第12話『天龍の成長』

月曜日の夕方。

週末は色々あって大変だったが、なんつーか、拳でカタが付かないのが歯がゆい感じだ。

金曜日はチーム抜けたけど襲われるわ、土曜日は桜のカミングアウトがあるわ…。

まぁ、これで色々と方向性が見えてきたんじゃねーの?

あの後DVDの続きを見ている隙に、部長の野郎が桜の部屋に忍び込んで下着を盗もうとするわ、フクはいつの間にか桜のお父さんと絵の話で盛り上がっているわ、もう何が何だか分からない状態になっちまった。


とはいえ、10人集まったし、後一人はいざとなれば俺が首根っこ掴んで連れていくしかねーな。1年だって数人ぐらい入ってくるだろ。

ということで、日曜日はタイガー&ドラゴンの集会に行って、金曜日の乱闘で怪我した奴らを労ってきたぜ。約束通り桜も来てくれた。あいつはよ、カタギなら近寄りもしねー仲間に、何のわだかまりもなく接してくれる。というか、もう人気者になってるぜ。


リフティングつーの?極めればあんな事も出来るんだなぁ。

チームの仲間が真似して上手くいかなくても根気よく丁寧に、教える事を決して諦めないあいつの姿は、なんつーか、すげぇサッカーが好きなんだって伝わってくる。

つか、誰でも直ぐに仲良くなっちまうな。なのに…、何で…。こんな桜に対して百舌鳥高の奴らの仕打ちを考えただけでムカムカするぜ。

だけど俺は、桜のトラウマに関してはあんまり心配してねぇ。何とかなるって気がしている。馬鹿な奴らが集まったけどよ、誰もが桜の事が大好きだからだ。まぁ、部長はちーと、いや、かなり変態だがな…。


それよりも、近々来日するジェニーとかいうアメリカ娘に興味がある。あいつのシュートのセンスは半端ねぇ。パスもディフェンスもうめぇ。桜には唯一ないパワーがあるというのが、俺が経験したことない分野だ。

試してみてぇ。そう思う俺がいる。

「桜、そろそろ行くぞ。」

「あっ、うん。じゃぁ、皆さんまたね。」

喧嘩になれば真っ先に駆け出すような奴らが、まるでゆるキャラと戯れる子供みてーになってやがる。まったく、だらしねぇなぁ。まっ、わからなくもないがな。


俺らはスポーツ店に行く。スパイクを買ったのはいいが、その他が絶望的に足りないからだ。

まず、俺様のボールがないぜ。これはダメだろ。自主練すら出来ねぇ。

服や短パン、それにすね当てや、今は寒いしスパッツとかも欲しいよな。それに靴下。これは安くてもいいから大量に必要だ。踏ん張る左足ばかりどんどん破けやがる。

そんな買い物をしつつ本屋にも行った。

サッカーの練習用の本を探す。


「サッカーのことなら私が教えるってばー。」

桜は微笑みながらそう言っていくれる。

「勿論だ。だけどな、一人で練習する時や、基本的な事もキッチリ覚えてーんだ。オフサイドとかよ、俺が覚えてなきゃいけねーことだよな。」

桜が言っていた。U-17代表メンバーだったなんて分かったら、頼りっきりになっちまうってな。その通りだ、それじゃぁ駄目だなんだ。自主性ってのは大事だぜ。

俺はそれを身に沁みてわかっている。喧嘩も誰かに教えてもらっているうちは強くなれねーのと同じだろ。

いや?違うか…。喧嘩とサッカーを一緒にしちゃぁいけねーな。サッカーにはルールがある。

そのルールも知らねーでサッカーやるってのはマズいわなってことだ。

俺は同じ土俵で百舌鳥高の奴らを倒してーんだ。


俺の事を不思議そうに見ていた桜だったが、ニッコリ笑いながら「じゃぁ、今日もうちで勉強会しよ!」と、誘ってくれた。

「おし!行くか!」

本を2冊も買った。漫画以外で本を買ったのは初めてだぜ。

荷物を担いで桜の家に行く。家に上がると桜の親父はいないようだった。

「二人だし、今日は私の部屋で見ようか。」

そう言って二階に連れていかれる。何故かちょっとドキドキする。考えてみれば、ダチの部屋に上がるって事が無かったかもな。いや、多人数で押しかけるってのはあったけど、二人っきりってのはないし、こういっちゃぁ何だが、カタギの友達ってのも桜が初めてだし、当然そいつの部屋に行くってのも初めてだ。

