第274話 vs金の魔法使い

 赤い塊が飛び散る。

 御柳エイジと呼ばれていた人間を構成していた物質が飛び散り、廊下を赤く染めていった。

 まるでトマトを地面に叩きつけたかのように、赤が広がっていく。


「あ、あ……」


 その光景を目の当たりにして、シデンは声が出なかった。

 直前に発射された弾丸はゲイザーの鎧に阻まれ、敵の肌を貫通していない。

 

「良い判断だと思う」


 ゲイザーが長刀を振り、静かに告げた。

 誰に対してでもない。

 強いて言うなら、ついさっきそこにいた男に対する餞別だった。


「あの怪我では足手纏いになる。それを恐れ、奴だけ逃したか」


 言うまでもなく、ふたりまとめて消し飛ばすつもりだった。

 あのまま振り抜けば、それは十分実現できた筈だ。

 それが防がれたのは御柳エイジによる咄嗟の判断である。


「だが、それがどうした」


 リオールを倒し、パスケィドを追い詰めたのは見事だ。

 それだけでも十分称賛できる。

 しかし、詰めが甘い。

 突き飛ばしたところで、ほんの数秒だけ寿命が延びるだけなのだ。

 そこまで考える余裕が無かったのかもしれないが、そうだとしても哀れな最期である。


「お前もここまでだ」


 刀の切っ先をシデンに向け、ゲイザーが殺意を剥き出しにする。

 王国では邪魔が入って逃がしてしまったが、今度はその邪魔を先に潰した。

 もう六道シデンに逃げ場などない。


「安心しろ。痛いのは最初だけだ」


 刀が一閃される。

 だが、振り降ろされる直前。

 六道シデンの足に取り付けられていた6つの牙が床に落ちた。


「ん?」


 青い影が刀と自分の間に潜り込んでくる。

 影は刀を持つ右手を掴むと、力の限り捻りあげた。


「いい加減にしろよ、お前」


 至近距離まで接近した六道シデンが、鬼のような形相でゲイザーを睨みつける。

 違う。

 王国で相対した時と比べると明らかに雰囲気が違う。

 それにパワーも。

 彼のクローンであるアクエリオとは何度か模擬戦を行った事がある。

 必要に応じて格闘戦を強いられたこともあった。

 ところが、青のオリジナルはその時のパワーを遥かに凌駕していた。

 ひんやりとした空気が廊下を覆っていく。


「やりやがったな!」


 怒りの眼差しを向けたと同時、シデンの手から冷気が放出された。

 掴まれた腕は凝結し、細胞が動きを停止する。


「がぁあっ!?」


 呻き、ゲイザーは蹴りを放つ。

 だが、それもシデンによって掴まれた。


「なんだと!」


 そんな馬鹿な。

 六道シデンは身体能力を伸ばした新人類ではない筈だ。

 どうして純粋なパワーで力負けしている。

 疑問が湧き立ち、押し寄せた。

 ゲイザーの腕にひびが入る。

 鎧越しに凍結した皮膚は、シデンの握力に耐えきれずに悲鳴をあげていた。


「くそ!」


 ゲイザーは痛みを感じない。

 片腕を破壊されたところで、その隙を狙って刀を振るえばシデンもエイジのように消し飛ぶ。

 だが、腕その物を破壊されたらどうなってしまうか。

 オジリナルであるカイトは腕その物を無くしてしまった後、新たな腕は義手を取り付けることでカバーしたのだそうだ。

 つまり、トカゲの様に新しい手が生えてくることはない。

 そんな状態で、ゲイザーが狙う本当の敵と戦えるか。

 答えは否だ。

 真剣に相対したからこそ、ゲイザーは知っている。

 オリジナルと旧人類の少年は、片手で倒せるような甘い相手ではない。

 更に言えば、決着の時もそろそろ近づいてきている。

 このサムタックが破壊されようが、リバーラ王は諦めずに攻め続けることだろう。

 だが、その時にノアは生きているのか。

 自身の調整、修理を行うのは鎧の管理者であるノアだけだ。

 研究の引継ぎを行った痕跡はないし、資金の関係上、人員は自分だけに絞っているのがあの女のやり方だった。

 要するに、ここで身体を破壊されたら次の戦いに参加できない。

 その『次』が今日なのか明日になるのかは置いておくが、本来の敵の事を思えばここで身体の欠落を出すのはあまりいいとは言えなかった。


「退け!」


 ゆえに、ゲイザーは無理やりシデンを振り払う。

 兜越しの頭突きを食らわせた後、残された左手で小さな体を突き飛ばす。

 僅かにシデンが後ずさるも、それだけあれば撤退には十分だった。


「待て、逃げるのか!」

「貴様は念入りに殺す必要がある。そう焦るな」


 どちらにせよ、六道シデンについてはデータの見直しが必要だ。

 少なくとも怪我人であるパスケィドで倒せるような甘ちゃんじゃない。

 御柳エイジがリオールとパスケィドのふたりがかりでも倒しきれなかったことを考えれば、彼には残りの鎧をフル投入してもいいのではないかとさえ思ってしまう。

 いずれにせよ、五体満足の内にオリジナルか旧人類の少年のどちらかと決着をつけたい。

 だからこの場はパスケィドを回収して去ろう。

 オリジナルがあんなゲテモノ集団に負けることは考えられない。

 彼ならばきっと、ここまで生き残って辿り着く筈だ。

 不思議な信頼感で己を納得させると、ゲイザーは廊下を疾走。

 パスケィドを担ぎ、羽の中へと消えていった。

 残されたシデンの虚しい雄叫びだけが、サムタックに木霊する。







 ブレイカーには基本的に3種類のタイプがいる。

 この辺の説明は何度もしているので細かいところは省くが、スバルはその中でも更に分類が可能だと考えていた。

