第11話『可憐の勉強会』
何だか私は、とんでもないところへ来てしまったかもしれない。
桜の話しを聞いていたら、逃げ出したくなる気持ちだった。
偶然出会ったU-17日本代表選手の桜。ひょんなことからサッカー同好会に入ったのはいいけど、ちょっと話しが違うっしょって思った。
まぁ、私はマネージャーということで参加だから、良い事があれば素直に嬉しいと思う。そんな軽い気持ちで桜の話しを聞いていたけど、これは駄目だ。
何というか、火が付いたというか、彼女の為に何かしてあげたいって思っている自分がいる。
それも強く、今まで感じたことが無いほど強く思っている。
彼女のカミングアウトによって、このチームは大きな弱点を知った。桜の技術を持ってすれば、そう、ワールドカップ得点王の技を持ってすれば、チームとしての決定力は格段に上がる。だけどそれは封じられている状況だということが分かった。
でも逆に考えれば、その弱点がチームの結束力を高めることとなっている。
皆興奮気味に思いを叫んでいた。
ガラガラガラ…。
突如部屋の扉が開いた。
見知らぬおじさんが顔だけ出した。
「あっ、すまん。」
「お父さん!今、勉強会なの!後でご飯持っていくね。」
「あぁ、分かった。皆さん、楽しんでいってください。」
静かに扉が閉まる。
一瞬静かになった部屋がまた賑やかになった。
「おいおい、今の人が桜の親父か?桜と違って静かな人だな。」
天龍がニヤけながら言った。確かにちょっとぶっきら棒というか、本来無口っぽい雰囲気の人だった。顔は無精髭を生やしていて、あんまり似合ってない帽子をかぶっていて目は細かった。
「そう?あぁ、そうかも。普段は無口だよ。でもね、絵は凄く素敵なんだよ。」
「桜!私を紹介してくれ!お義理父さんと呼ばせて欲しい!」
「はいはい、どうどう…。」
いおりんが暴走気味の部長をなだめた。本当にこの部長で大丈夫なのかな…。時々不安になるよ。
「僕は絵を見てみたいです!」
福ちゃんが言った。確かに興味あるよね。
「これもそうだよ。」
桜が言って指差した先には、綺麗な女性が、白いノースリーブのワンピースを着て大きな白い帽子を被りながらニッコリと微笑んでいる。
「お母さんの絵なの。」
「桜に似てなくて綺麗なかーちゃんだな。」
天龍がニシシーと笑いながら感想を言った。
「そうかも。」
桜はちょっと悲しそうな顔をしたけど、直ぐにいつもの笑顔の桜に戻った。
「そうだ、ご飯にしよ!もう可憐ちゃんと一緒に準備してあるの。」
そう言うと立ち上がって台所へ向かった。私も向かうことにする。彼女の隣に立つと「可憐ちゃん、ありがと。」と言って微笑んだ。その笑顔が可愛くてこっそりギュッと抱きついた。
「頑張ろうね。」
「うん。」
そして離れると料理の仕上げに入る。鍋だから温めて味の調整するだけだけどね。
居間ではDVDの続きを見ているみたい。ゴールが決まる度に盛り上がっていた。
出来上がって運んでいく。
「おぉー、鍋だ。」
「いいねー。美味しそう。」
小皿や箸、お茶などを準備する。
「さぁ、召し上がれ。」
桜の言葉で皆が一斉に箸を手に取った。
「いただきまーす。」
私も鍋を突き食べてみる。うん、上出来。美味しい!
