第3話『いおりんの不安/天龍の不安』

ヤバイよヤバイよヤバイよ…。

天龍すげぇマジになってるよ…。

カバンを放り投げると、眼光鋭く桜ちゃんを睨んでいる。

肝心の桜ちゃんは、リュックからサッカーボールを取り出した。ボール?ボールで対抗するの?そんなの通用しないよ…。


だってここは学校の玄関。下駄箱に囲まれて対峙するという異様な状況。

「おいチビ。こんな所でボール持ちだしてどうするんだ?」

そう、天龍が言いたい事もわかる。これだと両サイドの下駄箱に阻まれて縦にしか蹴る方向がない。回り込もうにも、狭くて難しい状況だよ。

「今日は久しぶりに本気でいきます。日本の女子サッカーの未来のために。」

「寝言ってのは、寝てから言うもんだ。」

二人は静かに対峙した。天龍は腰を落とし一気に距離を詰める素振りを見せる。うん、そうだよね。近距離になってしまえばボールを奪ったりして、ボールを離す事により、ボール自体が脅威ではなくなる。


そうなれば天龍の一方的な展開になるはず。それは桜ちゃんも分かっていると思うのだけれど…。

その時だった。完全に不意を突かれた感じで、助走もなくボールが蹴り出される。

バンバン!!

大きな音が2回してボールが桜ちゃんの足元に帰ってきた。見ると両サイドの下駄箱の扉が開いている。どうやら左側の下駄箱に当たり、そのまま続いて右側の下駄箱に当たり、そして桜ちゃんの元に戻ってきたようだ。ていうか、そんなこと出来るの?しかもこの場面で?


ちなみに、うちらの学校の下駄箱の扉は、横に開くタイプだ。なので、ぶつかった下駄箱の扉は開いたまま、ぶらぶらしていた。

「牽制かな?」

小声で部長に尋ねてみる。

「凛々しくて可愛いな…。」

駄目だこりゃ。短くため息を付き、二人の様子を観察する。

天龍は驚いた様子もないし、むしろボールには無関心のようにも見えた。そうか、あの程度の威力なら当たっても問題ないとみたかな?だよね、よっぽど急所にでもクリーンヒットしないと痛くないと思うよ…。それとも目眩まし的な意味でボールを使うのかな?それならアリだけど、天龍は武器を持った相手とも何回も戦ってきたし、直ぐに対応されちゃうと思う。彼女の高校に入ってからの無敗記録は、伊達に伝説と呼ばれている訳じゃぁない。

その天龍は一歩、二歩と前に出ると、一気に距離を縮めてきた!


ドンッ!!ドンッ!!!

「!?」

何が起きたか直ぐには理解出来なかった。

トンットンッ…

ボールは再び桜ちゃんの所に戻ってきている。

「ちょ!?」

何故か天龍は前に倒れこんでいる。苦しそうだが、何とか踏ん張ろうとしているようにも見えた。え?本当に当たったの?どこに?何で苦しそうにしているの?

彼女は更にボールを蹴る仕草に入る。助走を着けず身体を捻れるだけ捻って回転力だけで蹴りだす。

ドドンッ!!

