第2話『部長の期待』
私は緊張している。それもかなり緊張している。
高校生にもなって転校生に出会うとは思ってもいなかったのだが、もしかしたら私が今、一番望む人物かも知れないからだ。
というのも、私は女子サッカー同好会の会長をやっている。
新設校ということもあり部活の伝統というものがなく、こういった同好会がいくつか存在している。
ここで部活に昇格出来るか、自然消滅するかは私にかかっていると自負しているのだ。
とういうのも、同級生ではそれなりに人を集められたが、後輩からの受けがすこぶる悪いからだ。
だから兎に角試合が出来る人数を集めたい。勝てなくても良いから公式戦に出て記録を、痕跡を、実績を残さなければならない。
茨城県の高校女子サッカー部は数十校ぐらいしかない。そもそも大会に出ない高校もいくつかあるしで、数試合勝てば関東大会出場も夢ではないのだ。まぁ、それ以上勝つのは至難の技だが…。
と、いうことで人材を探している。実力は無くても良い。サッカーが好きならそれでいい。そういう思いで集めたメンバーは6人。後5人必要だ。
同好会の事情をいつも家で話しているのだが、弟と妹から有力な情報を得た。
サッカーとはまったく関係ないのだが、私は4人姉弟の長女だ。ちなみに、長女、次女、長男、三女という構成だ。その長男の「
ただし、その情報の中には一つ疑問がある。その少女は翔よりも背が低かったというのだ。そうだとすると小学生や中学生の可能性もある。
だけど私はタイミング的に高校生だと思っている。それもこの学校で、これからクラスに合流する人物。
というのも、高校で転校生なんて話はラノベぐらいしか聞いたことが無いし、弟から聞いたサッカー技術が小学生や中学生の枠を超えてしまっている。もしもあんな技術力を持っているなら今直ぐEUに行ってプロのジュニアチームに入った方がいい。
だから高校生ぐらいじゃないかと、一方的な期待も込めて推測している。
懸念事項があるとすれば、弟が大袈裟に語った可能性があるということだ。ちょっと信じられない技術力だからな。
つま先と踵でリフティング?鉄棒に当てて、ノーバウンドで何度も繰り返す?
サッカーゲームでもそんなに上手くいかないぞ…。
まぁ、いい。答えは直ぐに出る。
ぶっちゃけると、私好みの娘でサッカー好きなら問題はない。サッカー談義が出来て、ついでに一緒にボール蹴って、最後に一緒にシャワーを浴びれれば最高だ。先に言っておく。私は男には興味が無い。
クラスの雰囲気も今日は違うな。ざわついている。そりゃそうだ、高校で転校生なんて…、と皆思っているはず。女性という情報は入ってきていて、クラスの男子共は色めき立っている。バカ共め。二次元にでも恋してろ。いや、まぁ、私も二次元の美少女にはお世話になっているのだがな…。
「部長!翔君の話しが本当ならいいね!」
話しかけてきたのは、幼馴染で同じ同好会メンバーである「伊藤
サッカーの腕前は、まぁ、そこそこかな。
ちなみに、まだ同好会なのに、皆は私のことを「部長」と呼ぶ。「会長」が正式な名称のはずなのだが、まぁ、そんな小さいことは気にしない。
ガラガラ…
突如教室の扉が開くと担任の先生が入ってくる。ん?生徒がいないぞ?
「静かにしろー。日直。」
「起立!礼!おはようございます!」
「おはよう。」
「着席。」
日直当番の掛け声で挨拶を済ませると、担任は出席を取らずに教卓に両手をついた。
(キタキタキタ!転入生紹介だろ!)
「あー、今日からこのクラスへ転入した生徒を紹介する。自己紹介して。」
キター!
………。
あれ?見当たらない。廊下で待っているのかな?
「はい。」
え!?いるの!?馬鹿には見えない生徒なのか!?
「岬 桜です。大阪より父の仕事の都合で引っ越してきました。転校を繰り返してきましたが、卒業まではこの高校にいられます。この学校はクラス替えが無いと聞いていますので、卒業まで宜しくお願いします。」
声は聞こえるが姿が見えない…。焦っていると前の方から「可愛い」だとか、「小さい」などと聞こえてきた。
あ、なるほど。私の予想よりも背が低いのか。私は立ち上がり覗きこんだ。そこにはどう見ても中学生の女の子がいた。髪は短めのポニーテールで童顔。でも胸はCカップはあるな。うむ!完璧ではないか!私は妹属性に弱いのだ!
