第316話 vsキングダム
指先から放たれた光が唸りをあげる。
まるでタイラントの光みたいだ、と感想を抱いたのちにリバーラは軽くボタンを押下した。
キングダムの胸部から一筋の光が伸びる。
光はエクシィズに向かって一直線に伸びたかと思うと、その軌道の途中で槍を生成した。
「それがどうしたぁ!」
スバルは吼えた。
射られた矛先に左手をかざすと、デストロイ・フィンガーとグングニールの威力が衝突する。
エクシィズの掌底を受けて、槍の矛先が消滅していった。
まるで吸い込まれるかのようにして槍が砕けていき、光の粒子となって霧散していく。
『んっほほぉ!』
リバーラが興奮を抑えきれぬ様子で声を漏らす。
今にも拍手しかねない勢いだった。
『凄いねぇ、それ! 僕のグングニールを一方的に消し飛ばすんだ』
「槍だけじゃなく、全部消し飛ばしてやる!」
『それは流石に困るなぁ』
槍の矛先が向けられ、花のように展開した。
柄の先から銃口が出現し、赤い光が集っていく。
エネルギーランチャーだ。
即座に判断するとスバルは操縦桿を僅かに横へと倒した。
エクシィズの突進が、操縦桿と共にブレ始めていく。
『ほら、一応城がこんなのだからね。体裁上、立派な建物があった方がいいだろう?』
「貴様の体裁なんか知るか!」
そうだ、知ったことではない。
散々好き勝手やってきたじゃないか。
今になって体裁を保とうとするんじゃないと言いたい。
『あくまで僕を倒そうっていうのかい?』
「倒すんじゃない」
問われ、スバルの胸中に憎悪の感情が膨れ上がった。
黒い感情が骨に染み、血液を染め、肌を焦がす。
歯を食いしばり、少年は本能のままに叫ぶ。
「お前をぶっ殺す!」
もしかすると初めてかもしれない。
人間に明確な殺意を覚えたのは。
『殺す? 僕を?』
少年の殺意を正面から受け取り、リバーラは首を傾げる。
『新人類王国で一緒に過ごすのに、なぜ殺す必要があるんだい?』
心からの疑問だった。
蛍石スバルはグングニールの雨嵐の中で生き残った優れた人間である。
新たな判断基準で選ばれた人間である以上、旧人類だからと言って虐げるつもりはない。
これまでの非礼については『ごめん』と詫びた。
どうして彼は怒っているのだろう。
リバーラにはわからない。
「自分の胸に聞いてみろ!」
『わかんないからいいや』
言い終えるとリバーラは引き金を引いた。
槍の銃口から野太いビーム砲が発射される。
光の柱は大地を抉り、そのまま空に向かって走っていく。
「そうやって人の気持ちをわかろうとしない!」
『君だって僕の好意を理解しないじゃないか』
エクシィズが旋回。
回転しながらビーム砲を避け、そのままデストロイ・フィンガーを掲げて突き出した。
『どうしても僕を排除したいのかい?』
「そうだよ!」
『じゃあ、僕も容赦しないからね!』
言葉の奥に笑みを感じた。
見下して嘲り笑うかのような気分の悪さを覚え、スバルの苛立ちは加速する。
自然体でここまで悪意を感じるのは生まれて始めての経験だった。
人間とは、こうまで合わないものなのだろうか。
だが、今だけは。
今だけはこの感情を歓迎しよう。
ビーム砲の軌道が修正されたのを見て、スバルは改めて光の柱を睨む。
強烈なGに圧され、唇を噛んだ。
痛みと共に血が流れ出す。
「こんなもんで!」
左手でビーム砲を弾き飛ばした。
デストロイ・フィンガーの威力は槍から放たれるビーム砲をかき消すと、輝きを失わないままキングダムへと猛攻を再開する。
『うっひょお、凄いねそれ!』
心からの評価だった。
王国で数多くのブレイカーを見てきたリバーラだが、エクシィズは明らかにデタラメな出力を叩きだしている。
単騎で国を襲撃したのも頷ける威力だ。
これにカイトとイルマを乗せたら、以前の新人類王国では手が付けられない。
しかし、弱点はなんとなく察しが付く。
『でも、君の身体は大丈夫なのかな?』
「お前を倒すまで死ぬもんか!」
苦しげな呻き声が漏れた。
通信越しでも伝わる、少年の痛み。
自分のすべてを犠牲にしてでもキングダムとリバーラを破壊するのだという強い意志が、王に流れ込んでくる。
『素晴らしい精神だ。僕の投げたダーツの矢は間違ってなかったんだ!』
ひとり、歓喜極まっている。
やはり自分は正しかったのだという喜びがリバーラを盛り上がらせた。
それだけに目をかけた少年が自分を拒否するのが残念でもある。
もっと上手い命の使い方をするべきだと思った。
今の為に無茶をするのはあまりに無駄極まりない。
彼に与えられた才能は、もっと上手く使われるべきだ。
