第10話『藍の勉強会』
「では勉強会始めます!」
居間に集まった10人の桜ヶ丘学園の女子サッカー同好会メンバー。ずっと一人で走ってきた自分にとっては、ちょっと慣れない風景かな。
「おい!早く見せろ!」
あの獰猛だった天龍が、こうして一緒にいるって事自体が不思議よね。
私は陸上部を辞めて女子サッカー同好会に入ったのはいいけど、いまいちテンションが上がらないというか何というか…。どうして良いかサッパリわかっていない。
「じゃぁまず、攻撃系から見て行きましょ。」
桜ちゃんはそう言うと準備してあったカラーボックスを開いた。覗きこむと、中には沢山のDVDが綺麗に入っている。カラーボックスは4段あるけど…、まさか…。
「それ全部サッカーのDVDなの?」
私はたまらず聞いてみた。
「一部だけどね。」
そう言って、さも普通でしょ?みたいな顔をされても困るよ。異常だから。100枚や200枚じゃないでしょ…。
「取り敢えずベストプレー集かな…。」
10枚ぐらい取り出すと、無造作に手にしたやつをDVDプレイヤーに入れた。映像が映し出され、どうやら海外のリーグでの試合のようだ。ちなみに男子サッカーだ。
ゴールが決まる度に、
「おぉ~!」
「すげぇー!!」
等と歓声があがる。確かにこれは気持ちがいいし興奮するね。まるで最初からシュートが決まるように設定されていたかのように綺麗にゴールが量産されていく。
桜ちゃんは時々一時停止して場面の説明をしてくれた。
「前半の終了間際0-1、こっちのチームは前半のうちに同点に追いつきたいと思っているよね。勝ち越している方はこのまま逃げ切りたい。ここを凌げば後半は有利に始められるって考えていると思う場面。この人に注目して見てて。藍ちゃんはボール持ってるこの人に注目。ディフェンスの人もどうして点が取られたかを見てね。」
ボールは攻撃側の右サイド、近くの人と短いパスで一人抜くとぐんぐん加速する。
速い!
守備側の人は追いつけない。ゴール付近で守っている人が一人向かってくるけど勢いそのままにフェイントを入れて抜いた!
はぅ~、格好イイ!
そしてゴール前にボールを上げようとしている。最初に注目しててと言っていた人は最前列より少し遅れて走ってくる。ボールを持った人より少し遅れている感じ。
「くるよ!」
ボールが上がるほんの少し前に、注目の選手はスルスルと加速していく。ボールがゴール前に上がった時は最前列に追いついた。守備側の選手は、その選手の動きをまったく予測出来ていなかった。そしてそのままダイレクトにゴールへ叩き込む!
皆が盛り上がるのと同じように会場も大歓声だった。
凄い…。これがサッカー…。
「私はね、勝つためには技術や知識も必要だと思うけど、だけど信頼関係や絆が重要だと思うの。今のプレーだって、センタリングをあげた人もそれを受け取った人も、相手を信頼してプレーした結果だよね。あそこにあいつが来る、あいつならここにボールをあげる。そういう信頼が無しでは強くなれないって思う。ボールが動いてからあれこれ考えるんじゃなくて、ボールが動く前に理解しあえる関係…。そういうのを目指したいの。」
私は考えた。そりゃぁ、その方がいいとは思うけど…。本当にそんなことって可能なのかな?周りの人を観察してみると、みんな考えにふけっている。そうだよね、そんな簡単に答えなんか出せない問題だよね。ちょっと想像出来ないもん。
「おまえら勉強は出来るクセに馬鹿だよなぁ。」
天龍だけは違った。腕組みをして自信ありげにドヤ顔している。
「こういうのは考えるんじゃなくて感じるもんだろ。」
「私はいつも傍に桜を感じているぞ!」
「おめぇは本当にブレねぇなぁ…。」
そんな会話に癒される。
皆で考えて、皆で笑って、皆で努力する。
こういうのもいいな…。
そう思っている時だった。
ブゥゥゥゥゥゥゥ…、ブゥゥゥゥゥゥゥ…
誰かのスマホがバイブレーションしている。着信っぽい。
桜ちゃんがテーブルの上に置いてあった自分のスマホを手にした。電話をかけてきた相手を見てビックリしている。そして慌てて電話にでた。
「ハ、ハロー!ジェニー!?」
「!?」
英語?
