第31話
「では2曲目いきます!」
歓声があがる。
「今度は皆さんも知っている曲を歌います。是非一緒に歌ってください!!!」
この試みは上手くいくかどうか分からない、一か八かの賭けになっている。
お爺ちゃんは、やるなら誰もノってくれなくても最後まで歌いきれとだけしか助言をくれなかった。
それだけハズレた時のマイナスイメージが悪いってことかもしれない。
だけど私は、演劇部で歌って盛り上がった、あの光景を見ている。
大丈夫!
私には最強のお爺ちゃんと、最愛のお婆ちゃんがついているんだから!
バチが3回叩かれ演奏が始まる。
直ぐに何の曲か知れ渡る。
そう、演劇部でも歌った空を飛びたいと願う歌だ。
スローテンポながら情景を思い浮かべやすい曲で、合唱なんかでもよく歌われている。
だからこそ認知度も高い。
少しざわつきながらも歓声があがり、観客は私の第一声を待っているようだった。
気後れすることなんて何もない。
ありのままの自分をさらけ出すの…。
気持ちを歌詞が伝える風景に切り替える。
スイッチが入ったかのように歌の中に飛び込んだ。
静かに歌い出す。
最初は自分のアコースティックギターでソロ演奏からの独唱。
最初の一言で観客から驚きの声が聞こえる。
大丈夫、いける、自分を信じろ!
「もう鳥肌が…。」
流星は入れ込みが激しいが、彼女の歌声に惚れてしまっていた。
「賭けに出たわね。」
晴海会長は心配していた。
コケた場合のダメージは大きい。
そうなった場合、息子の雄大は勝ちを宣言してしまうだろう。
その雄大はニヤニヤしながら、このまま静まり返ったまま歌い終わる未来を予想していた。
1番のサビに入る。
このタイミングで他のメンバーの演奏が交じる。
観客からの歌い声は、歓声や手拍子にかき消されて聞こえなかった。
だけどまずは私が翼を得たかのように伸びやかに歌う。
サビが終わり間奏に入ると大きな拍手が起きた。
「皆も一緒に!」
直ぐに2番に入りサビの手前で右手を上げて煽る。
サビでは私の耳にも観客から小さいながらも歌声が聞こえた。
笑顔が見える。
皆楽しそうについてきてくれている。
2回目のサビの手前で再度「COME ON!」と叫んだ!
その言葉につられたのか、かなり大きな観客からの歌声が聞こえる!
3回目のサビではほとんどの人が歌っているんじゃないかというぐらい大音量で歌声が聞こえてきた。
私は気分が高揚し、更に声が大きくなる。
皆に負けてられないとばかりにマイクに向けて想いをぶつけた!
サビがリピートするタイミングで演奏がピタッと止む。
手拍子だけのリズムの中で私の声と観客の歌声が交じり合う。
凄い凄い凄い!
終わる直前で「もう一回!」と叫ぶと、サビをもう一回繰り返す。
更に大きな声が響いてくる。
私はマイクを離れ、ステージの一番前で皆と一緒にアカペラで歌った。
私の声は届いていますか?
私の思いは伝わっていますか?
私の願いは…、叶いますか?
その歌声を最後尾で見ている男女がいた。
「あの子はどんどん私達の手から離れていくわね、パパ。」
「そうだね、ママ。寂しいけど、嬉しいじゃないか。」
「そうね。こんなに離れていても、あの子の声や思いは届いているものね…。」
そして最後の言葉をゆっくり伸ばしていき転調していく。
その時だった、突風が起きてステージ裏の暗幕がかかった足場が細かく揺れた。
そして暗幕が風に吹かれ、歩を中心に外側へなびいた。
不思議な光景だった。
背景の校舎の部屋の明かりがめくり上がった暗幕の隙間から映しだされ、まるで歩に翼が生えたかのような演出になった。
風が止み、声が止むと一瞬の沈黙の後に大歓声が起きた!
