第2話

 翌日。

今日も暑くなりそうね。

まずはお爺ちゃんを起こして一緒に御飯を食べて、ダイちゃんの散歩をお爺ちゃんにお願いした。


苦虫を噛んだような、心の底から嫌そうな顔をしていたよ。

リードを渡した途端に、ダイちゃんはお爺ちゃんを強引に引きずって散歩に行ってくれた。

あれじゃぁ、どっちが散歩させられてるかわからないよ。

でも、まぁいっか。


その間に、洗濯や掃除を終わらせ、畑の巡回をしながら雑草取りや、水やりなんかをして丹念に世話をしていく。

昨日の今日で成長の痕は見られないけど、これからだよね。


「皆美味しく育って、お爺ちゃんを元気にしましょうね~。」

いつもお婆ちゃんがそうやって話しかけていたのを思い出した。

「お爺ちゃんを元気にしましょうねー。しましょうねー。元気ー。」

オーちゃんが真似していた。

何だか可笑しい。


ひと通り世話が終わると、猫達が足に纏わり付いてくる。

あぁ、ご飯がまだだったね。

そろそろ散歩からも帰ってくるだろうし、皆の分の餌を準備していく。


その途中でお爺ちゃんが肩で息をしながら帰ってきた。

「もう、散歩ごときでそんなんじゃ駄目だよ。運動不足だよ!」

そう言った私に、泣きそうな顔で言い訳をしようとしたみたいだけど、そんな元気も無いみたい。


冷たい麦茶を出すと、一気に飲み干して空になったコップを私に戻した。

直ぐにもう一度注ぐと、それも一気に飲み干した。

「今度は水筒持っていかないとね。」

「歩…、勘弁して…。」

「駄目よ。私もうすぐ学校始まっちゃうし、朝と夕方の散歩には行ってもらうからね。」

「えー………。」


鬼を見るような、恐怖に満ちた目を向けられる。

「お爺ちゃん頑張れー、元気、元気ー。」

オーちゃんの、まったく心のこもってない応援が虚しく響いた。


 お昼ごはんの後、おじいちゃんは疲れも溜まったのか昼寝を始めた。

しかたないなー、もう。

私はお婆ちゃんの部屋に入り、充電が終わっているはずのタブレットを手にする。


電源を入れると画面にロゴが映し出された。

「窓」製の結構高いタブレットじゃない。

付属のキーボードの色は青だ。


ドキドキしながら数秒待つと…。

「パスワード…。」

まさかパスワード設定しているとは思わなかった。

考えてみれば、お婆ちゃんはそういうところは固い人だったよね…。

しかし困ったなぁ。


まてよ…?

お婆ちゃんのことだから、お爺ちゃんに関するパスだよね、きっと。

パッと思いつくのは誕生日。

「0515」と入力するけど駄目。

イニシャルを足して「sn0515」も駄目。

「sn515」も駄目。


スマホで調べてみると、8文字以上で大文字と「#$%」のような記号も入れないといけないみたい…。

駄目だこりゃ。


………。

でも気になる。

絶対この中に、誰も知らないお婆ちゃんの事が残っているはず。

少し考えてみる。

イニシャルと誕生日では8文字にならない…。


あっ…。

お婆ちゃんのイニシャルも混じっているんじゃ…。

いくらなんでも、誰にも分からないような複雑なパスじゃないはず。

そこまでひねくれてないし、忘れないようにする工夫は、お婆ちゃんなら絶対にしているはず。


「Sn0515Mn」と打ってみる。

もちろん記号が入ってないから駄目なんだけど、文字にしてみると違和感が分かった。

これだと誕生日が浮くよね。

待って…。


お婆ちゃんの誕生日ってお爺ちゃんの二日後だよね。

じゃぁ、真ん中の誕生日を二人の誕生日の間の日にしてみる。

「Sn0516Mn」

これだとお爺ちゃんの誕生日、間の日、お婆ちゃんの誕生日という意味にもなる。


後は記号。

忘れないようにするならイニシャルと数字の間に「+」を入れる。

「Sn+0516+Mn」

パンッ


勢い良くキーボードを叩く。

読み込みを現す円が回転し、画面が移り変わって最初の画面が表示された。

ヨシッ!


お爺ちゃんとお婆ちゃんの誕生日まで知らないと辿りつけないパスワード…。

よく考えてあるし、お婆ちゃんらしいと思った。


さて…。

定番と言えばメール。

かなり気が引ける。だけど思い切って画面にタッチする。

メールソフトが立ち上がった。


似たような題名は、どこかの広告メールね。

解除できるなら、後で解除しておこう。

ん?


誰かと何回かやり取りしていた。

相手の名前は「メモリーさん」。

まぁ、いわゆるハンドルネームね。


どうやらタブレットの使い方や、サイトのログイン登録や利用方法、果ては写真のとり方なんかも聞いていたみたい。

登録しようとしているサイトからのID登録通知のメールも来ていた。

そこへ飛んでみる。

どうやら自動ログインを許可しているらしい。


サイトはブログだ。

お婆ちゃんブログやってたんだ。

内容は野菜作りに関してがメインとなっているっぽい。

育っていく野菜達の写真や、収穫、調理となかなか内容は濃い。

1~2週に1度ぐらいの更新頻度で、家族同様のペット達との触れ合い写真なんかも掲載されていた。


随分前からやっていたみたい。

忘れた頃程度にお爺ちゃんも登場している。

記事タイトルだけを表示させてみる。

気になるタイトルを探してみることにした。


すると最初の頃に自己紹介の後に畑やペット達の紹介があって、その後にお爺ちゃんも紹介していた。


昔はシンガー・ソングライターだった事と、動画のはめ込みもある。

再生してみると音のみの動画で、流れてきたのはお爺ちゃんの唯一のヒット曲「俺達の歩は止められない」だった。


この記事でコメントがいくつか付いている。

昔を懐かしむ感じだ。

ボリュームを上げて曲を聞いてみると、どうやらレコードからダビングしたみたいな感じ。

レコードっぽい雑音が入っているよ。

そっか、CDが出来る前だもんね。


ちょっと待って…。

レコードからデジタル音源に変換なんて、お婆ちゃんに出来たのかな…。

再びメールを見ると、動画ファイルの添付されているのがあった。

これもやはりメモリーさんからだ。

なるほど、この人が色々と手伝ってくれたんだね。


次のページを開くと、そのメモリーさんの紹介もしてあった。

律儀だねぇ…。こういうのもお婆ちゃんらしい。

読んでみると、ネット回線の申請や無線の設定からタブレットの購入、メールやブログの設定、カメラ撮影からブログに載せるまで、まさしく1から10まで教えてくれたみたい。


記事からは実際に会っているような気配もあるね…。

ちょっと気になるかも。

ページを戻ってお爺ちゃんの紹介記事のコメントを読んでいく。

コメント返しもしてあって、ずっと読んでみた。

その中にあったお婆ちゃんのコメントに、私は我慢できなくなった。


大粒の涙が零れていく。


『内藤 翔輝の新曲が聞きたいです。』


お婆ちゃんは、誰よりもお爺ちゃんのファンだったんだ…。

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