第65話『フクの挑戦』
いよいよ大会が始まりました。
僕達は午後一番の試合で、対戦相手は広島の元安高校です。
「フク!ミーティング始まるぞ。」
「はい!今行きます!」
天龍先輩に呼ばれました。僕は急いで控室に行きます。
高山ホテルグループの会長さんに頂いた資料は、昨晩全員で熟読しました。
ゴール、アシスト、得意なプレー、ファールなど、予想以上に細かく分析されていました。その他にも、試合の流れなども書かれています。
元安高校はとても攻撃的なチームのようです。MFの中元さんが中心となったチームで、ツートップFWの菊地さんと水野さんがポジションに拘らない、変幻自在な攻撃をしてくるそうです。
攻撃だけかと思いきや、守備もしっかりしていることで、中国地区を1位で通過してきたそうです。
「中国地区1位かぁ…。」
藍先輩がつぶやきます。そうですね…。とても強そうです。
「何を言っているの、藍ちゃん。」
桜先輩が反論しました。
「へ?」
「私達、関東1位だよ!」
「あっ…。」
そうでした。僕達、こう見えて関東1位だったんです…。そんな自覚、まったくありませんでした…。
「私達が中国地区1位凄いなーって言ってる時は、相手も関東1位凄いーって言っているよ。」
あぁ、そうかもしれません。
「でも、私達は運が良かったとか、そんなふうな評価は変わっていないみたいだね。」
桜先輩が苦笑いします。
「でもこれは、こっちの思う壺だからね。存分に利用しましょう。その為に1年間、負けてきたんですから。」
そう言ってニッコリ微笑む桜先輩…。可愛い顔して容赦ないです。
僕らには時間もありませんでしたからね。
勝負の世界、綺麗事だけでは勝てません。
「というわけで、前半は一気に攻めてみよ。相手の油断が大きければ、1点取れると思うし、そうなれば焦って更に攻略しやすくなると思う。だけど、直ぐに気を入れ直してきたら、そこからはじっくり攻めましょう。」
「OK~!桜の作戦で良いと思うネー。」
ジェニー先輩が同意しました。こうなれば、私達も不安なところはありません。思いっきり作戦を実行していくまでです。
でも、少し気になりました。
「守備面については、どう対処しますか?」
僕は、直接的には守備しませんが、それでも守備からの速攻などもあります。どう守り切って攻撃に展開するかは聞いておきたいところでした。
「うーん、そいうだね。まず司令塔の中元さんは、ジェニーにマンツーマンして欲しいかな。FWの菊地さんと水野さんはDF陣で臨機応変に対応ね。変幻自在なんて書いてあったけれど、激しいポジションチェンジに惑わされず、ゾーンでしっかり守りましょう。シュートを撃つのは一人です。だから、その瞬間は部長がしっかり押さえてね。」
桜先輩の具体的な指示が出ました。でもこれって結構大変な気が…。そんな想いをいおりん先輩が代弁してくだました。
「ハードル高っ!」
先輩らしい簡素な意見です。
「大丈夫!一度やられたトリッキーな動きは、二度と引っかからないよう注意していくの。そうすれば、いずれ策はなくなるでしょ。」
ニコッとしながら小首を傾けた桜先輩…。とても愛らしい仕草の中に、サラッととんでもない事を言っている気がします…。
「まぁ、やってみれば分かるだろ。私達は、習うより慣れろでやってきたしな。」
あんな無茶振りに、部長はどっしり答えてくれました。アレさえなければ、部長はとても頼りになる人なのに…。
「それとミーナちゃんは、敵の動きに惑わされず、ボールに集中するようにね。」
「はい!やってみます!」
彼女は元々陽気で、非常にポジティブです。僕は結構不安を抱えてプレイしているし、悩むタイプなのかもしれません。
「福ちゃん、不安なことなんて何もないよ。」
