第32話

 演奏が始まり軽快なリズムが刻まれていく。

「俺達の歩は止まらないのオリジナル曲…、「ありがとう」」

簡素に曲紹介し意識を歌詞に集中した。


曲のタイトルにあるように、感謝の言葉を伝える歌だ。

静かに歌い出す。

観客はどんな歌なのか、興味津々といった雰囲気だった。


「今はここに居ないあの人へ…。」

そう、歌詞は私とお婆ちゃんの関係を主軸にしていた。

カズちゃん渾身の書きおろしとなっている。

「笑顔と優しさの大切さを教えてくれた…。」

お婆ちゃんとの思いでが蘇って、もう感極まってきちゃった。


そしてそのままサビに入っていく。

「いつも笑顔をありがとう…。」

「いつも叱ってくれてありがとう…。」

「いつも背中を押してくれてありがとう…。」

声を伸ばすところだったけども、涙が溢れ視界が歪んだ。

声が詰まって震え声になってしまう。


歓声と共にがんばれーと声援が飛ぶ。

そして大きな手拍子が暖かく響く。

皆からの声援や拍手は、私の心に強く響いた。


カズちゃんが書いてくれた歌詞は簡素にストレートに私の想いを代弁している。

だからこそ感情移入しやすい。

私はお婆ちゃんから受け取った色んな想いを、その歌詞に乗せた。


「思い出は胸のポケットに詰め込んで…。」

堪え切れなくて涙がこぼれる。

「もう会えないあの人に向かって想いを叫ぶ…。」

心が震え、声が震える…。

だけど、ちゃんと伝えなくちゃ…。


「今まで笑顔をありがとう…。」

「今まで叱ってくれてありがとう…。」

「今まで背中を押してくれてありがとう…。」

口元を抑える。


そうしないと泣き叫びそうだから。

「もっと伝えたい事はあるけれど…。」

「あなたの背中を追いかけて、これからも歩んでいきます…。」

涙ぐみながらもここまで歌い切る。


嗚咽が漏れないよう口を抑える。

暖かい声援が耳に届く。

それが逆に涙を誘ってしまう。


間奏中に私は自分の言葉でお婆ちゃんに向かって声をかけた。

「私もお婆ちゃんのような強い女性になります!」

ワァァァァッァァァァァァアーーーーーーーーーと歓声が上がり曲は最後のサビに入る。


「これからは笑顔でいよう…。」

「これからは叱ってあげよう…。」

「これからは背中を押してあげよう…。」

ゴシゴシっと涙を拭いて声を張り上げた。


「きっとそこにはあなたから続く道が残るから…。」

「あなたの背中を追いかけて、これからも歩んでいきます…。」

演奏は最後の締めに入る。それぞれの楽器で音を掻き乱しながらアイコンタクトをする。


部長のドラムのテンポに合わせながらタイミングよくジャンプした。

ジャーーーーーーーン


すると会場は割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。

私はマイクに向かって叫んだ。

「お婆ちゃん、今までありがとう!」

「お爺ちゃん、もっとしっかりしないと駄目だよ!!」

「そして皆最高ーーーーー!!!!」

両手で手を振り歓声に応える。


そして深々と礼をした。

「ありがとうございました…。」

暫く礼の姿勢のままだった。

私は顔を上げられなかった。

涙がステージ上へ落ちていくのが見える。


お婆ちゃんへしっかりと想いが言えたことが本当に嬉しかったし、それを暖かく見守ってくれた最高の観客達に感謝しかなかった。

そのままうずくまって思いっきり泣いてしまった。


カズちゃんが直ぐにきてくれて抱きかかえてくれた。

彼にしがみつきながら、お爺ちゃんを残しバンドのメンバーと一緒にステージ裏へと消えていった。


「会長…。今僕は…、正直、日の出レコードの社長の座とか興味がなくなってしまいました。」

