第315話 vs支柱

 全身に痛みが走る。

 スバルとアウラはゆっくりと起き上がると、すぐさまとんでもない光景を目の当たりにしてしまった。

 獄翼のメインシートが潰されているのだ。

 突き刺さった巨大な槍はこちらに届くギリギリの位置で静止している。

 鋼鉄化したアキナがふんばり、両手で矛先を留めていた。


「な、なにボケッとしてるわけ?」


 両足の力で堪え、アキナが恨めしそうな目でスバルを見る。


「さっさといきなさい。もうこの機体は無理よ。アタシが脱出の間まで持たせるから」

「でも、またアレを撃たれたら」


 殲滅兵器、グングニール。

 今度こそ撃たれたら一巻のお終いだ。

 生身であの槍のスコールを避け切る自信は、スバルにはない。


「戦うのよ」


 俯き、自身なさげに呟くスバルを見てアキナは僅かに微笑んだ。

 見れば、矛先を上半身で受け止めている為、ところどころにひびが入っている。


「横に、エクシィズがあるから」

「え」

「運よく吹っ飛ばされた場所の真横にエクシィズがあったの。あれで戦いなさい」


 視線をアウラにシフトさせ、小さな声で続けた。


「頼んだわよ。アタシ、流石にこれ以上はついて行けないみたい」

「……わかったわ。ありがとう」


 小さく頷くとアウラはスバルの手を引いて脱出を図る。

 こじ開けられたハッチの隙間を蹴破ると、靴底についた車輪を走らせた。


「仮面狼さん、行きますよ!」

「でも、アキナが!」

「モタモタしてると私たちが死ぬんですよ!」


 ハッチの奥から外を見る。

 キングダムがゆっくりと歩み寄ってきていた。

 こちらの脱出を待っているような素振りである。

 遊んでいるのかもしれない。

 王はそういう人間だ。

 無性に腹立たしいが、今はこの好機を上手くいかさなければならなかった。


「さあ、いきましょう!」

「……」


 手を引かれていくスバルがハッチから外に出ると、ちらりと振り返った。

 アキナと目が合う。


「……なによ。早く行けバーカ」

「……ごめん」

「謝るくらいなら、アイツ倒してくんない? こっち、好きでついてきたわけだし」

「ああ。任せとけ」


 言うと、スバルとアウラは獄翼から脱出。

 そのままアウラに抱えられると、勢いよく加速した。

 バチバチと電子音を響かせながらアウラのローラースケートが加速する。

 アキナの言う通り、隣にはエクシィズがあった。


「跳びます!」

「オーケー!」


 加速に任せてアウラが跳躍する。

 同時に、背後から追ってきていたキングダムも跳躍した。


「え?」


 既に握りしめられた槍。

 その矛先が真下に向けられた状態で急降下してくる。

 確かな加速をつけて矛先が獄翼に叩きつけられた。

 第二の矛がコックピットに沈んでいく。

 獄翼のボディが僅かに跳ね上がった。


「アキナぁ!」

「……余所見しないで!」


 震えた声で呟きつつも、アウラはエクシィズのコックピットブロックへと着地。

 そのままハッチに手を置き、力任せにこじ開けはじめた。


「ぐ、ううううう……!」


 だが、これが中々開かない。

 カイトたちとは違い、アウラは腕力をそこまで鍛えてきた新人類ではなかったのだ。

 だからと言って諦めるわけにはいかない。

 指が切れるくらいの痛みに耐えつつも、アウラは渾身の力を振り絞ってハッチを開け始めた。


「開いた!」


 だが、それも僅かである。

 たぶん、1メートルにも満たない小さな隙間だ。

 もう時間がない。

 背後で獄翼から槍を引き抜くキングダムを睨み、アウラは静かに告げた。


「私ができるのはここまでです」

「え?」


 肩に手を置かれ、スバルは困惑する。


「アイツを足止めしてきます……アキナと姉さんと私の分まで、お願いします」

「い、妹さん?」


 笑顔で投げられた言葉に、スバルはどう答えたらいいのかわからなかった。

 ただ、自分が困った表情をしているのだけは理解できている。


「ひとりならなんとか入れるスペースです。いけますね?」

「……うん」

「よかった」


 辛うじてそれだけ言えた。

 心から安堵するアウラを見て、スバルはこれ以上の言葉が絞り出せなかった。


「勘違いしないでください。私、死ぬ気ありませんから」


 キングダムと目が合った。

 今度こそエクシィズに狙いを定めたらしい。

 だがその槍が向くよりも前に、アイツに一発きつい雷を落としてやろうではないか。


「じゃあ行ってきますね!」

「い、妹さん!」


 ローラースケートの車輪が猛回転する。

 エクシィズの装甲を蹴り上げ、アウラは跳躍。

 振り向かないまま親指を立てたのが見えた。

 スバルは言葉を飲み、彼女が作った隙間の中に頭を突っ込ませた。


「んぎ、ぎ!」


 顔と腕が入り、胴体を引き出す形でコックピット内に入り込む。

 腹と尻でつっかえた。

 途中で落ちそうになるのを堪えつつ、ゆっくりと確実に身体を押し込んでいく。

 背後から轟音が響き渡った。

 一瞬、脳裏にアウラの笑顔が浮かんだが、顔を伏せてから考えないようにする。