もちろん、歩の両親も一緒に叫んだ。
また一歩大人へと成長した我が子に向かって。
私は心の底から感動しちゃった。
だって、こんな素敵な時間も空間も今まで知らなかったんだもん。
大歓声に包まれ、口元を押さえながら喋ろうとするけど、声がなかなか出ない。
「ごめんなさい…。感動しちゃって…。」
うぅっと嗚咽が漏れる。
私の姿に観客からも応援の声が飛ぶ。
涙を拭いて気持ちを切り替える。
このステージは私だけのものじゃないからね。
「大丈夫…、もう大丈夫です。皆さんの歌声に感動しちゃいました。本当にありがとうございます!」
拍手が巻き起こる。
「先程に続いて、再びお礼を言いたいというコーナーに移りたいと思います。」
「まずは…、アンソニーさん居ますか?」
「ハイ!ハーイ!!」
前寄りの中央に、周囲の観客より頭一つ抜き出したアンソニーさんがいた。
「アンソニーさんCOME ON!」
すると彼は臆すること無く、ドウモ、ドウモとチョップをして他の観客を掻き分けながらステージに上がってくる。
この辺のノリはさすがだよね。
「アンソニーさんは、私達のバンドのポスター写真を撮影してくださったプロの写真家さんです!」
大きな拍手に右手を上げて応えていた。
「彼とは偶然東京で出会って、今回のチャリティーライブに向けて写真の提供をしていただきました!」
「彼女のことは、神が巡りあわせてくれた天使だと僕は思っています。どうか僕に、専属のカメラマンをさせてください!」
アンソニーさんは突然片膝を付くと右手を私に向かって差し出してきた。
ちょ、ちょっと!こんなの聞いてないよ!
あたふたしていると会場から、
「ちょっと待ったーーーー!!」
と大きな声がする。
すると見知った人がステージへと上がってきた。
「突然失礼します!日の出レコード所属、兵藤 流星と申します!どうか、我社で曲を出させてください!宜しくお願いします!!!」
え?何?
どういうこと??
突然の事に、文字通り目が回りそうだった。
お爺ちゃんは爆笑していた。
そこにもう一人名乗りを上げた。
「ちょっと待った!!待ったーーー!!」
それはカズちゃんだった。
彼も片膝を付き右手を差し出す。
「俺もずっと歩ちゃんを見てきた!だから誰にも歩は渡さない!!!」
突然の告白にカッーーーーーーと頭に血が登ってしまった。
私はどうして良いか分からずバタバタすると、両手で3人の差し出した右手を集めて掴んだ。
「全部OKです!!!!!」
その言葉に会場は大盛り上がりとなった。
「もう!今は、そんな場合じゃないよぉ!!!」
私の泣きそうな声に3人は顔を見合わせて笑った。
それに気付き少し冷静になれたよ。
「もう…。まずは、こちらが日の出レコード、えっと、お爺ちゃんが所属していたレコード会社さんの会長のお孫さんです。日の出レコードの会長さんに会いにいったのだけど…、これは後で詳しく話しますが、その時に出会いました。とても親身に応援していただき、先程も契約して欲しいとのことなんだけど…。後でゆっくり話しましょうね。」
「是非!前向きにお願いします!皆も歩さんの歌をもっと聞きたいよね!?」
観客は大きな拍手で答えてくれた。
「で、なんでカズちゃんがここに来るのよ!」
「いや、だって、誰かに歩ちゃんが取られちゃいそうだったから…。」
笑いが起きる。
「私はどこにも行かないよ!だけど、カズちゃんの気持ち、嬉しかった。ずっとライブの準備に夢中で気付かない振りをしていたけど、私もカズちゃんが私の事を見ていてくれたこと知ってたよ。」
「ちょっと恥ずかしいけど…。」
「カズちゃんは魅せるギターリストとして努力していたのだけど、そんな彼も格好良いけど、だけど一番好きなところは、素敵な歌詞を書くところかな。」
「そこ?」
「うん!どのぐらい素敵か、皆にも伝えたいと思います!」
カズちゃんと目線を合わすとウィンクする。
彼は慌てて、あたふたしながら自分のポジションについた。
そしていよいよ私達の最後の楽曲である、オリジナル曲「ありがとう」を披露する。
緊張は一気に高まった。
今まではカバー曲だったけども、ここからが本当の勝負。
ここで受け入れられなかったら…。
そんな不安もあったけど、私はここまで一緒に努力してきた仲間を信じた。
運命の時が来た。
大きく息を吸い込み、夜空に浮かぶ大きな月を見上げた。
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