第22話『部長の師匠との出会い』
「今日はお世話になります!」
桜がつぐは大の女子サッカー部キャプテンでU-23代表の田中さんに挨拶をしていた。彼女のポジションはディフェンダーで、個人としてもチームとしてもディフェンスに定評があるな。
それにしても今更だけど、2人の身長差が20センチはありそうだ…。
まぁ、それは置いておいて、今日は彼女のディフェンス術を学ばなければならない。
「こちらが部長の戸塚 紗理奈です。」
「よろしく!」
「宜しくお願いします!」
「う~ん、部活って感じがイイね。」
褒められているのか、からかわれているのかはわからん…。でも、第一印象としては、そんな回りくどい嫌味を言うような人には見えないな。というか、私やジェニーと同じオーラを感じるぞ…。
「ねぇねぇ桜ちゃん。お姉さんとのデート、考えてくれた?人数集めるの結構大変だったんだから~。」
「あっ、えーと…。では、今日の試合、無失点ならデートにお付き合いします。」
「田中、何言ってるのよ。むしろ直ぐに集まったじゃない。」
田中さんのチームメイトがあっさりと暴露した。
「えー!?」
「いや、これは、その…。まぁ、約束は約束だよ。絶対無失点にするんだから。そしたら今日はお泊りだね。」
「ちょっと待ったーーーー!」
桜の貞操がヤバイ…。これはなんとしても阻止しなくては…。
「田中さん!これだけは私達で阻止させていただきます。」
「そうね、本気できて貰わないとね。」
そう言ってウィンクする彼女は、私達から見ても大人っぽいな。艷やかで怪しい雰囲気にぞくぞくする…。お姉さんもいいかも…。いやいや、私は妹系最強の桜一筋だ。
「と、取り敢えず準備しますね。」
桜が呆れながら話しをすすめる。
「そうね、私達からの条件はプライベートな練習試合ってだけよ。」
公式な練習試合だと色々と面倒なのかな?それとも桜に気を使ったのかな?大学チームと試合をしているって、よほど実力があるとかじゃないと実現しないしね。コネや伝手でやるもんでもないか。
「私達もそれでOKです。記録には残しません。後、合同練習とは言っていますが、プライベートでも内密にお願いします。長丁場ですが、宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、よろしくね。お互い怪我だけは気を付けましょ。」
「はい!」
それからお互いの陣営に戻って作戦会議を行う。
「相手は守備が得意だけど、だからと言って攻撃陣だけ奮起してもダメなの。攻撃のリズムは守備からと言われていて、まず守備陣が安定すること。最終ラインよりも前で早めのチェックをかかさないようにね。それと部長は失敗を恐れずに積極的にオフサイドトラップを仕掛けてタイミングや連携を確認しあうようにしてね。」
「任せておけ。」
「攻撃陣は色んなパターンを試すので、練習でやってきたことを意識して思いっきりやりましょう。」
「そうだな。フク!お前に期待しているぞ。」
「はい!」
天龍とフクは、桜だけに頼らない攻めのパターンを研究している。フクがポストプレイヤーとなって、最前線での攻撃の基点となる方法だ。
「それと、今日は両サイドに活発に動いてもらいます。SDFの二人もいけると思ったらどんどんオーバーラップしてくださいね。いおりんと藍ちゃんも自分の試したいことをどんどんやるように。」
「はーい。」
いおりんは既にあれこれ考えているような素振りを見せた。
「私のドリブル…、通用するかな…。」
藍は心配そうだな。まぁ、始めて数ヶ月でいきなり大学生相手にやれって言われても不安はあるよな。
「なに、心配するな。失敗してもいいから練習なんだぞ。」
私の助言にキョトンとしてる。あれ?何かおかしいことを言ったか?
「部長がまともなこと言ってるの初めて聞きました。」
「おい!」
「まぁまぁ、部長の言う通りだよ。特に今日は初日なので自分達の力がどこまで通用するかやってみようよ。」
桜の発言はもっともだ。
「それに、今日の試合無失点だった場合、桜は田中さんとお泊りデートさせられることになった。」
私の言葉に全員が注目した。
「私はそれを、なんとしてでも阻止したい。皆の力を貸してくれ!」
「Oh No!それだけは絶対にダメネー!」
直ぐにジェニーが反応した。
「うむ…。それはまずいな。俺が何が何でも点を取ってやる。」
「桜先輩がピンチに…。」
FW2人も反応してくれた。いいぞ。
「桜ちゃんが…。」
「身体を賭けてまで…。」
「試合を組んでくれた…。」
渡辺三姉妹は顔を見合わせながら勘違いしながらも闘志をみなぎらせている。
「桜先輩!私も無失点になるよう精一杯飛びます!」
ミーナも気合十分だ。
「桜、そんな約束していたの~?」
「私も精一杯走ります!」
両ウィングも顔を見合わせて気合十分な表情をしていた。なんだかんだ盛り上がるじゃないか。
「あの…、えっと…。」
あたふたする桜も可愛いな!いいぞぉ~!
