第34話

 ブヴヴヴヴヴヴ…ブヴヴヴヴヴヴ…ブヴヴヴヴヴヴ…

なんだろう?何かが響いている。


あっ…、そうか…。

昨日ライブが終わって、打ち上げして結局部室で寝ちゃったんだ。

目をそっと開ける。

目の前にはカズちゃんの顔があった…。


「!?」

顔が熱くなっていくのが自分でわかる。

よく見ると、彼の腕枕で寝ていたみたい。

そっと起きると、部室には沢山の人が寝ていた。


部長、姫ちゃん、日の出レコードの流星さん、アンソニーさんや学生自治会の藤堂会長と斎藤副会長、演劇部の佐々木部長まで…。


そこで、響いていたのがスマホのバイブレーションだったことに気付いた。

ブックカバータイプのスマホカバーを開くと、お知らせの文字が浮かび上がる。

『着信履歴 186件』

「ヒャッ!!」


あまりに驚いて思わずスマホを落としそうになったよ。

私の短い悲鳴に、何人かが気付いて起きだした。

「どうした?」


一番近くにいたカズちゃんが目を擦りながら訪ねてくる。

「着信が…。」

スマホの画面を見せた。

「すげぇ…。」


スマホのロックを解除し電話番号を見ると、どれもこれも登録していない番号だった。

よく見るとほとんどが03から始まる東京からの番号だ。


「さっそく来ましたか。」

流星さんがスマホを覗きながらつぶやく。

「どういうことでしょう?」

「ネットで昨日の情報を漁ってみてください。努部長さん、ちょっといいですか?」

「お、おう。」

部長と流星さんは何かを話していた。


腕組をしながらうんうんと頷く部長。

「皆と相談しよう。ただ、それが一番手っ取り早いね。姫ちゃんもいいかな。」

メンバー4人と流星さんで適当な紙の裏にマジックで何かを書きだした。

「こ…、これって…。」


「そうです。仮契約書です。」

流星さんのサインと、条件に合意するというサイン欄があった。

契約書といっても仮と名前がついているように、取り敢えずのものだ。


後日破棄も可能とう時点でこちらに相当有利に作ってあった。

新曲の発表も自由、メディアへの出演の拒否権もある。

要するに日の出レコードが私達をただただバックアップするような内容だった。


「いいの?これで…。」

「取り敢えず構いません。この様子だとメディア攻勢が直ぐに来ます。私達に任せてください。その後にゆっくりと本契約をしていただいても良いですし、しなくても構いません。この仮契約書の有効期限はボランティア終了までです。」


「断る理由もあるまい。」

と部長が言うとサインをした。

「部長についていくよ。」

と姫ちゃん。

意外と部長さんを信頼しているんだよね。

「俺は本契約でもいいけどな。」

とカズちゃん。

「私は…。」

ボールペンを握る。

「もう少し自分を試してみたいです。」

そしてサインした。


「ありがとう。契約成立だ。正式な仮契約書は後日送ることにしよう。」

そう言って契約書の写真を取ると、恐らく会社にメールで送っている。

直ぐに電話をし事情を説明した。


「大至急マネージャーをこっちに呼んでくれ…。もちろん今直ぐだ…。そうだな暫く兼任でいいから大島を頼む…。そうだ…、取り敢えず連絡をさせてくれ。番号は俺でいい、その時に詳しく話す。よろしく頼む。」

通話を終える。


「マネージャーを付けてメディアへの対応を一任しよう。昨日のライブの問い合わせ先はそのスマホになっているのかい?」

「いえ、家の二本目の電話です。」

「うむ。なかなか準備がいいね。それを転送している?」

「そうです。」

「OK。転送先を大島というマネージャーへ転送させよう。おっと。」

流星さんのスマホが鳴る。


「流星です。急にすみませんね…。まずはメディアへの対応をお願いしたい。既に180件以上問い合わせがある…。兎に角転送させるから内容の確認を取りまとめて後日返事すると答えて欲しい。出演するかどうかは本人達に決めてもらう…。そうだ…。では、転送するのでよろしく頼む。」


その大島マネージャーさんの番号を教えてもらい、遠隔で転送先を変更した。

流星さんが試しに電話すると、大島さんにつながったみたい。

再度内容を確認して通話を切った。


「これでよし。後で報告を聞いておいて欲しい。恐らくTVや雑誌の取材とかの依頼だろう。」

そこへ斎藤副会長がやってきた。

「歩ちゃん!大変!大変!」


短文投稿SNSではランキング上位のワードが、『内藤 翔輝』『僕達の歩は止められない』『ラストステージ』といった昨日のライブに関することで埋まっていた。

ガラガラ…。


そこへ映画研究部の人達がDVDを持って入ってくる。

「昨日の映像、デジタル化出来たけど…。」

「あ、じゃぁ頂きます。ありがとうございます!」

「その映像の権利を売って欲しいのだけど、代表者はいるかな?」

「僕が部長ですが…。」

「値段は言い値を払おう。どうかな?」

「い…、いえ。そのお金は寄付に当ててください。僕らは営利団体じゃありませんから。それに著作権は彼女達にあります。」

そう言って私を指差した。


「わかりました。ありがとうございます。後で編集してチャリティー用に販売をしましょう。どうです?」

「是非!お願いします!」

「そう言えば、このライブのホームページがあったね。動画の一部をそこに掲載しよう。後日チャリティー販売すると宣伝すると共に、無断転載禁止を強くうたっておきましょう。」

