第参話
何者をも飲み込む一切の漆黒の中、象をほの暗く照らす一灯の外灯の下、
2人の頭上でぼてっと一際に輝く
黄色い月と僕は
同じ形をしたまんまるい目をむいて月と滑り台の踊り場の間を一点に見つめ立ち尽くした。
今宵は満月だ。
「君は・・・誰?」声が震えた。
この奇怪な雰囲気から
思わず出てしまった言葉にふと我に返り僕は焦りを隠せない。
静寂が象と僕とを隔てた。やはり返事は来ない。
知らない人がましては夜なぞにいきなり声をかけるのはこのご時勢ではタブー、僕は不審者ではないか。
と悔恨が僕に忍び寄っていると
「さあ、私は月に会いに来た人。」
象からぬっと人の頭のかげがあがった。
「貴方は?」
月が一瞬雲隠れしていたがまた輝きを取り戻した。
僕は嬉しくなった。
「僕は、、僕は象に会いに来た。考えごとをしたくなると決まって今君のいる処に寝転んぶんだ。」
鼓動が早い。頭から指先までの脈という脈が全身で木霊しているのが分かる。
言い終わるが早いか話し相手が顔の向きをふいっと此方へやった、
薄暗がりなりに顔が見えるや否や僕はあまりにも驚いてあんぐりとだらしなく開いた目と口がワナワナ震えだした。
「私は月が好きよ。
だって夜になると必ず私に会いに来てくださるのだもの。」
「だから私も空を見上げて返事をしてあげるの。
そして今日も私は今日の夜まで生きてたんだなって実感できるの--。」
最後の間が不自然で
(『今日もまた夜まで生きてしまったか。なんて思うこともあるけど・・・』)
これは実際には聞こえてはいないが、声の主はそのあとこう続いて言っていた気がした。
僕の喉仏が上下に一度動き、生々しい音がそこから響いた。
闇に微かに浮かぶあの青白い顔はそう、
ビー玉にいた彼女であった。
僕は寝坊けているのか、夢でも見ているのではないか。そんな気すらしていた。
そんな夢見心地の僕を一人置きざりにし彼女は
「此処で考えごととは貴方中々に面白い人ね。 私そういう考えごとのやり方今まで知らなかったわ。」
滑り台を滑っている音がした。
「よいしょっと。」
手をつき台の先端から起き上がったその姿は洋服を着ていた。
なんだ、毎日和服を着てる訳ではないのか。
同じ場所、空間で顔を付き合わせて話をしているようだが、お互いが一方的に話をしているかの如く会話がどこか噛み合っていない気もする。
しかし僕はこうしてまた彼女に出会え
声を聞けたことが何より嬉しかった。
だが、また頭の中だけが妙によく働き、肝心の言葉は口をついて出てこない。
口だけを開けた僕をみて
「あ、もしかして幽霊だと思いました?」
ふわりと無邪気に笑う彼女がゆっくりと近寄ってくるのがわかった。
僕の胸は蒸気機関車の車輪が躍動するかのように激しく動いて頬が紅潮し
心臓が胸のうちから取れてしまうのではないかと心配になった。
「ごめんなさい、びっくりさせてしまって。」
へへっとくしゃっと笑う顔をした彼女は自分は本当に生きている人間なのだと僕に見せつけた。
白い首元にフリルが2段ついていて
Aラインの膝下まで丈があるワンピースを着ており
暖かそうなモコモコとした白いケープコートを羽織っていた。
妙にその白さが暗闇からは浮き出ているようで少し不気味にも感じた。
「とんでもない!、、、天使とかお人形さんかなって・・思っちゃって・・・。
ってあれ僕何言ってんだか。」 照れ隠しからか落ち着かない手で頭を掻き
熱に浮かされて僕はそんなふたことみことを言うだけで精一杯であった。
こんなにも上手く人と話せないことに僕は自分自身が一番驚いていた。
きょとんとしているのか、
彼女は何も言わなかった。
このままではまた二の舞である、
喉の奥から絞り出し
「つまり・・・僕はもっと貴方のこと知りたいんです。」
彼女の口角が少し上がったように見えたが
僕の一寸手前ほどでぐるりと反対を向き
「さようなら。 また月が出る時に会えたらお話しましょう」
パンパンッ目が覚めるような手付きで裾をはたき、
月を見上げているのか、目線はやや上をむきながら彼女はふらふらしながら公園の外へと歩いていく。
(女の子をこんな夜道を一人で歩かせては危ないではないか。)
(いや、見ず知らずの男がついてきたと思われる方が危ないだろ。)
心と頭だけが葛藤をしている。
後者の意見が勝利し、おとなしく
僕は彼女が公園から消えたのを見届けると
呪縛から解き放たれた鳥のように、やっと身体が自由になった。
すぐさま象に駆け上り、彼女がそうしていたように自分も仰向けに横になった。
まだ彼女のぬくもりが台には残っており、本当に彼女は今しがたまで此処に存在していたのだと再確認をした。
もうここから落ちてもし死んでしまっても僕は全く後悔をしないであろう。
くっくっくと声にもならない奇妙な笑い声を発し嬉しさで
片手を空へと仰ぎ、月を眺める彼女の真似ごとをし
その手を自分の胸へとあてがい僕も今日この時間まで生きていました。なんて心でつ呟いた。
「あっははははは」
はたから見ると阿呆のようだが僕はこの彼女との時間を何度も何度も繰り返し思い出しては噛み締めた。
僕の喜びで辺りがすっかり明るくなったようだ。
家に帰るとまた静寂が訪れたが、
心中は愉快なダンスをし、飛び跳ねていた。
幸福感に全身が浮かび上がっているようだった。
そして今日も今日とて僕はよく眠ることが出来なかった。
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