第288話 vs崩壊

 コックピットの中でスバルが呼吸を荒げる。

 エクシィズによる突撃は、アウラの反対を押し切っての決行だった。

 勿論、現在の最高責任者であるコラーゲン中佐の許可だって得てはいない。

 渦巻くマイナス思考の果てに、暴走したと言っても過言ではない暴挙だった。

 これがただのブレイカーならまだ違う見方ができるかもしれないが、いかんせんエクシィズはパイロットの健康を無視した機体である。

 旧人類であるスバルが長時間動かしつづけたらどうなるのか、誰の目から見ても明らかだろう。


『カイトさん、シデンさん!』


 だが、それすら覚悟の上でスバルはここにきた。

 もう流されるままに、待っていることが我慢ならない。

 見えないところで大事な何かが壊れていくのも、目の前で何もできずにいるのも嫌だった。


「スバル君!」


 一目で見ただけで無茶だと分かるスバルの行動を、シデンは非難しない。

 寧ろ丁度いいタイミングで来てくれたと思う。

 あのままゲイザーとの戦闘にカイトを巻き込むのは忍びないと考えていたところだ。


「カイちゃんをお願い!」

「ゲイザー、奴を逃がすな!」


 エクシィズに駆け寄るシデンを見て、ノアが吼える。

 命令に従い、ゲイザーは破壊剣を掲げて走り出した。


「当然だろ!」


 エクシィズとそれに乗る少年を捉え、ゲイザーが舌なめずりをする。

 あの少年にはオリジナルと同様、シンジュクでのリベンジを果たしたいと考えていたところだ。

 オリジナルと纏めて始末できるなら、好都合というものである。

 だが、その射線上には邪魔なのがいる。


「お前はボクが倒す!」


 外壁から伸びたエクシィズの掌にカイトを乗せ、シデンが振り返る。

 彼は右手を前に突き出すと、その中央から凝縮した冷気を放出する。

 吹雪がラボを襲った。

 荒れ狂う雪風が電子機器を機能停止にまで追い込み、人体の機能すら停止させんと覆い被さっていく。


「砕け!」


 ゲイザーが剣を振るった。

 切っ先からばちん、と音が弾け、周囲を覆い尽くす冷気を消し飛ばす。


「くそっ、なんなのあの剣!?」


 力の限り振り絞った冷気がかき消されるのを見て、シデンは悪態をつく。

 このサムタック攻略戦において、ゲイザーは驚異の暴れっぷりを披露していた。

 御柳エイジとエレノア・ガーリッシュの殺害。

 これまでの鎧と比べても、以前までのゲイザーと比較しても圧倒的すぎる。

 根本的な要因は、間違いなく彼が手にした代物に原因があった。

 あらゆる物質を破壊し、木端微塵にしてみせる悪夢のような武器。

 シデンの目から見て、脅威なのは鎧よりも剣の方だ。

 あれもカイトの再構成同様、目玉の力で生み出した恐るべき武器なのだろうか。

 どっちにしたって、あの剣をなんとか無力化しないとゲイザーに勝てない。


「けど!」


 今のを見て確信した。

 砕くことができるのは剣に触れた物、もしくはその周辺に漂う物だけだ。

 ならば、少し離れた場所にいる人間までは届かない。

 冷気をもっと伸ばしていけば、ノアを凍死させることができる。

 六道シデンの強みは遠距離戦だ。

 標的が離れていればいる程都合がいい。


「なにが、けどだ!」


 とはいえ、それにはゲイザーを止めなければならない。

 あの剣がある以上、まとまって動くのは危険だ。


「スバル君、出して!」

『でも、まだエイジさんが!』

「エイちゃんはもういない!」


 珍しく乱暴な口調で訴えるシデンの発言を聞き、エクシィズからの言葉が詰まった。

 顔を見なくても、あの少年がどんなリアクションをしているのかは何となくわかる。

 彼は、痛みにとても敏感だから。


「だから、待たなくていいんだ」

『……嘘だ』

「早く行って! アイツを止めれなかったら、ここで全滅する!」

『嘘だっ!』

「スバル君!」


 カイトを乗せた腕がひっこめられる。

 多分、自分たちを乗せたまま攻撃に移るつもりだ。

 しかし、いかにエクシィズでも今のゲイザーを相手にどれだけの効果があるのだろうか。

 シデンはエクシィズによる本来の攻撃方法を知っているわけではない。

 だが、主な武装は腕にアルマガニウムエネルギーを乗せて放たれる『デストロイ・フィンガー』であると聞いている。

 そんなもの、カイトを乗せた状態では放つ事が出来ないだろう。

 それに、ここは確実に切り抜けたい場面だ。

 ゲイザーとノアをここで片付ける為には、他に邪魔の入らないこの好機を上手く生かしたい。

