第4話『天龍の才能』
「おい、逃げねぇから手を離せ。」
チビは俺の手をギュッと握って走りだした後、校舎裏のグラウンドまで連れてきた。
「部長、ここで良いのでしょ?」
「よく分かったな。そうだ、ここが我らサッカー同好会のグラウンドだ。」
とはいえ、中途半端な大きさしかないな。隣には2面もサッカーグラウンドがあるが、どうやら男子が占領している。
あぁ、そういうことか。同好会だからサッカー部である男子に取られているんだな。
「なんだ、早く言えばいいのに。」
「ん?何を?」
「グラウンドが欲しいんだろ?俺が『交渉』してきてやるよ。それで俺はお役目御免だな。」
「ちーがーうーよー!」
チビは小さな背丈を精一杯伸ばして否定しやがった。何というか…、ガキっぽいな。
「一応言っておきますけど、私はちゃんと勝負して天龍ちゃんをここに連れてきました!だからサッカーをしてもらいます!」
「わーた、わーった。」
「怒った桜も可愛いな!」
「おめー、マジきめーから。」
「だって見てみろ。桜の頭の上に『ぷんすか』と文字が浮かび上がってるのが見えるだろ?」
「意味がわからん。」
こいつが部長ってのがまず駄目だわ。
「で?何をすればいいんだ?」
「私がパスを出すからシュートして欲しいの!」
目をキラキラさせながらにじり寄ってきた。
「それだけか?」
「そう!でもね、一応ディフェンダーとキーパーもつけましょ。ということで、どちらかキーパーできます?」
チビが言うと部長が手を上げた。
「桜がやれと言えば何でもやるぞ!というか、一応キーパー志望だ。」
「それなら良かった。じゃぁ、いおりんディフェンダー出来る?」
「うん、まぁ、出来るけど…。」
俺の事をチラチラ見ているな。まぁ、自分で言うのもなんだが、俺様は相当怖いわだろうな。小物臭がしてちょっと笑えるな。
「フッ…。怖いのか?」
「ちょ…。」
「天龍、それは駄目だ…。」
なんだ?部長といおりんとか言う奴が突然笑い出したぞ?チビは不思議そうに見ている。
「おい!ふざけてると球蹴りどころじゃなくなるぞ?」
「あー、すまない。本当にすまない…。」
そう言いながらも笑いをこらえている。なんだ?
「あのね、今度からそれ、言わない方がいいよ。」
「何がだ?」
「ゲームのキャラが同じ事を言ってるの。だから駄目だよ。」
「チッ…。」
思わず舌打ちした。随分俺様とキャラが被ってるじゃねーか。だから面白がってるんだな?まぁ、いいや。無視だ、無視。
「おいチビ、何かアドバイスねーのかよ。」
気を取り直してチビに聞いた。
「私は桜。ちゃんと名前で呼んでね。」
「おめーはアダ名で呼ぶだろ。」
「じゃぁ、龍子ちゃんって呼んで欲しい?」
「あっ…。」
そうか、そうなるのか…。究極の選択だな。まてまて、ついつい桜のペースに巻き込まれちまう。
「どっちでもいいや。今日だけだしな。」
「ニシシー。宣言しておくよ。今日の帰り、一緒にスパイク買いに行くから!」
「そんな訳ねーだろ。」
「それで、アドバイスというか注意点なんだけど…。」
「おぅ。」
「アンフェアーなプレイはしちゃだめなの。」
「なんだそれ?」
「ファール、つまり違反ね。故意に人を蹴ったり、わざと押したり、手でボールを触ったり、暴言も駄目だよ。」
「目潰しはいいのか?」
「ダメダメダメ!怪我させちゃ絶対に駄目。」
「なんだ。案外なまっちょろいんだな。」
「そんなことないよ!ラグビーは紳士がやる野蛮なスポーツと言われているけど、サッカーは野蛮な人がやる紳士なスポーツって言われるの。それだけ過激だよ。」
「ふーん。シュートってのは足でボールを蹴って、ゴールに叩きこめばいいんだろ?」
「そうだね。別に手を使わなければどこでもいいんだよ。」
「あぁ、頭で打つやつか。」
「そうそう。それがヘディング。だけど、膝とか踵とか、お尻だってOKだよ。」
「ケツでシュートってのも格好悪いな。」
「でも、1点は1点。勝てばいいんだよ。美しさを競うスポーツじゃないからね。」
「あぁ、なるほどな。そういうことか。」
「後ね、部長がやるキーパーは、唯一手が使えるプレイヤーなの。知ってる?」
「まぁ、そういうのがいることぐらいは知っている。」