心を読まれた気がしました。
「そ、そうでしょうか?相手の守備は固いと書いてありました。」
「そうだね。でも大丈夫。攻撃陣だって、今までどんな守備も崩してきたんだから。迷ったら仲間を見る事。そこに答えはあるよ。」
「そうですね。頑張ります!」
「そうだ、フク。やらない後悔より、やって反省だ。昨日会長さんが言っていただろ。失敗は皆で補えばいい。それだけだ。」
天龍先輩かニシシと笑いました。
あぁ、僕はまだまだ成長が足りないようです。精神的な成長が…。
「そろそろ通路に集まってください。」
運営さんから連絡が入りました。私達は円陣を組みます。
「夢にまで見た全国大会初戦だ。気後れするなよ!」
「はい!」
「まずは1勝ォ!舞い上がれぇぇぇ!桜ヶ丘!」
「ファイッ!オォォォォォォーーー!!!」
通路からグラウンドに出ると、そこには今までにない、大勢の観客がいました。
列に並び相手と対峙している時、そっとベンチを見てみたら、可憐先輩はそわそわしています。上がり症というのも、想像以上にやっかいですね…。でも、その分僕達も頑張らないと。
コイントスの結果、私達はボールを選択しました。最初から飛ばしていく作戦だからです。
そして、桜先輩と、元安高のキャプテン中元さんが握手を交わしました。
「岬さん、今日はお互い精一杯頑張りましょう。あなた達と対戦出来る事を楽しみにしていました。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。お互い悔いの残らないようにね。」
中元さんは、長身でスラッとしていながら、長いポニーテールが似合っていました。小さく敬礼のようなポーズで自陣へ走っていきます。かなりイケメンでした。
私達も再度円陣を組みます。
「よしっ!桜、頼む!」
部長は掛け声を桜先輩に頼みました。
「ここからが本番だよ!今までやってきたことを、思いっきりやるんだから!舞い上がれぇぇぇぇぇぇぇ!桜ヶ丘ァァァァァ!!」
「ファイッッ!!オォォォォォォォォォォ!!!」
高く上げた手は、澄んだ空に伸びていました。
ポジションに付きます。センターサークルには天龍先輩と僕。
「フク、気合い入れていくぞ!」
「はい!」
先輩は鋭い眼光を、相手ゴールに向けています。ゾクゾクするような緊張感が漂っていました。
ピィィィッーーーーーー
試合開始の長い笛がグラウンドに響きます。
それと同時に大きな歓声が聞こえました。緊張感がマックスです。ボールは天龍先輩から僕へ。僕から桜先輩へ。そして更に一旦ジェニー先輩へ下げました。
桜先輩が上がってきます。僕と並ぶと、ポンッとお尻を叩かれました。
「ほら。しっかりと前を見て。行くよ!走れ!」
その言葉に、フワフワしていた感触から、一気に我に返り前線へ駆け出します。
危うく雰囲気に飲まれるところでした。
既に前線にいる天龍先輩、今か今かとボールを待つ藍先輩、そして逆サイドいおりん先輩の位置を確認し、僕も走り出しました。
ボールは桜先輩から、ダイレクトで藍先輩へ。
だけど相手もこちらを調べていたのか、俊足を警戒されていてスピードに任せて裏取りしたりするのは厳しそうです。
僕は直ぐに近寄りパスを受け取ると、ノールックで中央へ蹴り込みます。
そう、桜先輩へです。
あの人は、何処に居るのか分かるほどのプレッシャーを放っています。
こう言っては失礼なのですが、あの小さな体から発せられるオーラのようなものは、味方を鼓舞し、相手を怯ませてしまうほどです。
案の定、敵が二人がかりで囲みます。これも見慣れた風景かもしれません。
そして、あっという間に二人を抜き去る先輩も、見慣れてしまいました。だから、先手を打って走り出しています。
くるっ!
そう思った瞬間ボールは僕の前へと蹴り出されています。
マークしていた敵よりも1歩早く動けています。これを嫌というほどつぐは大の大学生相手に練習してきたのですから、使わない手はありません。
それに、様子見をしているのか、少しマークが甘いと感じています。
それには理由があります。
まず僕の決定力不足という認識、そして天龍先輩さえマークしておけば得点の多くを防げるだろうという分析からだと思われます。
だから…、僕は…。
スルーパスの先に、敵のDFが向かって右側前方より走り込んできました。
シュートコースを消しながら、こちらの動きを止めるつもりのようです。
でも僕が先にボールに触れられる!
意識を体の隅々にまで集中させる。
右足のつま先で、ボールを軽く右に弾く。
敵は向かってきた方向と逆になり、無理やり方向転換しようとしています。
遅いです!
DFを抜くとゴールは目の前でした。
敵の守備が天龍先輩に集まっているからです。
GKの表情が悲痛でした。だから思いっきりボールを蹴り出します!
気持ちで負けたら、駄目なんです!
ピィィィィィィィィィーーーーー!!
ボールは、ゴール右隅に入りました!
「ヨッシャーーーーーーー!!!!」
直ぐに誰かに抱きつかれます。
「福ちゃんナイッシュー!!!」
桜先輩でした。満面の笑みが僕の興奮を最高潮にもっていきます。
そして…。
「フク!最高だぜ!」
天龍先輩が両手を広げて待ち構えていました。僕は、その胸に思いっきり飛び込みました。
「ありがとうございます!」
「よくやった!この調子でガンガン行こうぜ!」
「はい!」
「苦しくなったらいつでも俺にパスを出せ。いいな。」
僕は何故かうっすら涙を浮かべてしまいました。
「馬鹿野郎。泣くのはまだ早いぜ。」
「はい!」
僕は、この桜ヶ丘女子サッカー部が大好きです。
まるで家族のような、そんな安心感があります。
桜先輩は全員のお母さんです。どんな事でも受け入れてくれて、優しく包んでくれます。だけど、しっかりしないといけない時は、厳しく僕らを導いてくれます。
天龍先輩は、最初は怖い人でした。色んな噂も聞いていましたし…。
でも…。
本当は違うんです。
仲間想いの、誰よりもチームを大切に想ってくれる先輩なんです。
誰かが傷付けられそうなら、真っ先に飛んできて助けてくれます。
僕は…、そんな先輩が大好きです。
天龍先輩に包まれると、正直、胸がキュンキュンするんです。
頭を撫でられると、泣きそうなくらい嬉しいです。
それに、僕は隠すことなく、誰の祝福も受け入れたいです。
だって、来年は…。
だから甘えてばかりいられません。
ボールは自陣奥深く持っていかれ、ジェニー先輩や部長、そして渡辺三姉妹先輩が必死に守っています。
元安高の中元さんは、ジェニー先輩に徹底マークされると、とてもやり辛そうに見えました。
ジェニー先輩は変態…じゃなかった、陽気で明るく、いつもおちゃらけています。
だけどU-17ワールドカップでは、桜先輩の活躍が凄すぎて影に隠れがちですが、先輩は準優勝チームのエースでキャプテンだったんです。あの、アメリカ代表のです。
こんなはずじゃないって雰囲気が相手校からは感じられます。
FWの菊地さんと水野さんは、ポジションチェンジをしながら自由気ままにパスを受けて運びます。
あっ…。
ソラ先輩が水野さんに抜かれてピンチです!
部長が直ぐに駆け付けて、シュートコースを塞ぎながら並走しています。
!?
体格差に押されていたはずの水野さんは、突如ボールを置き去りにすると、間一髪入れず、交差するように菊地さんがボールを奪っていきました。
ヤバイです!
直ぐにシュートを撃たれました…。
が、ミーナちゃんは惑わされることなく、横っ飛びしながらしっかりとボールをキャッチしました。
相手校は苦しんでいるように感じました。
それはきっと焦りなんだと思います。
僕は仲間のポジションを確認しつつ、直ぐに出番がくると肌で感じていました。
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