ツンツン…
ん?前にいるいおりんが何か言いたそうだ。腰を落とし前方へ身体を傾ける。
「岬って苗字、どこかで聞いたことなかったっけ?」
小声でそう伝えてきた。うーむ。そう言われると聞いたことがあるような…。だけど今は彼女本人に興味が集中している。なにせ、空いている席は私の左隣りだからだ。久々にときめくぞ!
とは言え一番後ろではない。何故この中途半端な席が空いているかというと、その更に左側の一番窓側の席には学校で一番の、いや、つくば市で一番の問題児である女子生徒が座っているからだ。なので、私の隣は大歓迎なのだが、反対側には気を付けるように先に言っておく必要がある。
ちなみに、こいつの武勇伝は漫画やドラマや映画の域を超えている。
「じゃぁ、岬さん。あの空いている席へ。」
「はい。」
トトトッとカバンを抱えて小走りした姿…。あぁ、何て可憐なんだ…。おっと見とれているうちに私の方ではなく反対側を歩いていってしまった。しまった、そっちにはあいつがいる。
まったく興味が無さそうに、足を派手に通路へ放り投げ、頬杖をつきながら外を見ている。これでは岬ちゃんが机に辿りつけないではないか。
「………。」
私がそいつに、足をどけろと言うつもりだったが声が出ない。
彼女の眼光は本当に鋭い。野生の虎やライオンが可愛く見えるレベルである。いや、虎もライオンも本物は見たこと無いけどな。
岬ちゃんは彼女の前でピタッと止まった。
「あのー。あなたが天龍さんですね?」
おい!そのアダ名を言ってはいけない!彼女はそのアダ名を激しく嫌悪しているのだぞ!
「あぁん?てめー誰だ?気安く呼ぶんじゃねーよ。次にそのアダ名で呼んだら、ただじゃすまねーぞ?」
「だって、先生達が言ってましたよ?」
「だーかーらーよぉ…。俺は嫌いだって言ってんだよ…。」
まずい。天龍がかなり苛立っている。それ以上突っ込んではいけない。キレたら誰も止められない。私は我慢できず岬ちゃんを呼んだ。
「岬ちゃん…。早くこっちへ…。」
手招きするが、彼女は天龍の投げ出されている足を見ていた。そしてとんでもない行動に移ったのだ。
「お、おい!てめー何してやがる!!!」
天龍が嫌がって立ち上がった。まずい、かなりまずいぞ。目が真剣だ。そりゃぁ誰だって、突然太ももを直に触れられたら良い思いはしないだろう。
いや、私は岬ちゃんになら大歓迎だけどな。
まてまて、私が岬ちゃんの太ももを撫でるのもいいぞ。
「見つけた…。」
岬ちゃんは突然そう言った。
「あぁん?てめーいい加減にしろよ!どうやら痛い目に合わねーと、わからねーみたいだな!?」
天龍は拳を握ってそう言った。
「凄くしなやかで鍛えられた筋肉…。これは天性の肉体です!」
「ふっ…、ふざけやがって!!!」
誰もが目をつぶった。しかし天龍の拳は空回りをする。岬ちゃんは頭を少し後ろに下げて交わしたようだ。直ぐに前に出るとしゃがんで再び足をさする。
「やっぱり凄い!天龍ちゃん!私とサッカーしよ!!!」
しゃがんで見上げている岬ちゃんの顔には、天使のような笑顔が広がっていた。
「……………。」
彼女を見下ろす天龍は、激しく怒りを露わにしている。
この、手の付けられない不良女に対して、サッカーを一緒にしようと誘ったのは、間違いなく岬ちゃんだけだろう…。私だっていくら同好会メンバーが欲しいと言っても、天龍にだけは相談しないだろう。いや、絶対にしない。
彼女は街のヤンキー共でさえ目を合わせない、そんな不良女なんだぞ?校内で喧嘩が始まれば、まっさきに飛んでいって喧嘩していたはずの奴らを、両方共人数関係なく全員ぶっ飛ばしちゃうような奴なんだぞ…。そんな奴にサッカーだと?
