第277話 vs欠けた刃

「うう、ん」


 目を擦り、アウラが意識を覚醒させる。

 ぼんやりとした思考を正すために頬を叩き、現状の確認を行う。


「ええっ!?」


 確認するまでもなく、少し身を乗り出すだけで現状の危機的状況が理解できた。

 獄翼のコックピットに侵入し、アキナを片手で押さえつけるトゥロスの姿。

 更にはもう片方の手が操縦席にいるスバルへと届こうとしている。

 身体が頑丈なアキナはともかく、スバルには絶対に手を届かせてはならない。


「ごめんなさい!」

「うわ!」


 シートを跨ぎ、アウラが全力の蹴りをトゥロスの左手に叩きつけた。

 丸太のような巨大な腕が跳ね上がり、コックピットの天井に激突する。

 機体制御プログラムにエラーが発生し、獄翼が大きく揺らぐ。


「お、おお!?」


 がくん、と機体が揺れる。

 解き放たれたハッチから空気が一斉に流れ込み、ジェットコースターのような空気の圧力が肌を襲った。

 辛うじて生きている通信機からアーガスが問いかける。


『諸君、美しく無事かね!?』

「あ、あああああああんまり無事じゃない!」


 少なくとも美しくはない。

 その上、嘗てない大ピンチだ。

 毎回危機度を更新している気がするが、それにしたって今回はマズイ。


「この!」

「妹さん、ここで電流流さないで!」

「やりやがったな、この」

「アキナ、機器を壊すなよ!」


 状況は最悪だ。

 様々な要素が絡みあった結果ではあるのだが、その中でも特に嫌なのがコックピットという狭い空間での戦いを強いられていることにある。

 幸い、こちらは小柄な少女ふたりが前面に出ているが、相手はこの空間に収まりきらない程の巨体なのだ。

 少し暴れられただけで機体はバランスを崩してしまう。

 そして、もしもトゥロスがアキナとアウラを突破してスバルに手を出したら。

 その瞬間、獄翼は墜落して爆発する。


『ちぃ、ここでは狙えん!』


 スバル達の主張を聞き入れ、ゴールデンマジシャンとの勝負を見守っていたアーガスが悪態をつく。

 当初、ノアは言った。

 ブレイカーで勝負しよう、と。

 その結果は見ての通りだ。

 しかし、彼女はブレイカーでの勝負に負けても尚、スバル達を抹殺するつもりでいる。

 あくまでも鎧が最強なのだと証明する為なのか。

 それとも執念がそうさせるのか。

 どちらにせよ、あの発言がこの状況を想像させなかった。

 少し考えてみれば、鎧が飛び出してきてもおかしくないと考えることは出来た筈だ。


『スバル君、奴を何とかして弾き飛ばすことはできないだろうか。このままでは獄翼が墜落するぞ!』

「なんとかしてって言われても!」


 そんなことは言われなくても理解している。

 ハッチがこじ開けられたことで、アラートは鳴りっぱなしなのだ。

 シートベルトを外した瞬間、スバルは外へと放り出されてしまう。

 この狭くて不安定な空間で戦う少女たちと鎧が異常なのだ。


「簡単に言うんじゃ……ないわよ!」


 アキナが腕を退かし、トゥロスを殴りつける。

 その攻撃に合わせ、アウラも顔面に向けて蹴りを放つ。

 電子機器が集ったコックピットでは、彼女の最大の武器である電流は流せない。

 力はないが、ローラースケート越しの蹴りでなんとかするしかなかった。


「倒れろ、デカブツ!」


 アキナが全力の拳を何度も打ちつける。


「せぇい!」


 タイミングを合わせ、アウラが顔面を蹴る。

 足に装着されたローラースケートの車輪が回転し、黄金の兜を破壊した。

 トゥロスが僅かに狼狽え、ハッチから巨体が押し出される。


「え」


 効いている。

 トゥロスが怯んでいる。

 それ自体は喜ぶべきことだ。

 だが、どうして今になって。

 最初のアキナの一撃は屁でもなかったくせに。

 呆然とした表情でトゥロスを見やるスバル。

 破壊された兜の中から、いかつい男性の顔が姿を現す。

 恐らく、オリジナルである御柳エイジが巨体になったらあんな感じの顔になるのだろう。

 あまり似てないが、なんとなく雰囲気はある。

 その要因となっているのが左目についた傷跡だ。

 御柳エイジは過去、訓練中に切り刻まれて消えない傷跡ができている。

 トゥロスにも似たような物があるが、あれはきっと格納庫でカノンが命がけで付けたものだろう。

 最後に叩きつけられたアルマガニウム製の包丁が、トゥロスに対してダメージを与えた証拠でもあった。


「……そうか!」


 そこまで思い至ったところでスバルは理解した。

 鎧の――――トゥロスの弱点。

 どんなに殴っても、電流を流してもびくともしなかった巨人が倒れる、唯一の手段。


「妹さん、ローラーだ!」

「え!?」


 不意の発言でアウラが戸惑う。


「ソイツ、アルマガニウム製の武器なら倒せる!」


 思い返せば簡単な話だ。

 王国ではカイトの爪にやられ、格納庫ではカノンの包丁で傷を負った。

 あるいは巨人の身を覆っている鎧がそうさせていたのかはわからない。

 いずれにせよ、兜が弾かれた今がチャンスだった。


「顔面だ。そこさえ狙えば!」

『正解だよ、スバル君』


 トゥロスから気味の悪い声が響く。

 最初に通信で聞いた声だ。


『確かにトゥロスは他の鎧に比べて防御能力が高い。分厚い皮膚と鎧を前にしたら、彼女たちくらいではどうしようもないのさ』


