第314話 vsグングニール

 スコールの中、雨粒を避けることは可能だろうか。

 皮膚に一滴も被らないという意味であれば、もしかすると可能かもしれない。

 だが、その雨粒がすべて槍だとしたらどうだろう。

 避け切れる――――あるいは死なないと自負できる者はいるだろうか。

 ワシントン基地に集結している面々は例外なく危機感を覚え、生き残る手段を短い時間で弾き出した。

 トルカ・ミディアムもそのひとりである。

 崩れた城壁の中、辛うじて生きていたのは奇跡といってもよかった。

 彼はディンゴやシラリーと共に隔離された部屋に蹲り、外から聞こえた王の選考会の宣告を受け、戦慄していた。


「グングニールって」

「王国最大級の兵器じゃねぇか!」


 実物を見たわけではない。

 だが王は本気で撃てる人間だ。

 冗談だと思えるようなことでも、彼ならやりかねない。


「パスケィド、なんとかしてくれ!」


 トルカは札を手にし、再びパスケィドへと意識をリンクさせる。

 主人の命令を聞き、パスケィドの瞳が輝いた。

 凍りついた足はそのままで、羽を使って空間の穴を生成。

 手で這いながら前進すると、黄緑の鎧は自身の世界の中を通り抜けていく。

 冷気で覆われた亜空間。

 そこで新たな穴を作りだし、パスケィドは主人の元へと空間転移してみせた。

 鎧がトルカの目の前に現れる。


「どわぁ!?」


 突然の出現に驚くも、トルカの意思は変わらない。

 パスケィドの脳には『救出』の文字が浮かび上がっており、それを実行するのが使命だ。

 だからこそ鎧は人命救助に取り掛かる。

 動かない足をそのままに両手で羽を毟り取り、辺り一面に撒き散らす。

 直後、壁を突き破ってグングニールの嵐が襲い掛かってきた。


「き、きた!」

「動くなよ。アイツを信じるしかないんだからな!」


 トルカもディンゴも武器を持っているわけではない。

 グングニールはブレイカーの装甲ですらぶち抜く凶器だ。

 多少固くなれる新人類が防げるようなものではない。

 彼らの希望は、パスケィドへと託された。

 宙に漂う羽が異空間へと通じる穴を作り出す。

 飛びかかってきた槍が穴の中へと侵入していった。

 だが、穴の隙間を潜り抜けていくつかの槍がパスケィドへと命中する。

 鎧の隙間から赤い液体が飛び出した。

 それでもパスケィドは倒れることなく、使命を全うする。

 鎧は背後にいるトルカたちの頭上に羽を撒き散らし、穴を作り出した。

 パスケィドが振り返る。

 鎧はトルカとディンゴを両手で押し出し、穴の中へと放りこんだ。


「おい、待て! この中って確か」

「そ、相当寒いんですよね!?」


 パスケィドの作り出した異空間は閉じ込められた六道シデンの手によって極寒の大地と化した。

 お世辞にも厚着と呼べない恰好のままその中に放り込まれたらどうなるか、想像できないわけではない。

 しかし、今の境地から彼らを守りきれないとパスケィドは判断していた。

 鎧に感情はない。

 死への恐怖も、誰かを失う悲しみも存在しない。

 脳にインプットされた人命救助の為すがままに、最善策を尽くす。

 パスケィドの思考にはそれ以上の考えはないのだ。

 ゆえに、生き残る為にはこの穴の中に入り込むしかない。

 パスケィドが倒れたら、その瞬間に異空間からは解放される。

 時間までに鎧と自分たち、両方が耐えられるかが勝負である。

 先にパスケィドが力尽きてしまった場合、トルカたちは再び危険に晒されることになってしまう。


「あいた!」


 パスケィドの空間で尻餅をつき、トルカは辺りを見渡す。

 空は一面真っ黒。

 辺りは氷で覆われた地獄のような世界だった。

 きっと夜中の南極はこんな感じなのだろうと勝手に想像しながらも、トルカは身を縮ませて暖を振り絞った。


「一か所に集まった方がいい。シラリーがいるのを忘れるな」

「は、はい!」


 赤ん坊にこの気温は身体に毒だ。

 トルカとディンゴはシラリーに冷気が届かぬよう、お互いに身をより寄せ合う。


「ここでサジータとスカルペアが」

「ああ、閉じ込められた筈だ。最初に降った槍も何本かこの辺に刺さってる」


 たぶん、探せばどこかにいる。

 とはいえ、探したところでどうにかなるわけではない。

 やられた時点でディンゴはサジータの札を棄ててしまった。

 シラリーも札を剥がしている。

 動かせるのはあくまでパスケィドのみである。

 

