第286話 vs砕かれた絆
運命の赤い糸。
ふたりを結んでいたそれを、エレノアはそう表現していた。
カイトとしては瞳孔にレーザーポインタを当てられてるようで落ち着かないものだったのだが、千切る手段がエレノアの殺害以外に思い浮かばない。
だから放置する選択をとった。
あの時、ジェムニの襲来もあってそれどころではなかったのだ。
それ以降、何度かエレノアとの離別を考えた事はあるが、しかし叶う事は無かった。
運命の糸はふたりを強固に繋ぎ、離す気配が全くなかったのだ。
物理的に切断できる気配もなく、まさにお手上げだったのである。
「な、なんで?」
エレノアが困惑の表情でカイトを見上げる。
どこか泣き顔なのは、この現状に満足していたからだろう。
繋がってしまった当初、妙にテンションが高かった記憶がある。
「なんで糸が千切れたのさ!?」
「俺が知るか」
この現状を望んだのは事実だが、カイトが狙ってやったことではない。
赤い糸を切断したのは、間違いなくゲイザーだ。
直前の動作から、そう判断するしかない。
「理論は知らん。しかし、やられた以上は考えても仕方ないだろう」
「う、うううぅ!」
腕を振るわせ、エレノアがゲイザーを睨みつける。
彼女の敵意に満ちた顔を見るのは、付き合いの長いカイトでも久々のことだ。
「許さないぞ、お前!」
「知るかよ。どっちにしろ死ぬんだ。別々に分けたところで困らねぇだろうが」
「お前は家を失った私の気持ちがわかるのか!?」
「俺は家なのか」
だとしたら家賃を払って貰おう。
真顔でそんなことを考え始めるカイトだったが、視線は先程からゲイザーの持つ剣に釘付けである。
先程ぶつかった時も思った事だが、前に比べて形状が違う。
それどころか、威圧感すら感じることができた。
ゲイザーの他に、もう一匹生物がいるような気配がする。
嘗て、月村イゾウが刀になった新人類を振るっていたことがあるが、あれと同じようなものだろうか。
「エレノア」
「なぁに?」
「あの剣、注意した方がいい」
ふたりに分裂して始めてまともな作戦会議をおこなったかもしれない。
そんなことを考えるカイトだが、エレノアは目を輝かせながら言った。
「え、心配してくれてるの? 超嬉しいんだけど」
「調子に乗るな」
とはいえ、全く心配していないわけではない。
心配していないわけではないのだが、しかし。
実際に目を合わせると言う気が失せてくる。
彼女の反応がイチイチ露骨すぎるのだ。
「どちらにせよ、交代はもうできない」
「そうだ」
肯定したのは、実際にふたりを分断させてみせたゲイザーである。
「これでお前らはお互いを補う事は出来ない。どっちかが致命傷を受けても、交代できない」
どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべながら放たれた言葉に、カイトは顔を僅かにしかめる。
ばれている。
既にカイトの再生能力がまともに動かなくなり始めていることに気付いているのだ。
「ねえ、君さ」
エレノアが一歩前に出て、不機嫌そうに眉を潜めながら指を突き付ける。
「ちょっと偉そうなんだよね。交代できない? 結構な事じゃないか」
意外な事に、エレノアは前向きだった。
さっきまで不貞腐れていたのが嘘のように振る舞うと、彼女はカイトの横へと陣取り始める。
「私たちは無敵のタッグなんだ。例え交代できなくとも、私たちの絆パワーの前に敵は居ないんだよ。ねえ?」
「……ノーコメントで」
「拒否しないってことは、認めてくれたって事でいいんだよね!?」
「何か言ったら絶対碌な事にならないだろ、この場合は!」
ゲーリマルタアイランドで散々経験したのだ。
もうエレノアの戯言に付き合う気はない。
ただ、敢えて彼女の言葉を肯定するのなら、一文だけ借り受けて発言することができる。
「交代する必要がないってことは認める。ここで倒せば済む話だ」
「ふたりなら俺を倒せるって?」
「前はそっちが3人で襲ってきた癖に」
「あの時とは事情が全然違う。そうだろ?」
言われ、カイトは言葉に詰まる。
交代もできず、再生も止まりかけ、エレノアに至っては寄生先を封じられたこの状況。
単純な戦闘ではほぼ倒せないゲイザーを相手に、あまりいい状況とは言い辛い。
「……確かに、お前のいう事も一理ある。だが、シンジュクでは俺が勝っていたぞ」
「ダウン寸前だった奴が偉そうに」
「目玉の耐性は得た」
言い切ると、カイトが腰を落とす。
足が屈み、ダッシュの体勢に入ったのだ。
隣にいるエレノアはその動きに合わせて糸を伸ばし始める。
「望み通り、決着をつけてやる」
