第290話 vs成長

 結局のところ、サムタックから生き延びたのはゲイザーただひとりである。

 新人類王国にとって、敗北はその者の立場を危うくするものだ。

 ゆえに、敗北の報告はなによりも彼らを辱める。

 だが、ゲイザーは敢えて要求をした。


「戦える環境をよこせ。誰の邪魔も入らず、連中を叩ける場所を設けると約束しろ」


 王の間に辿り着いたゲイザーが口にしたのは敗戦の報告でもなければ、許しを請う事でも無い。

 あくまで戦いの要求だった。


「その為にサムタックには必要最低限の戦力を詰め込んでたはずなんだけどね?」

「だが、結果的に一番の足手纏いが付いてきた」

「ううん、なるほどぉ」


 リバーラ王はゲイザーの主張を聞き、頷く。

 周りにいる衛兵や大臣は、これを緊張しながらも見守っていた。

 リバーラ王は鎧に対し、あまり快い感情を持っていない。

 そして敗北に対しても、だ。

 ここまで他の者に任せてきたとはいえ、反逆者一行を相手に連敗を喫している。

 日本大使館、ディアマットの追手たち、レオパルド部隊、城からの脱走、第二期XXX、ペルゼニア、そしてサムタック。

 いずれも指揮権はリバーラ以外の者の手にあった。

 だが、もうここまできては王が直々に動かざるをえない。

 もう指揮を執れる人間がいないのだ。

 ゲイザーも理解しているのだろう。

 次は王が指揮を執り、戦力で彼らを討ち滅ぼす。

 ゲイザーは自分の獲物を確実に葬る為に、わざわざ直訴しにきたのだ。


「確かに、話を聞いてる限りはノアにも責任はあるよねぇ」


 というか、自ら死ににいったようなものだ。

 研究者としてのプライドがそうさせるのかは知らないが、確かに状況をもう少し考えた方が良かったかもしれない。


「でもさぁ、君も本当に勝てたわけ? 過去2回、取り逃してるわけだけど」

「今回は事実上、俺が勝ってた」

「結構」


 次があれば、確実に仕留めて見せる。

 ゲイザーの言葉を聞いて、王は歓迎の拍手を送った。


「ゲイザー・ランブル君。君は標的を見つけ次第、殺しに行くといい。我々からは一切の邪魔を入れさせないことを誓おう」

「ありがてぇ」

「とはいえ、だ」


 ゲイザーの提案を受け入れると言った物の、幾つか問題がある。

 旧人類連合の兵達などではない。

 ゲイザーの獲物。

 その周辺に群がる仲間たちにある。


「そう都合よく君の獲物だけが来るとは限らないんじゃないのかなぁ?」

「残りの鎧を使えば問題ない」


 衛兵と大臣に緊張が走った。

 王の間にいる手前、彼らは驚きを口にしないが、内心焦りっぱなしである。

 鎧は利用者の意思に合わせて動くラジコン兵士だが、強力過ぎるのだ。

 制御できなければ、ただ無駄な破壊しか生まない。


「いいねぇ。どうせ次は総力戦になるんだ。そのくらいの覚悟がないといけないよ!」


 そして、どういうわけか王は乗り気だった。

 鎧の存在その物については否定的なのだが、今回はやけに協力的である。


「ゲイザー、僕はね。あまりノアの研究は好きじゃなかったの。でも、国の為になりそうな資源だからさ。どうしても確保はしておくべきだと思うじゃん?」

「だな」


 ゲイザーは敬意もなく、チンピラ口調のまま対応する。

 特に憤慨する態度を見せることもないまま、リバーラは言った。


「けど、君の様に誰かを倒したいっていう意思。人よりも上に立ちたいっていう意思は尊重すべきだと思うんだよ。証明できれば、それだけ優秀な人間だと言える!」


 ゆえにゲイザーの意思が覚醒したと聞いた時、王は歓喜した。

 戦いはあくまで意思と意思のぶつかり合いでなければならない。

 そうでないと面白くないし、ただの殺しだ。

 意思のない殺し合いに意義はない。

 リバーラはそう考えていた。


「その為に生みの親の大切な資材も平気で使う。素晴らしい欲望だ!」

「生みの親? んなもん、どうでもいい」


 ノアの為に何かを成そうと言う気持ちはない。

 寧ろ彼女が死んだことで、自分たちは調整を受けられなくなったのだ。

 もう目に関係した治療を受けることはできない。

 暴走が起きても、誰も止められない。


「もういないんだ。そんな奴の為に残すよりだったら、自分の為に使う。それが利巧ってもんだ」

「いいだろう。残る鎧は4体だったね。誰に渡すか、君の人選で決めていいよ」

「パスケィドはテメェがやれ」


 言われると、ゲイザーは近くにいた兵士を指差した。

 彼は驚き、自分の顔を指差してしまう。


「お、俺が!?」

「アイツはダメージを負って動けねぇが、その間も自己修復が始まってる。奴はやることが単調だから、誰でもいけるってもんだ」


 パスケィドは基本的に隠れ、相手を飲み込む奇襲型。

 合図で動いてくれる兵士なら誰でも適任になる。


「サジータは射撃特化だ。スナイパーに任せてぇ」

「なるほど。素人に任せるよりかは、専門家に任せる方がいいかもね」

「そしてスカルペアには赤ん坊をつけたい」


