第15話『桜の展望』
「お父さん、私バイトする!」
「部活はどうするんだ?」
「もちろん部活の後に!だから、帰りが少し遅くなっちゃうの。ご飯も遅くなっちゃうけど、いいかな?」
「バイト自体やることには反対しない。飯が遅くなっても問題ない。だけど、一応理由だけは聞いておこうか。」
「えっとね、サッカー同好会がサッカー部になったのだけど…。」
「おぉ、それはおめでとう。」
「ニシシー、ありがと。だけどね、部費があんまりないの…。」
「なら、父さんから少し出そうか?」
「ダメー!」
「ん?」
「お父さんが出しちゃったら、他の部員の親も出さないと駄目みたいな空気になっちゃうでしょ。」
「あぁ…。」
「だからバイトなの。」
「そうか、分かった。だけど、無理して身体を壊すようなら辞めてもらう。いいな。」
「うん!ありがと!」
「あてはあるのか?」
「天龍ちゃんのお母さんがやっている食堂「天空」でやるの!」
「桜に言われて一度行ったが、その友達が手伝っていたぞ?」
「それがね、我が家秘伝の焦がし醤油チャーハンを作って出したら大受けでね!今人手が足りないの!」
「そうか…。あれは母さんの味だからな。美味しいのは当たり前だ。」
「うん!」
「今ね、裏メニューで出していてね、それが逆に人気になったみたい。」
「なるほど。ならば頑張ってみなさい。だけど、どうしても困ったことがあったら、悩む前に相談しなさい。」
「お父さん…。ありがと…。」
「それで、いつだ?」
「何が?」
「コホン…。」
「ん?」
「公式戦だ。」
「公式戦?」
「公式戦はいつだと聞いている。」
「あぁ、冬まで出ないよ?」
「どうして…。部活になったんだろう?」
「優勝したいの!だから、最初から手の内を見せちゃったら…。」
「百舌鳥高に挑戦したいのか?」
「そう!復讐とかじゃないよ!挑戦するの!私達が目指すサッカーと百舌鳥高が目指すサッカーとどっちが強いか挑戦したいの!」
「一発勝負の賭けか…。なるほど…。ふふふ…。」
何故か父さんは楽しそうだった。
「試合が見られないのは残念だが、後の楽しみにとっておこう。」
あぁ…、そうかぁ…。
お父さん達にとって娘が試合に出てそれを見に行く楽しみもあったんだよね…。そういうの奪っちゃった事になっちゃうのかぁ…。しかも練習試合の連敗は確実だし…。
「ごめんなさい…。」
「ん?」
「だって、お父さんの楽しみが暫くなくなっちゃったから…。」
「あぁ…。百舌鳥高を倒すためなら仕方ないだろう。父さんは良いと思うぞ。最後までやってみなさい。」
お父さんはいつも試合を見にきてくれていた。インターハイもU-17の試合も…。
「練習試合は沢山したいのだけど…。」
「ほぉ?」
「全部負けるつもりで闘うの。」
「ん?」
「練習試合ではそれぞれの欠点を克服してもらいたいの。だから善戦なんて出来ないよ…。私もね、左足でしかプレーしないって思っているの。それに苦手なドリブルにも挑戦したいの。」
「なるほど。それは敵の目も欺けることになるな。」
「そういう狙いもあるよ。」
「ドリブルはどんな事に挑戦しているんだ?」
「出来れば左足でルーレットとか決めたいのだけど難しいよ。ルーレットわかる?」
私は人差し指と中指を足に見立てて説明した。
「ドリブルしていてね、足の裏でボールをタッチして、身体をディフェンダーに対して背を向けるように半回転させて、ボールとディフェンダーの間に自分の身体を滑り込ませつつボールを一瞬隠して、更に半回転して抜き去っていくの。」
「難しそうだな。」
「うん。右足でならそれなりに出来るのだけど、左足だとキープ力が弱いというか…。でもね、諦めないよ。」
「うむ。挑戦し続けることに意味があると思う。」
「うん!」
ということで食堂『天空』でバイトが始まった。
「裏メニュー3人前あがり!」
「あいよ!」
「はい!」
私と天龍ちゃんは殺人的な接客に目が回りそうになっていた。
「いやー、1時間待った甲斐があったよ。」
そんな声も聞こえてきたよ…。そんなに行列出来ているんだ…。
「龍子さん、ちーっす!」
