第21話『桜の先輩』

私達は順調に負けていた。ん?順調?

県内の女子サッカー部はもちろん、栃木や千葉の方まで遠征に行ってるよ。こんな強行スケジュールが可能なのも、顧問の後藤先生の交渉力と高木会長の遠征サポートのお陰だよね。

もちろん試合の度に戦術の確認をしているよ。皆疲れているけど、真剣にホワイトボードの上で滑る磁石を見つめている。

だけどゴールデンウィークを目前に不穏な空気が漂ってきた…。


ミニゲーム中の出来事だった。

いつものように攻撃と守備に分かれて練習していたのだけど、天龍ちゃんが放ったシュートがキーパーのミーナちゃんに防がれた。

「ああああああああ!!!!くそっ!!!!」

ミーナちゃんは日に日に上手くなると同時に痩せてきたよ。それと部長のディフェンダーへのコンバートは凄く成功した。競り合いにも強いし、天龍ちゃんと張り合う闘志は見ている方も熱くなるぐらい。

とはいえ、二人にも苦手な部分はあるかな。例えば天龍ちゃんはトラップが苦手で、部長は横への移動が遅くて、左右に振られると直ぐに置いていかれちゃう。そんな部分は練習試合を通じて徹底的に練習しているの。


いおりんはと言うと、こちらもポジション変更は成功と言えると思う。最近は積極的に攻めに参加して良い味を出しているし、元々好きな守備を前線ですることによって相手からは嫌がられる選手へとなってきている。だけど、どっちも中途半端なのは否めないかな…。

通常練習ではそういったことは確認や反復練習もするのだけど、基本的には得意分野を活かしたプレーの充実、それに連携と戦術対応が主な内容となっているよ。

技術では他校に絶対に追いつけない。短所はある程度埋めて長所を徹底的に伸ばし、とにかく連携を強めていく。残り時間を考えると何かに特化するしかないと思っている。

でも…。


「桜…、ちょっと話しがある。」

天龍ちゃんの真剣な表情にドキッとした。何だろう…。

「なぁ、俺達強くなってんのか?さっぱり実感がねーよ。」

「あっ…。」

そうだね、そうだったね。自分たちの実力を本気で発揮する場がないよね。新人戦も出ないと決めているし…。

「月に一回でもいいからよ、本気でやらしてくれよ。」

彼女の提案に他の部員も同調しちゃった。でも、それも重要だよね。ちょっとうっかりしていたかも。

「私や桜はともかく、他の部員には必要かもネー。」

ジェニーまでそう思っている。確かに最近蔓延していた嫌な雰囲気は、何もしていないのに勝手に自信喪失しちゃっていたのかも。

「うーん、ではちょっと聞いてみます。」

「何を聞くんだ?」

「対戦OKかどうかだよ。」

「あてがあるのか?」

「一応、近くにね。」

「何で早く言わねーんだよ。」

「ちょっとね…。じゃぁ、休憩中に聞いてみる。」

「よし、休憩にしようぜ。」


皆で輪になって休憩する。私はリュックからスマホを取り出し連絡帳を開く。

「誰に電話すんだ?」

隣に座った天龍ちゃんが水筒に入れてきたスポーツドリンクを豪快に飲みながら訪ねてきた。

「ちょっと知り合いにね。えーっと、田中さん、田中さん…。あった。」

さっそく電話する。

『もしもーし。』

「あっ、岬です。ご無沙汰しています。」

『あら、桜ちゃんお久しぶりね。元気してるー?』

「はい!まだ、サッカー続けています。」

『本当?良かった、心配したんだよー。』

「ご心配かけました。でもシュートは…。」

『あぁ、大丈夫だよ。絶対に取り戻せるから。』

「はい!ありがとうございます!」

『突然電話なんて、何かあったなー?お姉さんに言ってごらんー?』

「えーっと、実は、つくば市の桜ヶ丘学園に転校しまして…。」

『えっ!?本当に?』

「はい!」

『すぐ近くじゃない!』

「そうなんです。もっと早くに挨拶するべきでしたけど…。」

『いいの、いいの。うちの練習に遊びに来なよ~。桜ちゃんなら大歓迎だよ。』

「あのー、我が儘言ってもいいですか?」

『ん?いいよー。若い子が遠慮しちゃ駄目だよー。』

「実は桜ヶ丘で女子サッカー部が出来たんです。だけど、ちょっと事情がありまして…。単刀直入に言いますと、練習試合をさせて欲しいのです!」

『あはははははははは。突然とんでもない事を言うね~。いいんじゃないかな。でも、ぶっちゃけ勝負になるかな?』

「いえ、勝敗は気にしてないです。あの、事情を説明しますと、割りと真面目に冬の大会で優勝目指しています。」

『ほぉ~、桜ちゃんの実力を考えると、冗談には聞こえないねぇ。』

「それで、他校と練習試合する時は得意分野を封印しながら欠点の克服と戦術、連携をメインにこなしていまして現在10連敗を軽く超えました。」

『まぁ、そうだろうねぇ。相手は3年間みっちりやってるはずだしねー。』

「そうなんです。だから私達はちょっと奇抜に攻めないと優勝なんて程遠いと思っています。」

『なるほどねー。面白そうじゃん。あ、そうか。それだと全力でやれる相手がいないってことかー。あっ、それで勝ち負けは関係ないんだ。』

さすが話しが早いよね。

「はい!どうでしょうか?非公式で構いません。プライペートな試合で構いません。」

『いいよー。仲間に相談してみるね。まぁ、多分OKだよ。20歳超えるとフレッシュさにかけるって皆言ってたしねー。ゴールデンウィークも練習三昧だからさ、都合の良い日を選んで連絡してー。最悪、試合が駄目でも練習には付き合うよ。』

