第33話
内藤 翔輝のラストの曲は、
「歩達の歌、良かったねぇ。」
そんな微笑ましい感想から入った。
拍手が起きる。
「では俺も、内藤 翔輝として最後の曲を送ります。」
えーっという声と拍手と歓声。
色んな想いがそこにはあった。
突然引退した伝説の男が、突然行ったラストステージ。
いよいよ終止符が打たれようとしている。
もっと聞きたいという想い、最後に立ち会えるという興奮、何事にも屈しなかった男の生き様への賞賛。
そして内藤 翔輝から貰った色々なものへの感謝。
それこそ色んな想いがそこにはあった。
「途中のMCでも少し出ていたけど、これから歌う曲は新曲なんだ。」
おぉ~と驚きが巻き起こる。
実は新曲は、私ですら一度も聞いたことがない。
私が聞いてないのだからメンバーも当然知らない曲だ。
タイトルさえも分からないよ。
「新曲は引退直前に完成していたんだ。アンチが妨害する中、深夜にたった一人でレコーディングした幻の歌。」
大歓声が起きた。
そんな曲があるとすれば、本当の意味での幻の曲だ。
興奮せずにはいられない。
「そのレコードをね、30年以上大事に守ってくれた人がいます。日の出レコード会長、兵藤 晴海さん。彼女には感謝しかありません。」
そう言って自ら拍手すると、会場からも拍手が巻き起こった。
「そのレコードをね、多少の妨害もあったみたいだけど、歩が俺の所に持ってきてくれたんだ。」
「それと言うのもね、俺は歌を封印したことによる過度のストレスで倒れて入院したんだ。そんな俺を難儀に思ったんだろうなぁ。歩はレコードの存在を知るやいなや東京へ駆けていってくれたんだ。嬉しかったねぇ。本当に嬉しかった。ありがとう、歩。」
「そうだ、最後だしね、家族を紹介させて欲しい。まずは犬のダイちゃん。」
これは完全にアドリブだ。
リハーサルではこんなの無かったもん。
だけどダイちゃんはおとなしくトコトコトコとお爺ちゃんの隣まで歩いて行きちょこんと座った。
「この子はね、俺が倒れた時に誰かの所に運んで行こうとしてくれたんだ。」
「そして3匹の猫達、リクとカイとクウちゃん。」
猫達までもが大人しくステージを歩き、お爺ちゃんの傍まできて座った。
「この子達も必死に鳴いて誰かを呼んでくれようとしたんじゃないかって。もしくは俺の事を起こそうとしてくれていた。兎に角近くにいてくれたんだ。」
「そしてオウムのオーちゃん。」
オーちゃんは飛んで行くと猫ちゃん達の近くに降り立った。
「オーちゃんはね、近所のかかりつけの病院まで先生を呼びに行ってくれたんだ。」
「そして…。」
お爺ちゃんは立ち上がると、ステージ裏からこっそり覗いていたショウちゃんをかごごと持って元の位置へ戻った。
「最後に、ハムスターのショウちゃん。」
「この子はまぁ、体格的に何か出来るわけではないけど、いつも俺の事を見ていてくれるんだ。まるで妻みたいにいつも心配そうに見ていてくれていた。何だか他人には見えなくてねぇ。」
お爺ちゃんの言葉に、また涙がこぼれた。
お爺ちゃんは感じ取っている。
ショウちゃんからお婆ちゃんの気配を感じ取っているんだ。
こんな事って…。
私は二人の絆の深さに感動した。
「これから披露する新曲を練習していたら、皆がいつも傍で聞いていてくれてね。だから、最初で最後の新曲披露の場に皆で歌いたいと思う。」
「30年まえのレコードから蘇った新曲。この場がなければ歌われなかった歌。この1回の演奏に俺の全てを詰め込んで歌います。」
大きな拍手は偶然蘇った幻の曲への敬意だったかもしれない。
「では、聞いてください。曲は「ありがとう」」
「!?」
タイトルを聞いた瞬間、メンバー全員が顔を見合わせて驚いた。
偶然にも私達のオリジナル曲と同じタイトルだ。
「俺はおまえを幸せにしてやれたかい?」
「おまえは俺と一緒にいて幸せだったかい?」
そんな歌い出しで始まる。
引退直前の内藤 翔輝の心境が歌詞に込められている。
結局この思いを30年以上溜め込んでしまった。
「どんなに辛くても、おまえは俺に笑顔をくれた。」
「俺はおまえの笑顔が見たくて歌を歌い続けた。」
歌詞はお婆ちゃんへの想いが沢山つまっていた。
今までの社会に反発するような過激な歌詞は一言もない。
どの言葉もお婆ちゃんへの愛が込められている。
30年以上前から変わらぬ想いで過ごしてきたお爺ちゃんは、大好きな歌を、唯一思いが伝えられる歌を封印してきて辛かったと思う。
最初私はそれを頑固だからと思っていた。
意地っ張りなのかと思っていた。
ぜんぜん違う。
それはお婆ちゃんへの愛の形。
愛情が深過ぎる故に封印された歌。
お婆ちゃん…。
今お爺ちゃんに一番近い一等席で聞いてどう?