そんなこともあって、桜の部屋にはちょっと興味があった。さぞかし女の子らしい部屋なんだろうな。


だけどドアが開いたその先には、もしかしてというか、やっぱりというかサッカーしかなかった。

昨日見たDVDに出ていた外国の選手のポスター、なでしこジャパンのカレンダー、ボールなんか5~6個ある。

「ん?」

見ると手の平ぐれーのボールもあった。飾り物かと思ったら使い込んでいる痕がある。

「あぁ、それはね、2号ボールだよ。」

「2号?」

「私達がいつも使っているのは5号ってサイズなの。国際基準で中学生以上が使うのね。2号ボールのメインはインテリア用だけど、私はそれでリフティングの練習とかしてるよ。」


荷物を置いて軽く膝で蹴り上げる。ボールはあらぬ方向へ飛んでいった。桜はそれを足の甲でスッと受け止めて、完全に足の甲の上に乗せている。スッと上にあげて、頭、肩から踵、蹴りあげてフワッと浮いた小さなボールを床に着く寸前で両足で挟んで、そのまま器用にふわりと浮かせた。もう何が何だかわからねー。

彼女はハッとしてボールを止めて元の位置に戻す。


「直ぐに夢中になっちゃってダメだね。」

「いやいや、すげーもん見せてもらった。」

「もっと凄いプレー見よう!」

パソコンの電源を入れる。画面が映ると、ディスプレイにはどこかのスタジアムの芝生で、地面すれすれで写された写真が広がる。少し離れたところにボールがある画像だ。どこまでサッカー馬鹿なんだよ…。

マウスを動かして何やら操作している。ウィンドウが次々に開いて大量のフォルダを表示した。


フォルダの名前には中に入っているファイルの種類が書いてある。

なになに…。『ゴールシーン』『スルーパス』『ファインセーブ』などなど…。これまた丁寧にまとめてあるな。

俺はちょっと気になって聞いてみた。

「なぁ、攻めが失敗した奴ないのか?」

「あるよ。ディフェンダーが上手く防いだやつになるけど…。」

「俺はよ、失敗から学んできた。練習で上手く出来たのはさ、本番でもやれる自信がある。だから、今のうちに沢山失敗しておきてーんだ。イメージでもな。」

「ふふふ。他の人が聞いたらビックリするかもね。」

「そうか?そんなもんだろ?」

「そうだね。私だって初めてボール蹴った時から今ぐらいの技術があった訳じゃないしね。それにね、私もその方法で練習していこうって思っているよ。」

「だろ?」


桜は『ナイスクリア』と描かれたフォルダを開く。なんじゃこりゃ。こんなに沢山あるのかよ。

上から順番に見ていく。

桜は1つずつ解説をしてくれた。時には映像を止めて。なるほどこれは分り易い。

失敗には必ず要因がある。要はその要因を潰していけばいい。簡単なことじゃねぇのは分かっている。だけどやるしかねーだろ。

結局2時間近く動画見た。今日はもう駄目だ…。頭がクラクラするぜ…。フォルダごとDVDに焼いてもらった。家にあるノートパソコンで見る事にする。


一応スーパーゴール集ってのも貰った。これはこれで楽しみでもある。世界でトップクラスの選手達がどんな動きをし、どんなシュートを放つのか。

結局家に帰ってからは、寝るまで動画見続けていた。

そのイメージを思い出しながら練習に励む。

どうやってDFを剥がすか、どうやってパスを出してもらうか。イメージした動作を現実に当てはめながらアレンジしつつ体に教えこんでいく。

「あれ?天龍の動きが先週と違う…。」

いおりんが戸惑ってやがる。なかなか成果があるじゃねーか。彼女の背中からススッと前に出てボールを受け取るとゴールへ叩き込んだ。


「もう勉強会の成果が出ているのか!?」

部長も驚いているようだ。ふん。俺様は本気だっつうの。やる時はやるってのを見せておかねーとな。口だけだと思われるのが一番アタマにくる。

今度は高めのクロスが入ってきた。フェイント混ぜ身体をソラの前にねじ込んでジャンプする。完璧だ!

しかしボールは俺には届かなかった。後方から誰かが走ってきて豪快にヘディングシュートを決めやがった!