『ハ~イ!桜、元気~!?』
「もちろん元気だよ!」
『今度日本に遊びに行くネー!』
「本当!?いついつ?」
『直ぐにでも出発するつもりだヨ!だから会いに行くネー!』
「本当に!?」
『YES!!もう桜養分が無くなって、ワタシはヘロヘロネー…。』
「もう!一杯あげるから、だから早く会いに来て!」
『OK!OK!!新しい住所もちゃんと確認したネー。ところで…。』
「ん?」
『サッカー…、続けてマスカ…?』
「YES!YES!今もチームメイトと一緒にサッカーの勉強会してるよ!」
『良かった…。Good newsデス!これで決まりデス!絶対に行くから、首を洗って待っていろヨ!!!じゃあねー!See You!!』
「See You!!」
通話を切った桜ちゃんはスマホを胸に当てて、何だかホッとしている様子。一瞬の間の後、部屋は騒然となった。大きな声だったので会話が筒抜けだったからだ。
「桜!私も桜養分が不足しているぞ!!!」
「えっ?聞こえてた?」
さっそく部長が食いついた。だけど、そこ??
「はいはい、部長は興奮しない。」
いおりんがそれを止める。もはや恒例行事だね。
色んな質問が飛んだ。だってそうだよね、外国人の友達がいるってそうそう居ないよね。ちょっと珍しいというか、多分みんなその程度だったとは思うけども、よく考えてみれば桜ちゃんの事が一番わからない事が多いかも。
「で、ジェニーだっけ?そいつは何モンなんだ?」
天龍が質問する。その他にも色々聞かれていて慌てていた桜ちゃんだったけど、彼女の質問には答えた。
「U-17代表の決勝で戦った相手のキャプテンだよ。」
そう、ポロッと答えた。ごく自然に。ん?U-17?代表?
私が不思議がっていると、他の皆も気がついた。誰もが凍りついているかのように動きを止めた。天龍と可憐ちゃんだけがアチャーみたいな仕草をしている。
桜ちゃんは異様な雰囲気にキョロキョロした後「あっ…。」と声を漏らし口を塞いだ。だけど時既に遅し…。
「思い出した!」
いおりんが叫ぶ。
「今年のU-17女子代表って、ワールドカップで優勝したよね!?岬 桜って…、桜ってその時の代表メンバーでしょ!?」
「なにー!?」
「マジ!?」
「しかも得点王だった!」
部屋はさっきよりも騒然となっちゃった。つまり、17歳以下のワールドカップで日本が優勝した時の代表メンバーで、大会の得点王だったってことかな?
…………。
「えーーーーーー!?」
驚きと共に誰もが言葉を失う。こういっちゃ失礼だけど、この小さな桜ちゃんが?代表メンバーで得点王??
「桜!」
天龍が仁王立ちしている。
「こうなったら詳しく説明するしかねーな!」
その言葉に誰もが頷き静まり返る。彼女の言葉を待った。
「えっと…。隠すつもりはなかったし、いつかバレる事だから、近々言おうと思っていたのだけど。いおりんの言った事は本当。U-17代表でワールドカップ優勝メンバーの一人。得点王でもあったよ。」
「何で隠してたんだ?」
「あの、えっと…。それを先に言っちゃっうと…、こういっちゃぁ悪いのだけど私に頼りっきりで、皆に自主性が無くなったら問題だと思ったから…。」
「ふーん。その他にも隠している事があれば、今のうちに言っておけ。」
その言葉に、彼女は明らかに動揺した。今まに見たことないくらい小さい身体を小さくしているようにも見える。表情もすぐれない。嫌な予感がした。同じように悩んでいるって言っていたし、逃げてきたって言っていた彼女の言葉に関係することだろう。
「あー、話に割ってごめんね。」
私は思わず会話を遮った。
「誰にだって言いたくないことの一つや二つあるでしょ?」
でも桜ちゃんは顔を上げて首を振った。
「藍ちゃん、ありがと。でもね、これからの戦いに、大きく関係する事だから言っておくね…。」
再び場は静かになる。
「私は、ここに転校するまで、大阪の私立
「あっ…。」
いおりんが察した。
「そう、百舌鳥高は二年連続、全国大会優勝。というか、2年間公式戦全勝で、無失点記録付きという強豪中の強豪高。そこで1年からレギュラーやっていたの…。」
「おいおい、とんでもねぇ話じゃねーか。」
天龍の感想だ。たしかにエリートコースまっしぐらだね。日本代表に選ばれるわけだ。
だけど桜ちゃんは、それを誇るような顔はしていなかった。むしろ、とても辛そうな表情…。
「だけど…、だけどね…。」
何かを言おうとした彼女は突如、大粒の涙をこぼし始めた…。
