第30話
「これは…。」
日の出レコードの若き社長候補の流星は、驚きのあまり声を失った。
「なんてことなの…。」
晴海会長も同じ反応だ。
ステージで歌われる曲は、内藤 翔輝の最大のヒット曲であり、渾身の1曲の「僕達の歩は止められない」だ。
原曲はアップテンポで痛烈に社会を批判する内容だが、彼女が歌っている曲はバラードであるが歌詞は同じという内容となっている。
「………。」
ありえない歌が雄大社長を沈黙させた。
痛烈に批判してたはずの反社会的なイメージとは程遠く、静かに怒りを現す曲となって生まれ変わっていた。
こうやって訴えれば、同じ歌詞の内容なのに、受け取りては違う印象を受けるだろう。
内藤 翔輝の当時を知る高齢者達からは驚きと戸惑いと時代の流れを、若い学生からは一風変わった歌に新鮮さを感じていたようだった。
そしてそれを見事に感情を乗せて歌っている歩に、一同は聞き惚れる以外の選択肢は残されていなかった。
「すげぇ…。虎鷹!歩ちゃんすげーよ!」
「ぁ……………。」
藤堂会長と斎藤副会長も興奮と驚愕という、相反する感情に襲われていた。
「1曲の歌の中にストーリーがある…。」
演劇部の佐々木部長も衝撃を受けていた。
同じ演出者として見ていただけに、素人同然の彼女が完成された世界観を観客に対してぶつけてきたことに驚き、そしてその世界観にカルチャーショックを受けている。
招待席だったが故に、彼女の表情がハッキリと見えて、それがまた感情移入しやすかったのかもしれない。
「彼女は本物だ…。俺には分かる…。」
「部長が褒めるなんて珍しいですね。」
隣に居た部員も驚いた。実力も有り結果も残し、そしてプライドが高く演技に関しては誰にも譲らない部長が褒めたのだ。
「歩ちゃんやるなぁ…。」
「先生!凄いですね!さすが翔輝さんのお孫さんです!」
医師の小林先生と渡辺看護師も同じだった。
ステージ裏の隙間から覗きこむ内藤 美里も驚いている。
この熱狂的なライブの中で、その全ての感情を超える歌声が響いていた。
「歩………。」
彼女の声に乗せられた想い、訴えが会場を包み込む。
圧倒的な歌唱力は誰の心にも響いた。
そして歌は最後のサビに差し掛かる。
歌は盛り上がり観客は完全に歩の世界に迷い込んだ。
「風景が見えるようね…。」
晴海会長は何度も聞いたはずの翔輝の歌だということを忘れていた。
「俺は認めんぞ…、絶対に…。」
「父上。往生際が悪いですよ。私は決めました。例え我が社を退社させられたとしても、彼女達と再起を図るぐらいの覚悟で口説きます。」
最後を静かに歌い終わると、いつの間にか静まり返っていた会場に私の声のエコーだけが響きわたっていた。
歌に入り込んでしまって観客の反応に気付かなかった…。
いえ、私の中に入り込んできて、私が描く世界を見せていた。
そんな気がしていた。
「ハァ…、ハァ…。」
精一杯歌った歌に誰もが呆気にとられているようだった。
ポカーンとしている人も沢山いる。
急に不安が襲ってくる。もしかして私達の歌は…。
ウワァアアアアアァァァァァァアァッァァァァァアアアアァァァァァァアァッァァァァァアアアアァァァァァァアァッァァァァァ!!!!!!
演奏が終わった後、一瞬静まり返った会場だったが、まるで催眠術が解けたかのように我に返ると精一杯の歓声を上げてくれた!
メンバーを振り返ると、皆も驚いた表情の後、最高の笑顔を見せた。
私は手を上げてその歓声に応える。
お爺ちゃんが歌は辞められても音楽までもが辞められなかったって言っていたけど、こんな興奮を知っちゃったら引き返せないよ!