疾走。
踏込で床が崩れ、ラボに爆風が舞い上がる。
「くっ!」
ノアの長い髪が舞い上がる。
あまりしたくはないが、周りの機器にしがみ付いていないと吹き飛ばされてしまいそうだった。
「ゲイザー!」
「慌てんな。増やした手前、きちんと始末はつけるからよ!」
切っ先から電流が流れる。
僅かに迸ったそれが唸ると同時、ゲイザーの右腕が跳ね上がった。
カイトが蹴り上げたのだ。
剣ごとガードを上げられ、脇腹から胴体に至るまでががら空きとなる。
「それがどうした!」
次に飛んでくるであろう無数の引っ掻きを全く恐れることなくゲイザーが笑う。
「そのまま蹴散らしてやる!」
「そうはいかない!」
振り上げられたゲイザーの腕が固定される。
エレノアから飛んできた糸だ。
まっすぐ伸びてきた糸がゲイザーの両手両足に絡まり、自由を奪っていく。
「しゃらくせぇんだよ!」
唾が飛び散らんばかりにゲイザーが吼えた。
苛立ちをそのまま具現化するかのように剣が発光しはじめ、電流の咆哮が糸を吹き飛ばす。
いとも簡単に弾かれた糸の末路を見届け、エレノアが不満げに言った。
「なんなのあの剣、下品だ!」
「お前に比べたらどれも品が無くなる」
「いやらしい子は嫌い?」
「86のババアが色気づくな!」
「心は何時だって17歳!」
「仲良いな、テメェら!」
苛立つゲイザー。
傍で見守るノアも、どこか唖然とした様子でカイトとエレノアを見ている。
「驚いたな。何時の間にそこまで仲が良くなったんだ?」
神鷹カイトとエレノア・ガーリッシュの関係性は知っている。
当時、保護者を務めていたエリーゼからの愚痴や、囚人の報告書で詳細を聞いた程度なのだが、あまり好かれていないのは理解している。
また、王国での脱走の時などはそこまで険悪でなかったにしろ、今の様にじゃれ合う事は無かったはずだ。
「まさか、もうデキてるのか?」
「ふざけるな!」
「いやぁ、実は嬉しい事にデレ期が到来してね」
「貴様も乗るんじゃない!」
振り降ろされた剣を回避し、カイトが怒鳴る。
その光景がひたすら自分をコケにしているように見えて、ゲイザーは腹立たしかった。
自分を見ていないのだ。
カイトとエレノアは常にお互いを気にかける余裕がある。
ゲイザーはふたりの態度をそう受け止めていた。
「乳繰り合うのは地獄でやれ!」
剣が一閃される。
横に振り抜かれた刃が、目の前にあったカイトの髪の毛を切断した。
黒の毛がふわりと風に流される。
だが、カイト自身を裂いてはいない。
「うっ――――!?」
「地獄までコイツと一緒だなんて御免だ」
あろうことに、カイトは剣の上に飛び乗っていた。
振り抜かれた魔剣を踏み台にし、右手から伸びる爪がゲイザーの顔面を狙っている。
「かかったな、アホ!」
ゲイザーが吼える。
魔剣が輝き、迸る電流がカイトの足に纏わりついた。
「――――!」
焼けるような痛みが足に忍び寄ってくる。
カイトは違和感を覚えると、即座に跳躍。
ゲイザーの持つ魔剣からの離脱を選択した。
「貰った!」
足が破裂する。
靴から太腿に至るまでのズボンが吹き飛び、肉が弾け、血が飛び散った。
「あぐぁっ!?」
跳躍中にバランスを崩し、カイトは転倒。
立ち上がる事もできないまま、ただゲイザーを見上げる。
恨めし気に魔剣を睨んだ後、カイトはその特性をようやく理解しはじめた。
あれは人を破壊する為だけに作られた剣だ。
もし、離れるのが少しでも遅かったら腰まで砕かれていたかもしれない。
あんな太刀筋を受けて見ろ。
肉体が木端微塵だ。
痛覚を感じなくても一撃で昇天してしまう。
「くそ……!」
「おらぁ!」
懸命に起き上がろうとするも、ゲイザーが蹴りを放ちカイトを床に固定させる。
「気付くのがおせぇんだよ、間抜け!」
「それでチョンマゲを殺したのか……!?」
「いいや、消し飛んだのはお前の同級生だ」
その言葉を耳にした瞬間、カイトの時間が止まる。
目を見開き、驚いた表情でゲイザーをみやった。
「よく頑張ったよ。リオールとパスケィドを退けたのはお世辞抜きで大したもんだ」
「貴様ぁっ!」
カイトの身体が霧状に弾け飛ぶ。
ゲイザーの周囲に飛び散ったそれらは瞬時に肉体を再生成するも、具現化するよりも前に一太刀が黒い霧を切り裂いた。
ばちり、と音が鳴る。
集いはじめていた霧が一斉に爆発した。
爆炎の中からカイトが身を投げ出す。
カプセルに激突し、そのまま再び床へと転がっていく。
「テメェでも怒るのか。意外だな」
みっともないと思う。
足に一打を受けた時点でカイトの末路は決まったようなものだ。
彼とてそれは理解しているだろうに、激昂すると無駄な抵抗というものをしたくなるらしい。