「うめぇ~。」
「う~ん、美味しいです。」
「冬は鍋だよねー。」
好評で良かった。手伝った甲斐があるよ。まぁ、料理にはちょっと自信があるけどね。
「これは。」
「旨い。」
「(旨い。)」
渡辺三姉妹も相変わらずだ。
そう思っていたら部長は泣いていた。
「桜の手料理…。美味しいぞ…。これが毎日食べられる生活なんて、なんて羨ましいんだ…。」
「そんな事言っている間に無くなっちゃうよ。」
いおりんがいなかったら、桜は絶対に大変だったと思うわ。
その桜は1人前分を取り分けると、部屋を出て直ぐに戻ってきた。あぁ、お父さんに持っていったんだね。行くときには持っていなかった1枚のDVDを持っている。
どうやら部屋から持ってきたDVDらしい。
「ご飯食べながら見てみて。」
そう言って映像を流す。皆食べるのに夢中だけど…。でも映っていたのはU-17のワールドカップ決勝の試合だった。有料放送の録画映像みたいだね。
『下馬評を覆し、U-17女子日本代表は決勝の舞台へとのし上がってきました!』
アナウンサーの興奮気味の声がテレビから聞こえると、皆は食べながらも映像に注目していた。
選手の紹介が始まる。解説者の人によると、百舌鳥高校の選手が多いみたい。そして、桜が言っていたサッカーの天才『蒼井 翼』の紹介が始まる。
『日本代表の10番、キャプテンであり文字通り司令塔である蒼井選手、パスもドリブルもシュートも世界水準だと見せつけてきました!まさしく日本が産んだサッカーの申し子であります!』
凄い紹介だ。まるで漫画だよ。そう言えばスポーツニュースでも取り上げられていたけど、選手にはあまり触れられていなかったような…。だから桜を見てもピンッとこなかったのかも。
そして桜が映る。
『そして、その蒼井選手とゴールデンコンビを組む岬選手。彼女の得点能力は桁違い!得点ランキングでもぶっちぎりで1位、彼女の得点王は既に確定していると言って良いでしょう。今日もハットトリックを決めるか、大いに期待しましょう!』
こっちも漫画だよ…。そんなハットトリックを期待って…。
「ところで桜、何点決めたんだ?」
天龍が気になったのか訪ねてみた。
「えっと、予選が3試合、決勝が3試合で21点だったかな。」
「はぁ~?サッカーってそんなに点数入るスポーツだと思ってなかったぞ?」
「はははは…。ワントップで、基本的に私にボールが集まるようなシステムだったの。監督からは兎に角最後は私に集めろって。だからチームの得点もほとんど私が決めた感じ。」
「ちょっと待って、単純計算で全試合ハットトリック以上なんだけど…。」
「えっと…、そうなんだけど…。」
「………。」
誰もが箸が止まった。凄すぎでしょ!何でニュースにならなかったの?
「でもね、この決勝は特に苦戦したよ。撃ち合いだったの。見てて。」
丁度試合が始まった。桜だけ一回り小さい。相手がアメリカなのもあって、余計に小さく見えちゃう。相手のパワープレーに押され気味にも見えた。
「随分押されているな。あちち…。」
部長が豆腐を食べながら感想を言った。まだ点は入ってないけど序盤はアメリカペースだ。日本が守備に回っている時間が長いよ。
『日本、苦しい時間だ。アメリカのパワーサッカーに押されています。』
アナウンサーの説明を聞いた、そんな時だった、日本のディフェンスの隙をつき、フリーでアメリカの10番がボールを持った。
「危ない!」
福ちゃんが叫んだ。
そこからミドルシュートを放つ。キーパーが届かない…。
「えっ!?」
キーパーの後ろから突如飛び込んできたのは桜だった。
「おいおい、これこそまるで漫画だぞ…。」
そして日本の10番、蒼井選手に大きくパスを出す。彼女はボールをキープしたままアメリカの選手を交わし続ける。
「すげぇキープ力…。」
桜が最後尾から追いつくと直ぐにパスが渡った。そして二人でワントラップでのパスが続く。息はぴったり合っていて、まるでゲームのように綺麗にパスが続いていく。
そこへ相手の10番が桜の前に立ちふさがる。彼女もミドルシュートの後、必死に戻ってきたようだ。
桜は勢いはそのままに一瞬消えたかのように見えた。
『伝家の宝刀!ルーレットだ!』
その言葉が終わらないうちに、桜がゴールを決めちゃった…。
「何なんだこれ…。」
呆気にとられて声も出ないよ…。
ルーレットなんてフェイント、男子サッカーのプロでしか見たこと無いよ…。しかも完成度が凄く高いと思った。
呆気にとられたのもつかの間、試合は点の取り合いになった。アメリカの10番、エドワード選手が格段に上手い。
「アメリカの10番やるな…。」
