第3話

 家の電話が鳴っている。

「もしもし、内藤です。」

『あっ、歩ちゃんかい?』

「はい!そうです。えーっと…。」

『あぁ、ごめんごめん。小林医院の小林です。』

「あっ、小林先生。ご無沙汰です。今度近所の農業大学に入学が決まりまして、取り敢えず卒業まではお爺ちゃんの所に居ますので、宜しくお願いしますね。」

『はっはっはっ。それは頼もしい。早速だけど…。』


小林先生は、この過疎村で唯一の医院の院長さん。

老人が多い田舎だけあって、例に漏れず老人達の溜まり場にもなっている。

それを見た小林先生は、溜まり場もいいなとカフェまで経営しはじめちゃったという、ちょっと変わった先生です。


医院に来た老人達は、中は椅子も少なく狭いので、治療や薬を貰った後は隣のカフェに行ってお茶を飲んで友達と世間話をする。

カフェと言っても名ばかりで、茶屋の方がイメージに近いかな。

畳がメインだけとちょっとお洒落。

2部屋は個室で、後は大部屋にテーブルが沢山あるよ。


1つだけ畳じゃないテーブルもある。

そこは車椅子での利用客にピッタリの高さに設定されている。


メニューは和風物が多いけど、身体に気を使った料理も多いかな。

一般の人が入っても違和感はないかも。

大学が近いってのもあって、一応若者にも気を使っているみたい。


そんな変わった先生なのだけど、評判はすこぶるいい。

今日の電話もそろそろ薬が切れたはずなのだけど、大丈夫かどうかを心配する内容だった。

こういった細かいサポートがいいのかもね。


電話を切った後にお爺ちゃんに聞いてみた。

「薬って何を飲んでいるの?」

「ん?あぁ、高血圧の薬。」

「もう無くなったんじゃないかって小林先生から電話あったよ。」

「別にいいよ、体調悪くないし。」

「ダメ!これから行くよ!!」

「なな、なんなんだよ。」

「いいから!」


病院までは歩いて行ける距離だ。

時間にして10分かからないほど。

「ほら、散歩がてら行くよ。」

渋々腰を上げるお爺ちゃん。

家を出て畑の中を進み道路へ出る。


「車で行こうよぉ。」

「子供じゃないんだから!」

まったく…。


「ほら見て!桜綺麗…。」

お爺ちゃんは不貞腐れていたけど、桜吹雪を見てちょっと興味を持ったみたい。

すると犬のダイちゃんが追いついてきて一緒に歩いていく。

あ、リード咥えてる。

さっそく取り付けて手に持つ。


ダイちゃんはとても賢くて、引っ張られることはまずないよ。

猫が現れようが、他の犬が吠えてこようがまったく相手にしない。

しつこい相手にはとても低い声で小さくワンッとだけ吠えると、大概相手が逃げていくの。


いつかお婆ちゃんが言ってた。

車や自転車と接触しそうになったりした時にダイちゃんが守ってくれたって。

怪我をした時もあったって、その時はお婆ちゃんもとても悲しんでいた。

だけどお婆ちゃんが亡くなった事故の時にはダイちゃんはお留守番だった。


もしかして、ダイちゃんはお爺ちゃんを守るつもりで付いてきたのかな…。

まさか…ね?