「ありがとうございます!」

『なんの、なんの。可愛い桜ちゃんの頼みなら誰も断れないよー。ふふふ、楽しみ。じゃねー。』

「はーい。また連絡します。」

『デートのお誘いでもOKだよ。』

「えっと、考えておきます。」

『あははははは。でわでわ~。』

「はい、失礼しまーす。」

スマホをリュックに片付けた。


「どうやら、その相手は試合してくれるみたいだな。」

「うん。多分プライベートでって事になると思う。」

「ほぉ。なんでまた?どこの高校なんだ?」

「高校じゃないよ。つぐは大学。」

「はぁ~??」

「大学の女子サッカー部だよ。」

「いや、なんで大学生?」

「おいおい、勝負にならんだろう。」

「いや、確かにつぐは大学は直ぐ傍だけどさ…。」

「怖そうです…。」

何だか萎縮しちゃったみたい…。まぁ、普通にそうなるかもね。ざっと考えてもレギュラー陣とは4歳は年上になるしね。

「大丈夫だよ。百舌鳥高の時も地元の大学生と練習試合やったりしたしね。何とかなるもんだよ。」

「いやいや、今年のつぐは大は絶好調でしょ。確か女子U-23代表で守備の要を担当している田中選手がいるチームで守備が安定していて、そうそう、今年は特に守備が成功していて、固い守りからのカウンターが得意だったはず。」

「うん。電話したのも田中さんだよ。」

「えぇー!?」

「U-17の合宿の時に、ちょっと交流があってね。一緒に練習もしたの。それで連絡先も交換していて、転校の時も相談に乗ってもらったりしていたの。」

「なるほどなー。まぁ、そういう意味じゃぁ、全力でやっても問題ないな。それに高校じゃないから、俺達の情報が漏れることもないな。」

天龍ちゃんの感想に皆も納得してくれた。


「確かにうってつけの相手ではある。しかし、大丈夫なのか?自信喪失しそうだが…。」

部長のような不安な声もあった。

「大丈夫。だって、年上だもん。負けてもおかしくない。だけど…。」

「だけど?」

「勝ったら凄くない?」

「………。」

流石に言葉を失った感じがした。

「しかもU-23日本代表のDFから点を取るの!私は凄く楽しみだよ!」

「くくく。いいねぇ、そういうの。俺も燃えてきた!」

「確かに…。」

「実力を試すには…。」

「これ以上の状況はないね…。」

珍しく渡辺三姉妹もやる気を起こしている。

「え~、あんた達本気?」

いおりんは呆れていたよ。

「先輩達の胸を借りるって思えば…、全力でやって自分達の実力を試すって意味ではとても良いと思います!」

福ちゃんはいつもポジティブだね。

「どうかな?」

私は最終確認をする。最初は不安がっていたけど、なんだかんだ皆もやる気になってくれた。


「俺達がやってきたことをさ、全部出してみればいいだろ?楽しみじゃねーか。」

「田中さんのディフェンスを振りきって点を取れたなら、それこそ自慢してもいいぐらいだよ。」

「ほぉ。そんなに凄いのか?」

「なでしこジャパンでも期待されてるぐらいだしね。つまり、世界の強豪と戦えるってこと。」

「ますますやるしかねーな!」

「フクちゃんも得意のポストプレーを、藍ちゃんは高速ドリブルを、いおりんも自分でやってみたいことを全部出していいんだよ。ディフェンダー陣でも、リクちゃんはオーバーラップを、ソラちゃんは空中戦を、ウミちゃんはタックルを、ミーナちゃんは更に凄いシュートを体験出来るよ。だけど、私とジェニーと部長はいっぱい課題があるかな。」

「そうネー。今後の試合展開の良い経験になるかもネー。」

「そうそう。そして部長はオフサイドトラップの練習、それに本格的なディフェンス技術を個別指導してもらおうよ。」

「おっ!そうだな!桜のお姉さん的な立場の人となると仲良くなるしかあるまい。」

「もう、そんなんじゃないってば!」

あははははは


笑顔が絶えないこのチームが、私は本当に大好き。このチームで絶対に優勝したい。だけど、まだまだ超えなければならない壁はいっぱいあるよね…。

「じゃぁ、つぐは大サッカー部への合同練習を申し込むね。」

結局5月の連休は全部やることになって、またまた皆を驚かすことになっちゃった。

だけど、これが私達のステップアップに大きくつながる事になるはず。

私達は常にチャレンジャーじゃないとね。

ということで、さっそくつぐは大へ向かうこととなった。

手には挑戦状を持って…。

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