部長の言葉通り、強烈なシュートに日本のディフェンダー陣は振り回されている。どこからでも狙ってくる彼女のシュートは男子顔負けだ。
日本はパスサッカーに徹していた。アメリカ選手を走らせる作戦のようにも見える。ペナルティエリア外、ゴール真正面で桜にボールが渡った。しかしその瞬間、大柄なアメリカのディフェンダーの強烈なショルダーチャージが来る。
「!?」
桜の体がふわりと浮いたように見えた。いや、わざと飛んだんだ。それによって強く押し出された力を逆に利用して飛んだ。ボールはまるで吸い付いているかのように桜の体から離れなかった。そのまま着地し、敵を交わして放ったシュートはキーパーの手前で大きく沈み込んでゴールに突き刺さる。
「何だよ今のシュート…。変な落ち方したぞ…。」
天龍の感想だ。確かに変な軌道だった。
「無回転シュートだよ。」
桜はつくねを食べながら答えた。いや、そんな簡単に言われても…。
「無回転?」
「ボールの真芯を蹴って回転をさせないの。そうすると野球で言うナックルボールみたいに不規則に変化するの。」
「A代表の試合で見たことある。それでフリーキック決めた選手いたよね。」
「そう!それと同じだよ。」
いや、そんな屈託の無い笑顔で言われても…。
2-1で後半に突入した。鍋の方は最後のシメでうどんが投入される。
後半もアメリカペースで始まる。フィジカルの差はどうしても埋められない。競り合いになるとかなり弱い。相手はそこをついてくる。アメリカの10番はサイドから高いセンタリングを入れて日本のディフェンダー陣を翻弄していた。ゴール前での身長差はかなりきつい。
そしてついに同点に追いつかれてしまった。
日本のセンターバックも背の高い選手だったけど、パワー負けした感じがした。部長よりがっしりしている人が簡単に押されてしまっていた。
「凄い試合だね…。」
いおりんもうどんを食べながら感想を言った。確かに手に汗握っているのは、熱い鍋を食べたせいではないよ。
ここで蒼井選手はアメリカの10番エドワード選手をワンツーマンで封じ込める。だけど蒼井選手も自由に動けないでいた。
隙を付いてのカウンター攻撃を、お互いしかける展開になる。日本のディフェンダー陣はよく守っていたが辛そうだ。桜も目の覚めるようなボレーシュートを打つもキーパーが偶然出した手に当たって弾かれたりと決めかねていた。
試合はアディショナルタイムに入る。選手交代や怪我関連において試合が中断した時間を最後に付け足すシステムだ。
蒼井選手が仲間と共にエドワード選手からボールを奪う。右サイドを駆け上がり細かいパスも入れながらライン際を上がっていく。中には桜が手を挙げるけど相手ディフェンダーの影に隠れているような状況だった。
そこにクロスがあがる。センタリングだ。
「おいおい、こう言っちゃぁ何だが、桜にこの高いボールは…。」
届かない。誰もがそう思った。
「!?」
だけど桜は相手ディフェンダーよりも頭一個抜けだしてボールに届いた。ヘディングシュートだ。
これが決まってハットトリック。そして試合終了。
拍手と共に鍋も空っぽになっている。
「凄い試合でしたね!」
福ちゃんが興奮していた。これは確かに熱い展開だった。
「最後どうやったんだよ。」
天龍が気になって桜に聞いた。確かに気になるシュートだよね。
桜は立ち上がって移動すると、部長といおりんの間に割り込んで二人の肩に腕を乗せる。
「こうやって相手の人に持ちあげてもらったの。」
そう、照れくさそうに話した。
「…………。」
そんな馬鹿な。だけど想像したら何だか桜が可愛く見えた。
「ふふふ…、ハハハハハハハハ!」
皆可笑しくて笑った。それは桜を馬鹿にしてではない。可愛かったからだ。
「それにしても、咄嗟にそんな事を思いついてやれるなんて凄いよね。」
私は素直に感想を言った。
「翼ちゃんとはそんな事も出来そうなぐらい、相手の体格がいいよねって話していたの。」
「ちょっと待って…。そんな冗談みたいな会話から、あの場面で実戦したの…?」
「えっと…。そう…なるかな?」
「……………。」
凄すぎる…。漫画みたいなネーミングのゴールデンコンビってのいうのは伊達じゃなかった。
「確認だけど、さっき私達が鼻をへし折ってやるって言った百舌鳥高のキャプテンって、この蒼井選手だよね?」
「そうだよ?」
「………。」
軽く絶望した。
「あっ、ジェニーって言うのはアメリカチームの10番だよ。」
「………。」
何だか凄すぎて言葉が出なかった。
私達はこれからどうしたら良いか検討もつかなかった。
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