タイガー&ドラゴンのメンバー達も噂を聞きつけて食べにきてくれていた。
「てめーら!暇な時に食いに来い!」
「そんなぁ。こんな近くで流行りの食い物があれば来ちゃうっしょ!それも龍子さんのお店となれば尚更!」
「こっちは死にそうだぞ!」
「まぁまぁ、流行っているのはいいことじゃないっすかぁ。あっ、桜ちゃんもちーっす!」
「ちーーっす!」
「可愛い…。」
「褒めてもレシートしか出ませんよ!」
「そんなぁ…。」
「ゆっくり味わっていってくださね。」
「うーっす!じゃぁ、裏メニュー4人前で!」
「はーい!」
こんな感じで大繁盛だよ。
バイト代も稼げて一石二鳥だね。
春休みは連日練習が入っている。
ある日の休憩時間の雑談で意外な話しを聞いたよ。
「ねぇねぇ、知ってる?」
それはいおりんからの情報だった。
「顧問の後藤先生がね、募金活動しているらしいの!」
「へー。」
「どこで?どこで?」
「なんかね、商店街でやってたって。」
「何の募金しているんだろう?」
私はそこが気になったよ。
「さぁ…?見たっていう友だちもね、後藤先生に近づくのが怖かったから遠くから見ただけなの。」
「気持ちわかるー。」
「そんなに怖がらなくっても…。でも気になるね。」
今度話しを聞いてみようかな。そう言えば最近部活にも顔を出さないしね。
「皆ー!」
そこへ可憐ちゃんがやってきた。
「職員室に呼ばれたから行ってきたのだけど、練習試合決まったよ!」
「おぉ!」
「やったね!」
驚きと喜ぶ声があがった。そうだよね、やっと返事もらえたものね。
「で?どことなの?」
「土浦四高だよ!」
「となりの市だね。」
「強いの?」
「うーん、今までの評判はいまいちかな?でも、今年は良い感じらしいよ。予選突破いけるんじゃないかって噂されている。」
「うむ。皆課題を持って試合に誂もう!」
「おぉ~!」
そう、私達は普通に練習試合していたんじゃ駄目だって理解しているから、得意なプレーを封印して敢えて苦手なプレーをすることにしているの。だから試合には負けると思う。
だけど、ここからがスタートだからね。
「うちのかーちゃんにさ、部活に昇格したって報告したら喜んでくれたけどさ、練習試合では負けまくるけど心配するなって言っておいたよ。」
部長の言葉だ。
「私もお父さんに言ったよ。そしたら面白そうだなって言ってた。」
「桜の義理父さんもか。うちのかーちゃんも派手に負けて全国大会で見返してあげなさいって気合いれられたよ。」
部長のお母さんも話しが分かる人で良かった…。
「えー、いいなぁ…。私のお母さんは、そんな小手先のことやっていないで全力でぶつかりなさい!って言われたよぉ…。」
いおりんのお母さんは反対だったみたい。
「ごめんね…。私が変な作戦考えちゃったから…。」
「いいの、いいの。お母さんは体面ばっかり気にするんだから。そうじゃないって全国大会で見せつけてやるの!」
「うちの両親は…。」
「お父さんが反対で…。」
「お母さんが賛成してくれた…。」
渡辺家の反応だった。そういうのもあるかもね。
「皆さんいいですね…。私の家では部活になったよって言っても反応なんかなかったですよー…。ちょっと寂しいです…。」
福ちゃんの家は判断しずらい状況だね…。
「まぁ、まだ試合もこれからだからね。大丈夫だよ。」
私がフォローを入れるけど、彼女は苦笑いしていた。
「でも問題ないです。サッカーやるのは私で両親じゃないですし。いおりん先輩じゃないけど、最終結果を見せつけてやります!」
やっぱり試合となると皆の気合も違ってきたよ。
「あっ、それと、もうすぐユニフォームも出来上がるって連絡も入ったよ!」
「すげー楽しみだぜ!」
「早く着たいです!」
これも盛り上がる要素だよね。皆で考えて決めたユニフォーム。私もとても楽しみ~。
テンションが高くなったところで練習を再開した。
だけど私は後藤先生のことがちょっと気になったので、食堂が定休日でバイトが休みの時に見に行ってみることにした。
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