第17話『フクの初試合』
「今日は宜しくお願いします!」
部長と桜先輩が相手高校の代表の人に挨拶に行っています。
というのも、今日は初練習試合で土浦四高に来ています。先輩達は、はしゃいでいる人もいれば緊張している人、そしていつもとは顔つきの違う人がいます。
唯一1年生の僕は、どちらかというと楽しんでいます。緊張もしていますけどね。
だって、僕の唯一の利点である高打点でのヘディングは禁止というお達しがあったのです。初の試合なのに…。ちなみに天龍先輩はボレー禁止でトラップを必ずするようにと言われていました。短気の先輩に我慢出来るのでしょうか…?
僕の後方にいる左MFである藍先輩は元陸上部という利点を活かそうと高速ドリブルをあんなに練習していたのに、試合ではツータッチでパスを出すよう言われていました。
こういっちゃ何ですが、試合になるのでしょうか?
そもそも桜先輩自体が無茶苦茶です。
集合した時の話しですけど、桜先輩と天龍先輩が親御さんに送られてほぼ同時に到着していたのですが、その時の会話にびっくりです。
「あっ、おはようございます~。」
と、天龍ママさん。
「あぁ、どうも。」
と、桜パパさん。
「うちの子ったら、出発時間ギリギリまで寝てましてね。もう少し緊張感ってのが欲しいでわねぇ。」
天龍ママの愚痴に桜パパは小さく頷いていた。
「いやぁ、うちの娘は朝4時に起きてまして、走ってここまで来るつもりだったみたいで…。説得して車で連れてきました。」
「あらまぁ。お互い大変ですねぇ。」
「そのようですな。」
そう言って二人共笑っていたけど、笑い事じゃないですよー…。
「あなたが岬さんね。活躍は噂で聞いているわ。今日は楽しみにしています。」
相手の部長さんかな?は、桜先輩の事を知っていた。そりゃそうだよね、知らなかった私達の方が変だよ。とはいえ、サッカーの専門誌までじっくり読んでいないと直ぐには分からなかったかもなぁ。テレビではほとんど選手のアップは映ってませんでしたし。
「いえ、今はスランプでして…。U-17の時のようなプレーはできませんよ。」
「あら…。それでもあなたと対戦出来て嬉しいよ。今日は初顔合わせだし、お互い楽しみましょう。」
「はい!」
部長と桜先輩が戻ってきた。
「良い人そうだな。」
部長の感想だった。
「うん。でも、それとこれは別です。私達は私達の目的の為に練習試合をします。」
桜先輩の声に天龍先輩が答えた。
「そうだぜ。ちんたらやってたら優勝なんて勝ち取れねぇ。今はどんな泥水だってすすってやるぜ。」
その意味は全員しっかりと理解しているつもり。
それぞれ私物の防寒着とジャージを脱ぐと真新しいユニフォーム姿になる。お揃いの格好っていうのは気持ちが高まりますね。
「それではそろそろ始めますー!」
相手チームから声がかかった。いよいよだ。桜先輩がピッチに向かう。ラインギリギリで止まると手を胸に当てて空を眺めていた。
なんだろう?おまじない?
そして勢い良く駆け出す。他の先輩達も後に続いた。僕も向かう。桜先輩の真似をしてライン際で胸に手を当てて空を眺めた。
良い天気でした。4月も目前で暖かくなってきています。そんな空に小鳥が飛んでいるのが見えました。
デビュー戦…。しっかり目標を持って…、思いっきりやります!
そしてグラウンドに入る。先輩達は自陣中央付近で円陣を組んでいた。皆さん手招きして僕を呼んでいます。輪に入ると肩を組みました。
「今日は派手に負けます!だけど、少しも迷う事はありません。自分達の課題をどれだけクリアできたかを確認します。これを後、最低でも100試合はします。今日はその第一歩。仲間を信じて、仲間を助けて、仲間と共に走りましょう!」
全員の緊張感が伝わってくる。
「舞い散れ桜ヶ丘!!!」
「ファイッ!オオオォォォォォ!!!」
そう、今は舞い散るしかない。満開の桜を披露するのはもっともっと後になります。
全員それぞれのポジションへ向かっていった。
ピッーーーーーーーーー
試合が始まる。ボールは相手チームからだ。何だろう…、やたら強そうに見える。
ボールが渡り試合が開始された。早速天龍先輩がボールを取りに行く。僕は後方へ回りこむ。
真横にパスが出され、相手チームはこちらの様子を伺っているように見えます。アレ?どこかで見たような光景…。
そうだ、男子サッカー部と1点勝負した時の光景です。ならば僕はもっと後方へ回り込んだ。きっともっと後方へボールを回すはずです。
天龍先輩はしつこくボールを追いかける。味方チームは全体的に上がってきてボールを持ってはいないけど攻撃態勢のようになっている。
!!