 火力を前面に押し出すタイプ。

 スピードを出すタイプ。

 そしてトリッキーな武装で相手を翻弄するタイプだ。

 基本的な機種に加え、更にこれらの要素をどう伸ばしていくかでブレイカーの個性が決まるとスバルは考えている。

 一般的に、スピードの出やすい機体の速度を更にあげれば強い。

 火力も同様だ。

 では、目の前にいる金色のブレイカーはどうか。


「高エネルギー感知! またアレが来ます!」


 後部座席に座るアウラが報告すると、スバルは無言で操縦桿を動かした。

 獄翼がMAXスピードのまま旋回すると、その場に巨大な光の刃が突き刺さる。

 光は床に着弾すると同時に弾け飛び、付近に爆炎を生んでいった。

 爆風の余波が獄翼に伝わる。


「ぐうぅ!」

「ダメージないんでしょうね!」


 激しい振動を受け、アキナが吼える。


「そう思うなら、少しは自分でダメージ確認すればいいでしょう!」

「アンタがそういうの得意そうだから任せてるんじゃない!」

「勝手な事を!」

「ねえ、次のシステム稼働時間まだ!?」


 聞く耳持たずのアキナに対して怪訝な表情になるも、アウラは様々な計測器から目を離さない。

 

「次に使用可能な時間まで後1分!」

「持たせなさい! なんとしてでも!」

「耳元で叫ぶな!」


 今にも操縦席に噛みついてきかねないアキナに対し、スバルも叫んでしまう。

 未だかつて、こんなに騒がしいコックピットは無かっただろう。

 賑やかなのはいい事だと思うが、それにしたって状況が状況だ。

 あの金のブレイカーは機動性と火力を兼ね揃えた機体だ。

 同時に、トリッキーでもある。

 数分の間タイマンで戦い続けた結果、スバルはそう判断していた。

 まず、獄翼に追いつく超スピード。

 機体自体は半年前の最新機とは言え、ペルゼニア用にチューンアップされた仕様なのだ。

 それに追いついてくるブレイカーなど、指で数えられるくらいしか知らない。

 武装もトリッキーだ。

 金色のブレイカーが持つ武装は剣や銃と言った分かりやすいものではなく、杖だったのである。

 先程の光の刃もその先端から放たれたものだ。

 なんというか、魔法使いの杖なんてのがあるなら正にこれが当てはまると思う。


「あの武器、なんなんだよ!」


 古今東西、あらゆるブレイカーを見てきたスバルでも初めて見る武装だった。

 巨大生物や大怪獣とも戦ってきたスバルでも、魔法使いばかりは今回が初めてである。

 それらしい恰好をした人間とは会った事があるが、それでもここまで絵本の中の悪い魔法使いを再現していない。


「アキナ、知ってる?」

「いいえ、始めて見る武器よ」


 つい最近まで王国にいたアキナですら知らない武装だった。

 恐らく、鎧の為に開発された新兵器なのだろう。


「どっちにしろ、びびってたら勝てないわけよ」


 アキナの意見はあくまで突撃である。

 獄翼の武装は接近戦に特化されているのもあり、撃ち合いでは分が悪い。

 悔しいが、認めざるを得ないだろう。


「ねえ、アンタってカノンの師匠なんでしょ」

「それがどうした!」

「あれに挑むんだったら、当たってもそのまま砕ける勢いでやっちゃいなさいよ!」

「殺す気か!?」

「そのつもりで挑めっつってんの!」


 滅茶苦茶だ。

 こういう理論はあまり好きではない。

 ただ、言いたいことはそれとなく理解できるから悔しい。


「システム復旧完了!」


 そんなやり取りをしている内に、SYSTEM Xが再稼働をし始めた。

 待ってましたと言わんばかりに手を叩くと、スバルは迷うことなくヘルメットを被る。


「よっしゃ、やるわよ!」


 スバルの動作を見て、満足げに笑みを浮かべながらアキナもヘルメットに手を伸ばす。

 しかし、その手はコードに繋がれたヘルメットから遠ざかって行った。


「え?」


 代わりにヘルメットの前に出たのはアウラの席である。

 獄翼名物、回転する後部座席だった。

 アウラの座席を正面に置き換えると、スバルは同調を促す。


「妹さん、まずは接近したい。頼める?」

「了解!」


 勝ち誇ったようにアキナを一瞥すると、アウラはコードに繋がれたヘルメットを被る。

 青筋を立てたアキナが手を伸ばして頭を叩き始めるが、痛くない。

 ぺちぺちと不毛な争いの音を耳で拾いつつも、スバルは獄翼の脚部が展開するのを確認した。

 ローラースケートだ。

 足の裏から飛び出した車輪が猛烈な回転をし始め、アスファルトの上に触れる。

 火花が散り、加速力の為すままに獄翼は地を走った。


「ねえ、どうしてアタシじゃないの!?」


 後ろでアキナが喚く。

 頬っぺたを捻られ、餅の様に広げられながらもスバルは主張した。


「加速なら妹さんの方が優秀だろ!?」

「強いのアタシだもん!」

「じゃあ、後で活躍してくれ!」


 どっちにしろ、アキナでは接近しなければ話にならない。

 まずはあの金の魔法使いの懐に飛び込み、決定的な一打を与えることに集中するのだ。


「行けるんでしょうね。さっきまで戸惑ってたけど」

「やってやるさ!」


 訝しげな視線を肌で感じつつも、スバルはこれまでの戦いを思い出す。

 自分の力だけでは解決できなかったことも、大体後部座席の凄い連中の力を借りてなんとかしてきた。

 だから、何時もと一緒なのだ。


「大体いつも、こんな感じだから!」

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