第15話

 「翔輝さん!目を覚ませ!!翔輝さん!!!」

小林先生の怒号が響く。

「渡辺さん、二回目いくよ!準備して!」

「はい!」


シュイーーーン…

AEDが再起動していく。

翔輝さんは微動だにしない。

ダイちゃんが心配そうに顔を覗きこんでいた。

私は小さな小さな手をギュッと握りしめた。


「ダイちゃん、離れて。」

『患者から離れてください。』

先生の声と同時に、音声ガイダンスが流れる。

「いくよ、3…2…1…。ショック!」

ドンッ


翔輝さんの身体がビクンッと激しく揺れる。

少しの沈黙…。

ピコーン…、ピコーン…。

AEDで計測中の心電図から鼓動の音が聞こえてきた。

「ハァーーーーーー………。」


小林先生は憔悴しきった顔で崩れ落ちた。

「先生、良かったですね…。」

「あぁ…。もう少し遅かったら危なかった…。」

「えぇ…。」

二人共ホッとしつつ、AEDを取り外しながら翔輝さんの状態を確認していた。


「取り敢えず病院に連れていこう。おっ、リアカーがあるな。これを借りよう。」

二人は翔輝さんの身体を持ち上げてリアカーに乗せた。

小林先生はそのまま病院に向かう。

私はオーちゃんから飛び降りリアカーに飛び乗った。


そのまま病院まで移動する。

他のペット達は後から付いてくる。

オーちゃんが近くに飛んでくると皆に伝言をお願いした。

翔輝さんは大丈夫だから、心配しないでと…。




 その悲報を聞いたのは、部室についてからたった15分程度のことだった。

「お…お爺ちゃんが…。」

ガタンッ!

私はその場に崩れてしまう。

足に力が入らない。


「それで…、お爺ちゃんは…。」

手が震えている。

『あぁ、大丈夫。今は安定している。詳しい話しをしたいから直ぐに病院にきてくれ。』

小林先生からの言葉に、私は居ても立ってもいられず走りだした。

ダンッ


「歩ちゃん!」

派手に転んじゃった。

足腰に力が入ってない…。

「お爺ちゃんが倒れたの…。」


「分かった、俺が連れていく。部長、すまみせん。後片付けお願いします。」

「俺達も後から行く。」

カズちゃんは私の目の前で背中を向けてしゃがむ。


「早く!」

なりふり構わず捕まった。

手足が震えて…、涙が溢れて…、どうして良いか分からない…。

「お願い無事でいて…。」


カズちゃんは精一杯走ってくれた。

真夏の日差しは容赦なく体力を奪っていく。

いつの間にか汗でびっしょりになった背中…。


家と大学と病院は、ちょうど正三角形の位置にある。

それほど遠くない。

なので自転車で通うほどでもなく、私はおんぶされたまま病院まで連れてこられた。

少しずつ落ち着いていったのもあり、着いた時には自分の足で立つことが出来た。


「ハァ…、ハァ…。早く…、早く行け…。ハァ…。」

座り込んだカズちゃん。

「ありがとう…。」

私は直ぐに病室へと行く。

そこには看護師の渡辺さんが居た。

ベッドには…。


「お爺ちゃん!」

駆け寄って顔を覗き込む。

「お爺ちゃん!お爺ちゃん!!」

つい大きな声をあげた。

「歩ちゃん。大丈夫、ちょっと寝ているだけですよ。」

「お爺ちゃんは大丈夫なのですか?」

ニッコリ笑いながら大きく頷いた渡辺さん。


「発見が早かったですからね。」

「誰が知らせてくれたのですか?」

私は発見が早かったという言葉が引っかかった。

だって、時間的に私が家を出て直ぐのことだもん。

周りには誰もいなかったし、カズちゃんは先に部室に来ていたし…。

いったい誰が…。


「オーちゃんが知らせにきてくれたの。」

「!?」

私は開いた口が塞がらなかった。

「オ…、オーちゃんが…?」


「診察室の窓をつついてね、知らせてくれたの。それに偶然近くにリアカーがあったから、それに乗せて連れてきちゃった。今、先生が返しに行っているわ。」

あれ?リアカーって、畑の方に置いておいたはずなのに…。


「運が良かったわ。後、5分でも遅れていたら、どうなっていたか分からない状況だったの。」

私は背筋が凍った。

紙一重の状況なのは直ぐに分かった。


「そのオーちゃんとダイちゃんと三匹の猫ちゃん達も付いてきて暫く待っていたのよ。流石に危ないから、リアカーに乗せて帰ってる。翔輝さんはみーんなに愛されているのね。」