両手を上げて収まらない大歓声に応える。
「皆ーーーー!!!ありがとーーーー!!!」
拍手に迎えられた。
「改めまして、『俺達の歩は止められない』です!」
「こんなに暖かく迎えてもらえるなんて思っていなかったから、ちょっと照れくさいです。」
笑いすら起きる会場は完全に私に注目が集まっているのが分かる。
「私もお爺ちゃんと同じく、こんな素敵なライブを開催出来ることになった人に感謝を伝えたいと思います。」
「まずは学生自治会の藤堂会長COME ON!」
戸惑いながらも副会長に腕を掴まれてステージ前まで引っぱり出されると、ドンッと背中を押された。
彼は副会長を恨めしそうに見ながらもステージに上がってきてくれた。
「藤堂会長は今回のライブに関して、色んな団体、サークルへ声をかけてくださって指揮を取ってもらいました。それに色んなアイデアも斎藤副会長さんと共に出していただきました。お二人の協力が無ければ、成功しなかったんじゃないかというほどです。皆さん大きな拍手をお願いします!」
マイクを会長に向けた。
えっ!?喋るの?みたいな顔をしていたけど、腹をくくったのかゆっくりと話し始めた。
「学生自治会会長、藤堂です…。私は、初めてのライブ、初めてのボランティアに、参加して良かったと本当に感謝し感動もしております。」
少しだけ間があった。
「何と言いますか…。あまりの興奮に今までの自分ではない気がしています。今なら何でも出来るんじゃないかと錯覚するほどに…。だから、今の気持ちに素直になって、今まで言えなかった事を言いたいと思います。」
真面目で優等生の彼の口から何を言い出すかは誰も期待していない雰囲気だった。
会長はまた少し間を開けて大きく息を吸い込んだ。
「遥ーーーーーーーーーーー!!!!大好きだーーーーーーーーー!!!!!!俺と付き合ってくれーーーーーーーー!!!!!!」
斎藤副会長はその言葉と同時にステージに駆け上り藤堂会長に抱きついた。
「20年も…、その言葉を待ったんだから…。」
そして誰にはばかること無くキスを交わす。
何が起きたのかさっぱり分からなかった会場が、やっと理解すると共に大きな歓声と冷やかしと拍手が巻き起こった。
「二人共、おめでとう!」
会長は我に返ったのか顔を真赤にしてそむけていた。
その会長の腕にがっちり抱きついて離さない副会長の笑顔は泣きそうだったけど素敵だった。
「次に、このステージ一式を快く貸してくださった演劇部部長!COME ON!」
佐々木部長は堂々と、まるで最初から呼ばれるのが分かっていたかのようにステージに上がる。
右手を上げて歓声に答えた。
「伝統ある我が部が、チャリティーであり伝説とも言われる漢の頼みを断る理由もありません。」
あれ?最初嫌がっていたよね…。
まぁ、いいや。
「ありがとうございます!皆さん拍手をお願いします!」
大喝采だった。
私は調子に乗って少しいじめてやろうと、いえ、盛り上げようと考えた。
「そしてそのステージを組んでいただいた運動部の方々!佐々木部長さんを胴上げしてやってください!」
「うわ!?ちょ、やめろ!」
どっからともなく現れた屈強の男たちに否が応にも連れられて胴上げが始まる。
バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ…
「男に囲まれるとか何の罰ゲームなんだよ!」
そんな声が聞こえたけど運動部の人達を紹介し終わるまで続いた。
ちょっとやりすぎたかな?
拍手と共に顔を真っ青にしながら、ようやく開放された佐々木部長。
「ぜぇ…、ぜぇ…。この仕打はどうかと思うが…。だけど、俺も一人の演出者として言っておく。彼女のステージは最高だーーーーーーー!!!」
ワァァァァッァァァァァァアーーーーーーーーーと歓声が上がり全員がステージから降りていった。
「さて、まだまだお礼を言いたい人はいるのだけども、その前にもう1曲披露したいと思います!」
すっかり観客を味方に付けた私達のステージはまだ終らない。
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