第281話 vs届かない声

 何度も何度も好意をぶつけてみた。

 彼に好かれる要素を調べ、実践もした。

 結果としては全て撃沈。

 挙句の果てに手足を切断された始末だ。

 自分とあのお方の理想は遠く離れてしまい、もう結ばれることはないのではとカプセルの中で何度も考えたこともある。

 だが、諦めきれなかった。

 自分に生きる意味を与え、憧れの対象だったあのお方は遠くから見ても輝いている。

 隣にいたい。

 ずっと輝いていてほしい。

 そんな欲求だけがどうしようもなく膨れ上がっていく。

 あの方は自分の望まない方向へと行こうとしている。

 それがどうしようもなく許せなかったし、なんとか踏み止まって欲しいと願った。

 憧れのあのお方が、ただの旧人類の少年と好き好んでつるんでいるのが、兎に角我慢ならない。

 確かにあの少年はブレイカーに乗せたら強いのかもしれない。

 ガデュウデンに乗って勝負を仕掛けたが、負けてしまったのは事実だ。

 だが、それでも諦めたくないのだ。


「お前に理解できるか、この渇き!」


 燃え上がるアトラスが水に抱きつき、主張する。


「私がどれだけ尽くそうとしても、あの方は耳も傾けない。目を向けてくれない!」


 最初はそれでもよかった。

 あのお方が輝き続けていればそれでいいと自分に言い聞かせ、己は陰で微力ながらに力になる事が出来ればと考えて堪えたのだ。

 しかし、あの少年が隣にいるとどうしようもなく汚く見えてしまう。

 彼は良くも悪くも普通の少年だ。

 人間らしいと言えるかもしれない。

 新人類王国に連れてこられる前、スバルのような少年たちが故郷には数多くいた。

 もしかするとその影響で彼を好きになれないのかもしれない。

 そんな彼が、憧れのあの人の隣にさも当然のように立っている。

 アトラスにとってそこは神聖な位置だ。

 あんな奴に譲るくらいなら、自分がそこにいたほうがいい。


「私が頑張ればリーダーが幸せになる! 私のこの気持ちが、あの方を不幸にする筈がない!」

「なるほど」


 妄信。

 エミリアに変身したことでなんとか炎の熱をやりすごしているイルマは、そんな言葉を頭に思い浮かべる。

 イルマが言えた義理ではないが、相当なものだ。

 よくもここまで貯めた物だと素直に思う。


「人はカリスマ性に弱い物です」


 イルマは呟く。

 宗教であったり、強さであったり、美貌であったり、恐怖であったり、人間が他者を強く信仰する理由は様々だ。

 だが、行き過ぎたそれは時として暴動を起こす。

 イルマとて例外ではない。

 彼女が信じる物はアトラスと似ている。

 つい先日、イルマは牙を剥いたばかりだ。


「しかし、どれだけ神聖に見えたとしても。その方が幸せだと私たちが感じたとしても、あのお方も人間なのです」


 とんでもなく強くても、怒る時は怒る。

 他人の意見に耳を傾ける時もある。

 負ける時だって、勿論ある。


「それに、私たちが彼の為にすることが絶対的に正しいとどうして判断できるのでしょうか」

「お前と私の気持ちを一緒にするな!」


 アトラスが吼える。

 イルマの水の液体を蒸発させ、焼き尽くさんと膨れ上がった。


「いいえ、一緒の筈です」


 イルマは知っている。

 正確には知っていた、になるかもしれないが自分の信じた物を押し付けていたことには変わりがない。

 アトラスのそれも何が違うと言うのだろう。


「あの方は、我々より人生経験が豊かです」


 傍にいてそう感じた。

 偶にとんでもなく不器用な真似をしでかすことがあるが、少なくとも自分やアトラスと比べたら友好関係は広い。

 友人の数も多いし、信頼できる仲間も多い。

 悩みながら歩んだ時間だって、当然長い。


「あの方は子供ではありません。我々よりも長い時間を生きた大人です」


 年齢的な事だけではない。

 精神的に考えても、自分たちは子供だ。

 やれ彼の為だと大声で叫んだって、その裏付けは自分の中にある妄信でしか証明できない。

 そんな物が彼にとって信用の裏付けになるだろうか。


「アトラス・ゼミルガー様。長い間苦しみながらも、ボスの為に働いてきたあなたを私は尊敬していました」


 その存在はウィリアムから名前だけ聞かされている。

 新人類王国に所属し、リバーラ王の考えに同調しながらも常にたったひとりの新人類を師事し続けた姿勢。

 求められれば味方でも平気で裏切れる行動力。

 誰にでもできることではない。 

 しかし実物を見て、こうして相対していると酷く歪であると感じてしまう。

 少し前の自分もあんな感じだったのかと思うと余計に、だ。


「残念ですが、私はボスからお許しを頂いています」

「なんの」

「あなたを消す命令です」


