第23話『部長の緊張』
また左サイドから攻撃をしかけられている。
私はゴール前から渡辺三姉妹とジェニーの動きを確認する。
藍がディフェンス苦手っていうのを見ぬかれてしまっているな。というか、いおりんがどちらかというとディフェンスの方が得意だから攻めにくいってのもある。更に言えば、敵が右利きだと自軍の左サイドは必然的に狙われやすくなるっていうのも関係している。
だけど、それはそれでこちらも対応を取りやすい。
事実左ＳＢのウミはすかさずフォローに行くし、ジェニーも藍のフォローを欠かさない。
そういった状況が敵の攻撃のリズムを狂わせている。後ろに戻しても桜がチェックに行くことになる。
渡辺三姉妹は口数も少なく感情も露わにしないタイプだが、いざサッカーとなるとまるで別人だ。見た目はそっくりだけども、長女のリクは足が速くいおりんと入れ替わりで攻撃参加、つまりオーバーラップしていくこともある。いおりんが止められても、後ろから追い抜きつつパスを繋いで中に入れる。こんなシーンもあった。ただ、パスもシュートも微妙なところだ。今後の課題となるだろう。
次女のウミはタックルが上手い。ここっ！ってところで仕掛けてくる。敵も警戒していて、かなりやり辛そうだ。注意しないといけないのは、間違ってファールしてしまうことだな。
本人はボールにタックルしたつもりでも、足に入ってしまったとかいうケースもあるだろう。なので、タックルは強力だが危険も伴う。上手いとはいえ注意が必要だ。それと、タックル以外はこれからも練習を続けるしかない。タックルを封印されたウミは辛そうにディフェンスしているからだ。
そして三女のソラはヘディングが上手い。空中戦なら身長が高いはずの私ですら手こずる。身体の入れ方やタイミングは明らかに私より上だろう。ただ、地上戦というかそっちは課題が残る。とはいえ、３人共同好会の時よりは上達している。
ただし、これだけは自信を持って言える。オフサイドトラップだけは精度が高いと自負している。現に今日も大学生チーム相手に２度もきめている。
今回も絶好のチャンスだ。
そう思っていたところ、ボールは短いパスでつながれながら徐々にゴールに向かってきている。まずい…。これではオフサイドトラップどころではなくなる。ゴールとの距離が近すぎるのだ。
敵の攻撃陣の数が増えてくる。まずい。畳み掛けるつもりだ。
「耐えるぞ！！！」
クロスが上がる。少し高いが打たれる。私は必死に身体でガードしベストポジションを奪わせない。敵のフォワードと一緒にジャンブする。
！？
ボールに届かなかった。お互いが競り合い邪魔しあうことで上手く飛べなかった。
ボールはゴール前を通り過ぎ逆サイドに転がる。これを先にとったのは相手チームだ。リクがチェックに入るが簡単に交わされてしまった。再びクロスが上がる。
なっ！？
高い。明らかに敵のフォワードに合わせていない。そうか！
「ソラ！頼む！」
私の後ろでは敵の攻撃陣がヘディング勝負に来ていた。ミーナは飛ぼうか迷ったがゴール前でシュートに備えた。
しかし、そのヘディングシュートを狙いにきた選手を見て愕然とした。
それは田中さんだったからだ。ここで決めると言わんばかりに長身も活かして豪快なシュートを放つ！
！！
しかしミーナは横っ飛びでそのボールをキャッチした。私がキーパーなら入れられていたかもしれない難しいコースだ。それなのにパンチングで弾くのではなくキャッチまでした彼女の能力を認めるしかない。
「ミーーーーーナーーーーーー！」
センターサークル付近から彼女を呼ぶ声が聞こえた。桜だ！
ミーナは直ぐにボールを蹴りだす。前のめりになっていたつぐは大メンバーは慌てて守備へと駆けていく。しかし、その頭上をボールが追い越していった。
桜にもマークがついていたが、ヘディングする素振りを見せてスッと敵の後ろに走りマークを外す。ワンバンドしたボールを、まるで最初から転がっていたかのように綺麗に処理をしドリブルに入る。相手チームの焦土感が伝わってくる。桜の事をよく知っている私達ですら、これから何かが起きるという緊張感が半端ないのだ。
カウンターが得意なつぐは大のお株を奪い、桜ヶ丘高がカウンターを仕掛けている。
