第16話『桜の新ユニフォーム』
「先生!何をやっているんですか!!」
私はお店が定休日でバイトが休みの放課後、商店街の中に後藤先生の姿を見つけた。
募金箱を抱えて、いつものビシッと決めているスーツ姿で立っている。
「ん?桜か。気にするな。」
「だって…。だって…。」
募金箱には『桜ヶ丘女子サッカー部が来年度より始動します。しかしながら創部初年度は部費が少なく、お店のご好意で辛うじて購入出来たユニフォーム以外、ボールすら買ってあげられない状況です。皆様の暖かい支援を頂きたいと思います。』と書いてあった。
しかし字が小さいうえに文章が長いので、立ち止まらないと読めないのだけれど、後藤先生の目の前で止まるには、大人の男性でもちょっと気が引けると思う。
背が高く逆三角形の体格だしね…。しかも強面…。
「先生、大丈夫!私と天龍ちゃんでバイトして何とかするから!」
「お前達はサッカーに集中しろ。私にはサッカーの知識も技術もないからな。このぐらいしかしてやれない。」
「先生…。」
馬鹿げた行為だとは思っている。私達サッカー部よりも困っている人は沢山いるし、募金の対象にする事自体に疑問符がつくぐらい…。だけど、それでも先生は立ってくれた。
「後藤先生…。先生の気持ちはとても嬉しいです。だけど、先生ならではの方法もあると思います。」
「ほぉ。例えばどんなのがあるのだ?」
「部活に必要そうな物品を分けていただくのです。例えば壊れたベンチ、捨てる予定のホワイトボード、更新の為に破棄する予定の古いモニターやDVDプレイヤー、そんな物をいただいて自分達で直して使うって方法です。それを学校HPの部活のページに広告したりチラシを作って貼らせてもらったりするんです。」
「なるほど。それなら出来るな。」
「さぁさぁ、今日は引き上げましょう。」
「分かった分かった…。押すな…。」
先生ってもしかして、とても真っ直ぐだけど、とっても不器用なのかも。寅子さんが苦労するわけだよ…。
「後藤先生。」
「何だ。」
「ありがとうございます!」
「何がだ。私はただ…。」
「やろうと思って出来ることじゃないです。凄く嬉しかったです!」
普通の人なら、きっと晒し者の気分だったと思う。罰ゲーム的な…。それを平然と、堂々とやっちゃう後藤先生って、やっぱりヒーロー気質があるよ。
「礼を言われる筋合いはない。本気でやれと言ったのは私の方だ。」
「はーい。でも、これからは事前に相談してくださいね。桜ヶ丘女子サッカー部には、先生も含まれてますからね。」
「そうか…。」
「そうです!」
「気を付けることにしよう。」
「ふふふ…。」
「何が可笑しい?」
「私、先生みたいになりふり構わず努力する人って大好きです。」
「生徒が先生に恋愛感情を持ってはいけない。」
「分かっていますよー。だって、先生にとって私は2番ですもん。」
「2番?」
「はい!先生のことが1番好きな人は別にいるし、私の中でも2番目に好きです。」
「うむ。それぐらいで良い。ちなみに1番は誰だ?お父さんか?」
「ニシシー。」
バックからボールを取り出した。そう、これが1番!
