第14話『ジェニーの安堵』

「桜!気を付けろ!」

天龍の声がするネー。だけどもう遅い!

私は桜と直接対決をする。同じチームになれば試合で当たる事はないけども、こうして毎日いくらでも勝負出来る!

だけど…。

何度見てもボールが吸い付いているみたいに足に纏わり付いていて、なかなか奪えないよ。

でも楽しい!エキサイティング!

夢中になっていると、不意にパスを出されてゴールが脅かされた。


「さすが桜ネ…。」

「ジェニーはもう少し左足を上手く使えるといいかもね。」

「そうね…。だけどそう簡単には…。」

「じゃぁ、私と一緒に練習試合では左足だけでプレーすること。」

「Why?」

「言ったでしょ。練習試合は100連敗するって。徹底的に弱点を克服するの。」

「マジ?」

「マジ!」


この娘の発想は、かなりぶっとんでいるね…。だけど、ここで克服しておけば将来役に立つのは間違いない。でも100連敗って…。

「その代わり練習ではお互い本気でやろうね。」

「それが楽しみで来日したのね。でも、試合でも勝ちたいネ~…。」

「ふふふ。それは最後のお楽しみだね。」

「OK!OK!」

いつまで我慢出来るか不安だよ。

でも、桜が言いたいことも、ちゃーんと理解しているつもり。翼のチームの凄さは十分に分かっているつもりだよ。U-17日本代表レギュラーの半分以上が彼女の高校のチームメンバーだったからね。


攻撃陣では翼と桜、守備陣ではフィジカルの強いセンターバックの高宮と、ゴールを守る為に生まれてきたかのようなキーパーの若森。

あの守備を崩そうと考えるだけでもため息が出るよ…。

「でも、うちのチームも1面コートが欲しいネー。」

「そうだよねぇ…。」

隣に視線を移すと男子サッカー部が練習をしている。部員もそこそこいるけれども、2面も必要ないと言われれば否定できないんじゃないかな?

「ねぇ桜。試合をして1面ぶんどるってのはどうかな?」

彼女は少し考えてから答えた。


「厳しいかなぁ…。男子相手だと、体力差、体格差、それにスピードも違うし、そもそも練習量も経験も段違いだよ。」

「やっぱそうだよね…。でも、1点勝負なら乗ってきそうじゃないかな?」

「コートを賭けて、そんな不利な条件飲むかな?」

「うーん、確かに。反対の立場なら絶対に乗らないよね。」

「ほぉ。お前らコートが欲しいのか。」

そこへ突然、後藤ティーチャーがやってきた。マネージャーの可憐と一緒だね。二人は部費の話しを校長としてきたはず。


「やっぱり1面の広さを意識しつつ練習したいです。ただ…。」

桜は苦笑いしていた。だよねー。こんな賭けには乗ってこないよね…。

「話してみなければわからないこともあるだろう…。天谷!」

ティーチャーは天龍を呼んだ。

「何だよ。」

「ちょっと着いてこい。コートもらいに交渉してくるぞ。」

「任せておけよ!竜也先生公認でぶん殴れるなら…。」

「誰が暴力をふるえと言った。」

「違うのか?」

「桜。どの条件ならいけるんだ?」

「こちらが制限時間内、そうですね30分位内に1点取ったら…、ぐらいなら何とか…。1点も取れなかったら諦めるって内容でどうでしょうか?」

「よし分かった。」

両手を頭に乗せて歩く天龍を連れて、二人は何やらヒソヒソ話をしながら男子サッカー部の方へ行った。


「大丈夫かな?」

「見守るしかないよ…。」

男子サッカー部の顧問の佐竹ティーチャーが呼ばれ何やら話をしているよ。最初は首を振っていたが、天龍が何かを伝えると、近くにいた男子サッカー部員がワラワラと集まってきて、いつの間にか罵り合いになっているみたい…。

すると天龍だけ小走りで戻ってきたよ。

「あいつら、ちょっと煽ったら顔真っ赤にして挑発に乗ってきたぞ。ちょろいもんだぜ。」

天龍は女の子でありながら、このCityのヤンキー共を、コブシひとつで従えたと聞いたよ。その話は嘘ではなさそうね。男子相手に挑発出来るなんて私にはちょっと無理だよ。


「全員集まってくれ!」

天龍が掛け声をかけて全員を集めた。

「あー、これから男子対女子でコート1面を賭けて勝負することになった。ルールは30分一本勝負で、俺達が時間内に1点でも取れたら勝ち。取れなかったら負け。」

「突然の話だが、これはチャンスだな。」

部長は案外前向きだよね。こういうところだけは認めてあげる。だけど桜を賭けた勝負は譲れないよ!