思惑通りボールが相手ディフェンダーラインへ回ってきました。すかさずパスカットに入ります。ボールをキープした瞬間、周りの空気が変わるのが分かりました。
特に大きなプレッシャーを背後より感じます…。あの人が来ている。絶対に来ている。そう感じるとノールックで無人のスペースへパスを出しました。
大きなプレッシャーの原因となっている桜先輩がパスを受け取ると、相手チームは3人かかりでボールを奪いにきました。これは流石にキツいです。私は援助するべくスペースを作る動きをします。相手ディフェンダーを引きつけてわざと空間を作り、そこへパスを出してもらう、いわゆるスルーパスです。
まだキープする桜先輩…。凄い…。数分キープしていたんじゃないでしょうか…。突如後方へヒールでパスが出されるとジェニー先輩にボールが渡り直ぐ様左足でパスが出される。
いつもの高精度のパスではありませんでしたが、前線へ走っていた桜先輩にパスが戻ってきます。藍先輩とパス交換し更に前線に走ってきました。
ディフェンダーに囲まれながらもニアサイド(ボールから近い方のエリア)で僕のポジション取りが激しくなります。フォアサイド(ボールから遠い方のエリア)には天龍先輩がいるはずです。
桜先輩は鋭く突進していたかと思うと突如切り返して左足でパスを出します。低い弾道。微妙にキーパーが取りに行くかどうか悩む場所に。
僕はディフェンダーと競り合いながらもスッとボールを避けます。相手もつられてボールを見失う。そのボールは相手DFを避けるかのように飛んでいき天龍先輩のところへ!
いつもならダイレクトにボレーシュートを決めるのだけども、今日はダイレクトシュート禁止です。でもポジショニングが良かった。トラップし、ちょっとボールが跳ねたけど直ぐにシュート出来ました。
ピピッーーーーーーーーー
ゴールを知らせる笛が鳴ります。祝福するチームメイト達。あれ?意外とイケるんじゃないかと思ったのはこの時だけでした。
いくら桜先輩とジェニー先輩が上手いと言っても徹底マークされて、更に左足オンリーでのプレーは結構きつそうに見えました。針の穴を通すようなパスも見られませんでしたし、風が吹き去るようなドリブルも見られませんでした。
三姉妹先輩達も、それぞれ得意分野を封じられています。リク先輩はドリブル禁止、ウミ先輩はタックル禁止、ソラ先輩はヘディング禁止となっています。いおりん先輩はツータッチパスを必ずすること、可憐先輩は特に指示がなかったのですけど、ボールが回ってくると緊張からか慌ててしまってオロオロしていました…。
あれよあれよと逆転されて、最初に相手が油断して決めた1点以外はあまり良いところはありませんでした。
それでもハーフタイムには、ボロボロのホワイトボードに不揃いの磁石をくっつけて敵と味方の動きの確認をします。正直疲れていてあまり頭には入ってこなかったです…。
これは試合終了後も行われました。よくこれだけ覚えているなぁと思うほど、桜先輩は的確に試合を再現し、この時はこうする方が良いとか、こうしたから得点されたとか説明してくれました。
「最初にも言ったように、迷う事も落ち込む必要もないよ。これだけ厳しい条件付きの試合して勝てたら、それこそ優勝は狙えるから。」
桜先輩の励ましでも皆は少し落ち込んでいるというか、過剰に自信喪失しているようにも見えました。
結果が1-10でしたからね…。普通にやってこの点差なら、もう優勝なんて二度と口にしたくないほどです。
土浦四高はここ最近は予選落ちが続いているのです。ぶっちゃけると、それほど強くはありません。なのに…って思いが皆さんあると思いました。僕もそう思ってしまいます。