流星は目の前で繰り広げられた歌に衝撃を受けていた。


内藤 翔輝の名曲をバラードにして歌い上げ、声が枯れるほど一緒に歌い、そして亡き祖母へ想いを伝える歌…。

どれもこれもインパクトがあったし、そして何よりも彼女達の歌の世界は広く深い。

もっとその世界へ惹き込まれたい自分がいた。


「翔輝さんが上手く育てたのかもね。それを差し引いても彼女の才能は本物だわ。何より彼女本人の純粋さに私達はすっかり惹き込まれてしまうわね。」

「はい…。嫌味も過度な演出も無い、純粋な想いと歌声。これはもう持って生まれた才能としか言えません。いや、彼女の祖父と祖母がコツコツと育て上げた彼女の持つ純粋な心。それが今歌声に乗って伝わってくる。聞いていて気持ちいいし、感動もしました。」


「どうするつもり?」

「さっきステージで言った事に嘘はありません。彼女達はオリジナル曲でも十分過ぎるほど勝負出来ます。見てください、周囲の反応を。」

二人は俺達の歩は止められないという変わった名前のバンドの感想に耳を傾けた。


「マジヤバイ!涙が止まらないよ。」

「歌で泣いたの初めてかも。」

「鳥肌やべぇ。」

「俺全曲好き。マジでデビューしないかな。」

「ダウンロードとか出来ないの?」

感想はどれもこれも好評だった。

しかも年齢層が高い人達からも好評だ。

「歌詞が日本語だけなのがいいね。最近無いよね、こういうの。」

「直球勝負な歌詞のがいいよ。凄く感動したわ。」

「さすが翔輝さんのお孫さんだ。声が聞いていて気持ちいい。」

「凄く気持ちが晴れやかになれる曲だよね。」

「もう一度聞きたい、大切な人を思い出す…。」

二人は色んな感想に満足していた。


「決まりね。私も推薦します。想像以上でした。」

晴海会長の言葉に流星は満足した。

自分の直感は正しかったし、予想以上の結果に興奮していた。


父である雄大を見る。

彼は目をつぶって黙って腕組をしていた。

「どうでしたか?父上。」

「ふん…。好きにするがいい。」

「では…。まず涙を拭いてください。」

彼はハッとし、ハンカチで涙を拭いた。

いつ流していたのか分からないほど自然に涙が零れていたのかもしれない。


「日の出レコードの新たな人事は決まりました。流星、あなたは社長を努めなさい。そして雄大。」

晴海会長はニッコリ微笑んだ。

「あなたが会長職を努めなさい。私達は引退しましょう。」

「母さん…。」

「私達は闘病生活を選択します。そして1曲でも多く、歩さん達の歌を聞いてからあの世に行きたいとおもいます。」

流星と雄大は会長の決意を受け止めた。


生きるという選択肢を。

そんな勇気を与えてくれた内藤 歩に感謝した。

彼女は歌詞にもあったように、皆に笑顔を与え、皆を叱り、皆の背中を押してくれる、そんな存在だったのかも知れないと。


ステージ裏で私はカズちゃんの胸の中で泣いていた。

想いが募りすぎて爆発しちゃった感じ。

ゆっくりと頭を撫でてくれる彼の手が暖かい。

少しずつ落ち着いていくのがわかる。


「さぁ、翔輝さんのラスト、しっかりと見届けよう。」

そう言って笑ってくれた。


そうだよね。

その為にここまできたんだもんね。


ラストの曲はお爺ちゃんのオンステージだ。

ステージ袖から見守ることにした。

椅子が準備されると、愛用のギターを抱えマイクスタンドに向かおうとしている。


観客たちは私達の演奏から気持ちを切り替え、伝説の男の最後を見届けようと異様な空気が漂っている。


緊張感、期待感、悲壮感。色んな感情が渦巻く観客席。


そんな彼等を前に、内藤 翔輝の最後の輝きが放たれようとしていた。

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