 反射的にそう考え、シデンはエクシィズの腕から飛び降りた。


「待て」

「え?」


 跳躍すると、手を掴まれる。

 そのまま力任せに引っ張られ、再びエクシィズの掌へと収まった。

 エクシィズの片腕が引っ込まれる。

 ふたりが外に出たのを確認すると、頭部から無数の弾丸が発射された。


「ちぃ!」


 ゲイザーが舌打ちすると、すぐさまノアの前まで交代。

 エネルギー機関銃の雨嵐を剣で捌くという超人技を披露し、管理者を守り抜く。


「おい、潮時だ。後の始末は俺がやる。アンタは先に帰ってろ」

「そうはいかない」


 遠回しに邪魔だと言っているのだが、怯むことなくノアは反論した。


「アクエリオは死体の状態から考えても不可能だろうが、リオールとトゥロスのはまだ回収できるはずだ」

「あ?」


 呆れ顔でゲイザーが流し目を送ってきた。

 当然だ。

 どう考えても足手纏いにしかなっていないのに、まだ残ると言い張っているのである。

 苛立ちをなんとか抑え、ゲイザーは提案した。


「俺が回収してやる。それでいいだろう」

「ダメだ。目玉は貴重なんだ。お前でも触らせるつもりはない」


 言っていることはわからんでもない。

 確かに化物の目玉は貴重な代物だ。

 鎧もどんどん数が少なくなっていくばかりで、研究資材も限りがある。

 自分の手で確実に保管しておきたいのだ。

 だが、敢えて言う。


「テメェ、状況を考えろ!」

「考えて言ってるんだが?」

「ウソつけ!」


 いかに優秀でも自分の興味対象しか目に見えていないのがマイナスポイントだ。

 これさえなければ、今頃あの機体を木端微塵に破壊してやったのに。


「いいか、テメェは迷路作ったり研究したりするのは優秀なんだろうよ」

「本当のことを言うな。照れるだろ」

「ああ、くそ!」


 ダメだ会話が成立しない。

 もしノアが管理者じゃなかったらここで切り刻んで破壊してやったところだ。


『くそ、くそ、くそ!』


 エクシィズから少年の声が漏れる。

 怒りと悲しみが渦巻き、感情の赴くままにトリガーを引いているのが手に取るように理解できた。

 彼が人間を目の当たりにして引き金を引ける奴かどうか、カイトとシデンは嫌という程知っている。

 だが、こうなってしまっては手が付けられない。


「カイちゃん、なんで行かせてくれないの?」

「お前、死ぬ気だろ」


 険しい表情で放たれた一言に、言葉が詰まる。

 俯く親友の顔を見て、カイトは溜息をついた。


「わかりやすいんだ。お前も、アイツも」

「カイちゃんだって」

「……そう、だな」


 あのままシデンが来なかったら、きっと同じ選択をしていたかもしれない。

 ゆえに、あまり大きな事は言えなかった。


「……悔しいよ」


 シデンが右手を広げ、冷気を凝縮し始めた。

 普段作る水晶玉のようなサイズではない。

 もっと小さな、1円玉程度の小さな物体だ。


「目の前だったんだ。ボクの前で、エイちゃんが消えた。ボクを庇って死んだんだ。もうボロボロで、足手纏いになるのを恐れて」


 親友の懺悔にも似た独白を、カイトは黙って聞いている。

 彼もエレノアを眼前で殺された。

 シデンと同じ気持ちを抱いている。


「ねえ、ボクたちって切り替えが早いんだよね」

「アイツに比べたら、だがな」


 カイトもシデンも、悔しい気持ちが湧き上がる。

 怒りを感じることもできる。

 同情をすることもある。

 しかし、何時の間にか涙は枯れ果ててしまった。

 消えていった連中には、一言で表現できない程の感謝があるにも関わらず、悲しみをもっとも形にできる方法がとれない。

 それがどんなに悔しくて、やるせないことか。


「じゃあ、スバル君より苦しめないボク達にできることってなんだと思う?」

「勝つ事だけだ」

「だよ、ね」


 自嘲的な笑みを浮かべ、シデンが手を握る。

 エネルギーの弾丸を破壊していくゲイザーを睨み、作り上げた氷の結晶を親指で持ち上げた。


「勝てなかったら、怒られちゃうや」


 親指を弾く。

 セットされていた結晶が射出され、サムタックの外壁の中へと吸い込まれていった。

 それはエクシィズのエネルギー弾を潜り抜け、大きく旋回しながらゲイザーの背後へと回り込む。


「!?」


 エネルギー機関銃から放たれた弾丸の雨嵐。

 その中に紛れ込んできた異物に、ゲイザーは遅れて反応する。

 だが、身体は下手に動かせない。

 エネルギー弾を捌くので、後ろのガードにまで回せないのだ。


「伏せろ!」

「え?」


 ノアは背後から迫る凶弾に気付かない。

