フィールドに舞う桜と共に
しーた
『奇跡の桜』編
第1話『桜の転校』
茨城県つくば市。
研究学園都市とも呼ばれているみたい。
市の中心地は電柱がなくて、緑が多く綺麗な街並みが素敵かな。2車線道路も多いし、予想よりも都会的かも。
数十年前に科学万博があって、その後の土地開発によって近未来的な雰囲気が漂っている。
研究学園都市と言われるだけあって、官民の研究期間が沢山あるんだって。
時は2月。
私はここに引っ越してきたばかりで、私鉄つくばエクスプレスの終点のつくば駅周辺を、探索がてら散歩しているよ。
画家のお父さんの都合で転校が多く、高校2年生という時期でありながら私立桜ヶ丘学園に転入してきたの。学校の名前と私の名前が似ていて親近感があるかも。
お父さんはここで数枚絵を描く予定みたいで、一応高校卒業までは転校はない予定。それはいいのだけれど、就職が決まったらお父さんについて行くことはできなくなっちゃうかなぁ。一人でお父さん大丈夫かなぁ…、などと今から心配しています。
というのも、お母さんは私を産んで直ぐに死んじゃったの…。だから家族は二人。
友達はいるけどね。あ、今も一緒だよ。
私の名前は「岬 桜」。二文字の名前が珍しくて直ぐに覚えてもらえる。
高校の場所はここから近くて、中央公園という名前の大きな公園の先にあるよ。校舎は転入手続きの時に1度行ったけど、出来たばかりだけあって綺麗だったし、近未来的な校舎が印象的だった。
つくば駅は地下にあって、地上には出入り口があるだけなの。
その近くに交番があって、その裏手が中央公園。私はそこへ行ってみることにした。
家族連れが多く、散歩や小さな子供達が楽しそうに走ったりして遊んでいる。
2月だけど暖かい日だったからか、それなりに人は多いかな。でも公園が広いからのんびり出来るね。
リュックから小さめのシートを出して芝生の上に敷く。次に小さなボールを取り出した。これはサッカーボールの2号球だよ。本来はインテリアの方が主な目的のボールサイズだけど、私はこれで練習しているの。
かなり小さいボールで、直径は15センチだったかな。なのでしっかりと芯を見極めて蹴らないとうまく扱えない。
サッカーのトレーニングシューズを履いてきているので、それなりの練習は出来るかな。でも地面が芝なので傷付けないように気を付けないとね。
シートの上にリュックを置いてさっそくボールを転がす。足でスッと浮かすとそのままリフティングの練習を始めた。
リフティングというのは自分一人で地面にボールを落とさないで何度も蹴る練習だよ。うまく芯を蹴らないとボールはどこかあらぬ方向へ飛んでしまって、地面に落とさずに続けて蹴ることは出来ない。
練習といっても、誰かに邪魔されるか、集中力が切れるか、眠くなるまでは落とす事はないと自負出来る程度には出来るよ。
足の甲、内側、外側、膝、更には肩、頭や
そうして10分ほど続けていると、見知らぬ兄妹が私のリフティングを少し離れたところから見ていた。
「おまえ上手いな。」
お兄ちゃんの方が話しかけてきた。ちょっと上から目線なのが微笑ましい。だって私は17歳だし、彼はどう見ても小学生か、せいぜい中学生だったから。
「ふふふ、ありがとう。やってみる?」
そう言ってボールをお兄ちゃんに渡すと、「見てろよ」と妹に告げてリフティングを始める。どうやらそんなに経験は無いみたい。手でボールを落としてからスタートした。
「あれ?」
1回蹴っただけでボールは横へ大きく逸れちゃった。拾ってくるともう一度挑戦する。
「おかしいな?」
だけども上手くいかない。芯を捉えきれてないね。3回目は膝で蹴ってから足の甲で蹴ろうとした瞬間、やはりボールは横へ大きく逸れてしまった。
「いつもは10回ぐらい出来るんだぞ!」
お兄ちゃんはムキになって私に告げた。うーん、そうだね、普通のボールサイズでもそのぐらいしか出来ないかもなぁ。
「分かった、ボールが小さいからいけないんだ。ちょっと待ってろ。」
そう言うと妹を置いて後ろへ走っていく。遠く離れた所でお母さんかな?体格の大きい人からボールを受け取り戻ってきた。今度は4号球だ。ということはやっぱり小学生かも。中学生から大人と同じサイズの5号球を使うから。
両手で掴んだボールを落とし、膝で蹴り上げ続いて甲で蹴る。ちょっと逸れたけど続けられて、6回目で落とした。
「な?出来るだろ?」
そう言ってニカッと笑うお兄ちゃんと、彼を称える妹ちゃん。兄妹もいいなぁ、何てリフティングじゃなくて別の感想を思っちゃった。
「そうだね。10回出来るようになれば、直ぐに100回出来るようになるよ。」
「うん、知ってる。お姉ちゃんも同じこと言ってたもん。今練習してるから、直ぐに出来るようになるさ。」
へー。お姉さんは調べたのかな?こんな事言うのって経験者ぐらいなんだけどね。
というのも、つくば市で女子サッカー部がある高校は無かったの。唯一、桜ヶ丘学園は同好会があった。だからこの高校に決めたの。私はサッカーだけが続けてこられたし、そのお陰でボール以外のリアルな友達も沢山出来たから。