彼女の異様な雰囲気を誰もが察した。
「桜…。もういい!言わなくてもいい!」
天龍が察して止めた。
桜ちゃんはゆっくり首を振った。
「言わせて…。ちゃんと言うから…。」
「………。」
彼女の決心の強さに天龍が引く。
「百舌鳥高サッカー部はね、5軍まである大きな部活でね。府からの多大な支援もあったぐらい。だけどね、それだけレギュラー争いが凄くて…、いえ、酷くて…。私が得点を決めても誰も喜んでくれなかった…。私が代表に選ばれても祝福ムードにはならなかった…。」
「そんな馬鹿な…。」
部長が驚きを隠せないでいる。私はちょっと理解出来るかも。後輩が良いタイムを出しても褒めてあげられなかった私なら…。
「イジメも酷くて…。だけど一人だけ一緒に頑張っていこうって励まし合っていたチームメイトがいたの。『蒼井 翼』、百舌鳥高のキャプテン…。彼女は本当にサッカーの天才、サッカーの申し子。敵わないって思った唯一の人。」
「桜より上手いって…。」
部長が驚いている。
「もちろん彼女も代表メンバーだよ。そこでもキャプテンやっていたの。私達は、有名なサッカー漫画にちなんでゴールデンコンビなんて呼ばれていたよ…。だけどね…。彼女にまで裏切られちゃった…。」
「どうして?だって同じレギュラーだったんだろ?」
天龍の質問は誰もが思うところだよ。二人共レギュラーは確定しているような状況で裏切る必要もないでしょ?
「後で聞いたのだけど、脅迫されてだって…。それでも私は…、納得できなくって…、何もかもが信じられなくなって…。それで…。それで…。」
ボロボロと落ちる涙は彼女の辛さを現していた。雨のようだった…。滝のようだった…。
「私…、壊れちゃったの…。」
「壊れた…?」
「シュートが打てないの…。ゴール決めると皆が不幸になるから…。皆が憎しみ合うから…。だからゴール決められないの…。壊れちゃったの…。」
桜は小刻みに震えていた。口元を抑えて大声で泣かないようにしているようにも見えた。
誰もが下を向いた。そんな過酷な状況なんて想像も出来ない。もちろん私もそこまで追い詰められてはいなかった。
だけど、そんなところに自分が居たらと思うとゾッとする。桜ちゃんが逃げてきたって言ったけど、逃げなきゃ本当に精神的に壊れちゃってるよ…。
雰囲気は最悪になった。勉強会どころじゃなくなってしまった。だって、ちょっと私達には重すぎるよ…。解決方法なんて思い当たらないし、むしろカウンセリングとかしてもらった方が良いんじゃないかと思うぐらい。
誰も一言も発せられない状況が続く…。
「ばっか野郎!!!」
突然、天龍が大声を出した。
「俺達はそんな事しねぇ!」
「桜がシュート決めたら、お前が呆れるぐらい褒めてやる!」
「桜が日本代表になったら、知り合い全員耳にタコが出来るまで自慢してやる!」
天龍も…、泣いていた…。
「桜は俺達にサッカーの楽しさを教えてくれた!!」
「だから今度は俺達がお前にサッカーの楽しさを、改めて教えてやる!!」
「全員でそいつらの鼻をへし折ってやろうぜ!!」
「お前達のサッカーは間違っているとな!!!」
「私もやるぞ!桜を泣かせる奴は絶対に許さない!」
部長が泣きながら立ち上がる。
「こんな話し聞いて、黙ってられるほど人間できてないよ!」
いおりんも立ち上がった。
「うちらも。」
「久々に。」
「頭に来たよ。」
渡辺三姉妹も立ち上がる。
「僕も一緒に闘います!」
福ちゃんも立った。
「やるしかないっしょ!」
可憐ちゃんも立ち上がる。
「さぁ、桜ちゃん。一緒に戦おう!」
私も立ち上がった。
「俺達のサッカーが正しいって見せつけてやろうぜ!!!」
天龍が叫んだ!
オオオオオォォォォォォォォォォ!!!!!
後になって思えば、この時が、桜ヶ丘学園女子サッカー同好会が、本当の意味でチームメイトになった瞬間だった。
「ありがとう…。皆ありがとう…。」
桜ちゃんは、今度は嬉しそうに泣いていた。皆優しい言葉をかけあっていた。
私もつられて泣いちゃった。
それに、すっごくテンション上がってきた。
私、サッカー選んで良かったかも。いいえ、選んで正解。サッカーをというより桜ヶ丘女子サッカー同好会に入って良かった。
小さな桜ちゃんは皆に抱き付かれて凄く嬉しそうな顔をしていた。
私は彼女の幸せそうな笑顔を、一生忘れなかった。
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