第313話 vs選考会

 残った敵機の数も、生き残った味方機の数も少ない。

 だが、そのすべてが行動を停止している。

 理由は両陣営で違うのだが、原因は共通していた。

 異空間の穴から零れ落ちた新人類王国だ。

 崩れた外壁。

 飛び出した水晶の十字架。

 壊滅している栄光の国が、戦場に異様な緊張を運んできている。

 果たして誰か生きているのだろうか。

 リバーラ王はどうなったのだ。

 どちらが勝った。

 あらゆる疑問が沸き立っていく中、一機だけまっさきに城の近辺に降り立った機体がある。

 獄翼だ。


「カイトさん、聞こえる? カイトさん!」


 すぐ近くに佇んでいるエクシィズに向かって何度も語りかけるが、向こうからの返答はない。

 だが回線自体は生きているのだ。

 やはりアウラの言うように機体の不具合なのだろうか。


「着地するよ。妹さんとアキナはエクシィズのコックピットを」

「開かない場合は?」

「無理やり引っぺがしていいから!」

『アタシ好みの答えね。わかってきたじゃん』


 なにがだよ、とは言わない。

 アキナの軽口に付き合う心の余裕すら、今のスバルには残されていなかったのだ。

 度重なる戦闘による疲労と、仲間たちが次々と消えていった現実が体力の消耗を加速させていたのである。

 だから、最悪の結果も頭の中に浮かんできていた。

 これがカイトの言っていた『慣れ』だろうか。

 だとしたら確かに慣れたくない感情だ。

 スバルは険しい表情のまま着陸体勢を整える。

 背部に取り付けられた飛行ユニットが適切な出力に調整され、獄翼の巨体をゆっくりと地面においていく。


『全員、ちゅうもーく!』


 まさに着地しようとした瞬間、陽気な声が響き渡った。

 無理やり回線に割り込んできたでかい声に苛立ちながらも、スバルは怒鳴る。


「うるせぇな! 誰だよこれ!」


 ヘルメットを脱いで耳を塞いでしまいたい衝動に掻き立てられる。

 そんなスバルを余所に、呆然とした表情をするのが後部座席でフォローに回っているアウラだった。


「リバーラ王」

「なんだって?」

「リバーラ王です! 王はまだ生きいています!」


 リバーラ王。

 直接顔を会わせたわけではないが、どんな人間なのかは知っている。

 ペルゼニアの実父であり、17年も続いた馬鹿馬鹿しい争いを続けている張本人だ。

 今となっては新人類も旧人類も彼の掌の中で踊っているだけである。


「あいつが!」

『ええ、間違いないわ。相変わらず気持ち悪い声ね』

「仮にも雇い主だろ、お前の場合」

『確かに新人類王国にいたけど、アタシはあんまり王様好きじゃないわ』


 心理的な事情があるにせよ、務め人としては割と致命的な一言がアキナから飛び出した。

 

『アタシだけじゃないわ。みんな王に苦手意識を持ってたはずよ』

「妹さんも?」

「……まあ、私も正直に言ってあまり好きじゃありませんでしたけど」


 というよりも、性格が掴めないのだ。

 突然笑い出すし、本気なのかふざけているのかもわからない。

 生前は息子であるディアマットがこれを抑えようとしていたのだが、やはり王と王子ではできることが違う。

 王の力を抑えきれず、様々な無茶が各地でまかり通った結果、今の戦いがあると言ってもいい。


「じゃあ、イルマの言ってた通りなのか」


 世論では支持率がかなり落ちているとは何度か聞いたことがある。

 一度はペルゼニアの登場で盛り上がった支持率は、今では大分落ち込んでいた。

 人気を兼ね揃えていたタイラントやグスタフといった兵達の憧れが倒れたのも大きい。


「あいつさえ倒せば、王国で戦いたがる奴はいなくなる……」


 勿論、そんな簡単にいくわけではない。

 まだ戦いに拘る人間がいてもおかしくなかった。

 だが、その先端を走る人間がいなくなれば大きく変わる筈である。


「どこだ! 出てこい!」


 いますぐ叩き斬ってやる。

 言葉の内に溢れる敵意を含み、スバルは叫んだ。


『あっはっは、ご苦労諸君!』


 クリスタル・ディザスターによる巨大な十字架が崩れ落ちる。

 城の外壁を吹っ飛ばし、新人類王国の城の中から巨大な機影が現われた。


「ブレイカーか!」


 怪獣映画に出てくる巨大生物のような豪快な登場の仕方を目にし、スバルは操縦桿を強く握る。

 そのまま斬りかかろうとするが、王が乗る機体の形状がそれを止めさせた。

 見たことがないブレイカーだったのだ。

 全身白のフォルムに、槍を構えている鋼の巨人。

 強いて言うならアキナが使っていたヴァルハラに近い印象を持つが、形状が明らかに違う。

 ヴァルハラはアーマータイプだったが、王の機体は明らかなミラージュタイプだ。


『突然だが、僕が新人類王国の国王、リバーラだ。ここは説明するまでもないだろうね』


 スバル達がブレイカーを観察しているのをいいことに、当の本人はマイペースに喋り始めた。

 まず行うのは現状報告である。


『見ての通り、我が国は崩壊した』


 崩れた城を指差し、王は現実を言う。

 完全に倒壊させたのは間違いなくリバーラなのだが、それを突っ込む気力は誰にも残されていない。


『しかし、新人類王国は永遠に不滅だ。なぜならば、これから新しい新人類王国が始まるのだからね』

「は?」

『そう、今日は正に新たな国の誕生の日なのだ! オー、ハッピーデイ!』


 なにを言っているのか、スバルには理解できない。

 困った表情を後部座席のアウラに向けてみた。

 彼女は無言で首を横に振る。


「あれがリバーラ王です」

「いや、何言ってるのかさっぱり理解できねーんだけど」

「安心してください。私やアキナだってわかりませんでしたから」


 噂には聞いていたが、ここまで話がぶっ飛んでいる人間だとは思わなかった。

 会話が成り立たないという意味ではサイキネルも似たようなものだったが、あれはコミュニケーションが取れただけまだマシである。


『どういうことなのかというとね』


 スバル達の疑問に答えるように、リバーラは口を開く。

 同時に、白のブレイカーの真後ろから巨大な塔が出現した。

 先端が銃口の形状をしているので、巨大な大砲と言い換えてもいいかもしれない。

 パッと見ただけだと東京タワーなのではないかとさえ思える巨大建造物に目を奪われながらも、一同は王の言葉に耳を傾ける。


『僕の思想は間違ってたんだ。新人類が優秀な人類だと決めつけてしまったことこそ、過ちであると知ったんだよ』


 それは新人類王国の思想を根底から覆す発想である。

 優れた人間こそが覇者たるべきであるというリバーラの考えは多くの戦いを生み、勝利を収めることで国は発展していった。

 それがなくなるということは、戦う理由も自然となくなってくる。


『諸君、戦争は終わりだ。今日から我々は手を取り合い、共に生きていく権利がある』


 旧人類と新人類。

 どちらの種が優れているかなど馬鹿馬鹿しい話だった。

 旧人類でも、こうして新人類とまともに戦えているのがいい証拠である。


「戦争が終わる?」


 本当に終わるのか。

 スバルは頭が真っ白になってしまった。

 確かにそんな未来を望んで戦ってきたのだが、なんだかイメージと違う。

 犠牲が少ないに越したことはないのだが、なぜだか言いようのない不安感が募っていくのだ。

 リバーラの言葉は、きっと本心からくるものなのだろう。

 多くの人間と交流を経たスバルは、直感的にそう思っていた。

 ではこの不安はなんだ。

 どうしてこうも寒気ばかりがする。

 王の言葉を聞くだけで、なんで身の毛がよだつのだ。


『そう、戦いの歴史は終焉を迎えるんだ』


 巨大な砲身から光が溢れていく。


『なぜなら、旧人類も新人類も関係ない。選ばれた強い人間だけが残り、我が新人類王国の国民となるのだから』

「え?」


 光が放たれる。

 雲を突き破ったかと思えば、大気圏の手前で光は爆散。

 破裂した光は一粒一粒が巨大な槍となり、猛スピードで降下してくる。


『さあ、この辺一帯に我が国最後の兵器であるグングニールは撃ちこまれた! これで弱き者は一掃され、運と強さを兼ね揃えた素晴らしい人間だけが生き残る!』


 王が歓喜の拍手を送った。

 天空から槍の雨が降り注いでくる。

 カメラ越しにその光景を見たスバルは、あまりの出来事に青ざめていた。

 ここら一帯に撃ちこまれた、と王は言った。

 確かにこの槍の雨嵐はスコールのように基地を襲うことだろう。

 だが、ここには敵機だけではなく味方もいる。

 まだたくさんの旧人類軍と新人類が生きているのだ。


「なにを撃ってるんだよお前!」


 正気を疑うやり方だ。

 敵を殲滅させるにしては暴力的すぎるし、冗談にしてはシャレにならない。


『はっはっは! 逃げるもあり、防ぐもあり、迎撃もあり! さあ、なんとかしないと串刺しになっちゃうよ。選考会は始まったんだ!』


 リバーラは本気だった。

 本気で『選考会』を実施し、ここで生き残った人間で新しい国を作るつもりでいる。

 理解すると、スバルは慌てながらも叫んだ。


「アキナ、頼む!」

『相変わらずクレイジーなんだから、もう!』


 グングニールの雨がワシントン基地を抉った。

 選考会の名を借りた虐殺が始まる。

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