桜も同じ事を言っていた。
もしここで点を取られていたら…、そんな内容は仲間達の浮かれていた心を、再び冷静に戻していく。
ホテルに戻る頃には、いつもの桜ヶ丘だったよ。
全国大会に初出場で、1回戦とはいえ5-0の大勝。ちょっとぐらいは浮かれても良さそうだけれど、私達にはそんな余裕もなかったのかも。
明日の2回戦は同時刻に別の会場で行われていた試合の勝者、九州地区1位の鹿児島県代表、霧島菱田高校に決まった。
早速、高田会長に貰った資料を目にしつつ、持参したノートPCでも情報を集めていく。
私の仕事はこれからだ。
――――――――――
俺はホテルのロビーで、娘の桜から借りた対戦校の資料を目にしていた。
コーヒーを飲みながら、明日の相手である霧島菱田高校の項目に目を通す。
どれどれ…。
『超守備的サッカーが信条で、予選は無失点。ほとんどの試合が0-1で勝ち上がってきた。』
なんと偏ったチームなんだ。
とはいえ、自分たちのカラーを持っているのは強みにもなるな。
そういう意味では、桜ヶ丘は攻撃的サッカーが主体だ。
得意プレーの封印を辞めて、本来の力を発揮出来るならば、FW二人も得点力、ラストパスの供給能力もあるし、スペースを作るような動きすらみせるし、MFはドリブラーにパサーと人材自体は豊富だ。DMFもアメリカ代表だっただけあって、オールマイティに能力自体高い。あの強烈なミドルシュートが解禁されるだけで、かなり有利に試合を運べるほどだ。
SDFもオーバーラップ能力があり、CBにいたってはコーナーやFKならば、高い打点を活かしてゴール前に飛び込む度胸もある。
やれやれ…。
その能力の殆どを封印して、ここまで勝ち上がってこれた。
これは偶然と呼ぶには無理があるし、奇跡と呼ぶには不自然だ。
一体何が桜ヶ丘を勝たせているのか、俺自身よく分かっていなかった。
さり気なく娘に聞いた時は、『絆』だという回答だった。
サッカーの知識でも技術でも経験でもない要素。本当にそんなもので勝てるのだろうか…?
はぁ~。
胃が痛くなりそうだ。
コーヒーをすすろうとしたら、いつの間にか空になっていたようだ。
おかわりを持ってこようとした時、不意にホテルの従業員がやってきて、注いでくれた。
「ありがとう。」
「ふふっ、お久しぶりね。」
そう言われ顔を見る。
従業員ではなく、年配の女性だった。
「あっ…。」
俺はそれが誰だか気が付いた。
「お久しぶりです。その節は…。」
「いいのよ。過去の事だもの。」
そうだ。
高山ホテルグループ会長の高山 とし子さんだ。
「コーヒー、ありがとうございます。」
「いいのよ。たまには、夢のある話もしたいでしょ。」
そう言って向かいのソファーに座る。その言葉は、桜の事を言っているのだと気付く。
「夢の話をするのに、タダで聞くってのは失礼なことよ。」
そう、付け足した。
「夢だからこそ、自由に語れる権利もあると思います。」
「いいえ。それは希望よ。ああなりたい。こうなりたいって希望。夢は、こうしたい、ああしたいっていう前向きな、より実践的なことだと思っているわ。」
まぁ、この考察の答えには個人差があるだろう。だけれど、今はそんな議論をする時ではなさそうだ。
「桜さん…。負けたらサッカーを辞めると言っているらしいわね。」
それな。ほんとそれ。相変わらずバカな娘だ。
「そうですね。」
俺は天谷さんちのお袋さんから、娘達がバイトをしていない日に一人で食堂「天空」で食べていた時に聞いていた。
「知っていて何もしないのです?」
グサッとくる一言だった。
俺は桜にサッカーを続けて欲しいと願っているからだ。
だけど、願うこと自体、俺の過去を振り返れば傲慢に聞こえるし、無責任な行動とも言える。俺の中では許されない行為なのだ。
それでも娘に対してサッカーを続けて欲しいと願ったのは、妻の香澄との約束でもあったし、それこそ二人の希望だったし、夢でもあった。
なのに俺は…。
全てを捨てて、全ての人を裏切り、今はこうして絵描きなどという場所に逃げてきた。
そんな俺に、娘の夢を語り、手を貸す事が許されるのだろうか…。
「岬さん。」
俺は自問自答から我に返り、とし子さんの方へ顔を向けた。
「もう、悩まなくて良いのですよ。」
「!?」
「一人で苦しまなくて良いのです。」
「だが…。」
「全部あなたに責任を押し付けた、私達に問題があるのです。今は、そう思っています。」
俺の中で、何かがゆっくり崩れ落ちたような気がした。
「………。」
しかし、今更どうして良いかも思いつかないのも事実だ。
「時代は変わっているのですよ。刻一刻と。だから…。」
「だから…?」
「時効です。」
「はい?」
「時効ですよ。お互いに。過去の事は清算し、未来に向けた夢の話がしたいのです。」
あぁ…。
そうか…。
もう、そんなに経ったんだ…。
香澄が亡くなって、18年。
俺は年を取る度に、自分の犯した過ちの責任を重くした。
だけど娘は1歳年を取る度に、自分の可能性を広げていった。
二人の間には、見えない溝があったのかもしれない。それは俺が掘り進めた溝だ。
今、娘は助けを必要としている。
無茶苦茶とも言える挑戦は、順調にクリアしてきたようにも見える。
だが違う。
どれもこれもが綱渡りでアクシデントもつきまとってきた。
順調そうに見える足元は、いつだって崖っぷちだった。
娘は焦っている。
もしかしたら決勝までいけるかもしれない。
そんな希望が見え隠れしてきたからこそ分かる、娘が抱える弱点。
そう、百舌鳥校のメンバーは桜の事を熟知している。
娘がどんな行動に出るか、どんなフェイントをするか、どんなパスをするか、そしてどんなシュートを撃つか、全て知っているのだ。
桜は戦わずして、全ての情報を開示してしまっていた。
情報分析は百舌鳥校の得意分野の一つでもある。これは彼女にとって、相当きつい事実だろう。
娘自身が身に沁みて理解している。百舌鳥校の強さを。
だからこそ、こんな俺にも何か出来ることがあるかも知れない。
本当は、助言らしいアドバイスの一つもするつもりだった。
桜が楽しそうに部活の話をし、百舌鳥校と闘いたいと言った時に、そう考えていた。
だけど、どうやらそれでは足りないようだ。
とし子さんは、そのことに気が付いていて、俺にこうして夢の話をしにきている。
この人は昔からそういう人だ。
という事は、逆に考えると、桜ヶ丘に限界が近いってことなのか…。
しかし俺は、決勝に進むまでは彼女達の責務だと思っている。
だからそれまでは俺は静観させてもらう。
これはケジメだ。
もしも決勝に上がることが出来たなら、俺が大切にしまってきた物の一つを桜にあげよう。
それを持って百舌鳥校と戦ってくれたなら、俺はそれだけで満足だし、香澄もきっと喜んでくれると思う。
そして勝て。
勝って二人で香澄に報告しに行こう。
「とし子さん…。ありがとう。」
俺は久しぶりに、笑顔になった気がした。
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