 ゆえに、アルマガニウム製の武器が脅威となる。

 それも鎧の中の皮膚に直接当たったら、致命傷となりかねない。


『けど、それがどうした!』


 巨人の背中から翼が飛び出した。

 一枚一枚が刃のように鋭い金の羽がコックピットの中に入り込み、機器を破壊していく。


「仮面狼さん!」

「ちょっと!」


 アウラとアキナが反射的に飛び出し、スバルと獄翼の内蔵機器を守るようにして立ち塞がった。

 とはいえ、彼女たちは小柄な少女である。

 トゥロスの巨体から放たれた金の刃はその隙間を通り過ぎ、幾つかの羽がコックピットに命中した。


「あううっ!」


 特に生身のまま飛び出したアウラは重症だった。

 大多数はアキナが受け止めたとはいえ、幾つかの刃はアウラの手足に突き刺さっている。

 また、スバルにも被害が及んでいた。


「い、づ……!」


 スバルの左肩に金色の小さな刃が突き刺さっている。

 包丁で指を切った時以来に感じる痛みをダイレクトに感じ、スバルは悶絶した。


「やべぇ!」


 だが、被害はそれだけに留まらない。

 内部の機器がショートし、小さな爆発を起こしていく。

 もはやちょっとした火事だった。

 コックピットの中は、一瞬にして地獄絵図へと早変わりしていく。

 警報音が生き残ったスクリーンを通じて脱出を推奨してくる。


「くそ、制御が!」


 操縦桿を懸命に動かすも、どうやら飛行ユニットの制御プログラムに異常が発生したらしい。

 飛行力を完全に失った黒い機体は、重力に従って真っ逆さまに落下していく。


『はは、頼みのXXXの妹ちゃんは足をやられて、スバル君も操縦ができない。私の勝ちだ!』

「いや!」


 完全に勝ったと慢心していたのだろう。

 反撃を受ける前のスバルもそうだったのだ。

 その気持ちはよく分かる。


「まだだっ!」

「まだよ!」


 スバルとアキナが同時に吼えた。

 落下の勢いに身を任せ、唯一五体満足なアキナがトゥロスに飛びかかる。


「武器が無くても、中身剥き出しならアタシにだって!」

『嘗めるな、小娘!』


 トゥロスが右拳を前に突き出した。

 強烈な風圧が機体を押し潰そうとするも、アキナはそれを素手でキャッチ。


「んぎぃ……!」


 嗚咽が漏れる。

 鋼鉄化した身体でも、かなりの負荷がかかるのが目に見えて理解できた。

 しかし、チャンスではある。

 彼女が狙ってそうしたのかは分からないが、今トゥロスを倒せるのはアキナしかいない。


「アキナ、これ!」


 操縦桿から手を離し、コックピットの片隅に置いておいた物体をアキナに放り投げる。

 キャッチ。

 鋼の掌の中に、刀の柄が収まった。


「これは」


 アキナはそれを見たことがある。

 何度かこれで斬りかかられた記憶もあった。

 ただ、記憶とは少し形状が違う。

 自身の胴体くらいはありそうな刀身が、見事にへし折れているのだ。


「カノンのだ!」


 言われなくてもわかっている。

 この刀はあの根暗のチームメイトが残した代物だ。

 このへし折れた刀身に、どういった事情があるかは知らない。

 だが、へし折れた刀身でも欠けた刃があればそれで十分だ。


『それは、あの時の』


 折れた刀。

 トゥロスの視界を通じてそれを見たノアが、驚愕を隠せない声色で言う。


『ふざけるな! 今頃そんな物を引っ張り出したところで!』

「それでも、脳にぶっさせば化物でも倒すことができる!」


 アキナが犬歯を剥き出し、トゥロスの拳から脱出した。

 落下の勢いに身を任せた為、巨体との距離は殆どない。

 左拳が迫る。

 アキナはそれを軽く蹴り上げ、一気にトゥロスの顔面へと跳びついた。

 欠けた刃がきらりと光り、頭部目掛けて振り下ろされる。


『馬鹿な……』


 呆然自失。

 魂の抜けたような覇気のない声で、ノアは呟く。


『私の鎧が、こんな折れた刀で――――』


 それ以上の言葉は聞こえなかった。

 脱力したトゥロスが風圧によって吹っ飛ばされる。


「わぁ!?」


 これまでトゥロスが遮っていたお陰で殆ど入ってこなかった風が、一斉に流れ込んでくる。

 今にも投げ流されてしまいそうになるのを懸命に堪えつつも、スバルは肩に刺さった刃に手をつける。

 だが、その手を握りしめるひんやりとした感触があった。


「止めときなさい。抜いたら血が出るわよ」

「アキナ」

「今から跳ぶわよ。アウラも、いいわね!?」

「え、ここから!?」


 そんな、パラシュートも無しでジャンプするというのか。

 訝しげに見やるスバルの視線に気づき、アキナが睨む。


「文句があっても我慢しなさい。ほら、さっさとベルト外す!」

「ま、待って! これ外したら本当にやばいって!」

「抵抗すんな!」


 懸命に手を前に出して静止を促すも、アキナは聞く耳持たず。

 ベストを無残に剥ぎ取られると、そのまま小さな肩に担がれた。

 全身に刃を受けたアウラも同様である。


「よっしゃ、行くわよ!」

「待て待て待て! 死ぬ! この高さから飛び降りたら衝撃で死ぬ!」

「アタシは堅いのが自慢なの!」


 スバルの悲鳴にも近い懇願が風にかき消された。

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