第280話 vs愛のバクダン

 ピーッ、と。

 耳障りな電子音が聞こえたと同時、今にも激突せんばかりに睨み合っていたカイトとシャオランが振り返った。

 視線の先にあるのは培養カプセル。

 爆発で黒ずんだそれは明かりが点灯したかと思えば、中の空間を緑の光で満たしていく。


「なんだあれ」


 カイトも長い間王国に務めていたが、あんな使い方をするカプセルは始めてだった。

 というか、まだ機能していた事自体が驚きである。


『え、なに。まさか生きてるの?』


 エレノアが困惑するように問いかける。

 とはいえ、カイトもさっきまで死んだと思っていたのだ。

 中の様子もわからないし、眼前にシャオランが構えている状態では確認しようと思えない。

 いや、もうアトラスの安否を確認する精神的余裕もないのだが。


「ボス、私が確認しましょうか」


 シャオランとぶつかり合っていた間にダークストーカーから降りていたイルマが言う。

 彼女は言いつけどおり、周辺に被害が及ばないようゼッペルの姿に変身して防御態勢を整えていた。

 とはいえ、現状では大した仕事は無い。

 いい加減イルマも暇なのだ。


「……いや、待て」


 カプセルに近づこうとするイルマを制止させ、カイトはカプセルを凝視した。

 気のせいでなければ、割れたガラス片の中から腕が伸びてきている。

 オレンジ色に輝く手だ。


「なんだ、あれ」


 どう考えても普通の皮膚ではない。

 寧ろガラス片が溶けているところから察するに、かなりの熱を放っているのではないだろうか。


「エミリアみたいなことをする」

『そこは私じゃないの?』

「どっちでもあまり変わりはしない」


 問題は能力の類似などではない。

 これまで皮膚を変化させる新人類はいくらでもいた。

 しかし、アトラスはその腕を切断している筈である。

 同時に、カプセルの中にいたのはアトラスだけの筈だ。

 一度至近距離で接近した際、中身も見ている。

 確かに手足が無かった。

 コードで結ばれていたことを踏まえても、そんな物が入っているような形跡は無かったはずだ。


「まさか、アイツも移植したのか?」


 考えられる可能性があるとすれば、こんなところか。

 目玉の数は合わなくなるが、鎧から奪い取ればどうとでもなる問題である。

 王国はどんなことをしても実力が全てなのだ。

 例え鎧でも、勝った奴が全てを支配できる。


「るぅいいぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいづぁああああああああああああ」


 カプセルから呪詛のような言葉が聞こえてくる。

 これまでのシャウトに比べると明らかに異質で、それでいて不気味だった。


『ていうか、もう何て言ってるのかわからないんだけど』

「……辛うじて俺を呼んでいるのは理解できた」


 台詞の7割が『リーダー』なのだ。

 イントネーションも似ているので、多分何時ものようにリーダーと言っているのだと予想している。


「わたし、かんがえました」


 ソプラノボイスが響く。

 声だけ聞けば綺麗なものだが、その感情にはどす黒い何かが渦巻いている。

 これまで何度も反逆者一行をドン引きさせてきた感情が、更に変な方向へと突っ走った結果だった。


「リーダーに受け入れてもらえない。どれだけ想いを募らせても、身体をリーダー好みに改造しても、愛してもらえない」

「いや、割と根本的な所に問題があると思うぞ俺は」

「どうしたら生卵を口で移して、そのままベロチューしてもらえるのか真剣に考えました」

「おい」


 もうツッコむところしかなくて頭が痛くなってきた。

 元々話が通じないタイプだったが、ここまで思考回路の暴走が加速していると自分の考え以外を受け付けるのはなかなか難しい。


「なので、私決めました」

「……すっごい嫌な予感がするけど」


 本当なら聞かないでおきたいところだが、今回ばかりは聞いておかないと理不尽な目に会いそうな気がした。

 頭痛を我慢し、カイトはアトラスの腕に問いかける。


「敢えて聞くぞ。なにをだ」

「リーダーを殺して、私も死んで、この世界も灰にします」


 なんて手の込んだ自殺なんだ。

 どれだけの物を巻き添えにして散りとなる気なのだろう。

 カプセルのガラス片を熱で溶かし、アトラスが這い上がる。

 直後、カプセルが爆発によって崩壊した。


「うおっ」

「ん」


 爆風で飛び散り、熱を纏った風圧がカイトとシャオランを打ち付ける。


「あれは」


 僅かに目を開け、目の前の光景を確認してみた。

 するとどうだ。

 カプセルの中に納まっていた筈のアトラスの姿が無く、代わりに炎だけがそこにあった。