「他に人間がいたら温められるかもしれないけど……」

「よせ。ここにそんな人間なんかいるわけないだろ」


 鎧は氷に閉じ込められ、六道シデンもその中に閉じ込められた。

 既に体温を失っているであろう彼らに頼ってもどうしようもない。


「とにかく、今はパスケィドを信じて耐えるしかねぇ。槍が収まるのを待とう……」


 ディンゴの呟きにトルカは静かに頷いた。

 彼らは周辺の調査から目を背ける。

 だからこそ気付けなかった。

 彼らよりも前にこの世界に飛来した槍が、具体的になにを砕いたのか、を。

 トルカたちがいる場所からそう遠くない場所に、2体の鎧が閉じ込められている。

 その奥には氷壁があるのだが、そこに槍が何本か突き刺さっていた。

 六道シデンが眠る氷塊である。

 槍はシデンの身体に命中せず、彼の周辺を貫通していた。

 衝撃で氷塊に亀裂が生まれる。

 それからしばらくしない内に氷の棺が木端微塵に砕け散り、閉じ込められた者を解放した。










 地獄絵図とはこういう光景なのかもしれない。

 グングニールの嵐に耐えきった後、スバルは周辺を見て青ざめていた。

 一面に突き刺さっている槍。

 槍。

 槍――――


 その真下には貫かれたバトルロイド。

 逃げ惑う兵。

 色んな物の馴れの果てが見えてしまって、視線を逸らしてしまった。


「仮面狼さん、システムの時間が」

「……わかった。アキナ、戻ってくれ」

『ええ。流石に疲れたわ』


 ヘルメットを脱ぎ、獄翼が受けたダメージを改めて計算してみる。

 いくつか損傷があるが、どれも大したダメージではない。

 これもアキナの鋼鉄化があってこそだ。

 ブレイカーの装甲強度を増すことでなんとかグングニールの嵐に耐えきったのである。


「でも、アキナの装甲でやっと耐えれるなんて」


 後部座席のアウラが半ば呆然とした様子で呟く。

 つけられた損傷は軽微とはいえ、アキナの力を借りた状態で槍が傷をつけたという事実が中々受け止められなかった。


「これじゃあ、他のブレイカーが耐えられるわけない」


 反応を保っている機体を探してみる。

 さっきまで数十とあった敵と味方の信号は、指で数えられるくらいにまで減っていた。


「生存機、5機……!?」

「たったそれだけかよ!」


 さっきまでいがみ合い、戦ってきた。

 多くの人間が命がけで戦ったのだ。

 それが一瞬で消されてしまった。

 信じられない。

 こんな簡単に人間は――――ブレイカーが破壊されるものなのか。


「フィティングは!?」

「ち、沈黙……通信、繋がりません」


 獄翼のカメラを操作し、スバルはフィティングの姿を探す。

 サボテンのように全体を槍で串刺しにされた戦艦の姿が、そこにはあった。


「そ、そんな……」


 腕が震える。

 さっきまで話していたのだ。

 ほんの1分か、そこいらの話である。

 実際に面と面を合わせて話したこともあった。

 急に指揮を執る立場になっても文句ひとつ言わずにやれることをやってくれたゲイル・コラーゲン中佐。

 憎めない筋肉馬鹿、キャプテン・スコット・シルバー。

 愉快な猛禽類たち。

 彼らも、あんなにあっさりといなくなってしまうのか。


『素晴らしい!』


 そんな時だ。

 耳障りな歓喜の声が、通信に割り込んできた。

 お前じゃない。

 今聞きたいのは、お前の声なんかじゃない。


『グングニールに耐えきるとは、素晴らしい運と実力を兼ね揃えた人材だ! まさかこんなに多くいるとは思わなかったよ』

「黙れ……」

『真に優れた人類と認められたんだ。君たちには我が新人類王国の住民として生きる権利と永遠の楽園が約束されたんだ! 僕は君たちを祝福しよう!』

「黙れぇっ!」


 スバルは吼えた。

 身体から漏れる感情の赴くままに操縦桿を握りしめ、王のブレイカーへと突進する。


『おや』


 迫る獄翼に気付き、王は――――キングダムは僅かに首をこちらに向けた。

 刀を持ち、向かってくる敵影。

 この機体の姿を、王は知っている。


『お、ほぉ! なるほど、君がスバル君かい!』

「気安く人を君付けするな!」

『いやぁ、懐かしい台詞だ。昔、カイト君にも言われたよ』

「カイトさんをどうした!?」

『さあ、僕は最後まで見たわけじゃないからね。たぶん死んだんじゃないかな?』

「ふざけるな!」

