第287話 vs穴

 弾け飛んだ人形の破片がカイトの頬を傷つける。

 木材独特の匂いを僅かに感じながらも、彼はなんとか足を立たせようと膝を曲げた。


「ぐっ……」


 肉と血が砕け散った脚部が悲鳴を上げる。

 頼みの再生能力も作動する気配がなく、霧化してもゲイザーの剣の前では破壊されてしまう。

 一度再構成した足も、今では骨が丸見えだ。


「よぉ、またせたな」


 にやついた笑みを浮かべ、ゲイザーが歩みよる。

 自分と同じ顔をした存在が、ただ腹立たしい。


「悔しいか。自分の仲間も女も殺されて」

「アイツは、そんなのじゃない」


 エレノア・ガーリッシュとはそういった関係ではない。

 自信をもってそう言えた。

 本人が聞けば頬を膨らませて『いけず』とか言ってくるのだろうが、事実なのだ。

 それは変えようがないし、仕方がない。

 だが、この胸につっかかったような感覚は何だ。

 マサキやマリリスが死んだときに味わったような、大きな喪失感がカイトの中で彷徨いはじめる。

 先に侵入していた仲間が殺された。

 眠っている間に部下も殺されている。

 彼らの死に比べたら、迷惑ばかりかけてきたストーカーが消えたくらい、なんてことないだろう。

 己に言い聞かせるも、カイトの鼓動はただ早くなるばかりである。


「に、しては悔しそうな顔してるな。良い面だ」


 ゲイザーに言われた言葉を受け入れた瞬間、カイトは向こう側にある培養カプセルに映った己の顔を見つめる。

 酷い表情だった。

 心身ともに疲れ果て、今にも倒れてしまいそうな程に暗い表情だ。

 実際、今は殆ど死にかけているような物なのだから当然なのかもしれない。

 しかし、これまでに何度も同じ機会はあった。


「辛い……俺が?」


 縁の遠い言葉だと思う。

 友人が死んでいくのは何度も経験してきた。

 その度に悲しみ、受け止めて立ち直ってきたのだ。

 思い出せ神鷹カイト。

 お前は負けてはならない男だ。

 奮起し、カプセルに背中を預ける。


「立てない癖に何を頑張るつもりだ!?」


 剣を構え、ゲイザーが迫る。

 今のカイトにあれを回避する術はない。

 足は破壊され、壁になる物も今度こそない。

 とはいえ、真剣白羽取りなんかしようものなら問答無用で破壊されてしまう。

 正に絶体絶命と言う奴だ。

 だが、反撃の手がないわけではない。


「悲しむと嬉しいって?」


 最期に言われた言葉を思い出す。

 これまで散々自由に振る舞い、困らせて来たくせに何を偉そうに。

 

