ラストステージ
しーた
第1話
この物語は、全てを失った男を立ち直らせようとする家族達の、愛情に満ちた奮闘記である。
桜街道をくぐって行く。
私、
この春、農業をやりたいという一心で、地方にある実家から近い農業系の大学に進学したのです。
なんで農業系大学なのって思うかもしれないけど、小中高と長期休みの時は、実家で畑の手伝いをしているうちに、農業に興味を持ち始めちゃったのです。
家でも狭い庭で細々と家庭菜園をしながら、いつかは実家の大きな畑で美味しい野菜を沢山育てたい!
と、まぁ、単純な理由で勉学に励み入学までしちゃいました。
実家では以前、祖父と祖母の二人が住んでいました。
過去形なのは、祖母の
農業の楽しさも、厳しさも、教えてくれた大好きなお婆ちゃん。
美味しく育った野菜達で作った料理は最高だった。
あの感動は絶対に忘れない!うん、絶対に!!
だけど今では畑は荒れ放題。
暇な時は一緒に畑仕事をやっていたお爺ちゃんだったけど、お婆ちゃんが亡くなってからは自暴自棄になっちゃって、お酒にも溺れる始末…。
そんなお爺ちゃんは若いころ、シンガー・ソングライターとして活動していたの。
その時に一曲だけ大ヒットしてテレビにも出たんだって。
「俺達の歩みは止められない」とかいう、ちょっとダサくてクサいタイトル。
この歌は両親も好きで、タイトルにある言葉から私の名前がつけられたぐらい。
歌詞の内容は、エネルギッシュで青春を謳歌するみたいな感じ。
私も嫌いじゃないかな。
高度経済成長期だった頃の若者が、新しい事に失敗を恐れず挑戦し、傷付き疲れたら愛しい人の所で羽を休めろ、みたいな感じの歌詞からは、勇気を貰えるというか、頑張ろうって気分になるよ。
本名で活動していたこともあって、病院なんかで名前を呼ばれると、今でも名前を覚えていくれている同世代の人達が気付いて、話しかけてくれることをお婆ちゃんから聞いたことがある。
影響力があったんだなぁと思いつつも、今の魂が抜けちゃったお爺ちゃんからは想像がつかないのも事実かな。
二人はとても仲が良かった。
まさにおしどり夫婦。
私も、年をとってもこんな風になりたいなって、いっつも思っていたぐらい。
だからこそ、お婆ちゃんが亡くなった事への反動も大きかったのだと思う…。
お爺ちゃんは大ヒットした1曲以外はほとんど売れなかったの。
いわゆる一発屋。
結局30過ぎには歌手としては引退、でも歌ったり楽器を演奏することが好きで、音楽関係の仕事を転々とやってきて去年で引退した。
今年から第二の人生をお婆ちゃんと歩んでいく予定だった。
売れない時期はお婆ちゃんに色々と苦労かけたからと、細々と貯めてきた印税で旅行に行くんだって張り切ってた。
お婆ちゃんの事故は、交通事故で脇見運転からの信号無視。
私も実家にいた夏休みだったからよく覚えている。
いつも陽気で明るいお爺ちゃんが、誰に
そして叫んでいた。
「これから俺は一人で、どうすればいいんだよ!」
こんなことになるとは思わなかったのだけども、結果的には私が傍にいることで身の回りの世話も出来るし、万が一早まったりしないよう見てられるってのもあるかな。
両親からも強く頼まれているの。
お爺ちゃんをよろしくねって。
そんな実家を尋ねると、沢山の家族が出迎えてくれた。
まずは、子犬の時にお婆ちゃんの畑に迷い込んできた、大型のミックス犬であるオスの「ダイ」ちゃん。
子猫だった捨て猫を雨の降る日にお婆ちゃんが拾ってきて、それが三匹いるのだけど、茶トラが「リク」、灰トラが「カイ」、白ブチが「クウ」。
全員オスでミックスだね。
