第13話『桜の顧問要請』

コンコンッ

『入れ。』

「失礼しまーす。」

私と部長と天龍ちゃんで、生徒指導室の前へやってきた。

「き、緊張するな。桜は大丈夫なのか?」

私は寅子さんから話しを聞いているから怖くはないよ。

「うん、平気。大丈夫だよ。」

だけど、顧問になってくれるかどうかは別問題だよね。それが分かっているかのように、天龍ちゃんはいつになく真剣な表情だった。


今日ここに来る前に皆に今後の予定を話してきた。色んな意見があったけども、冬の大会で優勝を狙うとなると普通に練習していは絶対に追いつけない。多少の奇策も必要になってくると思っているの。

一か八かの賭け…。そう言われても仕方がない内容だった。だけど現状ではこれしか思いつかないぐらい不利なスタートだと思っている。あの百舌鳥高に勝つためには…。

チームの皆はまだ実感がないというか、あまり理解は出来なかったかもしれない。だけど、優勝経験もある私の意見として納得してくれているよ。


ガチャ…

扉を開けると、窓際に設置されている少し豪華な机に後藤 竜也先生は座っていた。スーツでビシッとキメている。いつもの服装だ。部屋の中も綺麗に整頓されていて、彼がいかにキッチリとした性格かを表していた。

「座れ。」

言葉短めにソファーに座るよう指示される。部長は竜也先生の一言一言に震えていた。


私達が座っても、先生は黙っていた。こちらからの発言を待っているみたい。

「後藤先生。今日は相談があってきました。」

緊張する部長に変わって私が切り出した。

「何だ?言ってみろ。」

一見すると、もの凄い威圧感を感じるかもしれない。だけど、正義のヒーローという一面を知っている私は臆さない。もちろん天龍ちゃんも。

「女子サッカー部の顧問になってください!」

「断る。」

即答だった。

「話はそれだけか?なら帰れ。」

「待ってください!」

私は場をつながないとまずいと思った。あたふたしていると天龍ちゃんがスクっと立つ。


「先生…。俺が暴走しそうになったら止めて欲しいいんだ。そんな事が出来るのは先生しかいねぇ。だから…。」

「その程度の覚悟なら、今直ぐ退部するべきだ。違うか?」

後藤先生は正論で攻めてくる。これは厳しい。ちょっと攻め方を変えてみる。

「では何故顧問になっていただくのは駄目なのですか?」

その理由によって再度切り口を探す作戦だよ。

「私じゃなくても良いだろう。それに私は忙しい。」

「では、暇な先生がこの学校には存在するということですね?」


誰だって忙しいはず。

そこを突いてみた。案の定先生の顔色が微妙に変わる。揚げ足取りをするなという顔だ。

「それに先生にお願いする理由はあります。」

「ほぉ?」

「まずは私達のこれからの予定をお話しさせてください。」

「いいだろう。」


後藤先生はちゃんと私達の声を聞いてから判断をしてくれている。だから、突然お願いしても断られてしまう。寅子さんの名前は最後の最後、ダメ押しとして使わさせて欲しいと思っている。出来れば使いたくないとも思っている。

「私達は冬の全国大会優勝を最終目標としています。」

「それはいくら何でも世間をナメ過ぎだ。そのくらい分かるだろう?」

「勿論です。私はこれでも、前の高校で全国大会2連覇しU-17日本代表選手でした。そこでも優勝もしました。同世代のサッカーレベルを良く理解しているつもりです。」

「なるほど。」

「だから予選が始まる直前の半年ぐらいまでに、100試合以上の練習試合をこなしたいのです。」

「それで勝てると?」

「いえ。それだけで勝てるなら苦労しません。だから、その100試合に意味を持って望まなければなりません。」

「例えば?」

「よく長所を伸ばすか短所を克服するかという議論があります。今現状私達が1年生なら3年計画でじっくり取り組むべき議論です。だけど私達には後1年もありません。時間がないのです。」

「うむ。」


「練習で上手く出来ることは、基本的には試合でもやれます。なので、練習では長所を伸ばす練習を、試合では短所を克服する取り組みをし、100連敗を目標に戦います。」

「………。」

「それともう一つ。女子サッカー部は競技人口が少ないため、関東地区では上位7チームが決勝へ上がれるシステムとなっていて、昨年県予選に参加したのは数チームでした。なので数回勝てば全国大会へ行けます。状況を見てですが、この段階までは短所を克服するスタイルのまま勝ち上がり、決勝で初めて長所を生かした戦いをします。奇をてらう作戦も並行して考えています。」

