第276話 vsトゥロス

 振り降ろされた刃が、金色に輝く装甲を抉り取る。

 上から下へと一閃された直線に従い、ゴールデンマジシャンの胸部はそのまま削られた。

 コックピットの中身まで見えたのだ。

 刀を後少しでも押し込めていれば、中にいたパイロットは見るも無残な姿になっていたことだろう。

 もっとも、相手は人智を超越した存在だった。

 装甲を削られ、己の姿を敵に晒しても動じることはない。


「びびらせたら勝ちだけど」


 後部座席のアキナも鎧の姿を確認し、睨む。


「びびるわけないわよね、あれが!」

「でも、バリアは無い!」


 障壁は切り裂いた。

 獄翼とゴールデンマジシャンの間に壁は無い。

 距離としてもこちらが有利だ。


「一気に行くぞ!」


 ゆえに、ここで仕留める。

 縦に割れたバリアの破片が空に散る中、獄翼は再度刀を振るった。

 鋭利な切っ先が胴体に直撃し、そのまま真横へと一閃される。


「やった!?」

「まだだ!」


 パイロットが座る胴体を狙った、殺意溢れる一打だった。

 だが、ゴールデンマジシャンは後退することでその一撃を間一髪で回避している。

 獄翼が付けることができたのは、胴体に刻まれた十字マークだけだった。


「逃がすかよ!」


 だが、倒しきれなくても確実に勢いはついて来ている。

 生身では難攻不落だった鎧も、ブレイカー戦では脆い。

 機体を動かし、刀を避けたのがいい証拠だ。

 勝てる。

 スバル達は加速しつつも、3人同時に同じ思考に至った。


「くらえ!」


 がら空きになったコックピット目掛け、刀の切っ先を叩きつける。

 突きの形でゴールデンマジシャンに命中したそれは容赦なく胸をこじ開け、中にいるトゥロスに強烈な衝撃を与えた。


「やった!」


 スバルの顔色が歓喜に染まる。

 身体を貫かれたゴールデンマジシャンがバランスを崩し、飛行ユニットもゆっくりと起動を停止した。


「勝った……勝ったんだ!」

「勝ったの?」


 後ろで信じられないものを見たかのように呆然とするアキナ。

 何度か目を擦って目の前の光景を確認する。

 刀がゴールデンマジシャンを貫いているのは間違いない。

 あそこにトゥロスがいるのも確認している。

 だから切っ先が背中を貫いている以上、そこにいたトゥロスもミンチになっていて然るべきだ。

 そこまでは理解できる。

 死んでなければおかしい。

 鎧と言えども、ブレイカーサイズの斬撃を正面から受けては無事では済まない筈だ。

 いかに化物とはいえ、死ぬことは既に立証されている。

 しかし、この表現しきれない不安は一体なんだ。

 ゴールデンマジシャンは機能を停止している。

 散々光の矢を放ってきた金色のマシンは、もう使い物にならなくなった筈だ。

 例え動けたとしてもコックピットを潰されては修理が必要になる。


『……アキナ、私達って本当に勝ったの?』


 アウラが呟く。

 彼女もアキナと同様の疑問を感じていた。


『私、姉さんと一緒にアイツと戦ったわ。だから何となく分かるんだけど』


 格納庫での惨劇をアウラは思い出す。

 自分よりも体格があり、圧倒的な威圧感を放っていた金色の巨人。

 あらゆる攻撃が通じず、なされるがままだった。

 そんなトゥロスが放つ、巨大な存在感。

 体格をそのまま再現したかのようなオーラが、ブレイカーの装甲越しでもひしひしと伝わってきている。


『まだ目の前にいるような感じがするの』


 SYSTEM Xによって機体と精神が一体化した弊害であるのなら、それでいい。

 だが、もしも自分が感じる存在感が間違いじゃなかったとしたら、どうなる。

 姉の時と同じような取り返しのつかない事態に発展するのではないか。


『仮面狼さん、刀を抜いて!』

「で、でもさ。シンジュクで鎧と戦ったけど、アイツも刃を受けて撤退したし」

「早く!」


 アウラとアキナのふたりから怒鳴られ、スバルは若干肩を震わせる。

 彼女たちの危惧する事態は、スバルも何となく予想はつく。

 至近距離でアウラの懸念事項を聞いていたのだ。

 同時に、格納庫でその存在感を見せつけられたひとりでもある。

 だからこそ、否定しきることができなかった。

 スバルは息を飲み、ゆっくりと操縦桿を引く。

 その動作に合わせ、獄翼も刀を引き抜いていった。

 しかし、その動作は途中で停止する。


「え?」


 刀が抜けない。

 飛行ユニットを点火し、退いてみるもびくともしなかった。


「そ、そんな!」

「やっぱり!」


 串刺しになったコックピット。

 そこに叩きつけた刀が、まるで沼に嵌ったようにして抜けなくなってしまっている。


「アイツ、まだ生きてるわよ!」

『この!』


 コックピット目掛け、獄翼が蹴りを放つ。

 脚部から伸びる車輪が回転し、ゴールデンマジシャンの胸部へと押し付けられた。

