第279話 vs勝利と飢えと敵討ち

 煙が昇る。

 バラバラに飛び散ったバイクのパーツが飛び散る中、カイト達は呆然とした表情で爆発元を見ていた。


「……何があったんだ、今」

『さ、さあ』


 今更言うまでもないが、カイトはアトラスに対して物理的な攻撃を行ったわけではない。

 イルマも、エレノアにしたってそうだ。

 さっきまでいがみ合っていたシャオランも同じく。


「理解不能。爆発原因、不明」


 機械的に呟き、現状を分析しはじめるシャオラン。

 身体に内蔵された様々な電子機器が爆発の原因を調査するも、結果は空振りだった。

 まったく不思議な現象である。

 

「……生命反応、なし」

「なに」


 調査の結果導き出された結論を紡いだ瞬間、カイトが食らいつく。


「死んだと言うのか。今ので」

「少なくとも、反応は見られません」


 だとしたらあまりにも呆気なさすぎる結末だろう。

 寧ろ悲しすぎる。

 あんなにカッコ悪い上に意味不明な人生の終わりなど、決して迎えたくない。

 そんな風にカイトが考えていると、爆発の中から円柱状のカプセルが転がってきた。

 アトラスが収まっていた培養カプセルである。

 緑で染まった液体はひび割れたガラスの中から漏れており、中身を維持するには機能が足りない状態なのだと容易に想像できた。


「……アトラス」


 ゲーリマルタアイランドで彼に刻み込んだ爪痕は重症の筈だ。

 そこから生還し、こんなところまで襲い掛かってきた執念は大したものである。

 自分の身体を作り変える等、行動力に関しては気持ち悪いくらいの積極性を持っていた。

 思えば、部下としてこき使っていた頃からなにも変わっていない。

 アトラスは常に純情で、忠実だった。

 まるで自分が出す命令こそが己の存在の証なのだと言わんばかりに、無茶な指令にも文句ひとつ言わずにこなして見せたのだ。

 そんなアトラスにとって、旧人類との共存はどうしても耐え難いものだった。

 それが自分と彼を決定的に切り離す要因となり、こうして殺すか殺されるかの立場になってしまっている。

 だが、それも終わりだ。

 理解はできないが、アトラスは既に戦える身体ではない。

 生命維持装置を司るカプセルも破損した以上、生きている道理はないだろう。


「戦闘モード、移行」


 丁度タイミングよく、シャオランが翼を広げた。

 鋼の両翼が解き放たれ、爆発的な加速が生成されていく。

 床を蹴り、シャオランが弾丸のように突っ込んできた。

 風圧が迫る。

 正面から吹き荒れる彼女の存在感を受け止めつつ、カイトは両手を伸ばした。

 爪先から伸びる銀の刃がシャオランの肌に触れる。

 鋼鉄の肌が裂け、中身が僅かにショート。


『損傷!』

「問題なし」


 視界にかかる警報音を無理やりシャットダウンさせ、シャオランは腕から伸びる刃を突き出した。

 正面から迫る刃をもう片方の爪で弾き、その勢いのまま手首を捻る。

 滑るような動きでシャオランの懐に入り込むと、カイトはその腹部に爪を突き立てた。


「あぐっ」


 腕が白のボディーを貫通する。

 赤に塗れたカイトの右腕がシャオランの背中から突き出た瞬間、その状況を見守っていた整備ペンギンたちが僅かに悲鳴を上げた。


「む」


 しかし当のカイトは違和感を感じ、すぐさま腕を引っ込める。

 手応えがないのだ。

 シャオランは細身とは言え、その内部には精密機械がぎっしりと詰め込まれている。

 以前戦い、身に染みて理解したことだ。

 そう簡単に忘れる筈がない。

 なのに、今回はそう言ったパーツを破壊した感触が無かった。

 どちらかといえば霧を殴った感覚に近い。


「まさか」


 目の前で胴体を貫かれ、腹を抑えるシャオランが黒い霧となって霧散する。

 周囲の漂うそれは一瞬で凝縮し、再びカイトの前にその姿を現した。

 穴の開いていない新品の肉体。

 先程受けたダメージを完全に修復しての帰還だった。

 それだけではない。

 シャオランの右目が不気味に輝いている。

 白目が黒に変色し、その瞳孔は赤く染まっていた。


『私たちと同じ!』

「星喰いの目玉を移植したか!」


 結論を出すと同時、シャオランの右腕が黒く染まる。

 先程と同じように霧化し、再生成されたソレは黒い剣となってカイトへ向けられた。


「いや、鎧の目玉を喰った可能性も」

「あなたたちと同じもの」


 他の可能性を模索し始めたカイト達に対し、シャオランは淡々と口を開く。

 星喰い。

 あのデカすぎる化物の事はよく覚えている。

 遊園地を丸ごと取り込み、自在に姿を変える異形だ。

 その正体は地球外生物なのだそうだが、消えた今となってはどうでもいい話である。

 問題なのはその化物が目玉という形でまだ残っている事だ。

 理解不能なDNAは鎧に使われ、星喰いとして地上で暴れた個体の物はカイトとエレノアに使用された。

