第312話 vs王の反省

 新人類王国が地に落ちた。

 文字通り、大地に戻ってきたのだ。

 異空間に浮かぶことでこの半年間外敵からの攻撃を防いでいたのが、遂に墜落させられたのである。

 ひとり玉座に戻り、リバーラは思う。


「ゲイザーも負けたかぁ」


 ゲイザーだけではない。

 彼が提案してきた鎧たちも負けた。

 スカルペア、サジータは六道シデンと相打ち。

 ベルガもアーガス・ダートシルヴィーと戦って異空間の彼方に消えた。

 唯一残った鎧はパスケィドのみだが、あれもシデンの凍結能力に触れて戦闘は厳しい。

 今はトルカが頑張って回収しようと命じているが、戦線に復帰するのは厳しいだろう。

 リバーラは直接見たわけではないが、外に出て旧人類軍が壊滅していない現実を目の当たりにして虎の子の鎧が全滅したのであろうと予測を立てていた。


「残念だなぁ。他のはともかく、僕はゲイザーが好きだったんだよ」


 あんなにハングリー精神に溢れている戦士も珍しい。

 今の新人類王国に足りない物を持ち合わせた最高の戦士だった。

 リバーラは彼の勝利を心から望んでいたのだが、負けてしまった物は仕方ない。

 だが、そこでリバーラは考える。

 なにゆえゲイザーたちは負けたのか。

 ポテンシャルという点においては彼らが圧倒的に優れていた筈だ。

 いや、彼らだけではない。

 タイラントやグスタフ、シャオランにアトラス。

 一部の王国兵もXXXと比べても遜色ない戦闘力を秘めている。

 なのに勝てなかった。

 なぜだろう。

 新人類は優れた人類だ。

 ゆえに旧人類の少年を連れたXXXに負けることなど言い訳にならない筈なのだが、どういうわけか連敗を喫している。

 向こうも犠牲者が出ているが、被害はこちらの方が甚大だ。

 それどころか一番負けてはならない旧人類の少年にさえ負けている。

 優れた人間とはなんだろう。

 今一度リバーラは考える。

 果たして今の新人類王国は自分が思い描いた理想郷なのだろうか。

 もしかして、根本的に思い違いをしていないだろうか。

 新人類こそが優秀な人間なのだという自分の発想そのものが、実は過ちなのでは。


「……だとしたら、いい機会なのかもしれないねぇ」


 腕を組み、天を仰ぐ。

 珍しく真剣に考えている表情だ。

 国の将来をきちんと考える、王の姿ともいえる。

 もしもここにディアマットがいたら仰天して目を何度も擦っていたことだろう。


「ん?」


 ひとつの結論に達した直後、リバーラの耳は音を拾い上げる。

 足音だ。

 誰もいなくなった王の間にこつん、こつんと足音が響いていく。


「誰かな?」


 神鷹カイトにしては足音が大人しい。

 しかし、扉の奥から伝わってくる殺意は、幼い頃の彼のそれと同種のものだ。

 扉が開け放たれる。


「お?」


 暴風が王の間に続く扉を吹っ飛ばすと同時、玉座にまで続く道に足跡ができあがっていく。

 猛烈な殺意と風が同時にリバーラを包み込んでいった。

 思わず身震いしてしまう。

 姿の見えない殺意に捕まってしまえば、自分の命はない。

 リバーラは瞬時に理解していた。

 けれども、笑みは崩れない。

 確かな脅威を目の前にしながらも、王は笑いを止めなかった。

 玉座で座したまま、逃げる気配がない。


「いやぁ、よく来たね。お茶も出せないが座ったらどうだい」


 直後、玉座の手前に一筋の光が降り立った。

 殺意に塗れた暴風が直前で停止する。

 王と襲撃者の間に、一本の槍が突き刺さった。


「そんな警戒しなくてもいいんだよ?」

「警戒しますよ、それは」

「おや」


 直前でブレーキをかけた殺意の塊の姿を見て、リバーラは目を見開く。


「イルマ君か。僕はてっきりカイト君が先陣を切ったのかと思ったよ」

「なぜ私がボスでないとわかったのでしょうか」

「そりゃあ、僕は間違い探しが得意だからね」


 リバーラの目の前にいるのはカイトの姿をしたイルマだ。

 なるほど、主人の姿を借りて決着をつけにきたか。

 確かにこの戦争の決着をつけるのなら相応しい変身だ。


「本人がこないところを見るに……死んじゃったかな? 刺されたところまでは見てたんだけどね」

「……っ!」

「そんな睨まないでよ。僕だって残念だと思ってるんだ」

「どの口が言いますか!」

「この口だけど?」


 あっけらかんと言い放つ王に対し、イルマは憤りを感じながらも加速。

