第20話『藍の見守るPK合戦』
「では笛は桜に渡す。」
「うん。では特殊PK戦を始めるよ。ルールはさっき言った通り、蹴る人は同じでキーパーだけが変わっていくの。最後に蹴るのは相手のキーパーね。いいかな?」
「よし!桜を賭けたPK戦、負けるわけにはいくまい!」
「………。」
桜のジト目も可愛いね。新人に目を向ける。へー。桜が連れてきた、香里奈ちゃんのクラスメイト、えーっと、美稲ちゃんだっけ?いい顔してるじゃない。
陸上というサッカー以外を経験してきた私だから分かる。そもそもスポーツが好きな娘なんだってね。勝負に掛ける執念とか執着、そして勝ちに拘る性格。そうそう、こういうのが必要だと思うんだよね。もしもそれらが純粋に持てなくなった時、それはそのスポーツで燃えられなくなったってことじゃないかな。
さっきの桜ちゃんだって、身体のハンデなんて感じさせない気迫があったよ。ちょっと怖かったもん。だからかな?コースが読まれていたみたい。
PK戦の方は蹴る順番を決めていた。
ラストは相手のキーパーってのが桜ちゃんが決めたので、1番目から4番目だね。
「私が最初に蹴るネー!」
ジェニーが1番目みたい。
「では、私が2番目に蹴らさせてもらいます。」
フクちゃんが2番目。
「じゃぁ、天龍が4番目蹴ってよ。」
「いいぜ。」
いおりんが3番目、天龍が4番目と決まった。
5番目は、部長がキーパーの時は美稲ちゃんが、美稲ちゃんがキーパーの時は部長が蹴ることになるね。
「では、私からキーパーをやろう。」
部長がゴール前に立つ。
「今日こそ部長を叩きのめす絶好のチャンスネー!」
「こい!」
ほほー。部長が珍しく真剣だよ。あれ?珍しくていいのかな?
ジェニーはいつもの陽気な雰囲気のまま、軽く助走を取る。
「なっ!?」
部長は一歩も動けなかった。軽く蹴ったと感じたそのシュートは、まるで弾丸のように吹っ飛んだ。すげぇ…。これこそワールドクラスのシュート…。
「くそっ!」
部長はマジで悔しがっていた。PKだと蹴る側が有利と言われているね。決めて当然のような風潮もある。調べたところによると、PKでのシュートが決まる確立はプロでも8割ぐらいだと言われているみたい。ほぼほぼ決まって当然みたいな雰囲気になるよね。
でもやってみると意外と難しい。何がって、プレッシャーがだよ。決めて当然という風潮に押しつぶされそうになる。
キッカーのそんな感情を受けて、キーパーは駆け引きする。そっか、さっきのは間違いなく私がプレッシャーに負けたんだ…。桜ちゃんはそこを感じ取って、そして私の行動をつぶさに観察して予測して飛んだんだ。やっぱり彼女は凄いよね。
こんな状況だから、キーパーは右か左か賭けに出てキックと同時に飛ぶ。むしろこの方が断然多いと思う。蹴った後に飛んだのでは間に合わないからね。
そこへ美稲ちゃんがやってきた。彼女を観察すると、事前に話しを聞いたように少しぽっちゃりしているけど、このぐらいなら問題ないと思うよ。走っているうちに直ぐに痩せられるんじゃないかな。
彼女はゴールライン上に立つ。レシーブの構えだ。
「Oh~!それだとゴールの上の方は取りにくいネー。」
ジェニーが助言した。そうか、バレーボールは床にボールが付いたら駄目だからあの構えなんだ。下からすくいやすいんじゃないかな。だけどゴールは垂直上に平面的だね。
彼女は振り返りゴールの大きさを確認しているかのような素振りを見せた。そしてさっき桜ちゃんが構えていたようにする。様になっているじゃない。
「ふ~ん。いい面構えネー!」
ジェニーはさっきと同じようにゆっくりと助走して…蹴る!
ドスンッ!
シュートは決まった。だけど美稲ちゃんは反応していた。まったく動けなかった部長とは違う。それが勘なのか分かっていて飛んだのか分からない。だって、ちゃんとボールの方へしっかりと飛んだから。
「ヒュ~!惜しかったネー。」
「………。」
彼女は、ついこの間まで中学生だとは思えないほどの闘志でジェニーを見つめ返した。
「1-1です。ではキッカーは福ちゃんになります。」
「はい!」
フクちゃんはちょっと緊張しているように見えた。気持ちは分かるけどね…。
普通に走りだして蹴った。
「あぁー…。」
部長はボールと反対に飛んだけど、ボールはポストの外へ飛んで行く。つまりゴールの枠に入らなかった。
「す、すみません!」
「緊張しちゃった?」
桜ちゃんが声をかけた。
「えっと…、はい、緊張しました。」
「本番はもっと緊張するよ。チームの勝敗が決まるんだから。福ちゃんのキックで決まるんだから。」
「あぁ…、あぁ…。」
「だから、外すのは今のうちだけね。緊張を上回るぐらい集中するの。観客の声が聞こえないぐらいにね。」
「わかりました。軽率でした…。やってみます。」
あらあら、ここでそんなに気合入れたら美稲ちゃんが不利じゃない。でも、彼女を見ると、そんな事はお構いなしに闘志むき出しにフクちゃんに向かう。
「手加減しないでください、先輩。」
「もちろんです。」
ここで煽るかぁ~?美稲ちゃんって面白い!