『ふざけてなんかいないとも。僕は本当に知らないんだから』


 刀の切っ先に向けてキングダムの槍が突き出された。

 神速の一撃が獄翼の刀と接触する。

 強烈な衝撃がコックピットを襲い、スバルたちを揺らした。


『あっはははは! いやはや、それにしても本当に生きてくれたんだね君は。ペルゼニアの品定めは正しかったわけだ』

「何度も殺そうとしといて!」

『それについては君に対する正当な評価ではなかったんだ。そこは心から謝らせてくれ。ごめんね!』


 なんだこいつは。

 何度も刃を振るい、槍と接近戦を繰り広げる中、リバーラ王はひたすらへらへらとしている。

 まるで遊んでいるかのようだ。


『今にして思えば、運命だったのかもしれないね』

「なにが!?」

『あのダーツの矢だよ』


 キングダムが踊る。

 舞うようにして繰り出される槍の一打が獄翼の刀を捌いていた。

 完全に弄ばれている。

 確かな実力をひしひしと感じ、スバルは汗を流した。


『1年前、新人類王国は新たな人材を探す為に兵を派遣した。そう、君の故郷さ!』

「なにが運命だ!」

『だが、君のお陰で僕は究極の結論に辿り着けた!』

「お前の自分勝手な楽園に俺を巻き込むんじゃねぇ!」

『どうして? 君はこうして生き残ってるのに』

「俺はお前が嫌いだ!」


 究極の結論が出たと言うのなら、こちらも言い返してやろう。

 蛍石スバルはリバーラ王が嫌いだ。

 へらへらと笑って人を弄び、自分のやることが絶対に素晴らしいことなのだという自信に満ち溢れている。

 許せなかった。

 こんな薄気味悪い王に踏みにじられた故郷や仲間たちのことを思うと、どうしようもなく熱くなってしまう。


「返せ!」


 地上に着地し、腰を入れた剣撃をくりだした。

 キングダムは柄を両手で持ち、刀身を受け止める。


「お前が俺から奪ったものを返せ!」

『なにを言う。これから僕が君たちに与え、そして君たちも与えていくんだよ』

「人をこんなに殺しておいて!」

『君だって殺しただろう』


 キングダムの肩がパージされた。

 解放された箇所から幾つかの浮遊物が発射され、獄翼の周りを囲んでいく。


「フェアリーです!」

「注意しなさい! あれにもグングニールがついてるかも!」

「くそ!」


 遠隔誘導ユニット、フェアリー。

 以前、ゲーリマルタアイランドのカイトとの決戦で戦って以来の遭遇だ。

 しかも、今回出てきたのは明らかに量産機に取り付けられるような代物ではない。

 ゲームや雑誌で見たどのフェアリーに比べても歪で、禍々しい形をしている。

 まるでドリルが撃ちぬいて来るかのようだ。


『いや、勘違いしないでほしいんだ。別にペルゼニアに勝ったから君を恨んでいるわけではないんだよ。むしろ君が素晴らしい素質を持っているからこそペルゼニアは負けた。だから殺されても仕方がないんだ』

「それが親の言うことか!?」

『寛大だろう?』

「お前も人なら怒ってみろ!」


 刀を握り返し、一閃。

 真後ろにきたフェアリーを切り裂くと、爆炎に紛れて獄翼は加速。

 他のフェアリーをやり過ごし、一気にキングダムへと詰め寄った。


『じゃあ、本気で殺しにかかってみようかな』


 身も凍えるようなぞっとする声が響いた。

 スバルだけではない。

 後ろにいるアウラとアキナも、しっかりと感じた。

 彼女たちは何度かリバーラと対面したことがあるが、これまで感じてこなかった寒気である。

 理解できない気味の悪さから来る寒気ではない。

 今のは死を感じ取った時の悪寒だ。

 キングダムの胸から一筋の光が発せられている。

 光の先端が、獄翼の胸を捕捉していた。


「危ない!」


 後部座席からアウラが身を乗り出し、スバルのシートベルトを力任せに引き千切った。

 光が槍へと姿を変える。

 矛先はコックピットへと命中し、ハッチを力任せに突き抜けた。

 巨大な槍がスバルに触れるより前に、アキナは彼を後ろに下げ、自身はメインシートへと駆けつける。


「持ってよ、アタシの身体!」


 皮膚が鋼鉄へと変貌した。

 矛先を受け止め、全身の力で勢いを受け止める。


「ぐっ――――!?」


 操縦者がいなくなった獄翼が吹っ飛ばされた。

 槍の押し出す力に身を任せたまま、仰向けになって大地を滑っていく。

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