 当然だ。

 彼女はそういう技能に秀ていない。

 だから、脳天を撃ち抜かれた瞬間まで気付くことはできなかった。

 額が飛び散り、ゲイザーの背中に赤い液体が降りかかる。

 白衣が転倒した。


「クソがぁ!」


 言わんこっちゃない。

 身分不相応なのだ。

 この戦いだけが支配する地で、科学者が出張ってくるものではない。

 もう彼女の提唱する鎧は、彼女自身が思っているよりも最強ではないのだ。

 半数以上も倒されて、最期まで理解しようとしなかった。

 自業自得、当然の結果だ。

 だが、これはまずい。

 本格的にマズイ。

 これでもう誰も鎧の調整は出来なくなった。

 目のフォローが誰にもできなくなったのだ。

 当然、残されたゲイザーたちも保険が利かなくなる。

 ノアは孤高の科学者だ。

 自分の研究資料は他の人間に託してなどいない。

 誰かが探し出してくれるなら話は別だが、それができるのもどれほどいるだろう。

 彼女と多く接する事のある鎧は基本的に命じなければ動かない木偶の坊だ。

 唯一、意思を持つゲイザーを除けばだが。


「……畜生、この勝負預けるぞ!」


 守る物が無くなり、ゲイザーが弾きながら移動を開始する。


『逃げるな! 此処で俺と戦え!』


 スバルが吼えるも、ゲイザーは無視して逃走。

 ラボから抜け出て、エクシィズのカメラから姿を消してしまう。


『逃がすか!』

「よせ、スバル」


 追撃の一打を放つ為、出力を上げようとするのをカイトが止める。


「サムタックからブレイカーが撤退していく。爆弾の取り付けが終わったんだ」


 見れば、突入していたブレイカーがこぞって脱出している。

 目立った外傷がないのを見るに、ノアは本当に小数精鋭で勝てると踏んでいたのだろう。

 結果はご覧のとおりなのだが。


「急いで離れるぞ。爆発に巻き込まれたらエクシィズでも壊れるかもしれん」

『……畜生』


 諭され、頭に上っていた血がクールダウンを始めた。

 スバルは一旦落ち着きを取り戻すと、観念したようにエクシィズを後退させる。

 暫く経つと、サムタックの内部が崩壊を始めた。

 火を噴きあげ、巨大な侵攻要塞が壊れていく。


『……終わった、のか?』

「いや、まだだ」


 スバルの呟きに、カイトは険しい瞳で応える。


「まだ鎧は残ってる。それに、王も」


 敵はまだたくさん残っている。

 新人類王国が崩壊しない限り、戦いは延々と繰り返されていく。

 結果だけ言えば、着実に結果は出てきているかもしれない。

 だが、今回の結果は前進と言えるのか。

 勝利したとはいえ、あまりに大きなものを失ってしまった。


『ここも、もう使えなさそうだよね』


 エクシィズのカメラアイが周辺を見渡す。

 ガデュウデンと天動神によって破壊された施設が、辺り一面に広がっている。

 どう考えてもこの中で体勢を立て直すのは無理があるだろう。

 素人目から見ても明らかだ。

 こんな状態で、またサムタックのような――――いや、王国が攻めてきたらどうなってしまうのだろう。

 彼らにはまだ空間転移術があるのだ。

 奇襲など、いつだってできる。


『カイトさん、俺達どうなっちゃうんだろう』


 ある程度考えを持っていそうなカイトに疑問をぶつけてみる。

 だが、彼からの返事が返ってくる事は無かった。


『カイトさん?』


 何時もなら短くても『さあな』くらいは返ってきそうなのだが、何もないのは不思議だ。

 怪訝な表情を作ると、スバルはカメラを掌へと移動させる。

 カイトが倒れていた。

 瞳を閉じ、眠ったまま動く気配がない。

 突然の出来事に、シデンも焦りながら身体を揺らす。


「カイちゃん、ねえどうしたの!?」


 何度か頬を叩いてみるが、起きる気配はない。

 不気味なほど静かに眠っているカイトを見て、シデンが思わず胸に耳を当てた。


「……動いてはいるみたい」


 OKサインを作るのを見ると、スバルはほっと胸を撫で下ろす。

 しかし、一体どうしたというのだろう。

 ついさっきまで眠っており、尚且つ普通に会話をしていたのだ。

 そこで突然倒れるなんて、普通ではない。

 いや、元々普通ではないのだが、今回に限って言えば突然すぎる。

 まさか、身体に異常があるのだろうか。

 見ればゲイザーに破壊された足も元に戻る気配がない。

 見るだけで痛々しい同居人の姿に、スバルは不安を募らせていった。

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