第289話 vsパイロット
戦艦フィティング。
そのブリッジにおいて、ゲイル・コラーゲン中佐は主要メンバーを集めて会議を開いていた。
本来なら会議室でも使いたいところではあるが、基地そのものが半壊しており、艦内で行う他なかったのである。
尚、生き残った旧人類連合のメンバーは他の艦から通信で参加していた。
ここに招かれたのはフィティングの艦長、スコット・シルバーと反逆者一行である。
「諸君、先日はよく頑張ってくれた。お陰でサムタックの脅威は一先ず消えたわけだが」
挨拶を兼ねて仲間たちの過労を労うも、それもあまり効果があるわけではない。
報復は必ず来る。
指導者であるリバーラを倒さない限り、負の連鎖は続いていく。
判りきっていることだ。
ここまでの間は奇跡的に何も仕掛けてこなかったが、いつ報復が来るかはわからない。
「我々は、次の準備に入らなければならない」
「ブレイカーの整備なら、今残っているのなら大体いけるけど」
「他の連合基地からの救援も駆け付けています」
スバルとイルマがこの3日の間で起こったことを簡潔に報告し、コラーゲンは深々と頷く。
「確かに、迎撃の耐性は整いつつある。いざとなったらこの基地を爆破し、奴らを道連れにする覚悟だ」
だが、それはあくまで最終手段である。
追い詰められてはいるが、向こうも確実に追いつめられている筈なのだ。
だからこそ、ここで勝負に出る。
「鎧も半数が消え、名のある新人類兵も倒れた。今、我々の敵は5体の鎧とリバーラ王!」
この面々を倒さない限り、この戦いの歴史は終わらない。
リバーラ王は17年間の戦争をずっと続けてきた調本人だ。
彼が起こした長い戦いが、彼を倒すだけで収まるかと問われれば微妙な所ではある。
もう、それだけで解決するような問題ではないのだ。
17年という時間は、溝を深くするには十分すぎる年月である。
しかし、それでもリバーラが倒れることで変化はある筈だ。
今はそれに賭ける。
「こいつらを倒すには、新人類王国の居城に攻め込まなければならない」
「居城って言っても……」
「そうだ。連中の居城は今、異空間の中に存在している」
脱走したスバルにとっては記憶にも新しい。
オーロラに包まれたような幻想的な空間が、この世界のどこかに繋がる異次元の穴なのだと聞いたことがある。
飛び込み、ゲーリマルタアイランドに辿り着けたのは一重に運が良かったと言えるだろう。
最悪、宇宙のどこかに飛ばされていた可能性すらあった。
それだけの場所なのだ。
出入りは非常に困難である。
「異空間に攻め入る手段ってあるの?」
出入りが難しいからこそ、スバルが問う。
新人類王国側には空間転移術を扱うミスター・コメットがいる。
彼がいるからこそ新人類軍が様々な場所に出現し、奇襲をかけることができた。
レーダーにも引っかからない、予測不能の襲撃は常に新人類王国を有利に導き、旧人類連合を圧倒してきた歴史がある。
スバル以上に、コラーゲン中佐は歯がゆい思いをしてきた。
「この17年の歴史の中で何度かアタックを試みたことはある」
だが、その度に作戦は失敗。
旧人類連合は苦い経験を積むだけとなった。
「そもそもにして、我々には空間転移の技術も無ければ術もない。そこを何とかしない限り、我々に勝利はないだろう」
「てことは、術はあるんだね」
これまで手を組んで壁に背を預けていたシデンが流し目でコラーゲン中佐を見る。
どこか冷ややかな目だった。
これまで愛嬌を振りまいていた彼からは想像もできないほどクールで、付き合いのあるスバルとしてもとっつきにくい。
身に纏うオーラだけではない。
普段はアキハバラから持ってきたコスプレ衣装に身を包んでいるのだが、今は動きやすいパイロットスーツなのだ。
以前までのシデンなら可愛げがないと嫌っていた筈なのだが、そんな空気は微塵にも感じさせていない。
「クリムゾン女史が、コメットの能力をコピーしている」
空間転移する術は、意外なほどあっさりと見つかっていた。
すぐに攻め込まない理由を、張本人であるイルマが淡々と紡いでいく。
「問題は、今の王国がどの座標に位置しているかです」