「それで?」

「この長期的な作戦を遂行するには、強力な牽引者が必要です。無茶な試合設定を、無名校でありながら組まないといけません。そんな実行力のある理想の顧問は後藤先生以外に思いつきませんでした…。」

私は部長と天龍ちゃんに目配せした。全員で立つ。

「どうか…、どうか私達にチャンスをくれるヒーローになってください!」

『宜しくお願いします!』


3人で頭を下げた。先生の表情は見えない。

「ふふ…。」

先生は笑った。

「フハハハハハハハハハ!」

大声で笑った。

「随分地味なヒーローだな。」

「はい。サッカーの技術や戦術は自分達で考え伸ばしていきます。だけど、その為には沢山のトライ・アンド・エラーが必要です。それは私達だけでは限界があります…。だから…。」

「もういい、分かった。了承しよう。」

「本当ですか!?」

3人で顔を見合わせる。

「どうせ寅子の入れ知恵だろう。」

「いえ…、あの…。………。そうです…。」

バレバレだった。隠す必要もないほどに。

「しかし、いくつか問題がある。」

私はそれも知っている。

「はい。遠征費用の問題ですよね?」

先生は静かにゆっくり頷いた。


「無茶な相談ですが、一人だけ心当たりがあります。声を掛けてありまして、今日の夕方来校します。本来なら遠征の問題を解決してから顧問の依頼や遠征のお話しをしないといけなかったのですが、部活として承認されていないと説得材料としては弱いと思ったので…。」

「そうか。部費の方も校長に直談判してみるが、期待は出来ぬぞ?」

「実績の無い運動部には良くある話です…。部員とも話してみます。」

「君の名前は?」

「2年A組、岬 桜です。」

「転校生だな?」

「はい。」

「たった一週間程度で、ここまで作戦を練ったというのか…。面白い。ただし…。」

3人に緊張が走る。条件がつくとなると、私達の計画にも影響が出るのは間違いないからだ。


「最後まで徹底的にやるぞ。妥協は許さない。以上だ。」

私達は顔を見渡した。全員笑顔だった。

「はい!宜しくお願いします!」

部活の承認願書にサインを書く後藤先生。直ぐに校長へ手渡され承認された。今のところ部室も無ければ半分のサッカーコートしかない。それらが女子サッカー部の数少ない所持品となった。

急いでグラウンドに戻り報告する。皆喜んでくれた。

全員で記念写真を取る。ここから始まる戦いを祝して…。

そう、やっとスタートラインに立てた。やっと戦える。だから部活が承認されて喜んでばかりはいられないよね。


「早速練習始めよう!」

「おぉ!!」

1つしかないゴールを使って練習を始める。オフェンスとディフェンスに分かれてのミニゲームだ。ディフェンスにはジェニーに入ってもらう。彼女はオールラウンドプレイヤーだ。どこでもそつなくこなしてしまう。今は本当に同じチームで良かったと思う。

ディフェンスはGKの部長を始め、渡辺三姉妹、いおりん、ジェニーの6人、オフェンスは天龍ちゃんに福ちゃん、藍ちゃんに私。守りが有利だけども、試合中はだいたいこんな感じだしね。右サイドの藍ちゃんと左サイドの私で中央の二人と台形のようなフォーメーションで攻めている。ジェニーのディフェンス能力は想像以上に高いし、指揮能力もずば抜けている。

何度も攻撃を防がれながらも、数回に1回はゴールチャンスが生まれる。天龍ちゃんはそういった数すくないチャンスをものにしていく。

「流石は桜がパートナーと認めた選手ね。」

そんな感想を言いながらも、彼女自信もステップアップする為に努力をしているように見えた。

その時、ふとグラウンドの隅から視線を感じる。


「あっ!ちょっと小休憩しましょう!」

そう言って視線の元へと走っていく。

「お久しぶりね。部活に承認はされたのかしら?」

高山ホテルグループ会長のとし子さんだ。

「はい!つい先程承認されました。」

「良かったわね!」

「はい!でも…、沢山の問題もあります。」

「そうね。色々と想像出来るけど、何か協力出来ることはあるかしら?その為に呼ばれたと予想しているけれどね。」

「この際なので、ダメ元で言います。」

私は、兎に角遠征をこなしたいけど、その遠征費用がないこを話した。

「部活は出来ても、部活をやる環境ではないわね。とりわけ遠征に関しては現状どうしようもなさそうね…。」

とし子さんはガラケーを取り出しどこかえ電話する。

「私です。後数年で廃棄する中型バスはどこかに余ってない?そう…。それを茨城のつくばへ回して。今週中に届くように。それと週末だけ契約出来る運転手を一人手配して。あぁ、8月はいつでもバスが動かせるよう、現役の運転手とローテーションを今のうちから組んでおきなさい。」