家を出て少し歩くと、もう看板が見えてくる。


「ほら、直ぐなんだから、ちゃんとお薬もらいに来ないと駄目だよ。」

「へいへい…。」

中は運良く空いていて、少し待つだけで名前が呼ばれた。

一緒に中に入っていく。

「大学進学おめでとう。美人さんになったねー。」

小林先生は、確か55歳ぐらいだったはず。

お爺ちゃんの歌も知っていた。


内科が専門だけど色々と見てくれる。

手に負えない時は、隣町の大きな病院を紹介してくれていた。

血圧を測る。確かに高い。


「翔輝さん、高血圧は合併症が怖いですからね。心臓に負担がかかりますから、胸の周囲で変な痛みや違和感を感じたら、取り敢えず来るようにしてください。」

「いやね、ちょっと犬の散歩に出ただけでぜぇぜぇ言っちゃうぐらいなんですよ。」

「それは運動不足ですね。」

「えー………。」


「そうですよね!半年ぐらいゴロゴロしていたんだから!それにちょっと太ったし。先生!ビシッと言ってやってください!」

「ハハハハハッ。歩ちゃんも美里さんみたいになってきたね。」

「しっかり監視しないと、直ぐにぐ~たらするんだから、お爺ちゃんは。だから先生、薬サボったりしたらココにも連絡ください。」

そう言って携帯電話の番号の書いた紙を渡した。


「しっかりしてるね。翔輝さん、いいお孫さんを持って幸せだね。」

「口五月蠅くてたまらんよ…。」

「ハハハッ、そのぐらいがいいんですよ。でわ、お大事にね。」

そう言って診察室を出る。

会計を済ませ外に出ると、ダイちゃんはおとなしく待っていてくれていた。


「あ、そうだ。お団子買っていこうよ。」

病院の隣の自称カフェでは、持ち帰りもやっているのを知っていた。

よくお婆ちゃんに買ってもらったっけ。

みたらし団子はお爺ちゃんの大好物。勿論私も好き。


「みたらし団子、三本ください。」

「あら、歩ちゃんじゃないかしら?またこっちに来ているの?」

「はい!あそこの大学に進学したので。」

「あらまぁ、これからもよろしくね。」

「近所なのでちょくちょく来ます。」

「まぁ、ありがと。今日は一本サービスしておくね。」

「こちらこそありがとうございます!」


こんな感じで、皆優しく受け入れてくれる田舎が好きだよ。

こういうのが本当の意味での実家のような安心感なのかもね。

「あ、1本はみたらし抜きでお願いします。」

おばさんはちょっと不思議がったけど、言うとおりにしてくれた。


みたらし抜きのみたらし団子は、ダイちゃんにあげる。

「今日はありがとうね、ダイちゃん。これからもお爺ちゃんをよろしくね。」

夢中になってアッと言う間に食べちゃった。


おばちゃんはお爺ちゃんと自慢の孫だねー、とか言いながら会話していた。

そうか…。皆お婆ちゃんが亡くなってお爺ちゃんが元気ないの知ってて気を使ってくれているんだ。

皆さんありがとう…。お爺ちゃんは本当に幸せ者だよ。


最近はちょっと元気になってきたけど、本当の意味で元気になれたら、お礼しにこないとね。

そのままダイちゃんの散歩がてら少し歩いてから帰宅する。

猫共も戻ってきたので、夕飯の支度を始めた。

台所も小奇麗になっていて、直感的にどこになにかあるのか分かるようになっているよ。


至る所に残されたお婆ちゃんの痕跡…。

それらを噛み締めながら、何とかお爺ちゃんを立ち直らせようと考えを張り巡らせている。

まずはブログ見せてみようかな。

いやいや…、刺激が強いかも…。


ご飯を食べている時、探りを入れてみた。

「私、お爺ちゃんの知らないお婆ちゃんの秘密知ってるよ。」

その言葉にギョッとした顔で私を見てきた。


「どどど、どういうこと?」

「お風呂出たら教えてあげる。」

「どうせ大したことじゃないでしょ。俺にはわかる。」

「そうかなー?だったら別にいいけど?」

「ゴホンッ。まぁ、教えてもらってやってもいいけどな。」

「じゃぁ、後で教えてあげる。」


お爺ちゃんは急いでご飯を食べ終わると、直ぐにお風呂場へ駆けていった。

まったく、子供みたいなんだから。

私もご飯を済ませて片付ける。

洗い物が終わってお茶を飲んでいるとお爺ちゃんが戻ってきた。


ソワソワ…。チラチラ…。

ふふふ、あまり焦らすと怒っちゃうね。

私は立ち上がって二階に行く。

お婆ちゃんの部屋からタブレットを持ちだして、一階の居間に戻ってきた。

「じゃじゃーん。」

お爺ちゃんはタブレットを見たけども、それが何?みたいな顔をしている。

あ、そうか。機械音痴だっけ。


お爺ちゃんの隣に座って、テーブルにタブレットを立てる。

「ここが電源ボタンね。」

上部のボタンを押すとタブレットが機動する。

ログイン画面には、お婆ちゃんのアカウントと、追加しておいたパスワード不要のお爺ちゃんの名前のアカウントがある。


「自分の名前の方を指でタッチする。」

お爺ちゃんは何でタブレットの操作方法を教えられているか分かっていない。

キョトンとしながらどうして良いか分からない様だった。


「ほら、タッチする!」

「は、はい…。」

人差し指でぎこちなくタッチすると、最初の画面が表示された。

「それで、これをタッチする。」

今度は素直にWEBブラウザーをタッチした。

最初に表示されるページは、お婆ちゃんのブログに設定してある。


ブログタイトルは、「美里の隠れ家」。

タイトル背景には野菜が育っている家の畑の写真。

「あれ?これうちの畑じゃないか…。それに隠れ家って…。」

私は自分の推論を話す。


「お爺ちゃん、昔にお婆ちゃんからコレを見てみてって言われたでしょ?」

お爺ちゃんは少し考えたけども、覚えてなかったみたい。

「これはね、ブログと言って日記みたいなものなの。ここには数年分のお婆ちゃんの日記が残っているの。お爺ちゃんが見てくれなかったから「隠れ家」なんてつけたんだよ。きっと。」

お爺ちゃんは複雑な表情をしていた。


「色んな事が書いてあったよ。見てみる?」

「……………、見る。」

「じゃぁ、見方を説明するね。」


私は指でタッチしながらスクロールする方法や、次の日記へ移動する方法、前のページに戻る方法、写真をタッチすると拡大されて、それを元に戻す方法まで、1から10まで教えてあげた。


お爺ちゃんは老眼鏡を持ってくると、タブレットとにらめっこを始めた。

それこそ真剣に…。

誰もが近寄り難い雰囲気のまま、ずーっとタブレットを見ていた。


私は自室に戻り様子をみることにする。

少しでも、お爺ちゃんが立ち直れるきっかけになればいいなぁ。

そう思いながらお爺ちゃんが読み終わるのを待つことにした。

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