それから、いつの間にか二階に住んでいた、迷子のお喋りオウムの「オーちゃん」。
性別は不明。
最後にお婆ちゃんの知り合いから譲り受けた、多分メスのハムスターの「ショウ」ちゃん。
皆、私の事を覚えてくれていたみたいで歓迎してくれた。
フフフッ、ちょっと嬉しいかも。
でもお爺ちゃんは最悪。
部屋はお酒の匂いが充満し、掃除もろくにしてないっぽい。
埃が凄いことになっているよ。
まずは縁側の扉を全開にして空気の入れ替えをする。
ゴミの下に埋もれていた掃除機を持ちだして、徹底的に部屋を掃除していく。
雑巾であちこち拭いて、お風呂も、窓ガラスもトイレも綺麗にね。
結局掃除が終わるには3日かかったよ…。
その間のお爺ちゃんは、ゴロゴロしていて何もしていない。
家に居ない時は、お婆ちゃんを探しているかのように荒れた畑をウロウロ。
テレビも見なければ、ご飯もろくに食べない。
読んでない真新しい新聞が山の様に積み重なっていたのも印象的。
これは本格的にヤバイよね。
高校最後の冬休みの時もこんなんだったから、結局半年以上こんな感じ。
何とかしようと思って、お爺ちゃんが元気になりそうなネタはあるのだけどタイミングがあるかな…。
翌日からは、そのタイミングを狙いながらも荒れた畑を耕していく。
種は何を蒔こうかな。
大根、きゅうり、カボチャとかの夏野菜が第一候補。
まぁ、この状態なら何でもいいよね。
取り敢えず植えられる物は何でも植えちゃおう。
重労働だったけども、1週間ぐらいかけてしっかりと下準備して種蒔きをしていく。
傍には犬のダイちゃんがいつもいてくれて心強かった。
オウムのオーちゃんはいつも柿の木から私を見下ろして色々喋っていたよ。
猫達は縁側で、お爺ちゃんの傍から離れずに一緒に寝ていてる。
ハムスターのショウちゃんは…、いつも通りせわしなく動いていたかと思うと、いつの間にか寝ていたり。
賑やかだけど、あんなお爺ちゃんと二人だと、こっちまで気が滅入っちゃうよ…。
でもお爺ちゃんは、この頃にはちょっとずつ起きている時間も長くなって、ご飯の後には「ありがとね…。」とだけ喋ってくれた。
実家に来てから初めての会話。
私は気にせず、「そう思うなら髭ぐらい剃りなさい!」って返した。
翌日、ちゃんと髭剃りをしていたところをみると、これじゃいけないって本人も思っているんだよね、きっと。
私がしっかりしなきゃ。
私だってお婆ちゃんっ子だったんだから。
お婆ちゃんが居なくなって私も悲しいし寂しい…。
だけど悲しんでばかりじゃいけないって思ってる。
お婆ちゃんだって、寂し続けるお爺ちゃんや私の顔なんて見たくないって感じてるはずだよ。
もうすぐ大学の入学式になっちゃう。
その前に、何とかお爺ちゃんを立ち直らせるきっかけだけでも掴みたかった。
そのヒントが無いか、今だ整理されていないお婆ちゃんの部屋に入ってみることにした。
綺麗に整理整頓されている部屋は、実にお婆ちゃんらしい感じだった。
だけど一つだけ、この部屋にそぐわないというか、場違いな物が置いてあった。
低い和風のテーブルの上にはタブレット。
お婆ちゃんこれで何をしていたんだろう?
電源を入れてみたけど入らない。
どうやら充電が切れちゃってるね。
テーブルの下には充電器があったので、取り敢えず充電しておく。
ちょっと心苦しいけど、明日見せてもらうね、お婆ちゃん。
そこには、誰も知らないお婆ちゃんだけの秘密の欠片が残されているとは思いもしなかった。
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