「てめー、頭のネジが1、2本飛んでるだろ…。」
流石の天龍も呆れている。そりゃそうだ。彼女がサッカーをやったとしても乱闘しか思いつかない…。
「いいえ。あなたの右足は日本の頂点を取れる、黄金の右足だもん!」
ここまでくるとおちょくっているとしか思えない。担任も唖然としている。
「あほか…。」
呆れる素振りから不意に回し蹴りを入れてきた。
「危な…。」
私は驚いた。一瞬の出来事だった。岬ちゃんは鋭く前進すると天龍の軸足を踏んで抑えこみ身体を捻る事が出来ないようにし、勢いのなくなった右足を簡単に押さえ込んだのだ。
「この足は人を蹴る為のものじゃないよ。ボールを蹴るためのものだよ。」
岬ちゃんの行動に一瞬驚いた天龍だったが、我に返った時は完全にキレていた。
「おもしれぇ…。お前…、本当におもしれぇよ。俺様の足が球蹴りの足か、人を蹴る足か白黒つけようじゃねーか。」
「本当!?」
何と岬ちゃんは彼女の挑発に乗った。いや、どう考えても挑発したのは岬ちゃんだ。
「俺は実力でこの街をシメてきた。例えお前みたいなチビでもな、全力で狩らせてもらう。」
「じゃぁ、私が勝ったらサッカーやろうね。」
「いいだろう。俺が勝ったらお前は俺の奴隷な。こき使ってやるぜ。覚悟決めとけよ。」
「天龍ちゃんもね。」
「おもしれぇ。久々におもしれぇ奴に会ったぜ…。」
そう言うと天龍は何も入ってないペラペラのカバンを肩に掛けて、不機嫌そうに教室を出て行った。
「放課後、下駄箱で待ち合わせね!」
岬ちゃんは手を振りながら彼女を見送る。ピシャッと勢い良く扉が閉まると教室は一気にざわついた。
担任が静かにするように叫ぶが止まらない。だけどこれは仕方がないだろう。静かにさせようとする担任に同情する。だって、あの天龍に喧嘩を売ったのだ。あの天龍にだぞ?大の大人だって避けて通る不良女にだぞ?
岬ちゃんは満足そうに席に座った。それと同時にヒソヒソ話になっていき、ようやくクラスは静けさを取り戻そうとしていた。
「あー、戸塚。教科書見せてやれ。」
「あっ、はい。」
私は机をくっつける。
「岬さん。暴力は許可できませんよ。」
「はい!そんなことしません!ちょっとボール遊びするだけです。」
「………。」
担任も岬ちゃんが何を言っているか分からないようだ。決闘すると言っておいて、ボール遊び?
ホームルームが終わり授業が進んでいく。そして昼休みになった時、私は声をかけて食堂へと案内しつつ一緒に食べることにした。
兎に角彼女はサッカーをやる意志がありそうなことは嬉しい。だが、あの天龍との揉め事はNGだ。そこを何とか諭じてあげないといけない。
いおりんにも手伝ってもらって食後に話すことにしていた。
「私は戸塚
「あ、早速入部希望です!」
「それは大歓迎なのだが…。天龍と関わるのはまずいぞ。」
「大丈夫だよ~。」
唐揚げを頬張り微笑みながら、まったく聞き耳を持ってくれない。ちなみにモグモグ食べる姿も可愛らしい。
「サッカー同好会があるのは事前に調べていたし、こちらこそお願いします。」
と、入部だけは確約してくれた。それは嬉しいのだが…。
「岬ちゃん…。」
「あっ、桜って呼んでくださいね。」
「あぁ、じゃぁ、桜。あいつだけは相手にしちゃだめだよ。」
「うーん。でも、彼女の右足は、誰もが欲しがる天性の右足なの。それにあの闘争心もいいよ。絶対に日本を背負って立つストライカーになるよ。」
お茶を飲みながらニッコリ微笑む彼女は、やっぱり可愛い。地上に舞い降りた天使っていうのは、桜のような娘の事をいうのだと実感した。
おっと、それどころじゃない。
「日本を背負って立つって…。大袈裟じゃないか?」
「そうよ。部長の言うことも大袈裟じゃないよ?天龍ってアダ名を知っていたぐらいだから、噂ぐらいは聞いたのでしょ?」
いおりんがフォローしてくれている。
「天龍ちゃんにも言ったけど、彼女は喧嘩している場合じゃないと思うのです。今直ぐにサッカーを始めるべき。大丈夫です。私が何とかしますから。皆さんにも迷惑かけません。」
ニシシーと笑う笑顔は可愛い…。おっとっと、そうじゃない、そうじゃない。
「分かった。取り敢えず桜に一任しよう。だけど、どうしても駄目だと思ったら部長権限で退部もするが良いかな?」
「はい!そうじゃないと他の部員さんが納得しませんもんね。」
「うむ…。」
突拍子もない事を言いながらも、しっかり周囲も見えている。
私は桜に任せることにした。というか色々と諦めかけた自分がいる。
そして放課後。人も疎らになる時間に天龍は現れた。
腕組みをしながら立つ彼女の眼光は鋭い。
いつもの見慣れた玄関に、異様な空気が漂っていた。
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