「そういうところがムカつくんだ!」


 己の中に渦巻く様々な感情を右手に右手に集中させる。

 指先から緑に輝く光が伸び、ゲイザー目掛けて突き出された。


「うおっ!?」


 不意の一撃がゲイザーの脳天を掠める。

 命中する直前に、ゲイザーがしゃがみこんだのだ。

 光の剣は横薙ぎに一閃され、周囲にある機器とカプセルを問答無用で両断していく。


「この野郎、脳みそ狙いやがったな!」

「だったらどうした。ゾンビならそれくらい平気だろう」

「うるせぇ、ウェルダンにされる肉の気持ちを考えやがれ!」

「貴様が何を言う!」


 自分勝手な奴だ。

 これまで何人の人間を消し炭にしてきたかはわからないが、やってることは絶対に向こうの方がえげつないと思う。

 それに、アイツは倒さないと気が済まない。


「ゲイザー、そいつを記録をする。なるだけ持たせろ!」


 そんな中、研究熱心なノアは始めて見せたカイトの生レーザーソードに興味津々だった。

 見れば、彼女もしっかりとしゃがんで初撃を回避することに成功している。


「ふざけんな。すぐにでも勝負をつけるぜ!」

「私のいう事が聞けないのか!?」

「あんなもん振り回されて、持たせられるかよ!」


 内部から大きく抉られ、サムタックが切断されている。

 ブレイカーが破壊工作に勤しんでいると言う報告もあった。

 崩壊は時間の問題である。

 放っておいた手前、サムタックが崩れるのは問題ないのだろう。

 だが、中から暴れる歩くレーザー野郎を止めろと言うのはゲイザーでも骨の折れる仕事だ。

 ばちん、と音が弾ける。

 破壊剣と光の剣が衝突したのだ。


「う、ううう!」

「ぐ、く!」


 カイトが左を加え、力を入れる。

 ゲイザーが僅かに圧され始めた。

 ふんばっている足が正面から押し出され、尻餅をつきそうになる。


「ざっけんな!」


 ゲイザーが破壊剣を手放す。

 一瞬の事だ。

 力が抜け、カイトが前方に倒れ込む。

 彼を支えていたのはゲイザーとの衝突で生み出された力場だけだったのだ。

 それを失った今、彼は為されるがままである。


「おらぁ!」


 懐にまで潜り込んできたゲイザーが、強烈なアッパーを撃ちこんできた。

 顎を打ち上げられる。

 そのまま胴体に何度も打撃を受け、そしてトドメと言わんばかりに首を絞めた。


「オメー、再生止まってるんだろ。わかってんだよ」

「が、か――――」

「けど、次は再生するかもしれねぇ。なら、確実に息の根を止めれば問題ない話だ」


 両手に力が籠る。

 喉を通る酸素が行き場を失い、体内を駆け巡る器官系の動きが衰弱していった。

 意識が朦朧としていく。

 今度は目の力云々ではない。

 純粋な握力で、人間を殺そうとしているのだ。

 何とかして止めなければ、今度こそお陀仏である。

 懸命に両手を伸ばし、ゲイザーの手を掴む。

 後は爪を伸ばせば、綺麗に両断だ。

 そう思った矢先、ゲイザーが呟く。


「やってみろよ」


 考えを見透かした瞳が、カイトを嘲り笑う。


「確かに腕は落とせる。けど、それじゃあ俺は殺せない」


 シンジュクで実践したことだ。

 手首を切り落しても、ゲイザーは全くのノーダメージだった。

 それどころか、すぐさま再生した始末である。

 カイトのそれと比べ、ゲイザーの再生は遥かにスピードが速いのだ。


「一矢報いる。大いに結構」


 だが、倒せないのなら単なる間抜けだ。

 しかもゲイザーは延々と回復し続ける。

 ここでカイトがなにかしらの傷跡を残しても、結局は元通りになるだけなのだ。

 なんて歯がゆい。

 これまで自分を支えてきた力が、見た事のないような巨大な壁に見えてしまう。


「報いるだけ報いて、後は死ね」


 腕に力が籠る。

 強烈な圧迫感が首を締め上げ、喉の奥に詰まっていた酸素を一斉に吐き出させた。

 終わりの時が近い。

 カイトの表情を見て確信を抱き、ゲイザーが骨を砕かんばかりの力を振り絞り始めた。


「終わりだ」

「待て!」


 自動ドアが開く。

 声のする方を見やると、青い影が飛び出して銃口を向けていた。

 六道シデンだ。

 必要最低限の装備だけに切り替えた彼は、血走った目でゲイザーを睨み、突撃する。


「やっべ!」


 銃の向く先にあるのはゲイザーではない。

 急な訪問者に驚いているノアだった。

 彼女も新人類だが、万年研究しかしてこなかった運動音痴である。

 発砲を躱せるわけがない。

 急ぎ、ゲイザーがノアの前に立ち塞がる。

 引き金が引かれた。

 発射された氷の弾丸がゲイザーに命中する。

 狙いは正確で、見事に脳天に穴を開けた。

 ゲイザーの身体が揺らぐ。


「カイちゃん!」


 その隙に乗じてシデンは激走。

 慌てながらもカイトの身体を支え、容態を確認する。

 足が完全に破裂していた。

 どう見ても歩けそうにない。

 きっと、あれを受けたのだろう。

 エイジを消し飛ばした禍々しい剣を思い出し、僅かに震える。


「し、シデン……」

「黙って。さっき艦長から連絡が来たんだ。そろそろ爆発の時間だってね」


 カイト達の状況もそこで聞き、急いでこの場所を探り当てた。

 起きてすぐにサムタックに潜り込んだと聞いた時には仰天したが、生きて合流できただけありがたいと思う。


「エイジは、どうなった」

「……」


 問われた言葉に反応することができない。

 沈黙。

 カイトは親友の痛々しい表情を見ることで、大凡の事情を察した。


「そうか。アイツが」

「そうだよ、消し飛ばしてやったぜ」


 額に穴が開いた状態でゲイザーが起き上がってくる。

 その手には、先程放り投げた破壊剣が握られていた。


「次はお前らだ。大人しく友達と女の後を追っておくといいぜ」

「女って……」


 シデンが驚愕の表情をカイトに向ける。

 今度はカイトが無言になってしまった。

 悔しそうに歯噛みする親友の姿を見て、シデンが再びゲイザーを睨む。


「エレノアまで……!」

「今度はお前からか?」


 明らかな敵を向けてくるシデンに対し、切っ先を向ける。

 シデンは銃を放り捨て、カイトに肩を貸したまま右手を前に向けた。


「カイちゃん、ごめんね。凄く寒くなるよ」

「……任せる。今の俺にアイツを壊す手段はない」


 了解を得た瞬間、ラボに冷気が集い始めた。

 シデンを中心とした冷たい空気は瞬く間に広がっていき、瞬時に床を凍りつかせていく。


「お前、殺してやる」


 普段のシデンからは想像もつかない、冷え切った声だ。

 エイジをやられたことでかなり頭が沸騰しているらしい。

 横で肩を貸してもらっているカイトから見ても、雰囲気の変貌っぷりは明らかだ。

 普段の彼を温厚な草食動物だと例えるなら、今のシデンは牙を剥いた野獣である。

 仲間を倒され、怒りに身を震わせた獣だ。

 その怒りは冷気という形で放出され、敵の身を砕かんと爪を研ぐ。


「できるかな、お前に」

「……殺してやる」


 アキハバラの街でチラシを配っていた笑みは、そこにはない。

 あるのは牙を剥いた悪鬼の形相だけだ。

 たぶん、スバルに見せたら驚きの余り腰を抜かしている。

 第二期でさえも彼の怒りに震える姿をみたことはないだろう。

 自分だって、始めてなのだ。

 こんなにも敵意と殺意に満ち溢れた六道シデンを見るのは。

 任せると言った手前、この場は彼の力に頼る他はない。

 だが、このままだと、よく知る六道シデンがどこか遠くに行ってしまうようで、とても胸が痛む。

 気温が下がり、カプセルが凍り付いていく。

 まだどちらも仕掛けるタイミングを計っている。

 眉毛から氷柱が生成され始めた瞬間、静寂は打ち破られた。


『うわあああああああああああああああああああああああああああああああっ!』


 動いたのはゲイザーでもシデンでもない。

 かと言って、カイトでもノアでもない。

 凍りついた世界を打ち崩したのは、外から突っ込んできた巨大な腕である。

 機械仕掛けの、巨大な腕。

 腕のカラーリングに、カイトは見覚えがあった。


「エクシィズ……!」


 小さく呟いた言葉に、シデンが僅かに反応する。

 彼はカイトを担いだまま、エクシィズに向かって走り始めた。

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