第285話 vsドッペルゲンガー

 サムタックに来たのは始めてだが、道には困らなかった。

 嫌な匂いが充満しているのだ。

 シンジュクで会った、自分の気配と共にこちらを誘ってきている。


「自己嫌悪って奴か」

『あまり自分が好きじゃないような言い方だね』

「どちらかといえば、な」


 特に目の前に同じ顔を持った人間がいると、嫌でも意識してしまう物だ。

 この顔の人間がエリーゼを始めとした色んなものを壊したのだ、と。


「ただ、それにしたってアイツは品が悪い」

『自分を卑下するのは止めておくといい。品格を下げる行いは美しくないよ』

「パツキンかお前」


 これまで、色んな連中と戦ってきた。

 勿論、嫌悪感を抱く相手も多い。

 だが、ゲイザー・ランブルだけはその中でも格段に嫌な奴だと認識していた。

 匂いだけで分かる。

 アイツは野放しに出来ない奴だ。

 昔、テレビのホラー特集で見たのだが、ドッペルゲンガーという怪奇現象があるらしい。

 世の中には同じ顔の人間がいて、出会ったらソイツに殺されるとかそんな内容だった気がする。

 どうしてそうなってしまうのかは、よく覚えていない。

 ただ、ゲイザーはクローンだらけの鎧持ちにして唯一、意思を持った鎧だった。

 ペルゼニアとはまた違う、己の意思のままに暴れることを望んだ人間である。


「勿論、クローンだとは理解している。だが、奴の身体に俺のDNAが使われているのは事実だ」

『それが気に入らないって?』

「そうだな。簡単に言えばそんな感じだ」


 もう少し掻い摘んで言えば、自分の嫌な部分を露骨に表現したのが苦手だった。

 破壊衝動、とでもいうのだろうか。

 ただ暴れるだけの獣が、自分の皮を被っている。

 お前は野獣なのだと言われた気がして、それがたまらなく嫌だった。


「ここ、か」


 匂いの発信源に辿り着く。

 扉の前には『ラボ』と書かれたプレートが飾られており、そこが終着点なのだと理解できた。


『他の鎧は感じる?』

「どうだろうな。どうにも奴の匂いが濃すぎて」


 目玉の力を多用するようになった為か、同じ目の気配は何となく感じるようになってきている。

 シャオランがそうだった。

 同じ理論で行けば、鎧の行方も分かる筈だ。

 しかし、今はゲイザーの気配しか感じない。

 それもシャオランよりも濃い存在感だ。

 自分の姿を隠さず、寧ろ煽るかのようにしてカイトを手招きしている。


「お前はどうなんだ」


 シャオランの目の力を共有して察知したエレノアに問う。

 彼女はやや悩む素振りをみせるが、唸った後は予想通りの答えを出した。


『ないね。今はひとり分しか感じないや』

「だったらこの中にはアイツだけだ」


 数は合わなくなるが、きっとその分はエイジとシデンがどうにかしてくれたのだろう。

 今は彼らの無事と健闘を祈る他ない。

 自分たちは眼前の敵を倒すだけだ。

 扉をこじ開け、ラボへと足を踏み入れる。

 ずらりと並んだ培養カプセル。

 その中央に設置された巨大なコンピュータを弄りながらも、ノアが振り返る。


「ああ、君か」


 王国で会った時と変わらない、嫌な笑みだ。


「今は寝てると聞いていたんだが、やっぱり無事に飛び出してきたわけか。アトラスとシャオランはあまり役に立たないね」

「誰が来ても同じことだ」


 それが鎧だとしても変わりない。

 どんな強大な敵が乗り込んできていたとしても、結果は変わらないであろうとカイトは考える。


「ラジコンじゃ俺は壊せない。何度も証明しただろう」

「何度も追い詰めてるんだが、ね」

「詰めが甘いんだ、お前は」


 お手上げのポーズをとるノアの隣に、白の影が降り立った。

 着地し、兜を脱ぎ棄てて男はカイトを見る。

 歓喜の笑みを浮かべ、彼の訪問を歓迎した。


「会いたかったぜ」


 ゲイザー・ランブルが笑う。

 その手に長い剣を握り、構えをとって。

 言葉とは裏腹に、随分と嫌な歓迎の仕方だとは思う。


「数だけでいえば、後3体居る筈だ」


 今にも飛びかからん勢いのゲイザーを威嚇しつつ、カイトは口を開く。

 ジェムニ、エアリー、ゲイザー、アクエリオ、トゥロス、リブラ、カプリコ、リオール、パスケィド。

 この時点で存在が確認された鎧は9体となる。


「なぜ連れてこなかった」

「本国にも護衛が必要だ。それに、私としては十分な数だと思っていたんだよ」


 その言葉に嘘偽りはない。

 リバーラ王がまだ本国に居座る以上、守る戦士は必要だ。

 同時に、ノアの計算では5人いればこの基地の殲滅は御釣りがくると判断していたのである。

 計算が狂った原因があるとすれば、それは自慢の鎧にたてついた反逆者一行の抵抗に他ならない。


「正直、誰ひとりとして負けるなんて思っていなかった。敢えて言えば、君だけ手がかかる筈だったんだけども」

「残念だったな。思い通りにいかなくて」

「まったくだ。だが、人生っていうのは思い通りにいかない物だろう?」


 ゆえに、ノアとしてはこのままやられっぱなしというわけにはいかないのだ。

 貴重な鎧を失い、むざむざと帰るわけにはいかない。

 鎧こそが最強の戦士であることを証明するには、勝利が欲しいのだ。

 敗北では、自分の研究を正当化することができない。


「ゲイザー、待たせたね」