左の下駄箱に当たり、倒れ込みそうになっている天龍の右頬にモロに当たった。頭が不自然なほどの勢いで吹き飛ばされ、そして彼女は完全に床に倒れ込んだ。


「部長!天龍ちゃんを保健室へ運びましょう!」

「運ぶって…。」

「早く!気を失っていると思います。」

「いおりんも手伝って。」

私は呆気にとられていたけど桜ちゃんに呼ばれて我に返り、部長におんぶさせて運んだ。


ガラガラ…

「直美先生いますか!?」

私は保険医の下の名前を呼ぶ。

「はいはい、どうしたの?あら?珍しい人が伸びているわね。あらあら~。」

ベッドを囲っていたカーテンを広げ、シーツをめくる先生。部長が極力そっと寝かせつけた。直美先生は天龍を診察し、濡れたタオルを絞って腫れている頬に当てた。

「3人がかりで仕留めたのかしら?」

先生は突然そう言ってきた。まぁ、そう思うよね。

「いえ、私がやりました。すみません…。」

「見かけない生徒さんね。」

「今日転入してきました、岬 桜と言います。」

「あらあら…、また随分可愛い子にやられたのね。我が校のじゃじゃ馬は。」

そう言ってふふふと笑っていた。


「とりあえず、一応どうしてこうなったか聞かせてちょうだい。」

桜は天龍をサッカー部に入れたいこと、それは天性の才能があると直感したから。そしてその条件が決闘で、玄関で争ってこうなったと話した。

「ボールで気絶するってよほどの事よ?」

「えーと、まず両側の下駄箱の扉を開かせて、次に開いた扉の下にボールを当てて、地面にバウンドさせて天龍ちゃんの顎に当てたのです…。」

「当てた?狙ったの?」

「はい。だけど、それでも立ち上がりそうだったので、咄嗟に下駄箱に当てて右頬にボールをぶつけちゃって…。それが余計だったかも知れません…。」

「天谷さんにオーバーキル?」

「天谷さんって誰ですか?」

「あぁ、本名を知らないのね。彼女は天谷 龍子。苗字と名前の一文字ずつ取って天龍って呼ばれているわね。」

「あぁ、なるほどです。」


「ついでに、ゲームのキャラクターで同じ天龍ってのがいて、言動が彼女にとても似ているんだよ。だから本人は嫌いだったみたい。」

私がフォローした。

「そうだったんだ…。立ち上がろうとした時の天龍ちゃんの迫力は凄く怖かった。なので体が咄嗟に反応しちゃって…。」

「分かったわ。この子のケガは大したことはないわよ。直ぐに目を覚ますわ。一応他の先生達には内緒にしておくわね。」

そう言って天龍の顔をのぞき込んだ。タオルを取って水に浸し絞ると再び顔にかけた。


「3人は少し廊下で待っていて。他にもケガがないか確認するから。」

そう言われて廊下に出る。何故か長椅子があって、ここだけ病院みたいだよ。

「部長…。」

「まぁ、まだ同好会だから部長じゃないけどな!」

「あの…、下駄箱も壊しちゃったから後で職員室にも行ってきます…。」

「ふはははははっ。私も一緒に行こう。なにせ可愛い部員が起こした不祥事だからな。」

「すみません。助かります。」

あんなに激しかった桜ちゃんもボールを持っていないと抱きしめたいほどか弱くて、部長じゃないけど妹っぽい。ついつい助けてあげたくなっちゃうのだけは部長に同意してあげよう。


――――――――――


ベッドに横たわった時、実は俺は意識が戻っていた。だけどよぉ、バツが悪いというか、どう反応していいかわからねーし、取り敢えず寝たふりしていた。

会話は聞いていた。そうか、ボールが消えたと思ったら扉の下に当てて床にバウンドさせたのか。人間の目は上下の移動に弱いって聞いたことがある。盲点だった。あそこまでボールってのはコントロール出来るんだな。それに威力も相当あった。下手な奴のアッパーよりもいてぇよ。まぁ、あんな事が出来るのはあのチビだけかもしれねぇけどな。


3人が出ていった後、不意にタオルが取られた。

「ふふふ。今の気持ちを聞きたいところね。天龍さん。」

「その呼び名はやめろ。直美には世話になっているし答えてやるよ。完全に負けた。清々しいほどにな。」

「あら?珍しいわね。負けを認めちゃうなんて。」

「なんかよぉ、肩の荷が降りたちゅうか、そんな気がする。そのぐれー完璧にやられた。偶然とか奇策とかそんなんじゃねぇ。あいつは最初から狙ってやってきやがった。だから何もかも吹っ飛んじまった。そんな気がするぜ。」