フクか?いや、奴は違う所にいる。

シュートを決めた奴の後ろ姿を見て直ぐにピンときた。金髪だからだ。


「桜ーーーーーー!!!」

呼ばれた桜も直ぐに気づいたようで駆け寄ってくる。

「ジェニー!」

彼女は思いっきりキツくハグされた。足が宙に浮くほどだ。

「会いたかったよ桜…。サッカー続けてくれて嬉しいネー…。」

「おい!」

俺は忠告する。

「何よ!桜は誰にも渡さないヨ!」

「死ぬぞ…。」

「桜を賭けての喧嘩だっったら負けないネー!」

「そうじゃねぇ。桜が窒息しちまう。」

「!?」


さすがアメリカンサイズのボディだぜ。こいつの胸に桜の頭がめり込んで息が苦しそうだ。開放された彼女はプハーと大きく息を吸った。

「ごめんね桜…。久しぶりで興奮したネ。」

「うん、大丈夫。久しぶりだもんね。」

「年末のU-17ワールドカップ以来ネ。」

「色々と相談乗ってくれてありがとうね。お陰様で、今は楽しく自分のサッカーが出来ているよ。」

「Really?」

「YES!!!」


そう言い合って二人は笑っていた。こいつがジェニーか。身長は部長と俺の間ぐらいだけど、体格が別格だ。いくら俺でも激しく身体をぶつけられたら耐えられるかどうかわからねぇ。筋肉だってしっかり鍛えてやがる。それに、俺の後ろから飛びついてヘディングを決めた瞬発力や跳躍力。こりゃぁ規格外だな…。やりがいがあるぜ。こいつが帰る前に色々と試させてもらうぜ。

「いつまで日本にいるの?」

「OH!大切な事を伝えてなかったネー。」

「ん?」

「来年1年、この高校に転入したの。」

「本当!?」

「YES!!!ワールドカップで負けてから、桜の事が忘れられなくて日本語覚えたネー。だって、翼は確かにサッカー上手いけど、まるでコンピューターみたいな人。周りに彼女の実力を引き出せる人がいなければ、翼自体も能力を発揮できないネー。だけど桜は違う。どんな人も実力以上の力を引き出してしまう。まるで魔法使いネー。私は驚いたヨ。こんなプレイヤーがいるなんてネ。だからもっとあなたの事が知りたくなったネー。」

「そ、そんな事ないよ。サッカーしか出来なかったから一杯練習しただけだよ。」

「それは違うね。三度の飯よりサッカーが好きな世界中の同年代が、よってたかってあなたに負けたね。それに…。」

「それに…?」

「とっっってもキューーーーート!!今直ぐ交際を申し込むネー!」

おい…。また変態が増えたぞ…。どうすんだコレ…。

「ちょっと待ったーーーー!!!」

部長が走ってきた。

「桜には私が先に交際を申し込んでいる。」

「オーマイガッ!ライバルがいたとは…。」

「申し込まれてないよ!」

「家にも言って部屋にも連れていってもらっている。それがどういう意味かわかるかな?」

「羨ましい…。」

「勝手に入ったんでしょ!」

駄目だ…。話しが完全に咬み合っていない…。


「おい!お前らいい加減にしろ!」

「こいつは誰だ?」

ジェニーが聞いてきた。

「今の私のパートナーよ。」

「パ…、パートナー…。」

何故かジェニーは派手に崩れ落ちた。

「私が居ない間に泥棒猫がいたみたいネ…。」

こいつ時々変な日本語使うな…。

「あなた名前は?」

「俺のことは天龍と呼んでくれ。」

「私はジェニー。あなたとはライバルのようね。」

「まて、私を忘れるな。」

部長が割り込んでくると、もう何が何だかわからねーな。

「皆、落ち着いて。」

桜が制止した。3人とも彼女に注目する。

「私の為に争わないで…。ね…?」

小首をかしげた彼女は、ちょっと可愛かった。俺にはない要素かもな。そう思った瞬間、部長とジェニーは倒れた。


幸せそうな顔をしてひっくり返ってやがる…。だめだこりゃ。

兎に角、これで11人集まった。

桜ヶ丘学園女子サッカー部として申請出来る。後はあいつか…。

顧問に誘う竜也だ。

どうなるかわからねーが、一筋縄ではいかねーかもな…。

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