「アトラス、どこだ!?」


 周囲を確認し、怒鳴る。

 上下左右、後ろを見てもアトラスの姿はない。

 だが、いるのは間違いない。

 この格納庫のどこかに飛び出し、アトラスは潜んでいる。

 手足を生やして、だ。


「は、ははははははははははははははははっ!」


 アトラスの笑い声が木霊する。

 その声は格納庫全体に響き渡り、彼の確かな存在感をアピールしていた。


「イルマ、注意しろ。アイツはどこから来るかわからんぞ!」

「はい、ボス」

「よし、こいつは俺が……っ!」


 イルマに命じた直後、カイトは腕に熱を感じた。

 右手に視線を送る。

 燃え上がる炎が纏わりついていた。

 その先に腕は無く、誰かの姿もない。


「リーダー、どこ見てるんですか?」


 アトラスの声が聞こえた。

 炎の中から狂気を孕み、嘗ての忠犬は牙を剥く。


「私の前で他の人間を見ないでくださいよ!」

「お前、っ!?」

「ボス、離れてください!」


 右手についていた火が弾けた。

 火の粉が飛び散り、カイトの肌を焦がす。


「ああ、お許しください!」


 炎が喋った。

 申し訳なさげに言いつつも、炎はどこかうっとりとした口調で続ける。


「しかしこの熱。これがリーダーが焦げた感触なのですね。私、感激のあまり弾けそうです」

「ぐっ!」


 再び右手が爆発した。

 焼けた肌が燃え上がり、激痛が襲う。

 思わず飛び退くが、右手に纏わりついた炎は消えないまま残っていた。


「アトラス、お前は!」

「そうですよ、リーダー。気付いてもらえてうれしいです」


 炎が勢いよく燃え上がり、嬉しさをアピールしている。

 俄かには信じがたいが、この炎こそがアトラス・ゼミルガーの今の姿だった。


『ウソ、身体を炎に変換したっていうの!?』

「そこまで驚くことはないさ」


 エレノアは驚愕するが、カイトは今のアトラスに近い前例を見たことがある為かそこまでの驚きはない。


「ペルゼニアがそうだった。アトラスがアレの炎版になったと思えば納得できる」

『いや、でも16年ストーキングしてきたけど、彼の能力ってこんなのだったっけ』

「何かのきっかけで能力が使えなくなるんだ。昇華させて進化するのだって有りだろう!」


 どちらにせよ、アトラスは物理攻撃が通じない姿となってこの場に君臨した。

 君臨した以上、この姿になった過程や原因を想像しても仕方がない事である。

 あるのはただひとつ。

 いかにしてアトラスを消し去るか、だ。


「私を忘れないで」

「くっ!?」


 火傷による痛みで蹲るカイトの前にシャオランが立ち塞がった。

 黒に染まった剣を振るい、カイトの喉元へと付きつける。


「邪魔をするなぁ!」

「うあっ!」


 右腕に纏わりついていたアトラスが燃え上がり、至近距離まで近づいてきたシャオランに襲い掛かった。

 機械の外装が熱で焦げ、肌が黒ずんでいく。


「リーダーは私の物だ。誰にも譲る物か!」

「私が食べると言った筈です」


 起き上がり、アトラスを睨むシャオラン。

 そんな彼女を威嚇するようにしてアトラスは大きく膨れ上がり、炎を撒き散らしていく。


「ふふ、ふはっ! リーダーが私の熱を感じてくださっている! 今日は素晴らしい日だ! ビューティフルデイズ!」


 盛り上がり始める炎。

 完全に人間を捨て去ったそれは喜びを表現する為に膨れ上がり、尚も熱を加えてくる。

 義手にしていなかったら今頃ウェルダンだ。


「調子に乗るな!」


 右手を下に向け、拳を作る。

 巻き付いたアトラスごと床に発射すると、右肘から先が射出された。


「やれ、イルマ!」

「了解」


 イルマの姿がぶれる。

 ゼッペルの姿から一瞬でエミリアへと切り替わり、肉体を液体へと変貌させた。

 掌から水流が噴出。

 腕ごと床に刺さったアトラスに向かい、まっすぐ飛んでいく。


「さっきから聞いていれば、なんなんですかアナタ」


 アトラスが燃える。

 己の存在を浄化させる物質が襲い掛かってきても、まったく怯む気配はない。

 激しく燃え上がり、イルマに対して敵意を露わにした。


「リーダーに必要なのは、私だけでしょうがぁ!」


 こびり付いた炎が飛びかかった。

 水を飛び越え、頭上からイルマに襲い掛かる。

 だが、イルマとて退く気はない。

 向こうが敵意を露わにすると言うのなら、寧ろ上等だ。


「少なくとも、私は今のあなたよりは信頼されていますよ」


 勝ち誇ったように呟くと同時、水となったイルマの身体にアトラスがこびり付いた。

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