「あ」
発言を聞き、スバルは問題点を理解する。
異空間の出入り口を作るのはいいとして、目的地にたどり着くまでの座標を導き出さなければならないのだ。
「前回、サムタックが襲撃した時と同じ座標に位置している保証はどこにもありません」
「そりゃあ、そうだけど」
「後手に回るしかない訳だね」
頭を掻いてシデンが肩を落とす。
「結局のところ、城に襲撃をかけるにしても向こうから来るのを待つしかない、と」
「そうだ。しかもクリムゾン女史には常時スタンバイしてもらう必要がある」
『問題はまだあるぞ』
通信の向こうから旧人類連合の艦長が口を挟んできた。
援軍として到着した連合軍のひとりである。
『そのタイミングで座標を割り出したとして、突入できるのは一握りのメンバーだけではないのか?』
「そのとおりだ。城が移動する前に、戦力を送り込まなければならない」
ゆえに、襲撃があったタイミングでイルマは即座に出撃。
単純に考えて、迎撃するメンバーと突入するメンバーに分ける必要がるのだ。
「襲撃してくる連中には、残りの鎧が含まれていると思われる」
コラーゲン中佐の放った一言に、場が凍り付く。
「報告によれば、残りの鎧は5体。能力が判明しているのが2体だ」
『過去のデータから推測は?』
「可能だが、確証はない」
どちらにせよ、ひとりで国を壊滅させる力を持っているとされている兵なのだ。
彼らが束になってかかってくるのなら、ここに戦力を集中させなければならない。
「突入メンバーを後ろから追わせるわけにはいかない。迎撃は絶対必要だ」
「じゃあ、突入って」
「ああ。必要最低限の戦力による奇襲……」
恐らく、ウィリアムも同様の事を考えてあの機体を作り上げたのだろう。
そんなことを思いながら、コラーゲン中佐は鍵となる機体を名前を挙げた。
「エクシィズが適任だろうな」
「エクシィズ……」
スバルが僅かに震えた。
まだ未知の領域が多いマシンだが、圧倒的な機動力と破壊力は確かにこういう場面には最適かもしれない。
後部座席にイルマを乗せるなら、SYSTEM Xで様々な状況に対応できるのも魅力だ。
「わかった。俺がやるよ」
エクシィズは今の所、ほぼスバル専用の機体だ。
動かした経験があるのが彼だけなのもあり、パイロットも殆ど固定化されてしまっている。
勿論、今度の突入も自身がやるものだと思っていたのだが、
「その役目、俺が引き受ける」
背後の自動ドアが開き、役割を掻っ攫われた。
振り返り、声の主を確認する。
「ボス」
「カイトさん!」
「カイちゃん、もういいの?」
「ああ。足もこの通りだ」
靴底を見せて歩けることをアピールすると、カイトはずかずかとコラーゲン中佐に歩み寄っていく。
「異存はないな」
「……そうだな。お前が一番適任だろう」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
そのまま決定しそうな勢いに待ったをかけるために、スバルが2人の間に割って入る。
「エクシィズは俺しか動かしたことないんだよ? カイトさん、動かせるの!?」
「動かしたことはあると言った筈だが」
言われてみればそうだった。
なまじ生身が強すぎるので、あんまりブレイカーで活躍するイメージはないのだが、今や神鷹カイトはブレイカーズ・オンラインでもスバルを追い詰める程に成長している。
ゲームから獄翼へのシフトに問題なく行けたのだから、カイトが動かすにしてもそこまで問題はないだろう。
「それに、お前をこれ以上アレに乗せるわけにはいかない」
「なんで」
「身体にかかる負担が大きいのはわかっている筈だ」
そもそもエクシィズはパイロットのことを度外視して考えられた機体である。
ウィリアムは当初、あれにカイトを乗せるつもりだった。
元々はカイト専用ということになる。
「耐えられるのは俺だけだ。だから俺がやる」
「本当にそうなの?」
勢いのままに意見をゴリ押ししようとするカイトに、シデンが棘を含んだ口調で言う。
ここでカイトはようやくシデンの出で立ちに気付き、きょとんとした顔をした。
「どうした、その恰好」