渡辺さんは薄っすら涙を浮かべていた。

ペットとの深い絆に感動したのかも知れない。


私もその絆には感動するし、尊敬すらするよ。

でもね、ちょっと出来すぎだと思うの…。


でも、今はそれは後回し。

今はお爺ちゃんが目を覚ますのを待つことにしよう。

少ししてから、まだ汗の引いてないカズちゃんが入室してきた。


「どう?」

「うん、発見が早かったから大丈夫だって。」

「見つけてくれた人に感謝しないとね。伝説の男を救った英雄になるよ。」

にーッと笑った。

「そうだね…。」

私は複雑な心境だった。


30分ぐらい後に、部長さんと田村さんこと姫さんが来た。

状況を説明すると、二人共安心したみたい。

それから更に30分ほど待っていたけど、お爺ちゃんは目を覚ます気配がなかった。

カズちゃん、部長さん、姫さんは取り敢えず帰ることにする。


「お見舞い、ありがとうございました。」

私は深くお礼をすると、3人とも明日も来るよと笑って帰ってくれた。

気を使わせちゃったみたい…。しっかりしなくちゃ。

小林先生が入れ違いで入室してくる。


「原因はストレス性心不全だね。」

「ストレス性?」

「過度なストレスが急にかかっているみたい。心当たりあるかな?」

心当たりなんて…、大アリだよ…。


私は先生に最近の状況を説明した。

お婆ちゃんの遺品を整理していたらタブレットが出てきて、そこにはブログが書いてあった。

その中に、お爺ちゃんの新曲が聞きたいって書いてあったこと。

だからお爺ちゃんに何とか新曲を作ってもらって、天国のお婆ちゃんに届けたかったこと。


「そこまでは問題なさそうだけど…。」

先生の感想だった。

先を続ける。


「だけど、お爺ちゃんは歌でお婆ちゃんを不幸にしたと思っていて、引退の理由もそれなの…。」

「歌で不幸に…?だって、翔輝さんは今でも伝説のシンガーだよ?」

「売れてない時は貧乏で苦労させて、売れた時は反社会的な内容だったからバッシングが酷くて…。」

「あぁ…。確かに色んな噂があったよ…。悪戯電話や不幸の手紙、テレビでもラジオでも、翔輝さんの歌に賛同出来ない人達が、ありとあらゆる嫌がらせをしたよね。」


お爺ちゃんと同世代の小林先生はそれをリアルタイムで見ていた。

色んな事を教えてもらった。

そこまでやるんだ…、といった内容に吐き気すら覚える。


「だけどね、翔輝さんは一人で果敢に闘ったよ。いや、美里さんと二人で、かな。歌っている時に自分のマイクが切れても地声で美声を響かせ、照明が切れても真っ黒な画面からは闘う男の声が届いた。そりゃぁ、見ている方は興奮したさ。その分応援もしたよね。負けるな、頑張れってね。」

壮絶な歌手人生だった…。

放送事故なんて生易しいもんじゃない。


「そこまでして、何故メディアで歌ったのかな…?」

私はふと疑問に思った。

宣伝効果は確かに大きいだろうが、リスクも高いように思えた。

「純粋に招待していたメディアもあったのだけども、レコード会社とグルになって妨害やっていたというのが一つ、それと、応援してくれるファンの為にって理由が一つ、最後に…。」


私はお爺ちゃんの歌に対する決意に心が震えていた。

そして、お爺ちゃんが歌う理由…。

「美里さんが笑ってくれるから…。彼はそう言っていたよ。」

その瞬間、涙がこぼれた…。


止まらないぐらいこぼれた。

涙を拭く必要なんかない。

だって、拭ききれないよ…。

切なくて…、苦しくて…、だけど最高に格好良くて…。

涙が止まらないの。

だから今は、少しだけゆっくり休んでね…、お爺ちゃん…。

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