そして福ちゃんが蹴る。
ドスンッ
ボールはゴールネットを揺らした。入ってしまった。でも惜しかった。もしかしたら弾いたんじゃないかと思ったもん。指先では触ったんじゃないかな。
「くそっ!」
美稲ちゃんはあからさまに悔しがった。
「これで1-2です。部長が1点リードだね。次のキッカーはいおりんになります。」
「はいはーい。」
彼女はフクちゃんとは違ってとてもリラックスしている様子だった。部長の準備が終わると、
「そいじゃー、いくよー。」
と、まるで緊張感がなかった。普通に助走を付けて蹴った。
!?
勢いはあまりないけどシュートが決まった。部長は飛んだけども反対だった。
というか、反対に飛ばされたというか…。えっと、つまりいおりんはフェイントを入れたの。左に蹴ると一瞬見せかけて右に蹴った。この場面でやる?
「サッカーは野蛮人が紳士にやるスポーツらしいわよ?」
フェイントを使ったことについて汚いとか正々堂々やれとかって意見もあるかもしれない。だけどルール上問題なければやっていいのだ。現にプロだって使っているし、逆にこの場面でやれる度胸が凄いよ…。
キーパーが交代する。これを止めれば美稲ちゃんにも勝つ可能性が残るね。だって次は天龍だからまず無理だよ。あいつは無茶苦茶だけどゴールを決める才能だけはずば抜けている。例えそれがPKだとしてもね。そもそもシュートも速いし鋭い。
だからここが勝負の分かれ目になるはず。
「へー。いいじゃん、いいじゃん。」
美稲ちゃんの真剣な表情を見て、いおりんも燃えてきたみたい。準備が整うと、桜ちゃんの短い笛の後、さっきと同じように助走を始める。
!?
結果から言うとゴールした。さっきとは違うフェイントだ。蹴る瞬間一瞬動きが止まったかに見えて直ぐに蹴った。フェイントを入れると見せかけたフェイントだ。あれ?よくわからなくなってきた。
でも美稲ちゃんはボールの方向に飛んでいた。これも惜しかった。
「2-3です。次のキッカーは天龍ちゃん。」
「おしっ!」
気合十分の天龍がきた。ボールの前で腕組をしながら鋭い視線を部長へ投げる。部長もそれを受け大きく両手を広げた。大柄な部長が手を広げるとゴールが小さく見える。まるでシュートコースはギリギリ端っこしかないぞとアピールしているよう。
「こい!天龍!」
「おうよ!」
天龍は鋭く加速すると一気にシュートした!
ズバンッ
部長は動けなかった。ゴール左上隅ギリギリに飛んでいったボールは、ジェニーのシュートよりも鋭く感じた。
「ヒュ~!さすが天龍ネー。」
「先輩ナイスシュートです!」
賞賛の声は多い。まぁ、部長が取れなくても仕方がないといった雰囲気だ。だけど入れ違いで入ってきた美稲ちゃんはやる気満々だよ…。
「ほぉ?いっちょ前に殺気立ってるじゃねーか。」
今までにない気合が入っている。それを受けて天龍も燃えてきている。
お互い準備を終えると、さっきと同じように鋭く助走し思いっきり蹴った。
!?
「えっ!?」
「なに!?」
なんと!あのシュートを止めてしまった!
「よっしゃー!!!」
誰にはばかることもなく思いっきりガッツポーズする美稲ちゃん。そりゃぁあれを止められたなら嬉しいよ。コースは右上隅ゴールギリギリ。キーパーから見ると一番取りにくいところなんじゃないかな…。右利きだと右側は何とかなっても左側が苦手とかありそう。
「3-3の同点です。ラスト5番目になります。これで決まらなければ延長戦とします。キッカーは私が決めるね。」
桜ちゃんがそう告げた。確かに延長戦もありえる。だけど美稲ちゃんに取っては一つの難関になるかも。シュートすらまともにしたことないでしょ。
桜ちゃんは彼女に蹴り方のアドバイスをした。はいっと返事をしながら聞いている。流石にハンデだと思ったのか、桜ちゃんがキーパーをして足の甲、インサイド、アウトサイドと蹴らせてあげる。
「どう?いけそう?」
「やってみます。」
いい度胸だよね。勝敗が決まるこの場面で4~5回蹴っただけで望むなんて。
体格の良い二人が対峙する。部長は今までと同じく両手を広げた。あっ、美稲ちゃん駄目だよ…。視線がゴール左に向いている。それじゃぁ予告しちゃっているよ!
だけど彼女は助走に入り不格好ながらシュートした。アウトサイドキックだ!