「イメチェン」
「似合わないな」
「どうも。それで、結局どうなの?」
歩み寄り、シデンがカイトに近づく。
ふたりを中心に、異様な空気が漂っていくのが判った。
スバルとコラーゲン中佐も、自然と距離をとってしまっている。
「……どちらにせよ、俺が一番うまくやれるはずだ。これは作戦なんてものじゃない」
所謂、特攻。
エクシィズの後部座席にイルマを乗せ、敵の座標を割り出した瞬間に空間に穴を開けて特攻する。
「エクシィズはそれを可能にする機体なのだとウィリアムから聞いた。だが、未だにあれはブラックボックスなのが現状。期待は出来ない」
「なら、自分がやるって?」
「そうだ」
「ボクは反対」
身長差が20センチ近くはあるが、シデンがカイトの胸倉を掴み、顔を近くへと引き寄せた。
「君、もう自力での再生は殆どできないんじゃないの?」
「そんなことは」
「ないじゃないか。この3日間、君は足の傷は全く再生してなかったんだよ」
言われ、カイトは押し黙る。
「ゼッペルの戦いからなんとなく気付いてたよ。でも、ボクらの予想に反して、君の身体はどんどん弱まっている」
「カイトさん……」
エクシィズに乗って王国に攻め入るのなら、最悪でもコメットを無力化しなければならない。
特攻し、城に奇襲をかけるのなら中身でもそれなりに戦える人間であるほうが好都合なのだ。
カイトはそういう点では合格している。
いや、合格していたと言えばいいだろうか。
「俺が負けると思ってるのか」
「実際、負けたんだよ。ボクも、君も。ゲイザーに負けて、殺された」
前回のゲイザーとの戦いは結果的に見れば彼らの敗北だ。
スバルとエクシィズが駆けつけなければ、そのまま殺されていたかもしれない。
その可能性は強く、否定できるものではなかった。
実際、彼らを守る為にエイジとエレノアは消えた。
「だから、ボクは反対するよ。君まで殺されるのは、黙ってられない」
「じゃあ誰が適任なんだ?」
代わりに吐き出されたのは、純粋な問いかけだった。
「突入はエクシィズじゃないと成り立たない。あの機体でなければ他の機体を振りきれないし、襲撃も成立しない。じゃあパイロットは誰ならいい?」
蛍石スバルか。
否、彼では動かせても5分で潰されてしまう。
他の旧人類連合の兵士か。
否、彼らでもスバルと同じ末路を辿るだけだ。
では新人類の協力者か。
否、彼らも強力だが決め手に欠ける。
「ブレイカーの操縦経験は、この中だと俺が上手い」
真田アキナは上手く乗れずに宝の持ち腐れ。
アウラ・シルヴェリアも補助が中心で、動かしたことは殆どない。
アーガス・ダートシルヴィーだって、モーショントレースシステムの鬼だからこそ動かせたのだ。
六道シデンに至っては操縦経験がない。
「ボクだって、後ろでスバル君の操縦を見てきた!」
「だがキャパシティーは俺が勝る」
ゲーリマルタアイランドで、スバルに勝つ為にカイトはひたすら操縦してきた。
それがあるのとないのでは雲泥の差がある。
「死ぬか死なないかじゃない。俺が一番適任なんだよ」
結局、消去法でいけばこれしか選択肢はないのだ。
反論しようにも、シデンは言葉が見つからない。
「……山田君、念のために美しく確認させてくれたまえ」
ずっと後ろで黙っていたアーガスがここで口を開く。
「無茶して死ぬ気ではないだろうね」
「冗談を言うな。俺は全くそのつもりはない」
危険度が高いのは重々承知している。
だからこそ、一番可能性が高いであろう自分がやるのだ。
他に他意はない。
「生きて帰るさ。その為に戦うんだ」
「カイトさん……」
こういう時、力強い安心感を覚える筈のスバルでさえも、この時ばかりは不安だけが募る。
もうカイトは再生できない。
怪物の目玉を植え付けられてから、カイトはずっと無茶をしている。
それ以前も無茶は多かったが、今は更に無茶をしているようにしか見えない。
このままいけば、最後にはどうなってしまうのだろう。
言いようのない不安と恐怖が、スバルを静かに怯えさせた。
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