 その際、もう片方の目玉は未使用のまま残っていたのである。

 シャオランはそれを使用したのだ。

 自らの身体に移植させ、新たなる可能性を得るために。

 当然、その結果死ぬかもしれないという話は聞いている。

 鎧は何人もの失敗作がいたという話だし、再生能力を保持していたカイトでさえも一度心臓が止まった。

 全身機械超人であるシャオランとて生還する可能性は決して高くはない。

 しかし、彼女は見事に成し遂げたのだ。

 そして戦いの場に立った。


「なぜだ」


 だが、無理やり移植手術を受けさせられたカイトとしては理解しがたい感情である。


「無事に手術が成功する可能性は低い。それどころか、今もどんな影響が出ているのか分からない筈だぞ」


 実際、カイトの身体には影響が出始めていた。

 ゼッペルとの戦いで明らかになった事だが、明らかに再生速度が落ちている上に体力の消耗も激しい。

 二日間眠り続けていたのも初めての経験だった。


「そこまでして俺に勝ちたいのか」


 問われ、シャオランが静かに頷く。


「勝ちたい」


 単純で、それでいて強い意志を込めた言葉だった。

 深い付き合いではないが、これまで放ったどんな言葉よりも感情的である。


「そんなに王国の勝利は大事なのか」

「国はどうでもいい」


 新人類王国の繁栄だとか、ペルゼニアの復讐だとかそんなものはどうでもいい。

 今の王国にそこまで義理立てする要素はシャオランにはない。

 あるとすれば、それは今も眠り続けているタイラントへの恩義である。

 彼女がカイトを恨み、消滅させてやりたいと考えていたのは知っている。

 妹分、メラニーも彼らと関わって死んだ。

 彼女たちの無念を少しでも晴らさなければ、気が済まない。


「お姉様も、メラニーも。あなたと関わったが為に倒れてしまった」


 それ自体は仕方がないことだ。

 戦いである以上、勝った方が生き残るし負けた方が倒れてしまう。

 戦いとはそういうものだ。

 しかし、理解していていても譲れない物がある。


「あなたに勝ちたい。どんな醜い姿になっても」


 そして、


「最後にはあなたを食べて、私の栄養にする。そうすれば私はあなたを永遠に忘れず、お姉様たちの仇も取れる」

「なんだその結論」


 シャオランにとって神鷹カイトは御馳走だった。

 グルメである彼女は、極上の獲物である彼を胃袋に収めることを躊躇しない。

 舌が伸び、口の周りから溢れ出た涎を舐めとる。

 シャオランが恍惚の表情を浮かべ、笑みを作った。

 気味の悪い笑みだ。

 向けられ、カイトは心底そう思う。

 機械で作られた冷徹な顔が獣のように歪んでいる。


「腕も、足も、お腹も、お尻も、頭も、毛先や内臓まで残さない。全部私のここに入るんだ」


 お腹をさすり、嫌なアピールをしてきた。

 

「あなたを味わい尽くす」


 嗅ぎ、しゃぶり、かみ砕き、舐めとり、味わい、飲み込み、満腹感を実感する。

 強敵であればある程、シャオランは充実感を覚える女性だった。

 神鷹カイトは過去に戦ったどんな敵と比べても手強い強敵である。

 実際、自分も負けた。

 自分を打ち倒した銀女も結果的にはカイトに負けた。

 彼を見る時に生じるエラーはきっと、そういった『強敵』と『怨敵』が混じり合わさった結果なのだ。


「そして、捧げるんだ。お姉様とメラニーに、勝利を」


 羽が生え変わる。

 純白だったソレは見る見るうちに黒へと染まり、羽と羽の間から黒い光を漏らし始めていた。

 決意表明を受け取り、カイトとエレノアはたじろいでいる。

 シャオランが放つ存在感が強くなっていき、相対しづらくなっているのだ。

 元々カイトが苦手な部類なのも多分にあるのだろう。

 

『いやぁ、流石の私もアレは引くよ』


 エレノアが意識の奥底から断言する。

 自他ともにカイトのストーカーとして名を馳せた彼女だが、流石にカニバリズムの趣味は持っていない。


『元々変な子だと思ってたけどね。恨みと食欲が合わさってネジがイッちゃってるわ』

「しかもそこに目玉の追加か。これは骨が折れる仕事になる」


 成程、最初に感じた嫌な空気の正体はこれだったか。

 カイトは納得し、今のシャオランについて解析しはじめる。

 霧化はできる。

 それはつまり、物理攻撃が一切通じないことだ。

 しかし、そこにも弱点はある。

 嘗ての銀女を攻略した手段だ。


「勝負は一瞬だ。向こうも多分、そのつもりだろう」


 カイトの左目が黒に染まる。

 皮膚から溢れ出た黒は少しずつ彼の身体を侵食していき、全身に抱きつくように覆っていった。


「変な気配を察したらすぐに言え。多分、集中してて周りに目が行かない」

『はいよ』


 エレノアが了承の意を伝える。

 培養カプセルの電子音が鳴り響いたのは、その直後だった。

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