 大丈夫だ。

 きっと大丈夫だ。

 だからお前は自分のできることをやるんだ蛍石スバル。

 己の胸に言い聞かせ、スバルは顔を上げる。

 座席を掴み、体重を持ち上げた。

 少年の靴が最後に引っかかったが、無理やり脱ぎ捨てて中へと侵入した。


「よし!」


 起き上がってメインシートに視線を送る。

 シートベルトや機器の類は無事だ。

 これならきっと動かすことができる。

 既に2回も動かしているのだ。

 旧人類の身体には負担かも知れないが、もうエクシィズしかキングダムに対抗できない。

 決意の眼差しで操縦席に手を付ける。

 と、そんな時だ。

 スバルは後部座席にもたれ掛っていた影を見てしまった。


「……」


 言葉が出てこなかった。

 疑問も出なければ、絞り出すことすらもできない。

 頭が完全に真っ白になったとはまさにこのことだろう。

 目の前にあるのがなんなのか。

 理解を脳が拒絶する。

 神鷹カイトの亡骸が、そこにあった。


「カイト、さん?」


 あまりに穏やかだった。

 脱力しきって、存在感などまったく感じない。

 折ったらすぐに砕け散ってしまう小枝のような弱々しさすら感じた。


「ね、寝てるんだよね?」


 身体を揺する。

 肩を掴み、頭を揺らしてみた。

 起きない。

 何度も揺すってみたが、それでも起きる気配はない。


「カイトさん!」


 怒鳴るような大声で叫んでみた。

 それでもカイトは目を開けない。

 ふと視線を落としてみた。

 胸から大量の血が流れていたのだ。

 慌てて手で押さえてみるも、すぐにその行為が無駄であることを知る。

 身体に穴が開いているのだ。

 彼の再生能力は完全に止まってしまった。

 肉体を再構成する暇もなく、息絶えて力尽きた。

 両手を広げて確認する。

 カイトの流した血が、べっとりとくっついていた。


「う、うううぅ……」


 嘘だと叫びたかった。

 嘘だと言って欲しい。

 この人生で積み上げてきた大事な物が根元から崩れていくのを感じた。

 後ろを支えてくれた支柱が、静かに崩れていく。

 少年の心を繋ぎとめていたものは、完全に消えてしまった。

 アスプル・ダートシルヴィーは新人類という重圧と隣り合わせになって死んだ。

 月村イゾウは自分の我儘に付き合わせて死んだ。

 マリリス・キュロは自分を信じて死んだ。

 故郷の仲間は自分の騒動に巻き込まれて死んだ。

 ペルゼニア・ミル・パイゼルは自分に好意を向けて死んだ。

 ゼッペル・アウルノートは自分を救うために死んだ。

 カノン・シルヴェリアは自分を守るために死んだ。

 御柳エイジは仲間のために死んだ。

 エレノア・ガーリッシュは隣人の危機を救うために死んだ。

 そしてこの戦いでも、多くの仲間が消えた。

 六道シデンとイルマ・クリムゾンは行方不明。

 アーガス・ダートシルヴィーはゾディアックと共に消えてしまい、フィティングの仲間たちもグングニールの餌食となってしまった。

 真田アキナも、自分を庇って目の前で槍を叩きつけられた。

 そして。

 そして、神鷹カイトは――――


「――――」


 声にならない叫びが木霊する。

 自分でもどう表現したらいいのかわからない感情の渦に巻き込まれ、スバルはただ叫んだ。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 自分と彼は田舎町で静かに暮らしていただけだ。

 それでいいじゃないか。

 なにが新人類王国だ。

 なにが優れた人間の理想郷だ。

 なにが選考会だ。

 いったいどれだけ奪ったら気が済むのだ。

 何度俺から大切な物を奪えば気が済む!?


「リバァアアアアアアアアアアアアアアラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!」


 たぶん、17年の人生でこれだけ人を恨んだことはない。

 怒りが心臓から溢れ出し、嫌な熱をスバルに送りつけた。

 悲しみが少年の背中を押した。

 スバルは操縦席に座り、メインモニターの電源を入れる。

 エクシィズのカメラが起動した。

 アルマガニウムの光が機体の全身に駆け巡り、エネルギーの血流となって稼働を開始する。

 カメラを動かし、キングダムの位置を探った。

 その距離、僅かに100メートル。

 ちょっと飛行ユニットで羽ばたけば、すぐに届く距離だ。

 エクシィズが大地を蹴り、飛翔する。


「このやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 左手が発光を始めた。

 強烈なエネルギー量が膨れ上がり、破壊の力となって凝縮されていく。

 掌を突き出したまま、スバルはキングダムを睨む。

 その真下には、人間に向けられるサイズの槍によって両足と腹を串刺しにされたアウラがいた。

 少年を支えていたなにかが、ぷっつんと切れた。

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