「あ、じゃぁ、情報技術サークルに連絡します。」

彼等にはホームページの作成とお爺ちゃんのインタビュー動画などの編集と投稿をしてもらっていた。連絡をすると快諾してくれた。


「会長さん、ちょっといいかな。」

流星さんは藤堂会長を呼ぶ。

「DVD販売にともなって、ライブ協力者の名簿を作って欲しい。スタッフスクロールに載せます。名前を出したく無い人は偽名でも構いません。」

「わかりました。遥!」

遥さんがトトトッと近寄り事情を聞くと、直ぐに行動に移した。


「うむ。とりあえずこんなもんかな。皆さんは、暫く言動に気を付けてください。揚げ足を取ろうとする輩も沢山いるはずですから。」

内藤 翔輝絡みだと、そういう事もあるかもね。

そう言えば、お爺ちゃんどこにいったのだろう?


外ではステージの解体が、業者の人を中心に運動部の応援を受けて進められていた。

大きなクレーンまできて大掛かりだった。

「グラウンド 兵どもが 夢の後 か…。」

昨日の大歓声や拍手が、まだ耳に残っている。


窓から解体されていくステージを見ながらお爺ちゃんを探す。

もしかして…。

校長室にノックをして入る。

そこには大の大人達が机にソファーにひっくり返っていた。


「やっぱり…。」

部屋にお酒がないだけマシで、こんなところ見られたらまずいでしょ。

お爺ちゃんを起こす。お酒臭い…。


他には校長と、なんと雄大社長までいた。

そしてダイちゃん達家族も。

それぞれを起こしてタクシーで帰宅させる。


もう、世話が焼けるんだから。

お爺ちゃんとペット達は私が車で送った。

お爺ちゃんを部屋で寝かせる。

ダイちゃん、リク、カイ、クウちゃん、オーちゃん、そしてショウちゃん…。

あれ?


ショウちゃん…?

ハムスターのショウちゃんはお婆ちゃんが乗り移っている。

そのショウちゃんが小屋にも入らずに横たわっていた。


ま…、まさか…。


カゴの扉を開けてさすってみるが反応はない。


むしろ冷たくなっていた。


私は一気に涙が溢れ口を抑えた。


そうじゃないと泣き叫びそうだったから…。







お婆ちゃんはちゃんとライブ聞けたかな…。


お爺ちゃんと私の思いは伝わったかな…。


新曲の感想聞きたかったな…。







両手でそっと抱える。

やっぱり息を引き取っていた。

頬にショウちゃんを当ててさする。






本当は観客席で聞きたかったよね…。


でもお爺ちゃん歌ってくれて良かったね。


本当に素敵な歌だったね。


今までありがとう…。


お婆ちゃん…。




ショウちゃんは、庭の隅に埋めて目立つ石を近くに置いた。

両手を合わせて線香をあげる。

いつの間にかダイちゃんや猫ちゃん達、そしてオーちゃんが隣にきていた。

なんだか皆は悲しそうな表情をしていた。


私はダイちゃんに抱きつきながら、また涙が一筋こぼれちゃった。

カゴは私の部屋に持っていき後で閉まっておくことにする。

そして大学へと戻っていった。


後片付けを済ませ、募金で集まったお金を遥副会長と一緒に銀行へ預けた。

募金箱は20個ぐらい作ったのだけどどれも重い。

運動部の人も手伝ってくれて受付へ持っていく。


作っておいた通帳に全部振り込んでもらうと、銀行の受付のお姉さんが驚いた顔で通帳を返してくれた。

「いくら集まったの?」

私は通帳を見て開いた口がふさがらなかった。

1行目、1,000円とある。これは通帳を作った時に振り込んでおいた金額だ。

2行目、26,539,277円。

「うっそ~!?」


メディアで一切宣伝していないし、かなり突発的に始めたチャリティーライブなのに、一晩で2千5百万円以上集まっていた。

「だってさ、テレビ曲がまるまる一日使って大々的に宣伝して2億とかでしょ?これって凄いんじゃない?」


遥さんは興奮していた。

自分達のボランティアの成果が大きかったと感じているようだった。

「びっくりしちゃった…。」

「まぁ、私達の方がビックリしたんだけどね。」

「何にです?」


「あのライブにだよー。凄い反響だよ?ネットのニュースサイトでは未確定情報として取り上げられていて、千を超すコメントがついているよ。匿名掲示板でもスレが10以上乱立して大騒ぎだしね。」

「へー。」


「もう、自分のことだからね!少しは自覚しておきなさいよ!」

そんなこんなで解散となり、帰宅の途に着いた。

家に帰ると縁側でお爺ちゃんが月を見上げながら座っていた。


「あら、お爺ちゃん起きたのね。」

「もう夜だしな。さすがに酔も覚めたわ。」

庭を見ると、ショウちゃんのお墓に線香と、お花とひまわりの種が置いてある。


「ショウちゃんのこと、気付いたの?」

「あぁ。ショウちゃんが生きているうちにライブが終わらせられたのがせめての救いだったな…。」

あれ?どうして分かるんだろ?

あの大騒ぎのアンコールが大興奮のまま終了し、そして直ぐに打ち上げとなったのに…。


「ん?歩には聞こえなかったか?」

「何が?」


お爺ちゃんは昨日と同じく夜空に大きく輝く月を見上げた。

「お婆ちゃんの声がさ…。」

お爺ちゃんは少し悲しそうに、だけどちょっと嬉しそうな表情をしていた。

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