第275話 vs姉妹と刀

 ワシントン基地を黒い巨人が駆け巡る。

 足から飛び出した鋼鉄の車輪は激しいプラズマを飛び散らせながらも加速し、金のブレイカーから放出されるエネルギー波を華麗に避けていく。


「ところで」


 お預けを食らい、不貞腐れながらもアキナが言う。


「名前がわかんなかったら殴り甲斐がないわね。あれ、何て名前?」

「さあね!」


 恐らくあれはトゥロス専用のブレイカーなのだろう。

 金色のブレイカーなんて見たことがないし、頭が牛の人型ブレイカーなんて初めて見た。

 だが、その特徴から敢えて名前を付けるなら、


「ミノタウロスとかどうよ!」

「ありふれた名前ね。センスがないわ」

「じゃあお前なら何てつける!?」


 ダメだしされ、若干憤りを感じながらもスバルは問う。

 『ふふん』と胸を張ると、アキナは自信満々な態度でこう言った。


「ゴールデンマジシャンなんていいと思わない?」

「……」


 これ以上のやり取りは不毛だ。

 直感的にそう感じた。

 偶には意見の食い違いがあっても退いてあげるのは大事な事だ。

 アキナの主張を受け入れ、敵の名前をゴールデンマジシャン――――略して金マジと入力し、再び睨む。


『なんか、仲良さそうですよね』


 コックピットにアウラの溜息にも似た呆れの声が響いてくる。

 だが、彼女のそれとない文句に対し、スバルとアキナは揃って叫んだ。


「誰がこんな奴と!」

「趣味悪い事言わないでよね!」

『すっごい仲良いですよね!』


 確信した。

 このふたり、一度意気投合したらそのままずっと仲良くし続けるタイプだ。

 なんやかんやで喧嘩しつつも、最終的には良き理解者となっているオチである。

 亡き姉の持っていた漫画ではよくそういう描写があったので、たぶん間違いない。

 そして丁度、ふたりの意思を合致させる敵が目の前にいる。


「コイツと組むのはアイツを倒す為だ!」

「こっちの台詞よあほんだら!」


 こんな台詞を吐いているが、終わったらそのままの勢いでハイタッチを交わしそうな気がした。

 それ自体は悪い事ではない。

 味方が増えるのはいいことだし、仲は良くなかったとはいえ昔馴染みなのだ。

 敵対し続けるよりはいい。

 面白くはないが。


『ぐぬぬ……』

「妹さん、前!」


 唸っていると、正面から光の矢が飛んできた。

 一本だけではない。

 右、左、真上から合計10本。

 アウラはその隙間を経験則から導き、突破を試みる。


『ごめなさい、ちょっと時間貰います』

「こっちが死なないなら問題ない!」


 それはありがたいお許しだ。

 アウラは己の意思で獄翼のボディを動かし、ローラースケートで大地を蹴る。

 不思議な感覚だった。

 SYSTEMに取り込まれること自体はダークストーカーに搭乗した時から何度か経験しているので、そこまで妙な感覚があるわけではない。

 ただ、機体が変わるだけでちょっとした違和感を感じたのだ。

 恐らく、慣れもあるだろう。

 だがそれ以上に感じるのは、憧れだったカイトたちと同じ感覚を味わっているという戸惑いと喜び。

 そして目の前にいる金のブレイカーに対する憎悪だ。

 姉がひとりで頑張っている中、自分は無様に倒れて何もできなかった。

 あの時、上手く防御できていれば。

 あるいは避けることができていれば、カノンはここにいたかもしれない。

 だが、彼女はもう帰ってこない場所に行ってしまった。

 だからそれが全てなのだ。

 悲しい事だが、それで終わりの話になってしまう。

 しかし、終わらせたくない気持ちがあるのは事実だ。

 姉が命を賭けて守り通したこの生命。

 せめて自分たちが大切に思っている物の為に使おう。

 その為には、アイツは邪魔だ。


『ねえ、あなたから見たら私は雑魚なんでしょう?』


 トゥロスと、それを操っているであろうノアに対して叫ぶ。

 アウラは新人類王国の兵の中ではエリートでも、XXXの中では下から数えた方が早い。

 第一期の先輩たちが脱走する前と後でも、その地位は変わらなかった。

 カノンとアウラは不完全だ。

 ふたりでセットになって戦い、どちらかでも欠けたら使い物にならなくなるとまで評されたこともあった。

 認めよう。

 自分たちは憧れのカイト達に比べたら雑魚でしかない。

 機械のように動き、敵を殲滅する鎧にとってはRPGの序盤にでてくる雑魚敵とあまり大差がないように見える筈だ。