「そうね、あなたは今まで沢山の物を背負っていたわ。その中でも一番大きかったのがプライド。それが亡くなったから肩の荷が降りたって思ったのかもね。」


「プライドねぇ…。俺にそんなもんあっか?」

「あるわ。正確には「あった」わね。もう過去形。」

「ふん…。俺はどうしたらいい?マジで球蹴りしろってか?」

「それはあなた次第。真に受けないで怒鳴り散らして帰る選択肢もあるわ。」

「だよなぁ。今更スポーツとかよ、どう考えても俺には向いてねーし、暴力沙汰で部活がパーなんて誰もが予想出来るだろ。」

「じゃぁ、なんであなたを誘ったのかしらね。」

「………。」


俺は考えこんじまった。だよなぁ、何で誘ったんだろ。不良を改心させたら自分の株があがるからか?そんで部員集めとかするのか?

いや、違う。

あのチビが見上げて俺の顔を見た時のあいつの顔、まるで子供が宝でも見つけたかのような顔だ。眩しくてイライラする。

俺がとっくの昔に捨てたものだ。


「どんな気持ち?」

「あぁん?」

「必要とされる気持ちよ。」

「必要?俺が?」

「そうよ。あなたは今まで誰かを必要とした。それは子分だったり自分に都合のいいメンバーだったりね。だけど今回は違う。あなたが必要とされているのよ。」


「頭数が欲しいなら誰でもいいだろ。」

「いいえ、天谷 龍子が欲しいのよ。彼女はそう言ったわ。」

「………。」

「腑に落ちないって顔ね。だったら一度蹴ってみなよ。ボールを。その時どう思ったか、それでその先を決めてもいいんじゃないの?」

「チッ…。」

めんどくせぇ…。今更スポーツとかよ、面倒くせぇよなぁ。


「それに。」

「?」

「敗北したから見える景色もあるのよ。」

「そんなもん地獄しか見えねぇっつうの。」

「どうかしら?」

「俺だって若いころは散々負けたさ。その時は地獄しか見えなかった。」

「強くなる途中の敗北と、頂点を取ってからの敗北は違うと思うわよ。」

「ふん!分かった分かった。1回だけ試してやるよ。それでおしまい。」

「ふふふ。まぁ、やってみなさい。若いってのは、何でも挑戦出来る特権を持っているのよ。試す機会があるならどんどんやってみなさい。」


「先公みたいな事を言うな。」

「一応先生だしね。ほら、行ってらっしゃい。」

俺は何だか照れくさくて、直美の顔をまともに見られなかった。そのまま廊下に出ると、3人は一斉に俺の顔を見てきた。

「あの、大丈夫ですか?」

「何が?」

「ケガとか…。それに最後のは不要だったし…。」

「いや、最後のなければお前は負けていた。それだけのことだ。」

「ごめんなさい!」


「チッ…。調子狂うなぁ…。さっさとグラウンド行くぞ。一回蹴って終わらせてやる。俺の事を買いかぶり過ぎだとお前に教えてやる。」

「ニシシー。それはどうかな?」

「俺がスポーツなんかに熱中出来るわけねーだろ。」

「まぁまぁ、やってみよ!部長、いおりん行くよ!」

あいつは満面の笑みで俺の手を引いた。


「おいやめろ!」

「逃がさないんだから!私のパートナー!」

「桜!その役目私なら喜んでうけるぞ!」

サッカー同好会とかの会長が慌てて追いかけてきた。相変わらずこいつはきめぇ。

だけどチビは俺の手をしっかり握って離さない。

俺はどうなっちまうんだ?


不安?今までとは全然違う生活に、俺は不安がっている。恐怖かもしれねぇ。

でもまぁ、いっか。

たまには誰かに身を委ねるってのもいいだろう。

それに頼られるってのは嫌いじゃない。

だけどな、人には得手不得手があるだろ。


はぁ…。

面倒くせぇ。だけどこいつの笑顔に免じて今日だけは付き合ってやる。

今日だけな。

だけど1年後の俺は、今日という日を本当に感謝することになる。

運命なんてクソみてぇなもんが本当にあるなら、今、この瞬間がそれだと気付いたからだ。

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