「最近やってきた練習の成果を確認し合いましょう。私達は試合経験もまだありませんので、練習通りパスルートの確認、ボールをトライアングル状で受け取れる状況を作ること、守備陣は兎に角ジェニーにボールを集めて、攻撃陣は私が何とかラストパスを出してみます。」

「OK!」

「可憐ちゃんにも試合に出てもらうよ。いける?」

「ちょっと緊張しているけど…、まぁ、男子相手なら…、顔見知りも多いし…。」

「お願いするね。FWは天龍ちゃんと福ちゃん、トップ下で私、右ウィングに藍ちゃん、左ウィングに可憐ちゃん、ボランチにジェニー、センターバックにいおりんとソラちゃん、右サイドバックをウミちゃん、左サイドバックをリクちゃん、キーパーを部長で行きましょう。」

「よし!桜ヶ丘学園女子サッカー部の初の試合だ!気合入れていくぞ!」

「おぉー!!」


桜は、相手は男子ということもあって、パワー勝負だけは避けるようにと注意した。確かにそうだね。フィジカルでは敵わないもん。

試合の準備が進められ、審判は男子部員から出してくれた。後藤ティーチャーが不正は許さないと、いつもの生活指導ばりの喝を入れた。主審は震え上がっていたね…。可哀想に…。日本は規律に厳しいから仕方ないネー。

そして初めての円陣を組んだよ。


「最初が肝心です。相手は女子ということもあるし、同好会から昇格したばかりで大したことないと思っているはずです。その油断が大きいうちに勝負を決めたいと思っています。ボールは相手からだけど、最初の攻撃をしのいだ後、速攻のカウンターでいきましょう!」

部長が大きく息を吸った。

「桜ヶ丘ーーーーファイ!!!」

「オォォォォォォ!!!」

円陣が解かれそれぞれのボジションに向かっていく。私の前には桜がいる。正直一緒にプレー出来ることが楽しみで仕方がないよ。

どんなドリブルをするのか…。

どんなパスを出すのか…。

どんなポジショニングをするのか…。

私は彼女のプレー全てを目に焼き付けなければならない。それはアメリカ女子サッカー界に大きなプラスになると信じているから。


ピーーーーーーーーーッ

長い笛が鳴り試合が開始した。

相手は一旦ボールを下げつつ、こちらの様子を伺っている。そこへ天龍が突っ込んでボールを奪いにいく。

彼女をあざ笑うかのようにパスが出され、ボールが回っていく。ザッと見た感じ、思ったよりもやるじゃない。基礎もしっかり練習してきている感じはするね。

左サイドから攻めこまれ、可憐が簡単に抜かれてしまう。これはマズいネー!

フォローに、走り直ぐにチェックをかける。相手はパスもドリブルも防がれ攻めあぐねている。戻ってきた可憐とボールを奪いにいく。


だけど彼は援助にきた仲間とワンツーで切り抜けると、大きくセンタリングを上げた。相手は身長差も活かしてきた。

ヘディングが得意のソラが、相手FWと競り合う。上手く身体を入れたこともあり、何とかシュートは打たせないで済んだ。だけどこぼれたボールに別のFWが突っ込んできた。

ガシッ!

部長がタイミング良く飛び出してボールをガッチリとキャッチしたネー。私は直ぐにスペースへ走りだす。予定通り私にパスが来た。ボールを受け取る瞬間…。

!?

強烈なプレッシャーを感じ、トラップすると見せかけてボールをチョンと浮かせる。相手MFがインターセプトしようと突っ込んできていた。

フワッと浮いたボールへ視線を送る。

感じる…。

私は前を向かなくても、桜の存在を感じていた。彼女の大きくて強烈なオーラを…。

ダイレクトで彼女に向けてパスを出す。鋭く蹴られたボールは彼女の少し前のスペースへと飛んで行く。


前過ぎたかな?

そんな心配は無用だった。一瞬加速したかのようにスッと前進すると、パスを華麗に受け取り前線へ駈け出した。

直ぐに右サイド藍へスルーパスを出す。彼女だけは男子に劣らない俊足を持っている。加速だけは誰にも負けなかったと自負する足は生かされているネー!

相手DFがしつこくボールを奪いにくる。それによりスピードが落ちたところへ、桜がカバーに入っている。彼女にパスが出されると、ダイレクトでゴール前に高いボールがはじき出された。

そのボールにフクが反応している!

が、タイミングが速い…、いや…、あればわざと早くジャンプした。つられて飛んだ相手DFもジャンプしたため、どうすることもできない。ジャンプから落ちていく二人の頭上をボールが通過すると、落下地点には天龍が走りこんできて、そのままボレーシュートを放つ!

「よっしゃああああああああああああ!!!」

天龍の雄叫びがコートに響いたネ~!

記念すべき桜ヶ丘学園女子サッカー部の初得点を記録したネー!!!


喜ぶ女子部員と、ポカーンと何が起きたか分からない感じの男子部員。

後藤ティーチャーが佐竹ティーチャーに何やら一言告げた。佐竹先生はがっくりと肩を落としたネ…。

「約束通り、こちら側のコートは今日より女子サッカー部の所属とする。異論が有るやつは俺の前に出てこい!」

後藤ティーチャーの圧倒的威圧感に、男子部員は逃げるようにコートから立ち去った。

「やった!やったー!」

桜は喜びを全身で表して天龍に抱きついた。

「いいシュートだったよ!」

「おう!イメージ通りだぜ!」

他の部員も集まってきた。私も輪に入る。

このチームはどんな事も全員で取り組んで、乗り越えていこうとしているのネ。こんな感覚は久しく忘れていたものかも知れないよ…。


純粋に喜べるし、単純に称え合える。そんな普通の関係が懐かしいよ…。

私…、日本に来て良かった…。

忘れかけていたサッカーを楽しめる環境だと思った。

このチームなら、どんな困難も乗り越えていける、そう確信したネー!

でも、それと同時に、勝てるかどうかはこれからの課題ではあるとも思った。

10分かからないで勝負がついた試合の中にも、沢山の課題があったから…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る