 だが、雑魚でも譲れない物がある。

 みっともなくしがみ付いて、手放したくない物がある。

 姉と一緒に築き上げたソレさえあれば、戦えるのだ。

 どんな奴にだって。


『教えてあげる。雑魚でも戦えるのよ!』


 ローラースケートが加速する。

 獄翼が胴体を捻り、襲い掛かる矢の隙間を潜り抜けていった。

 それだけではない。


『せいやぁ!』


 最後に飛んできた矢に向けて蹴りを放ち、弾き返す。

 矢の形状は弾丸のような丸みを帯びた形に代わり、そのまま勢いに身を任せて飛んでいく。

 矛先の向こうに佇むのはゴールデンマジシャン。

 金色の巨人は杖を大きく掲げると、己の周辺にエネルギーの膜を張り巡らせた。


「バリアだ!」

「なんでもありね、あの杖!」


 矢がバリアに着弾し、霧散する。

 攻撃と防御のどちらにでも使える武器だ。

 機体に内蔵されているバリアなら何度か見たことがあるが、武器から全方位を守るバリアを発生させるというのは珍しいパターンである。


「けど、それもサイキネルで通った道だ!」


 バリアあり、火力ありのトンデモマシンを思い出しながらスバルが叫ぶ。


「因みに、どうやって勝ったの?」

「……か、カイトさんが切り裂いて」

「アンタは役立たずじゃん」

「五月蠅い!」


 確かに、そういう機体を相手にして倒しまくってきたカイトはここにいない。

 だが、破る事は不可能ではない筈だ。


「妹さん、操縦任せて!」

『了解!』


 矢を弾き返し、バリアを張ったお陰で敵の動きが止まった。

 あのタイプのバリアは己自身をシャボン玉のように覆い尽くす為、一時的に動きが制限されるのだ。

 嘗てシンジュクで戦ったモグラ頭がいい例である。

 恐らくあれも同じ類のバリアだ。

 あの時、カイトは言った。

 モグラ頭の中の人はバリアのスペシャリストだ、と。

 ならば、あれを破った物と同種の武器をぶつければ切り裂くことができる。


「間合い、入ったわよ!」

「言われなくても!」


 遠回しに交代させろと主張するアキナだが、あくまでスバルは己の操縦に拘った。

 彼女に攻撃役を譲るのはいい。

 アウラにそのまま攻撃を任せてもいいだろう。

 多分、どちらに任せたところでバリアは何とかなる。

 だが、一発だけでも目に物見せてやらないと気が済まない。


「この野郎ぉ!」


 バリアの正面まで迫り、獄翼が鞘から刀を引き抜く。

 弟子が必死に戦果をあげ、手に入れた武器。

 あれからこの刀には何度も世話になった。

 助けられた数なんて数えていけばキリがない。

 これが無かったら自分は今頃ここにはいなかっただろう。

 彼女には随分と助けられた。

 不器用で不気味で、ちょっと人付き合いが苦手な女の子だったけども、そんな彼女の為に何かができるかと考えたら、やはりこれしかなかった。

 切っ先がバリアに触れる。

 ばちん、と激しい火花が散り、透明の膜にひびが入った。

 刃がバリアの中へと沈んでいく。


「届け!」


 スバルは願う。

 神様、もしも本当にいるのならあの可哀そうな弟子の仇を取らせてくれ、と。

 なんで助けてやれなかったのだと恨み言を呟きたい気持ちは、正直ある。

 けれでも、言ったところで彼女が帰ってくるわけではない。

 何度も助けてもらった。

 彼女がいたからここまで戦ってこれたのだ。

 そのお礼も何も言えてないのに、さよならをしてしまった。

 自分がいたせいで彼女はあんなところで苦しむ羽目になったのだ。

 その事実がただ恨めしくて、苦しくてたまらない。

 きっとアウラも同じ気持ちだろう。

 だから最低でも一発ずつは入れさせてもらうつもりだ。

 そうしないと気が済まない。

 昂ぶる感情が、ようやくたどり着いたゴール地点に向かって溢れ出していく。


「届けええええええええええええええええええええっ!」


 弟子から貰い受けた一本の刃が、ゴールデンマジシャンのバリアを縦に引き裂いた。

 振り抜いた衝撃で胸部に切れ目が入り、その隙間から金色に輝く何かが見える。

 カメラ越しで目が合った。

 ギリギリのところで押し留めていた感情が突き抜け、スバルは己の思うがままに刀を振るう。

 その意思に合わせ、獄翼が刀を握り直した。

 金色の兜の中から深い黒の色が広がっていくことには、誰も気付けなかった。

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