第14話
あれからお爺ちゃんは、今までとは別人のように明るくなった。
休日は部室にきてバンドメンバーへの技術指導と言いつつ、自分が一番楽しんでいる。
笑顔が絶えない演奏に、最初は戸惑っていたメンバー達も、直ぐに慣れて一緒になって楽しんでいた。
だけど忘れずに指導していく辺りは、やっぱりプロだったんだなぁと思う。
「ほら姫ちゃん、また音飛びしてる。」
「すみません…。」
田村さんの事を姫ちゃんというアダ名を付けている。
「大丈夫、大丈夫!だけど、失敗したって顔は絶対にしちゃ駄目。知らん顔して最後まで演奏しきるのも大切だから。」
「は、はい!」
「ほ~ら~、努くーん。また走っているよ。」
「サーセン!」
部長の事は努君と呼んでいる。
だけど一人だけ対応が厳しい…かも。
「和也!お前はまーた見た目ばかり気にしやがって!」
「そんなことないっす!」
「嘘つけ!見せるんじゃなくて魅せろ!馬鹿野郎!」
「えー………。」
はははははは…。
まぁ、お孫さんをくださいなんて言ってきたのもあって印象は悪いかもね。
ちょっと可哀想かも。
でも、一番可愛がられているのも事実かな。
彼にだけは色んな技術や、それこそ魅せ方、心得からフォローまでも教えている。
カズちゃんはああ見えて、真剣に取り組んでいるし、どんどん成長している。
それは教える側から見ると、教え甲斐があるってことになるよね。
もっと、もっとと要求が高くなるのだけど、カズちゃんはしっかり付いてきていた。
私は歌のバリエーションを増やすべく、新しい歌にも挑戦しているの。
流石に自分が生まれた頃の歌ばかりだと新鮮さに欠けるってのもあるよね。
メンバーからは総ツッコミだったし…。
勿論カズちゃんが作ったオリジナル曲も練習中。
こうやってバンド活動に参加してもらいつつ、お爺ちゃんに新曲を作ってもらうよう仕向ける事も忘れていないよ。
カズちゃんは新曲を作るんだと言いつつ、お爺ちゃんの目の前で試行錯誤しているの。
こうする事により刺激はされているはず。
だけど流石頑固なお爺ちゃん。
自分では決して作ろうとはしなかった。
やっぱりどこかで引っかかっているのだろうなぁ。
でも、食後に私が部屋に戻るとギターを持ちだして縁側で弾いているのを知っている。
新曲なのかどうかはわからないけど、私は余計な事を言わずに見守ることにした。
お爺ちゃんは音楽に向き合っていると思っていた。
楽しんでいると思っていた。
だけどそれは大きな勘違いだった。
「じゃぁ、お爺ちゃん。先に学校に行っているね。」
最近、歩はちょっとお洒落に気を使うようになったね。
忙しいながらも楽しそうに出掛ける歩。
ちゃんと畑仕事は続けているし、えらいわねぇ。
「あぁ、後から行く。」
翔輝さんがぶっきら棒に答えた時は、実は楽しみにしている証拠。
ふふふ。
私まで年甲斐もなくワクワクしちゃう。
時々縁側でギターを弾いてくれるし、鼻歌もまじっているだけで素敵。
「あ、縁側に忘れ物した。」
独り言を言いながらパタパタと玄関から外に出て縁側に回ってきた翔輝さん。
どうやら譜面を忘れちゃったみたい。
相変わらずおっちょこちょいねぇ。
でも、譜面を手にしたお爺ちゃんは、小さく震えている。
「俺なんかが歌を続けちゃ、本当は駄目なんだ…。そんな資格なんかないよな…。」
あらあら…。
苦しんでいた。
とても辛そうだった。
顔はくしゃくしゃで今にも崩れそう、そう思った時だった…。
バタンッ!!!
!?
あっという間の出来事。
瞬きする瞬間に翔輝さんが倒れちゃった!!!
私は柵にしがみつき、その光景を見ていた。
直ぐに大声を出した!