「範囲は決められてるけどね。」
「よし、だいたい分かった。いつでもこいや。さっさと終わらせようぜ。」
「あぁ、最後に一つだけ。いおりんよりもゴールに近い場所でボールを受け取るとファールなの。」
「なんだそれ?」
「だって、そうじゃないとキーパーの前でずーっと待ってればいいことになっちゃうじゃない?これはオフサイドっていう反則なの。」
「………。」
俺は想像した。なるほど、確かにそうだな。ゴールの前で待っていれば、守ってる奴らが思いっきり蹴ればバスになって簡単にゴールできちまうな。
「OK分かった。」
「オフサイドはパスを出した瞬間が判定基準だからね。」
「パス出してからなら前に走っていいってことか。」
「うん!じゃぁ、やってみようか。」
そう言うと、キーパーの部長とディフェンダーのいおりんに何やらアドバイスしていた。その後、ゴールに向かって右側の方へ移動した。おいおい、そんなに離れるのかよ。
「じゃぁ、いくよー。」
桜は手を上げて合図する。ゆっくり走りだすとドリブルしながら進む。するといおりんが俺の前にスッと出てきて邪魔をしてきた。
思わず「どけよ!」と叫びそうになったが、それは駄目だったな。俺がいおりんの前に出ようとすると、こいつはそれも体でブロックしてくる。
「な!?」
これではパスが受けられないだろ。チッ、面倒くせぇなぁ…。
俺はわざと後ろに離れる。いおりんもついてくる。なるほど、こうしないと簡単にシュートされちまうってことか。
俺は動き回りながらこいつの動きを確認する。ピッタリとついてきて、ある意味きめぇ。
そうか、なら…。
突然ゴールから離れる。意表をついたのか、いおりんの追跡が一瞬離れる。
ここだろ!
桜がどうなっているか見えていないが、あいつは俺に合わせてパスを出しているはずだ。
一瞬の出来事だった。
離れた瞬間にゴールへ向かってダッシュする。いおりんは振り回されてついてきていない。俺の加速力を活かせば振りきれる。
!!
感じる…。もうボールが来ている!!
チラッと視界の隅にボールが写った!!!
ドンッ!!!
右足を振りぬいた…。
最高に心地よい感触を残して、ボールは一瞬でゴールに突き刺さっていた。
ゴールキーパーであるはずの部長は一歩も動けていない。
たいして動いていないはずなのに、心臓が爆発しそうなぐらいドキドキしている。
手や足が震えてやがる…。やべぇ…。
なんだこれ…、なんなんだこれはよ…。
「ウオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!!!!」
叫んだ!心の底から叫んだ!
興奮している。この何もかもに興味を失ったはずの俺が興奮している!
「すげぇ気持ちいい…。」
半端じゃねぇ…。こんな感覚初めてだ…。
「天龍ちゃーん!!!」
桜が駆け寄ってきて思いっきり抱きついた!
「凄い凄い凄いーーーー!!!私の予想以上だよ!!!!」
桜は喜びを全身で表しながら泣いていた。
「何泣いてんだよ!大袈裟だぜ…。」
「大袈裟なんかじゃないよ…。私は凄く嬉しい…。嬉しいよ………。」
そう言うと抱きついたまま泣きだした。おいおいなんなんだよ…。
「天龍すげーじゃねーか!」
部長も興奮しながら走ってきた。
「どこかでサッカーやってた?」
いおりんも驚いている。
「いや?つーか桜、いおりん振り切るにはもっと速いパス出せ。」
その言葉に部長といおりんは驚いていた。桜は、
「うん、天龍ちゃんには本気のパス出すよ!いっぱい出すよ!!」
「何を言ってるんだ…。さっきのパスだって十分鋭かったぞ?」
「そうだよ!それをボレーシュートで決めるなんて…。経験者でも難しいシュートだよ?」
俺はそんな言葉には耳に入ってこなかった。
とにかくゴールが決まった瞬間の興奮が忘れられない。
桜からのパスが欲しくて欲しくてたまらないのだ。
「桜…。」
「なに?」
「もう一回頼む。」
「うん!」
それから日が暮れるまでシュートを決め続けた。
結局帰りに、桜と一緒にスポーツ店でスパイクを買っちまった。
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