今のはあまりいい選択肢とは言えなかった。
「まあいい。どのみち、テメェら全員始末するんだ。早いか遅いかの違いだろ」
ゲイザーが剣を構える。
切っ先をカイトに向け、それを思いっきり振り降ろした。
「カイト君!」
カイトにぶつかる寸前、剣が受け止められる。
糸だ。
何重にも重ねられた糸が剣の前に姿を出現させ、受け止めている。
ゲイザーは青筋を立て、エレノアを睨んだ。
「退いてろよ、糞ババア!」
「パートナーがやられそうなところを黙って見ていられないんだよね。こう見えても器量のいい女だからさ」
「そうかい!」
再度、剣から電流が迸る。
重ねられた糸が弾け飛び、剣を遮る物が無くなる。
「それなら指をくわえて見てるようになりやがれ!」
「それができないから、私は器量がいいのさ!」
倒れたカイトに剣が迫る。
破壊の色を纏い、触れた物を砕く為に。
「お前に何ができる、ババア!」
エレノアが声にならない叫びをあげた。
左目が輝き、その肉体を霧化させる。
黒の霧が一斉に剣とカイトの間へと潜り込み、再び具現化した。
魔剣がエレノアの肩に命中する。
「あうぅっ!」
これまで殆ど聞くことが無かった人形師の悲鳴。
それが何を意味するか、理解できないカイトではない。
「エレノア!」
「や、やあ」
「馬鹿、なぜ飛び込んだ!」
なぜか照れた表情で剣を受け止めたエレノアに対し、カイトは驚きしか言葉が出ない。
これまでのやり取りはエレノアとてみてきたはずだ。
この剣に触れたらどうなってしまうか、分からないわけではないだろう。
確かに糸では防御できない。
頑丈な素材でできた人形であるエレノアなら、受け止めても多少は時間稼ぎになるだろう。
けど、所詮は時間稼ぎでしかない。
「き、君さ。あんまり誰かが死んでも悲しんで涙することはないかもしれないけど」
エレノアは知っている。
彼が死に慣れ過ぎてしまったことを。
心の中で、悩んでいるのも知っていた。
同じ肉体を共有し、考えもある程度読めるようになったのがあるだろう。
だから多分、少しの時間をおけば立ち直りはする筈だ。
「けど、私は……あまり、そうじゃないんだよね」
始めて、誰かと人生を共有したいと願った。
その為になんでもしてやろうと考えて、アプローチして、追いかけて、勉強もして、苦手だった他人との距離感も少し学んだ。
自分の立場が危うくなるような無茶だってやった。
彼が死んだと聞いた時、体感した事のない深い悲しみがエレノアを包んだ。
彼女はその時の感情をよく覚えている。
「結婚とか、デートとか、あんまりそういうの興味なかったけどさ。ある日突然、やってみたいって思える子が出てくるんだ。でも君が消えたら、燻りがまた私の中に残るだけだろう?」
その光景を間近で見るのは、きっともっと辛い。
自分本位だと彼は言うかもしれない。
その通りだ。
この行動も、結局は彼を助けるという自己満足を満たす物でしかない。
カイトは一度だって助けてくれと頼みこんだことは無かった。
しかし、頼られる事が多くなったのは事実だ。
その事実が嬉しくて、次はどんな時間を共有できるのかがとても楽しみで。
「私さ、結構一途なんだよね」
だから、この気持ちが崩れるのを見たくない。
この気持ちをしまって永遠の時間を生きるくらいなら、せめて彼の為になることをして消えよう。
「だから、君を残して自分だけいい人形の中で生きていくのは、耐えられそうにない」
「自分の夢を棄てるのか!?」
「私の夢は、いつか変わっていったよ」
アルマガニウム製の人形に、刃が深く刻まれる。
突き抜けた切っ先から電流が迸り、中の魂を沸騰させていった。
「さ、最後に……お願い、聞いてよ」
震え、縋るようにエレノアの唇が動く。
「泣けなくてもいい。それは間違いなく君が培ってきた人生だ。だから私は否定しない」
けど、できることなら。
もしも叶うなら、ひとつだけ彼にお願いしたいことがある。
役に立ってきた自負はあるけど、迷惑もかけてきた。
嫌いだと言われても納得できる。
それでも、彼の為になにかができればいいと思ったのだ。
ちょっとくらい、そういう純粋なところが報われてもいいだろう。
これでも、精一杯やってきたんだから。
「せめて、寂しくなってくれると――――嬉しいな」
人形にひびが入る。
残された力でカイトを突き飛ばすと、エレノアを入れていた肉体が砕け散った。
口やかましいストーカーがアルマガニウム製の何かに憑依することは、なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます