第64話『部長の意気込み』

全国大会開会式が始まっている。

私は部長として、列の前から2番目に立っている。先頭はキャプテンの桜だ。

さっきから、偉い人の話が続いていて、ちょっと退屈だ。

青春の汗だの、友情だのを語っているが、漫画かドラマの見すぎじゃないかな。

やってる本人達は、それこそ将来を賭けて戦っている人達も大勢いるぞ。

そんなのこれっぽちも想像したことないだろ。

たかが部活、たかが高校生、そんな裏側が透けて見える談話ばかりだった。


そこへ予想していない人が現れた。なでしこジャパン、不動の10番。

日本女子サッカー界の至宝。小山選手だ。

背も高いし、近くで見ると筋肉も鍛えられているのがわかる。

放つオーラは半端じゃない。睨まれただけで抜かれそうな雰囲気だ。

定番の挨拶から始まった談話は、激励という名の挑発文句だった。


「この中から、私達を倒すことが出来る人材が現れることを期待している。」

その言葉を聞いた桜が、小山選手を睨むかのように見つめていた。どちらかというと怒っている。

「私が倒すんだから…。」

そんなつぶやきが聞こえてきた。もちろん小山選手には聞こえていないだろう。

「今のなでしこなら、後10年は戦える。まぁ、それ以上は、流石に年齢には勝てない。それまで、いつでも挑戦は受けて立つ。皆さんの健闘を祈る。」

「直ぐに…、今直ぐにでも…。」

ギリッと聞こえた歯ぎしりは、桜が本当に怒っているのだろうと確信した。叫びたい衝動を必死に押さえているのかもしれない。

こんな桜は珍しい。だけど、ただ怒っているわけではないのも分かる。

真剣に、真っ直ぐに、なでしこジャパンと闘い、そして勝ちたいと願っているのだ。


だからこそ、私達桜ヶ丘は百舌鳥校に勝利しないといけない。

途中で負けたならば、桜はサッカーを辞めてしまう。

申し訳ないが、百舌鳥校が決勝に上がってくることは確定だろう。どの雑誌も新聞も、それありきで書かれていた。既に、決勝の対戦相手はどこだ?みたいな話しになっている。

それほどまでにも彼女達は強い。むしろ、百舌鳥校がなでしこジャパンと戦ったら、もしかしたら面白い試合になるかもしれん。

いや、そこはさすが世界を相手に戦っているなでしこに軍配があがるか。

とは言え、そう思わせるほどの盤石な強さは、無敵艦隊とも言われている。


まぁ、2年間公式戦無敗、しかも無失点なんて化物じみた結果を残しているのも事実だ。

今回優勝すれば、蒼井 翼含めた同級生達は高校生の間、無敗のまま卒業することになる。まったく漫画みたいな奴らだ。

決勝まで百舌鳥校と当たらないということは、そこまで縛りプレーが続くことを意味する。これは非常に辛い状況だが、一つだけ希望もある。

決勝に辿り着くまでの間に、桜のトラウマが克服する可能性もある。1試合でも長く試合することによって、その可能性は増えるだろう。そうなれば私達だってかなりいけるんじゃないかという希望だ。

あのU-17ワールドカップだって、ある意味無茶苦茶な試合だった。

その時の桜が戻ってくれば、得点力は格段に上がるのは間違いない。

まぁそれ以前に、桜にはなんとかしてトラウマは乗り越えて欲しい。それがこの大会の後でも良い。兎に角、何とかしてやりたい。

彼女が、あの純粋な気持ちのままサッカーが続けられる事が出来るなら、この大会がどんな結果になろうとも、私はそれで良いとも思っている。


運営より大会の日程やルールの説明が行われる。

そして開会式が終わると、明日から始まる全国大会に向けて、各チームがグラウンドから去っていった。

場外まで続く退場用のゲートに入る。広い通路だが、ここでジャージを着て、取り敢えず解散という段取りになっている。そりゃそうだ。32チームいるからな。全チーム11人並べば300人を超える。そうなれば控室は足りない。


その時だった。

「あなたが岬先輩っすか~?」

やたら馴れ馴れしい奴が話しかけてきた。褐色の肌が、いかにも運動部を思わせる。無視させようとしたが、そいつのユニフォームを見て愕然とした。百舌鳥校だからだ。

「そうだけど、1年生かな?見かけたことがないかも。」

いや…、どこかでこいつを見たことが…。あっ!桜の後釜の選手だ。

「先輩凄いっすねぇ。80人以上いる部員の顔覚えてるんっすか?」

「例え5軍の子だって、お願いされれば練習一緒にやったよ。」

「余裕っすねぇ。」

「違うよ。」

百舌鳥校の1年生相手に、桜も少しイラッとしたと思う。明らかに挑発してきているし、誂っているともみえるからだ。

「ふーん。で、シュート撃てるようになったんすかー?」

さりげない一言だったが、桜は一瞬で真っ青になった。これはヤバイ…。


ドンッ!!!

「おい…。」

天龍の壁ドンだ…。だが…。恐ろしいまでの殺気だった。これはこれでマジでヤバイ…。

いつもなら桜が止めるのだが、彼女は小さくなってしまっている。フクや可憐が抱えて支えていた。

「あんた誰?」

百舌鳥校の1年は、そんな天龍の視線を必死で受け止めようとしていた。

バカなやつめ…。おまえは虎の尾を踏んでしまった。

「おめぇこそ誰だ?あんま調子こいてると、お前こそシュート撃てなくなるぜ?」

そう低く小さな声で伝えた。

少し同情してやる。それは天龍の気迫が半端ではなかったからだ。今、天龍の腕が飛んできたなら、痛いだけでは済まされない、一生物の心の傷を負うだろう。そう思うほどの迫力だからだ。


「わ、私は…、百舌鳥校1年、新垣 皐月…。」

「それで?皐月ちゃんは、何の用事だったかなぁ~?あぁ?」

新垣と名乗った百舌鳥校1年は、天龍の怒りに触れた事を後悔しているだろう。恐らく人生で初めて味わう系の恐怖だ。

1歩、また1歩と後ずさりしている。

その二人の顔の前に、誰かの手が割り込んだ。

「うちの1年に何をしている。」

蒼井 翼だ。そのどさくさに紛れて新垣は逃げていく。そんなの関係なく、今度は天龍vs翼の睨み合いが始まる。

「最初にちょっかいを出してきたのは、てめーんところのクソガキだ。躾ぐらいしておけ。」

「喧嘩なら受けて立つ。だが、大会が終わってからだ。」

ほぉ。天龍に喧嘩売るとは…。その根性だけは買ってあげよう。だが相手が悪すぎる。

「いいだろう。だがな、そんな勝ち確定の喧嘩なんか興味ねーよ。」

「なに?」

「そう粋がるな。素人が…。だから俺は、お前の土俵である、サッカーでケジメ付けてやる。」

「お前こそ粋がるな。サッカーで俺が負ける訳ないだろ。素人が。」

凄まじい睨み合いだ…。だが、翼よ。お前は一つ大切な事を忘れている。


「天龍。その勝負、お前と翼だけの勝負ではない。」

私がそう声をかける。天龍が振り向くと、そこには気迫に満ちた仲間達の顔も見えただろう。ニヤリと笑う天龍。

「そうだな。」

「翼。悪いが挨拶はここまでだ。決勝で会おう。」

そう言うと、仲間達は桜を守るようにしつつ、通路を進んでいく。

翼よ。サッカーは11人でやるんだ。そのぐらいお前だって分かっているだろう。

例えお前一人が頑張っても駄目なんだ。そのことは私達が身に沁みて分かっている。桜だけに頼っても駄目なんだ、と。


ジャージに着替えていると、既に着替え終わっていた桜が顔を出す。

「部長、ありがとうございます。」

そう言って律儀にお礼をしてきた。

「お礼されることなど、してないぞ。」

「ふふふ。部長のそういうところ、大好き。」

あっ…。

今までの人生が走馬灯のように流れて…。

ピシピシピシッ

突如頬を軽く叩かれる。

「お姉様!」

香里奈の声だ。ふと我に返る。

「あ…、危なかった…。」

「桜先輩!お姉様を殺す気ですか!?」

「えっ!?えぇーーー!?」

桜が驚いている。当然だ。何もしていないのにどうして?って顔だ。いやいや、桜の笑顔一つ、愛のささやき一つで死人が出るレベルの可愛さなのだ。それを無自覚でやっているのだから、もっと質が悪い。


「その辺にしとけ。」

天龍が釘を刺してきた。そ、そうだな。これ以上は桜が混乱するだけかもしれん。

「天龍ちゃんもありがとね。」

「なーに。害虫はおっぱらわねーとな。それによ、喧嘩じゃねーんだから、傷跡えるぐような真似は汚ねーって思っただけだ。」

「そんな天龍ちゃんも、大好き。」

ポカーンとする天龍…。ん?もしや?