 金のボディがひしゃげる。

 だが、刀は一向に抜ける気配を見せない。


「なんでだよ! どうして抜けねぇんだ!?」


 刀を手放せばそれで済む話ではある。

 しかし、コックピットを破壊しても尚、異様な働きを行う金のブレイカーに恐怖を感じられずにはいられない。


『この!』


 アウラが思いっきり蹴りを入れ、コックピットの装甲を弾き飛ばす。

 右足から流れる電流が胴体に炸裂し、ゴールデンマジシャンを痙攣させた。

 しかし、アウラは見る。

 電流によってゴールデンマジシャンが爆発する中、こちらを見続ける金色の巨人の姿を。

 コックピットに佇み、中に侵入していた刀を片手でやり過ごしていたソイツは、ゆっくりと操縦席から起き上がる。


『仮面狼さん、離れて!』

「え!?」


 声をかけるも、気付くのが遅かった。

 トゥロスはコックピットから噴き出す爆風の中から飛び出し、一直線に獄翼へと跳びついてくる。


「いいっ!?」

「ちぃっ!」


 スバルが驚愕し、アキナが舌打ちする。

 綺麗にコックピットに飛び乗った金色が、力任せにハッチをこじ開けはじめた。


「退いて!」

「ちょ、ちょっと!」


 後部座席からアキナが身を乗り出し、スバルの前に出る。

 ハッチが解き放たれた。

 姿を現した金の巨人を前にして、アキナが吼える。


「どぉりゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」


 皮膚を鋼鉄化させ、巨人の胴体に拳を撃ちこんだ。

 金属がぶつかる音が鳴り響くも、トゥロスはびくともしていない。


「くそ!」


 ヘルメットを脱ぎ捨て、SYSTEM Xを強制解除させる。

 これで機体に取り込まれたアウラは戻ってくる筈だが、時間は多少かかるだろう。


「妹さんが戻る。それまで何とか持たせて!」

「冗談言わないで!」


 トゥロスを打ち付けるアキナが一瞬振り返り、鋭い視線を送ってくる。


「もう目と鼻の先よ! 戻ってくるのなんか待っていられるか!」

「いないよりはマシだろ!」

「それより、アンタは機体バランスをとりなさいよ!」


 もう会話のキャッチボールをする余裕もない。

 元から自分の欲求だけを素直に口にするアキナであったが、今がどれだけ危機的状況なのかはよく理解している。


「これが落ちたら、アンタ死ぬのよ!?」

「前!」


 怒鳴るアキナに怒鳴り返し、眼前の敵に視線を向けさせる。

 アキナの一撃に動じる気配のなかったトゥロスがハッチを捻じ切り、いよいよアキナに襲い掛かってきたのだ。

 迫る巨大な腕。

 普段なら身軽さを武器にしてかわすところだが、この獄翼のコックピットではそんな真似は出来ない。


「こんの!」


 ゆえに、ひたすら攻撃するしかなかった。

 後ろにはひ弱なスバルとアウラもいる。

 ここで自分が退けばどうなってしまうか、アキナは理解していた。

 別段、彼らに対して義理があるわけではない。

 ただ、自分から乗った手前、見殺しにするのはあまりに無責任な気がした。


「落ちろよ、デカブツ!」


 胴体だけではなく、足や脇腹。

 果てには股間まで蹴り上げてみる。

 しかし、そのいずれもトゥロスに対して致命的なダメージを負わせる事はできずにいた。

 寧ろ、それに対するリアクションすらない。


「くそっ、化物!」


 アキナが悪態をつく。

 じわじわと近づいてくる丸太のような腕が、まるで迫るギロチンの刃のようにも思えた。

 アレに捕まるのはやばい。

 鋼鉄化した状態でも、本能がそう叫んでいる。


「…………」


 そんなトゥロスを前にして、スバルは疑問に思う。

 格納庫から感じていた事だ。

 この金の鎧とは以前にも会った事がある。

 王国から脱走する際、カイトやエイジとやりあっていたのだ。

 スバルは途中からその場に遭遇したので、具体的にどういった戦いが展開されたのかは知らない。

 しかし、少し見た限り。

 この金の鎧はダメージを無力化できる能力者ではない筈なのだ。

 コイツはカイトに傷をつけられた。

 カノンにも、だ。

 いかに身体が頑丈でも、傷をつけることはできる筈だ。

 では、弱点があるのか。

 スバルは思い出す。

 これまでトゥロスが血を流した個所は顔面と脇腹。

 しかし脇腹はアキナが殴っても、まるで動じる気配がなかった。

 あの時と今の違いは、いったいなんだ。

 スバルは考える。

 眼前の脅威に怯えながらも、懸命に。

 金の破壊神がアキナの腕を掴み、そのまま叩きつけた。

 コックピットが大きく揺れる。

 飛行してバランスを保っていた獄翼のボディが落下を始めた。

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