「ああ、待った。凄く待った」


 構えたまま動かなかったゲイザーが、うんざりしたように呟く。


「シンジュクからだ。それにしたって、ここまで来るのがいちいち長い」

「ああ、同感だ」


シンジュクから始まり、回り道をしてようやくここまで辿り着いた。

 しかし、カイトの最終地点はゲイザーではない。

 その顔を拝む為に、こんなところまで来たわけではないのだ。


「悪いが時間をかけるつもりはない」


カイトが 爪を剥く。

 彼はゲイザーは勿論のこと、ノアも視界に入れて宣言する。


「ここでお前達を潰す。終わらせてやる」

「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ、オリジナル」


切っ先がカイトの顎に向けられる。

 刃渡が長いため、距離があっても目の前にあるのではと錯覚してしまいそうになる。

 鼻を動かせば、剣からもゲイザーの匂いが溢れ出していた。

 おそらく、目の力をふんだんに使って強化されたか、あるいは再生成された代物なのだろう。


「なんでも自分の宣言通りになると思ったら大間違いだ。俺はお前を超える」


剣が振り抜かれる。

 下から上へと放たれた一閃が、真空の刃を生み出してはカイト目掛けて放たれた。


「ふん!」


鼻先に斬撃が接触したと同時、カイトが真横へとステップを刻む。

 残像が残る瞬間的な超移動だがしかし、致命傷を受けるのをギリギリで回避できた。

 真空破がカイトの後ろに設置されているカプセルを切断し、中に充満していた液体が弾け飛ぶ。

 つん、と鼻に利く刺激臭が解き放たれた。


「臭いな、くそ!」


悪態をつきながらもカイトは接近、一歩前に踏み込んだかと思うと、次の一歩でゲイザーのすぐ近くへと距離を詰めた。

 爪が鎧の脇腹に突き立てられる。

 強固な鎧の外装を剥ぎ取り、爪はゲイザーの皮膚をそぎ落とした。


「かっはぁ!」


だが、ゲイザーは抉られた脇腹なんぞなんのその。

 笑みを浮かべたまま剣を振るい、またすぐカイトを交代させた。


『本当に品がないんだね』

「なまじ、痛みを感じない上に再生するんだからな」


痛覚を遮断され、自分はただ攻撃あるのみ。

 例え行動不能に陥ったとしても、驚異の再生能力ですぐに立ち上がることができる。

 多分、これまで出会った鎧の中でも最もタフだ。

 倒し方は何度か考えてはいるのだが、どうしても木っ端微塵以外の方法が思い浮かばない。

 しかも、それで死ぬ保証もないのだ。


「ん?」


一方、ゲイザーはある違和感を覚えていた。

 眼前にいる宿敵は再生能力の持ち主である。

 が、鼻先から流れる血が止まっていない。

 それどころか、切り傷が治るスピードも前に比べて遅くなってきた気がする。

 王国であれだけ積極的に使ってきたエレノアとの交代もやろうとする気配がない。


「ははぁん」


獰猛な笑みを浮かべ、ゲイザーはある仮説を立てた。

 そして、それは見事に的中している。

 カイトは目の移植により、能力を強く制限されているのだ。

 しかもエレノアとの交代も極力避け、ここぞというタイミングを狙っている。

 これ以上の負担を避けるためだろう。

気持ちはわかる。

 自分たちも体調を万全にしなければならないのだ。

 カイトだってメンテナンスが必要なのは変わりない。


「じゃあ、ちょっと面白いことをしてやろうか」

「ん?」


全力を出せないカイトを殺したところで、充実感は湧かない。

 ゆえに、ゲイザーはその負担を軽くしてやろうと考えた。

 もともと、彼の中には異分子も混じっている。

 それを追い出す必要もあったから、丁度いい。

 ゲイザーの眼から黒い霧が噴出する。

 それは腕を伝って剣へと纏わりつき、不気味な輝きを発し始めた。


「なんだ?」


尋常ではない存在感だ。

 今だけはゲイザーではなく、剣の方が脅威であると本能が告げている。


「綺麗だなぁ」


ノアがうっとりとした表情で呟くと同時、それは解き放たれた。

今度は上から下へと一閃されると、黒い輝きを発する剣からオーロラのように視える剣撃が飛び出していく。

当たってはならない。

瞬時に判断すると、カイトは回避行動をとる。

 足を動かして迫る輝きを避けようとするも、途中で力が抜けていくのを感じた。


「んぐ!?」


体内から何かが引っ張り出されようとしている。

 食べたものが胃の中から這って出て行こうとするな不快感。

 それを強く感じたと思えば、目の前まで迫ってきていたオーロラが弾け飛んだ。

水飛沫のように弾け飛んだそれが、カイトの顔に付着する。

直後、視界が揺らいだ。

 なにかにど突かれたような衝撃が身を襲うと、カイトの体は真横へと吹き飛ばされる。


「な、なんだ!?」


何が起きた。

 理解不能な出来事に混乱していると、それに拍車をかける光景が目の前にあった。


「う、う」


女が倒れ込んでいる。

 自分と全く同じ格好をした、肌がやけに白い女だ。

彼女は僅かな呻き声をあげると、ゆっくりと起き上がった。


「え?」


目が合った。

 お互いを認識すると、カイトと女は――――エレノアはこれまで共有してきた身体を分断されたことを理解する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る