「天龍よ。まさか…、お前まで…。」

「いや、俺は違う。デッドラインを超えてねーから。」

「むしろ本能の赴くまま、超えてみたらどうだ?楽になるぞ?」

「なん…だと…?」

「天龍先輩!」

見るに見かねたフクが仲裁に入ると、天龍は我に返り、いつも通りとなった。残念だ。桜教の会員を増やすチャンスだったのにな。


「はいはーい。そろそろ行くよー。」

可憐の声でバスに乗り込むこととなる。

すると一番後ろには、高山ホテルグループの会長である、高山 とし子さんが座っていた。

「とし子さん!」

桜が真っ先に走っていく。私も天使の後を追う事にしよう。

ちょこんと会長さんの隣に座る桜。その窓側に天龍が座った。私は会長さんを挟んで桜と反対側に座る。私の隣の窓際にはいおりんが監視役とつぶやきつつ座った。

全員居ることを後藤先生が確認すると、ゆっくりとバスが走り出す。運転手は緊張しているのかもしれない。何せ会長がいるのだから。


私は直ぐに立ち上がると、全員に聞こえるように大きな声で話し始めた。

「今まで、それから今回も大変お世話になっている、高山ホテルグループの会長にして、桜ヶ丘学園女子サッカー部の恩人である高山 とし子さんに、お礼を言いたい。」

全員が振り返った。

「大変お世話になりました。ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」

先生も深くお辞儀をしていたのが印象的だった。

「あらあら、いいのよ。若いうちは、貰える物は何でも貰っておきなさい。それをどう使うかは、あなた達の自由よ。」

「いえ、そうはいきません。身に余る御好意、本当に助かりました。」

「ふふふ、そう言いながらも、しっかり宣伝してくれたじゃない。」


会長さんは、全国大会のスポンサーであるテレビ曲が取材に来た時のチーム紹介のVTRの事を言っているのだろう。

桜が、どうしてもこの方向で撮影してくれとテレビクルーに無茶言って取った動画には、バックに高山ホテルと名前の入ったバスがバッチリ映っていたからだ。

「何社かインタビューの話もあったのよ。私達はなでしこジャパンのスポンサーでもあるからねぇ。その私が桜ヶ丘に間接的にでも出資している。何かあるんじゃないかと探りを入れてきたのね。」

「ご…、ご迷惑だったでしょうか?」

私は恐る恐る訪ねてみた。

「ほほほ。とーんでもない。こっちの思う壺よ。大会が終わったら菓子折り持って出直してらっしゃいって言ってやったわ。」

「すげー。」


私もこんな風に年を取りたいと思った。

余裕のある大人の女性。やっぱ憧れるわ。

「でもね、でもね、とし子さんには返しきれない程の恩があります。だから、私達優勝して、その時のインタビューで会長さんのお陰だって、絶対に言います!」

桜は会長さんの手を取って、そう熱弁した。

「ふふふ、楽しみにしておくわ。その為にも…。」

膝の上に持っていたバックから書類を出している。なんだろう?

「ここに、これからあなた達と対戦しそうなチームの情報が書いてあります。参考にして欲しいわ。」

桜が受け取る。やけにじっくり読んでいるなと思った瞬間、ポタポタと涙が落ちた。

「ありがとう…、ございます…。凄く参考になります…。」

そう言って、これ以上書類を濡らさないように天龍へ渡した。


「安いものだわ。何せ、優勝チームのインタビューで宣伝してもらわなくっちゃならないからねぇ。ほほほほほほほほ。」

「は゛い゛…。」

涙ぐみながら答えた桜。本当にこの人は、どれだけ私達に肩入れしてくれたことか。

他のチームが聞いたら、絶対に羨ましがるはずだ。

「私はね、桜さんと、その彼女がチームメイトと認めたあなた達が、どんな結果を出すのか、とても興味があるの。そしてそれは、最良であって欲しい、そう願っているだけよ。皆さんに投資したお金なんか、一瞬で帰ってくるほどの結果をね。だから、サッカーに集中しなさい。そして、やって反省しても良いけれど、やらないで悔いは残さないように、精一杯プレイすること。それだけ約束してくれれば、私は満足よ。ほほほ、年を取ると説教くさくて駄目ね。」

「そ、そんなことありません。勉強になります!」

「あらあら、うちの若い社員にも言って欲しい言葉ねぇ。」

そう言いながら笑う会長さん。


私達にも沢山の応援してくれる人がいる。

つぐは大の田中さんや、つくばFCの山崎さん。そして会長さん。

その人達の想いもフィールドに持っていこう。

そう強く思った。


そして翌日…。


真冬に行われる全国大会、その熱い闘いが今始まる。

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