今度もサッカーを通じて友達が出来るといいな、という思いもあるよ。
「なぁ、どうやったら上手く出来るか知ってるか?教えてくれよ。」
「うーんとね、ボールの中心を蹴る事に集中するんだよ。」
そう言って、私が持ってきた2号球を蹴りあげてリフティングを始める。そして今度はつま先だけでボールを蹴りあげ続ける。
「ボールの芯を蹴れるなら、つま先だって…。」
少し大きく蹴りあげると、ボールは頭の上を超えて真後ろに落ちていく。見えないところだけど、感覚だけを頼りに踵で蹴りあげた。再びボールは頭の上を飛び越えて真正面に落ちてくる。それを繰り返して見せた。
「踵だって続けられるよ。ボールの中心を常に意識してそこに集中するの。そうすると普通に地面に置いて蹴る時も、しっかりと真っ直ぐ飛ぶよ。」
「…………。」
兄妹は口を開けてポカーンとして見ていた。あっ、刺激が強かったかな。数度目になる踵からのボールは頭の上に落ちてくる。トンッと衝撃を殺してそのまま頭の上に乗せたままにする。
「ここにボール置いてゴールまで走ったら簡単に得点出来るかもね!」
「そんなの無理だよ!出来るなら一杯ゴール出来るじゃんか!」
「じゃぁ、試してみようか!」
そう言うと私はボールを頭に乗せたまま両手を広げて軽く走りだした。
「え!?ちょっ!?」
お兄ちゃんは私を追いかけて走ってきた。ボールを落とさないように、バランスを取りながら走る。まぁ、こんな芸当はボールが極端に小さくて接地面積が大きくなるし、髪の分け目に置いておけば案外いけるんだけどね。
「す…、すげぇ…。」
お兄ちゃんは追いかけてきながら落ちてこないボールに関心していた。妹ちゃんはよく分からないまま笑いながら走って付いてきた。追いかけっこか何かと思っているみたい。可愛い~。
そのまま小さな滑り台がある丸い広場に到着する。
「ちょっと離れていてね。」
そう言ってポンッとボールを頭から跳ねあげると、丸い棒だけの軽く腰掛けるタイプの、休憩用の椅子に向かってボールを蹴る。丸い棒の部分に当たって、ポンッと跳ね上がると、そのまま私の所に戻ってきて、ノーバウンドで右足を振りぬく。ボールは同じ所に当たって同じ軌道を描いて同じところへ戻ってくる。それを何度か繰り返した。
ポカーンとしているお兄ちゃんに不意にボールをふわりと浮かせたボールでパスをする。
おっとっとといった感じでオロオロしながら着地点に行きワンバウンドしてから私にボールを蹴り返す。右へ逸れたけど、直ぐに着地点に移動し彼に同じようにふわりと浮かせたパスを出す。彼は一歩も動くこと無くボールを蹴れる位置へ。
お兄ちゃんの蹴ったボールは、今度は左へ逸れたけど、急いで着地点に行き同じようにパスを出す。
「集中集中!ボールをしっかり見て、中心を蹴るように!」
アドバイスを送ると彼の顔が真剣になっていく。今度はほぼ正面だったけど弾道が低く速い。それも同じようにふわりと蹴り返す。
「いいよ!だんだん上手くなってきたよ!」
彼に笑顔が出た瞬間、ボールはとんでもない方向へ飛んでいって転がった。
妹ちゃんが「あーあ」と残念がっていた。
そんな時だった。
「おーい、帰るよー。」
兄妹を呼ぶ連れ添いの人が手を振って二人を呼んでいる。
お兄ちゃんはボールを拾ってパスを出してくれると、「また教えてくれよ!」と最後まで上から目線で言ってきた。
「またねー。」
私は笑顔でそれに答えた。まぁ、彼が私に向かって上から目線なのも理解出来る。よくあることでそんな事では怒ることはない。だって、私の身長は彼よりも低く145センチしかないからね…。顔も童顔なのか、17歳に見られたことはないよ…。ハァ…。
私はリフティングをしつつ、不意に真上に思いっきり蹴り上げる。適度に蹴っているのだけれど、近くに見える大きなロケットより高くするつもりで蹴り上げた。
小さいボールが更に小さく見える。周囲に注意しながら何度も何度も高く蹴りあげながらリュックを置いたところへ戻っていく。
元の場所に戻ると、今までよりは低目に蹴りあげた瞬間に、リュックのチャックを開けてボールを中にすっぽり入るように口を広げると、ストンとリュックの中に収まり片付けた。シートを畳んで引き上げることにしたよ。
そうだ、駅の反対側にお店がいっぱいあったから見に行ってみよっと。
明日は転入後初登校となっている。
転校のし過ぎなのか、もう緊張することもないけどね。まぁ、だいたい背のことでいじられるかなぁぐらいの想像はつくよ。
でも同好会でもいいからサッカーが出来る環境には感謝している。
サッカー好きな人達だといいなぁ。
そんな淡い期待を胸に大きな商業施設の中へと歩いていった。
今回の転校で、まさか運命のパートナーと出会う事になるとは思ってもいなかった。
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