第270話 vsリオール

 黒い床の上に叩きつけられ、エイジは悶絶。

 背中を擦りながら起き上るも、労わっている余裕はそこまでない。


「まずは俺から始末しようってわけかい」


 眼前に降り立ったふたりの鎧。

 右のリオール。

 左のパスケィド。

 彼らは自分たちのテリトリーにエイジを連れ込み、確実にひとりずつ潰していくつもりだ。

 鎧に絶対的な自信を持っているノアにしては、随分と肝の小さな作戦だと思う。

 とはいえ、慎重にいきたくなる気持ちも理解できる。

 既に4体を失い、トゥロスも格下だと思っていた相手に傷つけられたのだ。

 嫌でも考え方を改めなければならないと思うのは当然だ。


「まあ、このふたりも潰すけどな」


 鎧は強い。

 実際に体験したことだ。

 多分、タイマンで勝てたら万歳といった感じだろう。

 だが、どちらにしたっていずれは通らなければならない壁なのだ。

 破壊するなら早いに越したことはない。


「さて、と」


 腕を組みながら佇む2体の鎧を睨みつける。

 橙は先程のやり取りから察するに、グスタフのクローンだろう。

 そして黄緑はゼクティスとジャオウのハイブリットといったところだろうか。

 前者は攻撃主体、後者が支援主体だと考えれば中々に面倒くさい組み合わせだ。

 ふたりのオリジナルの特徴を思い出しつつ、エイジは考える。

 残念だが自分の身体はひとつだけだ。

 ミジンコの様に上手く分裂できるわけではない。

 相手がふたりがかりで攻めてくるなら、こちらはどちらか一方を集中的に攻撃することでコンビを崩すだけだ。

 では、どちらから倒すか。

 方や対人能力に優れた橙。

 方やこの異空間を作り出した黄緑。

 兎にも角にも、分断されたことによって危機的状況にあることを考えると、自然と標的は決まった。


「覚悟できてんだろうな。ああん!?」


 スコップを担ぎ、改めてガン付ける。

 その態度に怯むことはないが、鎧は戦闘合図だと受け取っていた。


「!」


 オレンジが突っ込んでくる。

 てっきり超重力で一気に仕留めてくるのかと思ったが、わざわざエイジの射程に入ってくる気だった。


「嘗めてんのかテメェ!?」


 ならば目に物見せてやろう。

 エイジが走り始める。

 スコップを振るい、その刃先を鎧の首に向けた。


「重力だろうが何だろうが、根性の勝負なら負けねぇぞ!」


 御柳エイジが磨き続けた力。

 腕力。

 肉弾戦において、エイジは絶対的な自信を持っている。

 相手が鎧だとしても、負ける気はない。


「こん野郎がぁ!」


 スコップがリオールの脳天をかち割った。

 兜に亀裂が入り、頭部から顎にかけて崩れていく。

 だが、そんなことを意に介すこともなくリオールの両手がエイジの頭を掴んだ。

 ヘッドホンをはめるかのようにして抑えられたエイジは、リオールの顔を睨む。


「お前かよ……!」


 兜が崩れ落ちる。

 額から僅かな血が流れ、白い肌を伝っていく。

 グスタフのクローンにしてはちょっと身長が小さいかと思っていたが、ようやく疑問が解消された。

 リオールの素顔はタイラントと瓜二つだったのである。

 掌に青白い光が集い始めた。

 破壊の光がエイジの肌を傷つけ、枯らしていく。

 何度か味わったことのあるザラついた感触だ。

 紙やすりが頬を擦る時、きっとこんな感触が襲ってくるに違いない。


「やられるかよ」


 素早くスコップを握り直し、再びリオールの頭部に振りかざす。

 だが、その刃先が脳天に叩きつけられることは無かった。


「わぷっ!」


 真下から暴風が襲い掛かる。

 黒い床が崩れ、物質を構成する石が宙に吹き飛ばされた。

 何が起こったのは理解できる。

 重力を真上に向けて放ったのだ。

 身体全体にアッパーカットを受けたエイジはバランスを崩し、スコップを手放してしまう。


「テメェ、反則だろその組み合わせは!」


 思わず抗議するも、リオールの表情に変化はない。

 破壊の輝きがエイジの顔面を飲み込み、膨らむ。

 膨張したそれの中でエイジは息苦しさを感じつつも、顔が焼けつくような痛みで支配されていくのをしっかり感じ取っていた。

 否、顔だけではない。

 光は留まる事を知らず、エイジの身体を飲み込んでいく。

 巨大な円柱状にまで進化したそれは食らいついた敵を容赦なく焼きつくし、破壊する。


「ぐ、あ―――――!」


 それ以上は悲鳴にならなかった。

 最早動物が発するとは思えない、言葉にならない叫び声。

 光が止んだ瞬間、御柳エイジが膝をついて崩れ落ちる。


「か、か……」


 意識は辛うじて残っている。

 しかし、口を開いても言葉を発することができない。

 鼻は焦げ臭いにおいが充満している為か機能せず、視界もぼんやりとしてきた。

 耳に至っては直撃である。

 相手が喋らないから機能しているか確かめる術はないが、耳たぶが付いているとは思えなかった。

 これはやばい。

 パスケィドを倒すどころの話ではない。

 リオールひとりに殺されかかっているではないか。

 しかも一撃で、できたことは兜を砕く事だけ。

 リオール本人はちょっと血を流している程度。


「う、うう」


 掌を床に当て、身体を起き上がらせる。

 ゆっくりとしたその動作は、頭上に現れたパスケィドによる踏みつけで敢え無く崩れ去ってしまう。


「はぁ……はぁ……」


 攻撃による痛みは感じない。

 多分、感覚が麻痺してるのだろう。