 槍を無視して玉座の反対側へと回り込む。


「やめといた方がいいよ。仕事もできずに主人のところにいきたくないでしょ?」


 光が灯る。

 玉座の真後ろに無数の槍が降り注いだ。

 生暖かい液体が飛び散り、玉座を真っ赤に染め上げる。


「ほら、言わんこっちゃない」

「な、な……」


 貫かれた身体を揺すり、イルマは懸命に爪を伸ばす。

 せめて王の喉を掻き毟らんと、力を振り絞る。


「そういえば、君は能力までコピーできるんだったね」


 最初にイルマと会ったのは、確かトラセットの新生物と星喰いの殲滅の為に和平会議を開いた時だったか。

 旧人類連合側の代表として出向き、立派に交渉をしていたのは記憶に新しい。

 年端もいかない少女だというのに立派な物だ。

 イルマ・クリムゾンは発言の場では強い。

 また、管理能力やコピーによる応用も大したものである。

 しかし彼女は最強の人間ではない。


「でも、痛みまでは堪えられないだろう」


 当時の神鷹カイトの強さの秘密は驚異的な再生能力と、痛みに屈しない精神力にあるとリバーラは分析している。

 不死身なのは確かに能力による力だ。

 けれども、それを支えてきたのは間違いなく神鷹カイトという個人が培ってきた心にある。

 他者を支えるために他の分野を鍛えてきたイルマ・クリムゾンのものではなかった。


「傷口は塞がるかもしれないけど、君自身はその痛みに耐えられない」

「た、耐えて、みせま……」

「痛いのは苦しいだろう。君も素直にご主人様の元に帰りなさい」


 ぱちん、と指を鳴らす。

 追加の槍が玉座の後ろに落下した。

 伸ばされた手が跳ね上がり、脱力していく。


「君にはいろんな選択肢があった」


 なにもカイトだけではない。

 それこそペルゼニアに変身して風となり、もっと確実に殺しに来る選択肢だってあった。

 やろうと思えばこんな防衛用の槍、なんてこともなかった筈である。


「けれども、君はご主人に拘り過ぎた。それが敗因だね」


 否定の言葉は返ってこない。

 床に落ちた腕は再び起き上がる気配はなく、ただ血が流れていくだけである。


「なによりも、君は主人の力を活かしきれない」


 それが決定的だ。

 確かにイルマがカイトのサポートをすれば理想なのだろうが、カイト本人になることはできない。

 だからこそ、こうして呆気なくやられてしまう。

 彼なら槍を受けても立ち上がってきただろうに、起き上がってこれない。

 イルマ・クリムゾンの限界だ。


「しかし、だ。その拘りが君の強さでもあるのだろうね」


 間近で見て実感する。

 恐らく、最初の一撃を受けた時点で気を失う寸前だった筈だ。

 だが、彼女は耐えて見せた。

 すぐさま飛んできたダメ押しの一撃には耐えきれなかったのだが、一度耐えただけでも素直に称賛したくなる。

 まったく素晴らしい。


「やっぱり優れた人間っていうのは新人類か旧人類かってところじゃないみたいだね。ありがとうイルマ君、お陰で僕は再認識できたよ」


 前々から考えてきたことだが、新人類すべてが優秀なわけではない。

 このイルマ・クリムゾンのように優秀な面とそうでない面を兼ね揃えているものなのだ。

 だから旧人類の少年にも負けるし、少年もまた自分より強い連中と渡り合ってきたのだと思う。

 では、リバーラの望む優れた人間が暮らす理想郷はどうしたら実現できるのか。

 丁度今、外では両軍が揃っている。

 ナイスタイミングという奴だ。

 この場で戦っている人間で『選考会』を始めようではないか。

 本当に優れた人間だけが生き残れる、理想郷の為の最終審査である。

 喜べペルゼニア。

 喜べ神鷹カイト。

 お前たちが選んだ少年は、もしかすると生き残れるかもしれないぞ。

 本当の新人類。

 あの少年なら十分可能性がある。

 彼らは見る目がないと思っていたが、そんなことはなかった。

 むしろ自分の目が節穴だったのだ。

 気付かせてくれてありがとう。

 笑顔のまま感謝の念を故人へと来ると、玉座が床へと沈んでいく。

 リバーラは立ち上がることなく、そのまま玉座と共に床の中へと吸い込まれていった。

 新人類王国が持つ最後のブレイカー、キングダムへと続く通路である。

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