『ウチの兵士になって欲しかったな!』
「ふざけんな!」
キングダムの肩からフェアリーが放たれる。
エクシィズの光の羽から無数のビーム砲が放たれ、これを迎撃する。
3つのフェアリーが光の散弾を受けて爆発した。
「俺に才能があるっていうなら、その才能でお前を殺してやる!」
『それは無理だよ』
揺るぎない自信の声が響く。
直後、エクシィズのコックピットが揺れた。
「うわぁ!?」
吹っ飛ばされそうになるのをシートベルトによって抑えられる。
頭を打ちそうになるのをギリギリで避けた後、全身に衝撃が走った。
電撃だ。
電子部品を通じて流れ込んでくる高圧電流が、スバルの全身を駆け巡る。
「――――!」
痛みのあまり叫びたい。
だが、それすらできない程の激痛だった。
ダークストーカーの電流を受けた時とは比べ物にならないパワーである。
霞む視界を動かし、スバルはなにが起こったのか確認する。
エクシィズの周辺にフェアリーが浮かんでいた。
真上にひとつ。
真下に3基が集って各々のエネルギーを放出し合い、エクシィズをピラミッド型の牢獄に閉じ込めている。
内部で流れているのは高圧電流だ。
機動力を封じ、コックピットに直接ダメージを与える凶悪な技である。
『僕は君を高く買ってるんだよ。でも、君自身は酷く脆い』
そこが最大の弱点だ。
もしもあの少年がカイト並みの生命力を持っていたらこうはいかなかっただろう。
また、酷く直線的なのもいけない。
最初に見せたフェアリーだけがすべてではないのだ。
肩のフェアリーをすべて破壊したからといって安心してはいけない。
キングダムにはまだ腰と足にふたつずつフェアリーを搭載しているというのに。
『じゃあ、この勝負は僕の勝ちだ。次に生まれ変わる時は、今度こそ共に優れた人類としてこの星の上で生きようじゃないか』
キングダムの胸部が淡く輝く。
同時に、エクシィズを取り囲んでいるフェアリーからも光が照射された。
光から巨大な槍が飛び出していく。
次の瞬間、エクシィズの四肢が槍に刺し貫かれた。
キングダムから放たれたグングニールの槍もまた、ピラミッド型の牢獄を突き破って首元に命中する。
小さな爆発が起きた。
フェアリーが一斉にキングダムの元へと戻って行き、各々の収納場所にセットされていく。
解放されたエクシィズが膝をついた。
脆くなった関節部が砕け、飛行ユニットから噴出する8枚もの光の翼が霧散する。
両手で身体を支えることもないまま、黒の巨体が倒れ込んだ。
体勢を立て直さなくちゃ。
薄れる意識。
痛みが残る身体を動かしてスバルは操縦桿を掴んだ。
正面モニターに大きくエラーメッセージが表示された。
動けないと、エクシィズが訴えてくる。
「……そうかぁ」
眩暈がする。
頭もくらくらする。
負けた。
これ以上ないってくらいにボロボロにされて、負けた。
蛍石スバルはブレイカーを動かすことでしか戦う術を持たない少年である。
そのブレイカー戦で負けたのなら、もう勝ち目は残されていない。
意識すると、蓄積された疲労が一気に爆発した。
もういいや。
心の中で溜息をつく。
優れた人間だけが暮らす理想郷でもなんでもいい。
もう勝手にやってくれ。
俺は疲れた。
どうせこれ以上戦っても、みんな帰ってこない。
だったら、もういいや。
反撃する力も残されていないエクシィズの操縦桿を手放し、スバルは眠気に屈した。
やっと解放される。
そう思うと、悔しさよりも安堵感の方が増した。
せめて生まれ変わったらもう少し過ごしやすい世界でみんなと再会できますように、と願いながらも少年は闇の中へと消えていく。
『さあ、次は誰だい!?』
起き上がらないのを確認し、エクシィズにダメ押しのグングニールを差し込んでからリバーラは訴える。
生き残っているブレイカーは獄翼を抜かして4機。
いずれもグングニールによって被害が出ていた。
彼らは辛うじて生き残った、運がいいだけの戦士である。
『君たちも彼の訴えを聞いただろう。僕に文句があるなら全部吐き出した方がいい。その方がお互いの為だよ!』
生き残ったのは旧人類連合の兵士と、新人類王国の兵士だ。
だが、彼らは動くことができずにいた。
単純に機体が動けなくなったのもある。
だが、それ以上にリバーラ王の放出する異様な存在感にすくみあがっていた。
いきなり始めた大量虐殺。
それを選考会といい、生き残ったら一緒に国を作ろうなどとはどう考えても正気ではない。
しかし、王は本気だった。
本気であの大虐殺を『良いことである』と認識している。
両軍ともその思考が信じられず、ただ唖然とするだけだった。