「おいおい、落ち込んでいる暇はないぜ。話は簡単だろ?今度試合する時は10点差以内で負ければ成長しているってことだろ?そしていつか引き分けて、いつか勝つ。それを半年以内ぐらいで達成すればいいんだ。そんだけのことだろ?」
天龍先輩らしい、ざっくりとした感想でしたけど、でも確かにそれだけの事なんですよね。出来なければ優勝なんて到底出来ないという訳で…。
「それに、もしもこの条件で勝てたなら優勝目指せるってよ。だったらよ、勝ってやろうじゃねーか。」
だいたいの人は顔を上げて前向きな意見を言っていました。だけど、珍しく部長だけは落ち込みが酷いです。
「部長!あなたが落ち込んでどーするネー?」
「さすがにキーパーに向いてないと思ってしまった。」
「そんなことで、桜をいじめた百舌鳥ハイスクールに勝てると思っているの?」
ジェニー先輩の言葉には部長も反論しました。
「絶対に勝つ!桜を泣かす奴は絶対に許さない!」
「そうネー、その意気ネー!」
ちなみにもう1試合しましたけど、1-9でした。少しずつ差を縮めればいいと天龍先輩は言っていましたけど、実感がないのが厳しいです。
今日はここまでで、相手のキャプテンさんが挨拶に来てくれました。
「今日はどうもありがとうございました。すみません、相手にならなくって…。」
「いえいえ。まだ始まったばっかりだしね。うちらが負けたらショックだよ。」
「まぁ…、そうですよね。」
「でもちょっと気になるんだよねー。」
「何がです?」
「岬さん達、何か隠しているでしょ。いくらスランプでも映像で見た岬さんと随分印象違ったし。」
私達が弱いくせにハンデ背負ってプレイしているとは口が裂けても言えません。
「いえいえ、私は大きなスランプに陥っているのです。」
「そっかー。でも楽しみなチームだったよ。色々と可能性がありそう。うん。」
一応褒めてもらいました。ちょっと複雑です。
「また試合お願い出来ますか?」
「もちろん!私たちはさ、自分達もそうだけど、やっぱり地元茨城の高校が全国行って、更にいい所まで行って欲しいって思ってるんだよね。だからお互い強くなれるように頑張りましょう。」
良い人過ぎます…。
「ありがとうございます!」
そんな会話の後、後片付けに入りました。僕はちょっとお手洗いに行きます。
誰もいないので用を足していると、誰かが入ってきました。
洗面台から水の流れる音が聞こえてきます。多分洗顔とかしているのだと思います。
「ねぇ、ねぇ、桜ヶ丘どうだった?」
「超余裕ー!予選で当たらないかなぁ。1年生でも勝てるよ。」
「えー?そんなにー?」
「マジマジ!素人集団だったもん。岬って人も大したことなかったしさ。あんなんでいいなら、あたしらの中でも日本代表狙えるんじゃね?」
「超ウケる!」
キャハハハハハッ…………
甲高い笑い声の後、私は悔しくて悔しくてたまりませんでした。トイレを済ませてカバンを抱えた仲間のところへ戻ります。
「福ちゃん行くよー。」
「………。」
「福ちゃん?」
「あっ、桜先輩。僕も直ぐに家の人が来るので大丈夫です。」
「うん。どうかした?」
あっ…。
「何があったの?」
僕は涙がこぼれてしまいました。どうしても悔しくて…。
「トイレに行ったら…、相手のチームの人が、馬鹿にしていて…。悔しくて…。すみません…。」
先輩はギュッと抱きしめてくれました。
「その悔しさを忘れないでね。最後に笑うのは私達だから。」
「はい…。せ゛ん゛ぱ゛い゛…。」
「ほらほら、泣かないの。お母さんが不安がっちゃうでしょ。」
「うん…。」
僕らは色んな思いを胸に初試合を終えました。
次の日からの練習が更に厳しくなったのは言うまでもありません。
そしていよいよ新学期が始まります。
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