 もしも違う形で出会っていたら、どうなっていただろう。

 あまり今の構図と変わらないような気はするが、きっと今よりは理性的に話せたかもしれない。

 一度彼の信念について詳しく聞いてみたかっただけに、残念だ。


「さようなら」


 水で構成された人形が崩れる。

 床に水たまりを作って広がると、イルマは素早く移動。

 アトラスの放つ炎をやり過ごすと、瞬時に次の姿へと変身する。


「私は滅びない!」


 先程まで変身していた青年に再び姿を変えた少女。

 その姿を認めると、アトラスは迷うことなく襲い掛かる。

 激しく燃える炎が、彼の激情に合わせて一層膨らんでいく。


「リーダーがいる限り、私は倒れない。あの方が君臨する世界こそが、私の全て!」

「しかしその世界をボスは望まなかったのでしょう?」


 だからその世界は実現しない。

 彼が否定した以上、アトラスの願いは成就することはない。

 そしてイルマはボスの考えるままに動くのが生き様なのだ。

 カイトが言っても伝わらないのなら、自分が始末をつけなければならない。

 そういう命令が下ったのだ。

 躊躇する理由は無かった。


「だからあなたの望む世界は、これで終わりです」


 最強の兵。

 そう呼ばれた男の姿を借り受け、イルマは両手を前に突き出した。

 飛びかかる炎を巨大な水晶が覆いつくし、捕獲。

 頑丈すぎる水晶体に閉じ込められ、炎は勢いを止めてしまう。


「これは」

「せめてもの慈悲です。その僅かな空洞があなたを完全に圧し潰すまでの間、ボスを眺めているといいでしょう」


 水晶には炎が漂うだけの空洞が用意されていた。

 だが、それもほんの僅かなスペースである。

 人間の姿に戻れるのかは知らないが、拳が収まれば済むくらいの空間なのだ。

 しかもどんどん小さくなっていき、最終的には押しつぶす。

 いかに炎となって物理攻撃を受け付けなくなっても、炎そのものを押し潰してしまえばどうしようもなかった。

 現にゼッペルの水晶は狭まっていくと同時にアトラスの身体を少しずつ削っていっている。

 イルマは慈悲と言ったが、拷問にも近い閉じ込め方だ。


「――――リーダー」


 存在が消える。

 実感はアトラスに深く浸透していき、彼に言いようのない恐怖を植え付けていく。


「リーダー、リーダー!」


 小さな空洞で炎が破裂する。

 必死に叫び、あのお方に言葉を届けたい。

 炎は内に秘めた感情の全てを言霊にして叫ぶ。

 しかし、当の本人は振り向かない。

 射出した右腕を回収し、再びシャオランとの戦闘態勢に入っていた。

 視界にアトラスは入っていない。


「リーダー!」


 どうして振り返ってくれないのですか。

 助けてください。

 あの時みたいに、私を導いて。 

 懸命に願い、叫んでも彼は振り返らない。

 手を伸ばそうとしても、その手すら残っていない。


「……嫌だ」


 このまま何も伝わらずに消えてしまう。

 誰よりも彼の為にと思い行動したのに、全くの無意味。

 そう思っただけで震えが止まらない。

 膨れ上がった筈の炎が萎み、燃えかすの様に小さくなっていく。


「カノンやアウラだって、アキナですらリーダーのお隣にいるではないですか。なのに、どうして私だけがあなたに届かないのです?」


 誰よりも願った筈だ。

 誰よりも彼の期待に応えてきた筈だ。

 誰よりも彼の力になれた筈だ。

 ただ一点、旧人類の少年という見過ごせない汚れを指摘しただけでこんなにも差が出てしまう。

 この世界には二種類の人間がいる。

 力を持って生まれた新人類と、そうではない旧人類だ。

 新人類として生まれた自分たちは旧人類から畏怖されるのが定めだった。

 自分がそうだったのだ。

 だからアイツだって、何時かあなたを深く傷つける。

 あなたの身の回りには、そういう新人類が一杯いたじゃないですか。

 なのにどうして、そんなに拘るのです。

 アトラスにはわからない。

 わかりたくもない。

 だが、ひとつだけ言える事がある。


「私は、リーダーの味方です」


 力のない、小さな呟きだった。

 果たしてこの声がカイトに届いたのかは分からない。

 

「この魂が燃え尽き、存在が消えても。あなたが私を必要としてくれれば、それだけが今の私の救いとなります」


 だから、どうかお願いです。

 都合のいい部下であっても構わない。

 失意のどん底にいた自分を救い出してくれたあのお方の中に、ほんの少しでも証を残したかった。

 

「せめて、せめて……このアトラス・ゼミルガーを忘れないで……」


 水晶が凝縮される。

 小さく燻っていた炎が、小さな煙を吐き出して消滅した。

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