『しかし、君たちも思わないかな』
王が語りかけてくる。
問いかけに対し、答えることができない。
あまりの存在感に押し潰されそうになってしまって、立ち上がることさえも困難だった。
『国をこの人数で立て直すのは難しいよね。もっと仲間を作らないと』
キングダムが背を向けた。
グングニールの塔に向き合うと、王は無邪気に笑う。
『だからもっと同志を確認しなきゃね! みんなで世界中の厳選会を見守ろうじゃないか! 誰が仲間になってくれるのか、とてもドキドキするね!』
キングダムの中から塔の制御装置にアクセスする。
リバーラの目の前に世界地図が表示された。
どこを攻撃するか質問されると、王は笑顔のまま答える。
『すべてに決まってるじゃないか!』
両手を広げ、キングダムが処刑宣告をする。
優れた人類よ生き残れ。
選考から漏れた人類よ、死ぬがいい。
この地球で繁栄するのは強くて優れた人間だ。
だから弱くて運がない奴はいらない。
まとめてグングニールで掃除してしまおう。
『今日は素晴らしい日だ。残念なことも少しあったけど、理想郷誕生に比べたらなんてことはない』
『では、最悪の日を迎えて貰おう』
『あれ?』
聞いたことのある声が回線に割り込んできた。
どこからだろうと思い、キングダムが周囲を見渡し始める。
城の瓦礫が吹っ飛んだ。
キングダムが出現した格納庫を突き破り、新たなブレイカーが姿を現す。
『おや』
1機や2機ではない。
その数、大凡20。
いずれも新人類軍で戦果をあげた証である特機での出現だった。
統一感のないブレイカーの群れだが、ひとつだけ共通点がある。
各々の肩に黒豹をイメージしたエンブレムが刻まれているのである。
颯爽とキングダムの前に降り立った紅孔雀が剣を抜き、キングダムへと付きつけた。
『我らレオパルド部隊は、これより新人類王国から離脱する!』
『タイラントじゃないか。起きたのかい?』
新人類王国が誇る女傑、タイラント・ヴィオ・エリシャル。
半年前の脱走事件で意識不明となっていたのだが、目覚めたのか。
なるほど、確かに彼女とその精鋭たちならばグングニールから生き残っていてもおかしくない。
『今聞こえたのは空耳かな?』
『いいえ。本気です』
紅孔雀に続き、レオパルド部隊の精鋭たちが次々と武器を向ける。
『あの方の信じた新人類王国だ。最後まで信じてついていくべきかと己に言い聞かせてきたが』
もう我慢の限界だ。
このタイミングで目覚めたのはきっと神様と恩師の計らいだろう。
これ以上、あの狂人の元で働いてなどいられない。
大量虐殺の上で成り立つ理想の国ならば、そんな物は更地に変えてやる。
『少年が命がけで戦った。なのに我らが指を咥えて現状を眺めるのは、倫理に反する』
『その子は君の仇の弟分なのに?』
『今はそれよりも、お前をなんとかするのが先だ』
本当はわかっていた。
いくら恩師の仇を取るためとはいえ、リバーラについていくべきではないと。
その内ディアマットに王位が移動したら、それでいいと思っていた。
だが、それも甘い考えだったのだ。
自身の立場をより強固なものにする為に味方を殺害するような男である。
理想の為に悪魔の所業に手を染めても不思議ではなかった。
『リバーラ王、お覚悟を』
この男はここで倒れておくべき人間だ。
彼の思想は、もう理解の果てを超えて突き抜けている。
アイツを野放しにしてしまっては、メラニーやシャオランのような被害者が出るだけだ。
それだけは絶対に許せない。
『新人類王国が必要だというのなら、私が作ってやる』
『なんだって?』
『だから安心して死ぬがいい』
紅孔雀の関節部から青白い光が噴き出した。
全身から破壊のオーラを噴き出すと、マントの形状へと具現化させる。
『その砲台、そしてブレイカーごと夢の中に散れ!』
『あっははははははは! タイラントがギャグを言うなんて、今日は面白い日だよねぇ!』
レオパルド部隊がキングダムと激突する。
ちらり、とタイラントがエクシィズを流し見た。
『……すまん』
辛うじてそれだけ言えた。
お互いに失った物は大きいだろう。
しかし少年の心の慟哭を聞き、タイラントは胸が締め付けられる気持ちでいた。
だから、自分の恨みは一旦水に流す。
悪いのはこの少年ではないのだ。
私怨をぶつける相手ではない。
だから、今は君のその強い憎しみを私の力とさせてくれ。
破壊のマントが宙に舞い、キングダムに襲い掛かった。
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