パタンと携帯を閉じる。


「今直ぐとなると豪華なバスは流石に厳しいですが、古くても良いなら…。」

「移動さえ出来れば何でもいいです!」

「あら…、そう。私的にはトイレ付きの最新型を準備したいのだけれど…。」

「あの、非常に言い難いのですが…。」

「何かしら?」

「練習試合では勝つつもりはありません。」

「あら…。つまり公式戦は全部勝つと?」

「そうしたいのですが…。」

「無理なの?」

「冬の大会しか出ません。」

私は後藤先生にも言ったプランを話した。


「あら…。あらあら…。とても面白そうね!」

えっ…。そういう反応なの?

「それでも良ければってことになります…。」

「むしろ楽しみが増えていいわ。とっても私好み。それに初出場、初優勝を狙うならそのぐらいの作戦がなければいけません。達成できるかどうかは別にしても、そこまで作戦を練っていたことが気に入りました。後で予算を組んで本格的に援助させましょ。」

「いえ…、そこまでは…。」

「若い子が遠慮するものではありません。後ほど校長先生に連絡いたします。」

「それはいけません。」

「あら?どうしてかしら?あなたのいた百舌鳥高校ではコートは5面あるし、部室も広くAV設備完備、シャワールームから化粧室まであると聞いているわ。そのぐらいの設備があればサッカーに集中出来るでしょ?」

「それは実力があってこその設備です。そういうのは私達が優勝したら後輩の為に建てていただけませんか?それまでは私達で考えて協力して解決していくことに意味があります。」

「………。」


とし子さんはちょっと考えていた。だって、これは正直甘やかされていると言われても仕方がない申し出だと思った。それに…。

「それに、ハングリー精神も欲しいのです。欲しがりません、勝つまではって奴です。」

「だって勝つのは最後なのでしょ?」

「はい!」

「フフフッ…、なるほどね…。岬さんは、本当に面白い子ね。わかりました。」

ニッコリ笑いながら、とし子さんは満足気な表情をしていた。

「でも、どうしても困った時は頼りなさい。相談だけでもしなさい。」

「一つだけ聞いても宜しいでしょうか?」

「何かしら?」

「どうしてそこまで協力してくださるのでしょうか?」

「ふふふ。私はね、あなたのゴールシーンがもう一度見たいの。ただ、それだけ。」

私はこみ上げる涙をグッと我慢する。


「あ…、ありがとうございます。」

「岬さんは、もう少し自分の価値というものを自覚した方がいいわ。」

「価値…、ですか…?」

「そう。サッカーが上手な選手は沢山いるわ。でもね、誰をも魅了するプレイヤーは極々一部なの。その一人があなた。私のしていることを、金持ちの道楽と思わないでね。私はお金で買えない物を買いたいと願っているの。そのための投資なら、喜んでしたいわ。」

そう言っているけど、言いたい事は理解しているつもり。最終的には私の日本代表復帰を願ってくれているんだ…。

「ありがとうございます…。言葉も無いほど感謝しています。」

「謙虚なのね。それにね、私の周りにはお金に群がるハゲタカばかり寄ってくるの。そんなドブにお金を捨てるようなのもしたくないし、そのお金を税金として収めるのもひとつの手段だけど、折角なら投資したいじゃない?そう思う人一人が岬さんなの。それがあなたの価値なのです。」

「ありがとうございます。でも私は自分達で解決出来ることは自分でやりたいのです。」

「分かったわ。でも、遠慮は禁物よ。それとコレを受け取って。」

紙袋を渡された。


「この前の約束の品が入っているわ。」

「あっ、ありがとうございます!」

可憐ちゃんのボールを汚しちゃった弁償のためのボールだった。

「大丈夫、ちゃんとサインも入っているわ。」

「本当にありがとうございます!」

「一つだけ我が儘を言ってもいいかしら?」

「はい!どうぞ!」

「ユニフォームは、是非我が社のグループ会社で買ってね。」

「あっ…。ありがとうございます!」

そう言ってとし子さんは、黒塗りの車に乗り込み帰っていった。

私はとりあえず一つ目の壁を乗り越えた気持ちになってホッとした。

だけど甘えてばかりはいけない。気持ちを引き締めてかかっていかないと、優勝なんて出来ない。

あの、蒼井 翼を倒すことは絶対に出来ない。

百戦錬磨の百舌鳥高を倒すことなて…。

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