「俺はこれからどうなるか分からないけれども、それでもおまえは俺の傍にいてくれるかい?」
「もしも一緒に歩んでくれるなら、俺はどんな高い壁だって登ってみせる。」
そうだね、そんな人生だったよね…。
お爺ちゃん、本当に凄いよ…。
「おまえさえ居てくれれば、俺は何だって出来る。」
「だから俺は歌い続けたい。歌うことが許されるなら…。」
歌いたかったよね…。
本当は歌いたかったんだよね…。
「俺の歌で世の中が変えられるのならば…。」
「一生おまえの為だけに歌える世界を作りたい…。」
「そうしたら俺はずっとお前の笑顔を見ていられるから。」
切なくて切なくてボロボロと涙がこぼれる。
こんなに思っていたのに…。
だからお爺ちゃんは歌えなくなった事を悲しいと言ったんだ…。
サビが繰り返される。
「俺の歌で世の中が変えられるのならば…。」
「一生おまえの為だけに歌える世界を作りたい…。」
「そうしたら俺はずっとお前の笑顔を見ていられるから。」
私は耐え切れずにカズちゃんの胸に顔をうずめた。
頭の上からも涙がこぼれたいた。
カズちゃんも切なくて泣いていたから。
アコースティックギターで奏でられる旋律は寂しさの中にも強い意思が感じられる。
そんな儚い音がゆっくりと消えていった。
歌が終わっても会場は静かなままだった。
観客の誰もがお爺ちゃんの心境に心を打たれた。
そしてその思いが弾けた。
ウワァアアアアアァァァァァァアァッァァァァァァアアアアアァァァァァァアァッァァアアアアアァァァァァァアァッァァアアアアアァァァァァァアァッァ!!!!!!
校舎の窓を震わせる程の絶叫に近い歓声が轟く。
お爺ちゃんはショウちゃんを抱きかかえたまま立ち上がり、深く頭を下げた。
「みんなありがとうな。俺がこんなになっても、これだけ沢山の人が駆けつけてくれて、本当に嬉しかった。」
誰もが感動の嵐に襲われていた。
反社会的な過激な歌で一世を風靡した伝説の男は、実はたった一人の愛しい人のために歌い続けていたという思い。
愛しい人が笑顔でいられるよう、歌い続けられる世界を作りたいと願っていた思い。
30年以上語り継がれた過激な男は、本当は一人の人間だったのだと、今更気付かされた新曲に胸を打たれた。
そんな当たり前の事すら消し飛ぶほどの伝説の数々が更に神格化していく。
お爺ちゃんは頭をあげるとショウちゃんを元の位置に戻し、そして家族達をステージ裏へ返した。
入れ替わるように私達がステージにあがり全員が横に並ぶ。
手をつなぎあい両手を高く上げた後、深々と礼をした。
大きな拍手が全員を包んだ。
「アンコール!!」
「アンコール!!」
当然のように巻き起こるアンコール。
その声はどんどん大きくなっていった。
「よーーーし!!!もういっちょ行くぞお前ら!!!!」
お爺ちゃんは元気よく飛び出すとステージの真ん中最前列へ向かう。
私も隣に立つ。
「そう言えば、とっておきのが残っているよなぁ!!!!」
他のメンバーは楽器を片手に配置に着いた。
止むことのないアンコールを背景に、バチが3回鳴る。
演奏が始まると観客のボルテージは一気に振り切った。
「最後にこの曲をくれてやる!『俺達の歩は止めらない』!!!!」
ステージを吹き飛ばすほどの大歓声が巻き起こった。
その歌は伝説の男のラストステージを飾るのに相応しい曲だったからだ。
となり町にまで聞こえた歓声は、新たな伝説の幕開けを知らせていたのかもしれない。
翌日、ネットを中心に大騒動となったからだ。
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