 3人目の鎧の操縦者の指名には、王も驚きの表情を作った。

 大臣などは愕然としたまま固まってしまい、そのまま倒れてしまいそうになっている。


「ベイビーに鎧を操縦させようっていうのかい?」

「そぅだ。俺が思うに、一番戦果が期待できるんじゃないかと思うぜ」


 ノアはあくまで誰もが動かして最強になるラジコンの発明を目指していた。

 だが、ゲイザーは思う。

 所詮素人が動かしたところで、勝てる物も勝てる筈がない。

 特に操縦者よりも格上の存在であるのなら、尚更。


「連中はマトモに戦えばノアよりも格上だ。だからアイツは負けた」

「成程。息子もそれで負けたってことだね」

「だから、最初からそういう概念のない奴を使う。スカルペアは素直な鎧だ。防衛本能が強ければ、それだけ強力になる」


 だからこそ、本能の色が濃い人間を使った方が効果的。

 ゲイザーの主張はもっともなように聞こえるが、実際に赤ん坊が鎧の操作をして敵を倒せる物なのだろうか。

 流石に実験の段階でも試したことがない人選だ。


「く、はははははははははははははははっ!」


 王は笑った。

 心から大爆笑し、手足をばんばんと叩きながら玉座の上で踊り狂う。


「いいねぇ、素晴らしい発想だ。確かに我が兵では彼らに勝てないだろう。彼ら自身も、それを認めてる」


 ペルゼニアの方針に文句を言った兵は決まって『じゃああなたが倒してくれるの』の一言で黙り込む。

 負けるのが判りきっているからだ。

 そんな奴に鎧を任せたところで、結果が変わる訳がない。


「面白いじゃない。任せてみようじゃないか、我が国のベイビーに!」

「じゃあ、最後にベルガだ」


 一番通るか心配していた人選が通り、内心安堵しながらもゲイザーは最後の鎧の操縦者を指名する。


「コイツも本能だけで戦ってくれる奴を指名してぇ」

「誰だい? また赤ん坊かな」

「いや、病人だ」


 確か、記憶違いでなければ彼女は寝たきりになっている筈だ。

 ならば、その闘争本能だけを利用させてもらおう。


「タイラントが使える筈だ。アイツに張らせろ」

「ま、待って下され!」


 パスケィドとサジータに比べ、残る2体の人選はあまりに酷い。

 そこにとうとうツッコミが入ってきた。

 王の隣で構えていた大臣だ。


「タイラント殿は寝たきりです。何時目覚めるかもわからぬお方に鎧の札を張って、起動するのですか!?」

「まあ、普通はしねぇだろうな」


 だが、もしも視界の中に敵を捉えればどうなるだろう。

 タイラントはプライドの高い王国兵だ。

 たったひとりでトラセットを壊滅させ、国と自分たちの名誉の為に戦い続ける。

 彼女はそれだけで1日中戦えるような野獣だ。


「自動操縦のブレイカーの中にぶち込めばいい。敵の反応を視界に入れて、起動しなかったらナースにでも任せたらいいだろ」

「そんな適当な!」

「だったら、アンタが張ってやればいい。寝てるタイラントよりも成果が出せるっていうなら、是非とも証明してくれよ!」


 ノアのラボから集めてきた4枚のお札をちらつかせ、ゲイザーが吼える。

 大臣は言葉に詰まり、数歩後ずさった。


「ちっ、口だけかよ。新人類王国ってのは、ただ威張り散らすだけの連中の集まりなのか!?」

「そうだねぇ。確かに、そこについては考える必要があるかな」


 ゲイザーの主張を聞き、王も困ったような顔をして頷くことしかできない。

 現状、新人類王国は負け犬の集団となってしまっている。

 結果を残してきた兵が、ディアマットの指示で倒れていったのが理由だろう。

 だからと言って、何時までもこのままでは新人類王国の存在意義に関わる。


「次の出撃にはさ、キングダムの準備をしといてくれない?」

「キ、キングダムですと!?」

「正気ですか、リバーラ様!」


 失礼に聞こえるかもしれないが、当たり前のリアクションだ。

 キングダムとはリバーラ用にこしらえているブレイカーの事である。

 それを動かすことはつまり、王自らが戦場に立つことを意味する。


「念の為、だよ。もしも今度の出撃で君たちが負けたら、僕が自分で彼らを倒すしかないでしょ?」

「んな心配かけさせねぇよ」


 誰もが口を閉じてしまった中、ゲイザーだけが自信に満ちた表情で言う。


「要は連中を破壊すればいい話だ。俺の方が強いって証明すれば、何の問題もねぇんだろ?」

「はっはっは、そうだね! そのとおりだ。いやはや、ノアは本当に面白い子を作ってくれたよ!」


 今となっては、この新人類王国の主張を体現しているのはゲイザーしか存在していないのではないだろうか。

 自分の理想とする、優れた人間が作り上げたユートピアは、まだ遠い。

 理想郷の実現には、新人類以外の選考がいるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、リバーラはただ笑い続けた。

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