「オーちゃん!」
バサバサバサバサ…
オウムのオーちゃんは直ぐにやってきた。
「お願い、扉を開けて。」
「ガッテン!」
くちばしで器用に扉を開ける。
私はオーちゃんに飛び乗った。
「全員集合!緊急事態よ!!」
首筋にしがみつくと、オーちゃんに号令をお願いする。
「緊急事態!緊急事態!全員集合!」
ドタドタドタッ
走ってくる大きな足音はダイちゃん。
猫ちゃん達は音もなく私たちの前に現れる。
「皆!よく聞いて!お爺ちゃんが大変なの!直ぐに病院に連れていくわよ!!」
皆真剣な表情で頷いた。
「ダイちゃんは畑からリアカーを持ってきて。」
「リク、カイ、クウは翔輝さんをリアカーに乗せる手伝いをしてちょうだい。」
「オーちゃんは私と一緒に、先に病院行くわよ!」
「病院!病院!」
オーちゃんは繰り返し行き先を言いながら部屋から飛び出す。
空から見下ろすと、ダイちゃんはリアカーを引っ張ってこようとしていた。
取っ手が高くて咥えられず、それを見た猫ちゃん達がリアカーによじ登って、取っ手を下げたところをダイちゃんが咥えて引っ張って行こうとしているのが見えた。
「オーちゃん!急いで!」
「あいあいさー!!」
急降下して直ぐに病院前に到着する。
当然入り口の扉は閉まっている。
「オーちゃん、あそこの窓よ!」
そこは診察室にある唯一の窓だ。
中を覗くと、椅子に座ってウトウトしている小林先生が見えた。
「軽く窓をつついてみて。」
オーちゃんは器用に窓の直ぐ傍でヘリコプターのようにホバリングしながら窓を数回、くちばしでつついた。
トントントントン…
小林先生はふと顔を上げ周囲を見渡す。
トントントン…
窓を見た先生は、珍しい光景に微笑んでいた。
にこやかに手を振っている。
そうじゃないの!翔輝さんが大変なの!!
オーちゃんは更にくちばしでつついた。
流石におかしいと思ったのか、先生は立ち上がり窓を開ける。
「やぁ、オーちゃん。珍しいねぇ。今日はお散歩かい?いや、飛んでいるから散歩とは言わないか…。」
そんな呑気な事を言っていた。
「緊急事態!翔輝、緊急事態!!」
私が耳元で言った言葉を、オーちゃんは伝えてくれる。
「何!?」
「翔輝倒れた!緊急事態!」
まさか…、そんな顔をする先生だったが、心当たりがあるのか走って診察室を出た。
「渡辺さん!AED持ってきて!直ぐに出るよ!」
「先生!?急患ですか?」
「多分そうだ!急いで!」
「はい!」
渡辺さんは、熟練の看護師さんですね。
こんな時も慌てたりしない。
「オーちゃん、お家に戻るわよ。」
「ホイキタ!」
直ぐに飛んで帰る。
まさしく飛ぶようにね…。
家ではダイちゃんとリクカイクウの4匹が、必死になってお爺ちゃんをリアカーに乗せようとしていた。
「もうすぐ医者来る!医者来る!」
少し高いところで道路を見ていると、がに股で不器用に走る小林先生と、何やら大きめの手荷物を持った渡辺看護師さんが家に向かってきていた。
翔輝さんはぐったりしている…。
「オーちゃん、縁側へ。」
スィーッと下降し、ストンッと縁側に着地する。
「皆!もう大丈夫!後は先生に任せましょ!」
そう言うと4匹は心配そうにしながらも少し離れた。
猫ちゃん達はサーッと姿を消す。
家族以外の人が怖いみたいね。
ハァハァハァ…
小林先生の荒い息が聞こえてくると、渡辺さんと一緒に庭へ滑りこんでくるのが分かった。
「翔輝さん!!」
先生の言葉に無反応な翔輝さん…。
どうか神様…。翔輝さんにこれ以上試練を与えないでください…。
あの人は40年という時間をかけて十分苦しんだのですから…。
どうか、彼を救ってやってください…。
「AED準備して!」
「はい!」
目の前では小林先生達による必死の治療が行われたいた。
私は小さな小さな手を合わせて、祈ることしか出来なかった。
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