桜は止まること無くゴール前へと走っていく。その前を２人のフォワードが今か今かとポジション争いを繰り広げながら前を走る。
どっちにパスを出すのか。敵も、味方さえも分からない。いつも思うのだが天龍とフクはどうやって自分にパスが来るってわかるんだろうか…。
パスが出た時には、最初からそこへパスが行くことが決まっていたかのようにボールを受け取りさばいている。
そうなるとシュート力を魅せつけた天龍に敵ディフェンダーも注意がいく。藍も少し遅れて左サイドを走っているのも見えた。
敵が迷っている。
その瞬間、桜は左へふわりと浮かせたパスを出した。フクの方だ！敵は対応が遅れながらも２人がかりで潰そうと駆け寄る。
ヘディング勝負になる。
フクはくるりとこっちを向きゴールに背を向けた。そのまま敵と競り合いながらヘディングする。あれは恐らく少し後ろ気味に飛んでいる。だから身体を入れようとしてきたディフェンスが押されて上手く競り合えなかったはずだ。
フクからのヘディングは地面に叩きつけるように右後方へ出された。私が言うのもなんだが見事なポストプレーだ。そこへ走りこんでいるのは…。
「うおおおおおおおおおお！！！」
もちろん天龍だ！敵のマークが付いているがお構いなしにダイレクトボレーを撃った！
ドンッ！
今度は見事にゴールが決まる。
人差し指を立てて高々と上へ掲げる。１点目と言わんばかりのドヤ顔だろう。
「天龍ちゃんナイスシュート！」
桜が直ぐに走り寄って飛びついた。
「先輩！！！」
フクも嬉しかったのか珍しく抱きついた。
「あ～あ。デートは無しかぁ。」
そんな光景を見ながら田中さんは自軍へ戻っていった。だけど、悔しそうでは無かった。何というか、押してはいけないスイッチを押した気分だ。
「みんな～。これで彼女達の実力が分かったかな？ここからはいつものつぐは大でいくよ。」
「何言ってるんだよ。遊びに行ったのは田中じゃないか。」
「たまにはシュートしてみたいじゃん！」
「はいはい。田中こそ自分の仕事しような。」
彼女達の言葉には余裕が感じられる。だけど、こっちは正直目一杯だぞ…。
試合が再開されたつぐは大の動きは、今までとは全然違っていた。細かく速いパスを出しながらこちらに守備をさせてくれない。
この時、既に敵の術中にはまっていた。いつの間にかこちらが前のめりになっていたのだ。
後から思えば、こういうゲーム運びが出来なければ優勝なんて程遠いのだと分かる。ただただボールを追いかけているだけではダメなんだ。
それに田中さんは天龍にピッタリ張り付いて彼女に仕事をさせない。天龍もイライラしてくる。当然プレーも雑になってきていた。
そんな時だ。突如中央付近から大きく縦パスを出された。つぐは大のカウンターだ。
敵のフォワードに向かってボールが飛んで来る。
私は直ぐに競り合いに入る。
！？
スッと前に出た敵のフォワードは私を背中で軽く押す。不意に押され私がよろめいた時にパスを受け取りクルッと反転すると私を置き去りにしてゴールへ突き進む。
直ぐにソラがカバーに向かうが追いつけない。前に出たミーナも交わされあっさりと同点に追いつかれた。
なんて鮮やかなんだ…。
たった一本の縦パス、たった一回のフェイントで１点が入ってしまう。
改めてサッカーの恐ろしさを思い知る。
「すまない…。」
駆け寄ってきた渡辺三姉妹に謝る。
「謝ることなんて…。」
「何もない…。」
「私達も成長すれば良いだけ…。」
意外と前向きな言葉に私が励まされる。そうだよな。一人でサッカーは出来ないもんな。
「よしっ！次は防ぐ！ミーナ、次はもっと上手くやるからな！」
「私も次は防いでみせます！」
「さっきのは相手が一枚上手だってネー。カウンターには十分気を付けるネ。少しでも時間を稼いで私や両サイドウィングが帰ってこれる時間を作るネー。」
ジェニーの助言はいつも助かる。私達がどうすれば良いか直ぐに答えを出してくれる。
「ＯＫ！さぁ、追加点取るぞ！」
「オオオォォォォォォォォォォ！！！」
しかし、お互い見せ場もなく前半が終わった。
大きく肩で息を吸う桜ヶ丘高チーム。片や笑顔も見えるつぐは大チーム。同点だったがレベルの違いは歴然だった。
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