「よし!桜の為にも、絶対に点を取るぞ!」
「オオオォォォォォォォォォォ!!!!」
苦笑いの桜をよそに、グラウンドに駆け出す。
「可憐ちゃんと香里奈ちゃんも出番があると思ってウォーミングアップはしておいてね。」
「えー!?無理無理無理!」
可憐は今にも泣きそうな顔をしている。学生と大人みたいな構図に、既に萎縮しつつ緊張がマックスのようだ。
「はーい。先輩わかりましたであります!」
香里奈は今日も可愛いな。
さて、微笑ましい光景はここまでだ。そろそろ戦闘態勢と入ろうか。
円陣を組む。
「今日は思いっきり楽しみましょう!」
「はい!」
「やってやるぜ!」
「目一杯走るよ!」
「舞い散れ桜ヶ丘!!!」
「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」
各自、それぞれのポジションへ移動する。ふぅ~。流石にちょっと緊張するな。
ピッーーーーーーー
長い笛が鳴り試合開始を合図した。
ボールはつぐは大から始まる。素早くボールを回して体勢を整えているように見えるな。さっそく攻撃陣2人が自陣に入ってきた。いおりん情報によると、相手のフォーメーションは4-5-1のダブルボランチを採用しているとのことだ。
つまり、ディフェンダーが4人、MFは全員で5人だが、攻撃的MFが3人、守備的MFが2人でダブルボランチと言っている。最近のサッカーでは守備的MFとは言うものの攻撃の基点となったりするマルチな動きが求められる。もちろんディフェンダーの前にいるので守備の要ともなる。そしてフォワードが1人。つまり、単純に考えて守備的な人員が6人いることになる。
うちのチームは4-4-2なので、ディフェンダー4人は同じだが、守備的なMFはジェニー一人だ。まぁ、彼女もボランチだと言えるな。攻撃的MFが3人でフォワードが2人。そうは言っても桜が言っていたように状況に応じて守備的に動くこともある。まぁ、MFは攻めも守りもやると思えばいい。相手の陣地深くならフォワードもディフェンスをするし、セットプレーやコーナーキックといった特殊な状況ならば空中戦が得意なディフェンダーが攻撃に参加することもある。つまり、何でもありだ。
「ラインを維持するネー!練習通りに!」
前にいるジェニーから指示が飛ぶ。緊張で浮足立っていた最終ラインが視線を交わし落ち着いていく。そうだよな、何もされていないのに慌てることはない。
藍が突破され左サイドから攻撃される。ジェニーが直ぐにフォローに入る。まずは私達の進化を発揮しなければならない状況だ。
敵のフォワードが最前線へ到着しゴール前でのチャンスを伺っている。ジェニーはしつこく食いついて敵がボールを後ろへ下げた。藍も戻ってきて守備に加わる。
桜がボールを取りに行くが直ぐに大きくパスを出された。逆サイドへ攻撃を移す。いおりんが落下地点に向かうが、相手は身体を上手く使ってボールに触らせない。いおりんとボールの間に身体を滑りこませた状況だ。
流石にこの辺の細かい技術力に差が出ているな。プロの試合では当たり前のように見ているが、いざ自分がやろうとしても簡単には上手くいかないな。
相変わらず相手フォワードの動きが激しい。だけど私はある一点に集中している。
敵がいおりんを振り切りゴール前にクロスをあげようとした。
今だ!!!
さっと手を上げた。渡辺三姉妹が連動する。
ピピッーーーーー!
主審が直ぐに駆け寄ってきてオフサイドを宣言した。
「よしっ!」
「やったー!」
滅多に感情を表に出さない三姉妹だが各自喜んでいる。うむ。今回はたまたま上手くいったが、相手が警戒してくることは間違いない。今後はクロスもマイナス、つまり前ではなく後ろ気味に出したり、選手へ直接ではなく空いたスペースへパスを出す、いわゆるスルーパスを狙ってきたりするだろう。
この辺の情報は、しつこく何度も聞かされていた。他のディフェンス陣に視線を送ると、真顔で小さく頷いている。
大丈夫そうだ、皆分かっているな。
ボールをセットしジェニーにパスを出した。
彼女はボールを前線に運びながら、どう攻めようか考えている。ボールを取りに来た相手をスルリと交わすと左サイドへ大きくボールを出した。
そこには賢明に走る藍がいる。速い、マジで速いな。
ボールに追いつくと、相手ディフェンダーと激しく身体をぶつけた。フラフラッとしたけども、少し大きくボールを前に蹴りだし、更に加速する。追いかけるディフェンダーに対してピタッと進撃を止めて通り過ぎた相手の裏から中央へ向けて駆け出す。そして近くにフォローに来ていた桜にパスを出した。
………。
空気が変わった。何だこれは…。仲間の集中力が格段に上がっている。そして敵チームの緊張が今までの比じゃない。
その状況でありながら、桜は迷わずゴールへ向かった。近くの左FWであるフクが大きく声を出す。敵のディフェンダーを一人でも引きつけようとしている。しかし大柄なディフェンダー陣2人が桜に覆いかぶさるように襲いかかってくる!
なっ!?
後ろからだから分かった。相手にはどう見えていただろうか…。
走っているフォームそのままに、ボールを踵に乗せて自分の身体の後ろからすくい上げていた。
一瞬ボールを見失った相手は何が起きたか分からない。ボールはふわりと桜の背中から頭上へ上がり、そのまま敵ディフェンダーの頭上も超えた。
その先には…。
「うおおおおおおおおお!!!!」
天龍が待ち構えている!
ボレーシュートを豪快に放つ!
ボンッ!
「!?」
しかし、田中さんの背中に当たりボールはゴールから遠ざかりつつゴールラインを割ってしまった。
「いったぁ~い。」
おちゃらけながらも、しっかりとシュートコースを塞いできた。なんて人だ…。桜の行動も天龍の動きも読んでいたというのか…。
「おもしれぇ…。」
天龍は仁王立ちしながら田中さんを睨む。
「あなたもね。」
それに少しも怯むこと無く睨み返す田中さん…。
試合はこの先どうなるか、まったく予想は付かなかった。
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