パサッ
ボールは勢いはなかったけど決まった。ゴールの右下に…。視線はハッタリだったの!?
「よしっ!これもアリですよね?」
「ナイスシュートだよ!」
桜ちゃんは手放しで褒めたよ。まぁ、いおりんが言うように野蛮人がやる紳士なスポーツだからね。騙された方が悪いことになるよ。
「まさかブラフとは…。」
結果的に部長は油断していた。そしてそこを突かれた。勝負に掛ける集中力に差が出た気がしたよ。
「4-3で美稲ちゃんが1点リードです。部長のシュートを美稲ちゃんが止めたら美稲ちゃんの勝ちとなります。」
さぁ、ここで振り出しに戻せるか、それとも勝負が決まるのか…。何だか興奮している私がいる。あぁ…、蹴りたい…。この勝負に参加したいよぉ…。
「悪いが延長戦だ。決めさせてもらう。」
部長は精神的な余裕はある。練習も重ねてきたはずだし、なにせ彼女は逆境に強い。不利な時ほど燃えるタイプだ。
「勝たせてもらいます、先輩!」
美稲ちゃんは集中力を切らしていない。シュートも決めて、ますますノっている感じ。
さぁ、どうなる?
部長の大きな体がグワッと動きシュートする!
バンッ
「弾いた!」
思わず叫んだ。
「やったー!!!」
美稲ちゃんが笑顔で叫んだ。
「ナイスセーブ!!!」
桜ちゃんが駆け寄って抱きついた。
「うーん、よく頑張ったよ~。」
「はい!初めてだらけで不安もありましたけど、先輩のお陰です!」
「そんな事無いよ!美稲ちゃんは短い時間で成長したの。だけど、もっともっと上手くなれるよ!私達と一緒に全国目指そう!」
「はい!私、やりたいです!一緒に!」
部長が頭を掻きながら近寄る。
「残念ながら私の負けだ。サッカー部に入ってくれるなら、美稲が守護神になれ。」
「守護神…。いいんですか?」
「もちろん!私は就活することにしよう…。」
「大丈夫、部長の就職先は決まっているの。」
「ん?そうなのか?」
「うん!皆集まって~!」
桜ちゃんに呼ばれて全員集合する。
「これより、桜ヶ丘学園女子サッカー部の最終ポジションを発表します。1番GK市原 美稲ちゃん。2番CB(センターバック)戸塚 紗理奈。3番SW(スイーパー)渡辺 蒼空。4番右SB(サイドバック)渡辺 莉玖。5番左SB渡辺 羽海。6番右SMF(サイドミッドフィルダー)伊藤 伊織。7番DMF(ディフェンシブミッドフィルダー)ジェニファー エドワード。8番左SMF神埼 藍子。9番左FW(フォワード)福田 舞。10番右FW 天谷 龍子。11番OMF(オフェンシブミッドフィルダー)岬 桜。12番マネージャー兼補欠 三杉 可憐。13番同じく補欠 戸塚 香里奈。これでいきます。」
「おぉ~。」
歓声が上がった。
「人数不足だから、可憐ちゃんも練習に参加してね。それと香里奈ちゃんは、オフェンスもディフェンスもそつなくやれるので、色んなポジションを経験しながら怪我や体調不良で出られない選手の代わりにいつでも出場出来るようにすること。かなり大変だけどいける?」
「はい!香里奈頑張るあります!」
「うん!」
桜は嬉しそうだった。やっとチームとして形が見えてきた感じだしね。
「私がディフェンダーで大丈夫か?」
部長からだ。
「大丈夫!というか、むしろディフェンダーの方が才能あるよ!」
「そうか!桜が言うなら間違いあるまい。」
「でも大変だよ~。」
「望むところだ!桜を泣かした奴をなぎ倒してみせる!」
あぁ…確かに野蛮人が紳士にやるスポーツだわ。
「私攻撃陣なの?」
ポジション変更があったいおりんからだ。確かに中央のディフェンスでやってきていて突然MFだもんね。
「MFだからといって攻撃だけしていれば良いわけじゃないよ。真っ先に守備しなきゃいけないし、ここでボールが取れればかなり有利だしね。敵からはかなりの脅威になるよ。それにいおりんの後ろには足の速いリクちゃんがいるからね。リクちゃんが攻撃に参加した時はいおりんとポジションチェンジして守備につくことになるよ。」
えぇ?もうそこまで考えているの?仲間からも感嘆の声があがる。
「シンプルな4-4-2だけど、色んな可能性のあるシステムになるよ。これから一杯覚える事があるけど、ハーフタイム毎に振り返ってしっかり覚えていこうね。」
「うへぇ…。サッカーってやっぱ難しいよ…。」
「大丈夫!体が勝手に動くまで練習するから!」
「そ…、そうだね…。」
私は軽く絶望した。
だけど、そんな絶望すら忘れるほど練習に打ち込むことになったよ…。
練習試合も予定通り課題を持って望みつつ負けまくった。
成長しているとは思うのだけれど、意外な不満が溜まりつつあった。
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