「恋愛も悪くはない。今からでもいいから、せめて人に恋しなさい。」
「へー。その答えには意外です。」
「青春は1度きり。2度とやってこない。そう思っておきなさい。」
「なら、私の1番の青春はサッカーです。」
「なるほど。それも答えの一つかもしれないな。」
「はい!」
私はヘディングでリフティングを始める。1回…、2回…、3回…。
「公共の場でボールを使うのはやめなさい。」
「はーい。」
そうだった。またお巡りさんに怒られちゃう。ボールをリュックに仕舞う。
「それにしても上手いな。」
「これは練習すれば誰にでも出来ます。」
「私にもか?」
「先生にもです!年齢も性別も経験も関係ありません。リフティングだけ上手い人もいますから。世界大会もあるんですよ?」
「ほぉ。」
「興味持ちました?スパイク買いにいっちゃいます~?」
「どの道、サッカー部顧問という肩書き上、スパイクは買う予定だ。」
「じゃぁ、買いに行きましょうよ!」
「うむ。知っている人がいた方が効率的だな。」
「何を言ってるんですか~?」
「ん?」
「これはデートですよ!デート!!」
「そうではない。」
「はいはい。行きましょー!」
私は先生の腕を組む。
「こら、勘違いされるような事はするな!」
「大丈夫!私の身長が低いから親子のように見えるでしょ!」
「………。」
「だめぇ~?」
「ハァー…。桜はプラス思考の塊だな。」
「そうかなぁ?」
「そうだな。まぁ、悪いことではない。どんな細かい不満や不具合もプラスに転換する。これらは苦労してきたからこそ出来る思考でもある。」
「苦労かぁ…。辛いことや悲しいこともあったけど…。きっと何とかなると思っています。」
「その何とかしてきた秘訣を教えてもらいたいものだな。」
「えっ?」
いきなりそうくるとは思わなかった。
「えーっとね、とにかく誰かに相談するの。話しをすることで解決の方法は見えてくるよ。一人で悩んでいても解決はしないからね。答えは出ているけど後押しして欲しい時、究極の選択を迫られている時、自分の力だけではどうしようもない壁に当たった時とかね。」
「そうか…。」
先生は何か悩みがあるのかな?
ほんの少し見せた寂しそうな表情が印象的だった。
天龍ちゃんに続いて先生のスパイクとジャージを買ったよ。いつか部員でお揃いのジャージも買いたですねって話しをしたりした。
そんな中、初の練習試合が近づいてきた頃、待望のユニフォームが届いた。
早速ダンボールを開ける。
「わぁ~。」
「いいじゃん。」
「素敵…。」
色んな感想があったけども、全部いい感触だったよ。
ユニフォームは全体が白に近い薄いピンクで、濃いピンクの桜の花びらが舞っているイメージだよ。この桜の花びらは11枚ある。もちろんサッカーのプレイ人数を表している。背番号は1から11までで色は朱色をしているよ。
キーパーは緑系でまとめられていて、絵柄は同じようになっていた。
「よし!ではユニフォームを配る。」
部長が仕切る。
「1番はキーパーで私が貰う。」
部長はちょっと照れくさそうな表情をしている。
「2番はセンターバックのいおりん。」
「はーい。何だかドキドキするね。」
「3番は同じくセンターバックのソラ。」
「はい…。」
「4番はサイドバックのリク。」
「はい…。」
「5番は同じくサイドバックのウミ。」
「はい…。」
三つ子は返事も受け取り方もまったく同じだった。
「6番は右ウィングの可憐。」
「は、はい!うぅ…緊張する…。」
「7番はボランチのジェニー。」
「ハ~イ!私、頑張るネー!」
「8番は左ウィングの藍。」
「ハイ!一生懸命走ります!」
「9番は左フォワードのフク。」
「ハイッ!!」
「10番は右フォワードの天龍。」
「おうっ!」
「11番はトップ下の桜。」
「はいっ!皆、頑張ろうね!」
ユニフォームを抱えながら拍手が巻き起こった。
「それから、これ。」
そう言うと真っ赤なキャプテンマークを取り出した。
「これは桜に渡したい。異論があれば言ってくれ、無ければ拍手!」
「ちょっ、待って…。」
私の声は大きな拍手でかき消された。
「あの…、我が儘言って11番頂いたのに…キャプテンまで…。皆さんが望んでくれるなら精一杯頑張ります。」
11番は百舌鳥高サッカー部の時もU-17代表の時も付けていた背番号なの。
ペコリとお辞儀をしてキャプテンマークを受け取る。
それを確認した部長は話しを続けた。
「最後に一言。今回の背番号とポジションは暫定だと思っている。今後適正が変わればポジションも背番号も変えていくつもりだ。もちろん1年生で有望株が居ればレギュラー争いも起きるし、入れ替えもありえることを承知して欲しい。特に可憐は本来マネージャーとして入部してもらっている。右ウィングは空席と同じだからな。」
そしていよいよ初の練習試合の日を迎えたよ。
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