「へっ、へへ……」


 エイジは笑った。

 どうしてなのかは自分でも分からない。

 よく漫画にある『恐怖のあまり頭がおかしくなったか』なのかもしれない。

 ただ、今理解しているのは自分が嘗てない絶体絶命な状況に追い込まれている事。

 そして多分、他の連中が遭遇したらきっと自分と同じ目にあっていたであろうことだ。

 自分が最初でよかった。

 あんな一撃を受ければ、身体を鍛えていないと一瞬で消し飛んでしまう。


「運が回ってきたかも、な」


 これが六道シデンなら危なかった。

 アーガスでも死んでいたかもしれない。

 スバルが遭遇したら間違いなく消し飛んでいた。

 カイトが受けていれば死にはしなかったかもしれないが、今の彼が生きている保証はない。

 対して自分はどうだ。

 馬鹿みたいに筋トレを続けた成果がきちんと表れている。

 顔も知らないお父さんお母さん、頑丈な体に生んでくれてありがとう。

 お陰で友人たちの危機をまたひとつ回避することができた。


「あ、とは」


 ぶん殴るだけだ。

 這い蹲った状態で拳を握ってみる。

 不思議な事に、これで倒せると言う確信があった。

 相手はアルマガニウム製のスコップを全力で叩きつけても兜を砕くのが精一杯の怪物だ。

 だが御柳エイジ、23歳。

 腕力だけを鍛えて、鍛えて、鍛え抜いてきた新人類だ。

 スコップを持ち歩き、誰かにライターの火を点火してもらう事があっても、自らの最大の武器は拳と根性であると自信を持って言える。


「鎧どもよぉ。俺を殺したいなら腕をぶっ壊さないとダメだぜ」


 寝転がり、踏みつけていたパスケィドの足を掴む。

 23年間休むことなく、入念に磨き上げられたエイジのスキルが黄緑の右足首を締め上げた。

 身を覆った鎧が一瞬で砕け散り、悶絶。


「――――!」


 壊れた機械のような呻き声を上げつつ、パスケィドがエイジを振り払う。

 数歩ほど後ずさり、与えられたダメージを確認する。


『……なんだと』


 パスケィドの視界を通じ、脳に流れた負傷状態の情報を読み取ったノアが驚愕の表情を作り出す。

 足首骨折。

 パスケィドはほんの少し締め上げられただけで、歩くという機能を奪われたのだ。


『馬鹿な。リオールの攻撃が利いていない訳がない!』


 御柳エイジの身体は誰がどう見てもボロボロだ。

 様子を見る限り、起き上がるのがやっとである。

 両耳から破壊の光を受け、きっと耳も聞こえていない筈だ。

 それほどのダメージを受けても尚、こんな握力が残っていると言うのか。

 パスケィドはエイジが察した通り、ゼクティスとジャオウのクローンだ。

 奇襲性に優れており、相手を封印してそのまま一生閉じ込めるのが能力である。

 ただ、今回はその封印空間に連れ込んでの各個撃破を遂行する為に、彼の異空間を舞台として使っているのだ。

 単純な戦闘能力では寧ろ、鎧の中では低い方である。

 防御力も低い。

 しかしそれでも全身を鎧で覆っている為、殴り合いではそれなりに耐えるのではないかと考えていたのだが、これがその様だ。

 ならば、この場で確実に消し飛ばす。


『リオール!』


 命令を受け止め、リオールの眼光が輝く。

 全身を破壊の光で包み込み、目の前で仰向けになったまま起き上がらないエイジ目掛けて突進。

 そのまま拳を振り降ろした。


「ふっ!」


 だがその拳が届くよりも前に、リオールの顔面に別の物が炸裂した。

 蹴りだ。

 仰向けになった体勢からの、思い切った蹴り上げ。


『!』


 信じられない、とでも言わんばかりにノアが目を見開く。

 その感情はそのままリオールへと伝わり、タイラントの表情を驚愕へと染め上げる。


「くくく、いいねぇ。そんな表情を見たかったんだ」


 鼻血を拭うリオールに得意げな視線を送ると、エイジは今度こそ手をついてゆっくりと起き上がる。

 その動作を見て、ノアは確信した。

 やはりノーダメージではない。

 今にも倒れそうな不安定な姿勢。

 消し飛んだ耳に、全身についた大火傷。

 立っているのもやっとの筈だ。


『何故だ。どうして起き上がれる!』


 先程のパスケィドの足の破壊。

 リオールへの反撃の鋭さは、とても怪我人がとる行動ではない。

 いかに鍛え上げた新人類と言っても、所詮は人間だ。

 人間の身体には限界がある。

 根性があり、肝が据わっていたとしてもこれだけはどうしようもない。


「どした。何をビビってやがる」


 無機質なリオールの表情が驚愕していることに優越感を感じながらも、エイジは己の視界がぼやけていくことに焦りを感じていた。

 やはり最初に受けた攻撃で身体が崩壊しかけている。

 可能なら今すぐ倒れて、そのまま楽になりたい。

 脳がそんな選択肢を示して、自分にそうしろと命じているのが自覚できた。

 そんな脳に対し、御柳エイジはこう返答する。


「悪いな。もうちょっとだけ、付き合ってくれよ」


 笑みを浮かべ、己自身に言い聞かせる。


「アイツだって死に物狂いで耐えて、戦い抜いたじゃねぇか。俺がここで倒れてみろ。人生の先輩として、カッコ悪すぎじゃねぇか」


 それは、王国が誇るマッドサイエンティストと称されたノアでさえぞっ、とするような狂気的な笑みだった。

 自信に満ちて、どこか危うい笑み。

 普段自分がとる笑みを見せられ、ノアは不快感に支配されていった。

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